「時間感覚の障害」としてのADHD―時の流れを歪ませるのはドーパミンだった?

実験でもADHDの子供が時間を計るのはとても難しいという結果が出ている。そのような子供たちの時間の感じ方は他の子供とは違っているらしい。

…ADHDが時間感覚の障害なら、子供と時間の関係を変えられれば、ADHDの症状を減らせるのではないだろうか。(p27-38)

れは、脳の中の時間旅行 : なぜ時間はワープするのかという本にあるADHDの時間感覚についての説明です。ADHDは不注意・多動・衝動性をはじめ、さまざまな症状が表れる発達障害です。

ADHDの研究者、星野仁彦先生は、その症状のひとつとして、定型発達者と時間の感覚が違うのではないか、という点を指摘していました。

ADHDの時間感覚の障害は、計画が立てられない、自制できないなど、他のさまざまな苦悩の原因になっている可能性がある、という点も以前の記事で扱いました

そのときは、ADHDの時間感覚については、資料が少なくてはっきりとしたことは言えないとしていました。ところが最近ふと手に取ったこの本に、まさにその話題が書かれていたのです。

ADHDは「時間感覚の障害」とみなすことさえできるといいます。なぜそうした症状が起こるのか、という点のヒントも書かれていました。

ADHDにはどのような時間感覚の障害が見られるのでしょうか。過去や未来をどうとらえているのでしょうか。これらの点をもう一度考察したいと思います。

これはどんな本?

この本は、心理学者のクラウディア・ハモンドによる時間学についての本です。英国心理学協会が認定した2013年の年間ベストブックになりました。

まだ研究が十分に進んでいない時間の感じ方について、数々の仮説、心理実験、症例をもとに、考察を深めています。

扱われている話題の中には、病気による時間感覚の変化、時間を扱う脳の場所、概日リズムの研究、時間と空間を結びつける共感覚、休日や旅行で時間感覚が歪むホリデー・パラドックス、過去に関する自伝的記憶と、未来に関する将来思考などが含まれています。

時間の謎について知りたい人にはうってつけといえる入門書で、あまりに面白いので文字通り時間を忘れて読んでしまいました。

この記事では、その他のさまざまな本からも、関連する情報を引用して参考にしています。

ADHDの子供の時間感覚

この本でADHDについて言及しているのは、p37-39のわずかな部分だけです。しかし、それ以外の部分の記述もADHDの時間感覚について重要な示唆を与えてくれます。順をおって考えてみましょう。

まずは、ぜひとも簡単な実験をしてみてください。手元に時計かストップウォッチがあるでしょうか。それを使って簡単にあなたの時間感覚を測定できます。

自分がどのくらい時間を正確に計れるか簡単に調べるには、携帯電話のストップウォッチをスタートさせ、それを見ないで(頭の中で数えてもいけない)一分過ぎたと思ったときに、ストップさせればいい。(p51)

この簡単な実験で、自分の感じた1分と、実際に経過した時間とにずれがあれば、あなたには時間感覚の歪みがあるということがわかります。

もし1分経ったと思ったのに、たとえば40秒ほどしか経っていないとすればどうでしょうか。それは時間がゆっくり過ぎていることを示しています。学校の授業に例えるなら、60分経った、そろそろ終わりだ、と思ったら、まだ40分しか経っていないという意味だからです。

反対に1分経ったと思ったときに、1分20秒も経っていた、という場合はどうでしょうか。その場合は時間が早く過ぎています。1時間後に出かける予定があったのに、読書に没頭しているうちに20分もオーバーして遅刻してしまった、といった状況です。

時間がゆっくり過ぎると退屈になる

これと同様の手法を用いて、ロンドン精神医学研究所の認知神経科学者カチャ・ルビアは、ADHDの子供の時間感覚を測ってみました。どんな結果が出たでしょうか。

ADHDの子供に3秒を測ってもらうと、実際より早く3秒経ったと言ったそうです。これは先ほどの例でいうと前者です。ADHDの子供にとって、時間はゆっくり過ぎていて、学校の授業がまだ終わらないのか、退屈しているのです。

この方法を使えば、ADHDの子供をなんと70%の確率で判別できるそうです。

なぜ退屈すると、時間がゆっくり過ぎるのか、はっきりしたことは分かっていません。しかし退屈することは不注意な状態、つまり注意力散漫な状態で生じます。

ある説では、脳は退屈すると、時間を計る機能に、より多くの注意のリソースを向けるので、時間計測のパルス信号が増え、多くの時間を感じるのかもしれないと言われています。(p71)

この時間がゆっくり過ぎるという現象は、ADHDの子供の日常生活のさまざまな点に現れます。

たとえば、ADHDの子供は待てません。3時のおやつまで待ちなさい、と言い聞かせても、時間がゆっくりすぎるため、3時までの時間がとても長く感じられ我慢できません。すぐに食べたい、という気持ちに逆らえないのです。

以前の記事で、ADHDは現在にとらわれているタイプだと推測しましたが、この本ではまさにこう書かれています。

ADHDの子供は、現在に縛りつけられている。行動の結果を考えるのが難しく、たとえ短時間でも待つことに苦痛を覚える。

…私たちの多くはもっと今を生きようと苦労するが、ADHDの子供たちはあまりにも今を生きすぎている。

ADHDは、単なるしつけの問題であり、訓練が足りないだけだと主張する人もいますが、この実験結果は、そうではないことを示唆しています。

問題は彼らの時間感覚が定型発達者と異なっているという部分にあるのであって、自制心の欠如はその結果として生じているのです。

そのため、著者はこう述べています。

ADHDの子供が時間の経過をふつうと異なった形で経験しているとしたら、待つことを教えても根本的な問題解決にはならない。

時間の流れの遅さを我慢できるようになっても、五分の遅れが一時間にも感じるなら、それはずっと変わらないだろう。

落ち着いていられるようにはなるかもしれないが、彼らが時間に苦しめられるのは変わらないのではないか。(p37-39)

子どものときからADHDで苦しんできた人の中には、この言葉のとおりの経験をしてきた人も多いでしょう。

つまり、大人になるにつれ、社会的スキルを学んで落ち着きを示せるようになってはきましたが、イライラしたり、そわそわしたりして時間に苦しめられるのは変わっていないのです。

発達科学ハンドブック 8 脳の発達科学という本にもこう書かれています。

最後に時間知覚と発達障害、とくに注意欠陥・多動性障害(ADHD)との関係についても短く述べる。

まずADHDの患者では、時間の判断をともなうさまざまな課題の成績が健常者に比べて低下している(Toplak et al.2006)。

とくに主症状である衝動性は、時間知覚の異常(時間の過小推定)から起こる可能性が指摘されている。(p113)

ADHDの症状は、「時間知覚の異常(時間の過小推定)」から生じている可能性があるのです。

一方で、うつ病の人もやはり時間が経つのが遅く感じるそうですが、時間の長さをはかる能力は正常だという実験があるそうです。

楽しい時間は早く過ぎ去るが うつ病になると時間は遅く感じる | CIRCL(サークル)

うつ病患者と健康な人の両方に同じ映像を見せて、5秒たったと思ったらボタンを押してもらう実験を行った。するとうつ病患者も健康な人も正確に時間を測る能力は変わらなかった。起こっている出来事の実際にかかっている時間を測る能力はうつ病になっても衰えないのだ。

つまり、正確に時間を測る能力と時間経過の主観的な感覚は、全く違うものだということが分かる(※1)。

(※1:Meta-study shows that the experience of time is altered in depression )

ADHDも二次的にうつ症状を呈することがありますが、脳の中で生じているメカニズムは別物なのかもしれません。

時間が早く過ぎると遅刻する

では、ADHDでは必ず時間はゆっくりと流れるのでしょうか。この本にはこれ以上のことは書かれていませんが、必ずしもそうではないと考える余地があります。

だれでも本に夢中になっていると時間が速く過ぎるのを経験したことがあると思います。実験によると、多くの集中力が必要とされる作業、たとえば込み入った作業やマルチタスクをするほど、時間が速く過ぎると感じるようです。(p71)

ADHDの人は、ときどきすば抜けた集中力で過集中したり、なんでもかんでも立ち上げてマルチタスクを始めて没頭したりします。

すると先ほどの説では、退屈とは反対に、目の前のことに集中するほど脳の時間計測に向けられる注意のリソースが少なくなり、パルス信号が減って、時間を少なく感じるようになります。

時間が速くなると、最初に述べた例のように、1時間経ったと思って時計を見ると、実は1時間20分も経っていた、というような状況に陥ります。待ち合わせや予定が台なしになったり、遅刻の常習犯になったりするでしょう。

何かに没頭して予定に遅れる、寝食を忘れるといったことはADHDの人につきものです。過集中で時間を忘れているとき、ADHDの人の時間は速く過ぎているといえるのではないでしょうか。

そうすると、不注意による退屈と、過集中による没頭により、ADHDの人の時間感覚は引き伸ばされたり縮んだりするのではないか、と考えられます。時にはせっかちになり、ときにはぐずぐずするのです。バランスのとれた状態がないといえます。

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線という本も、その見方を指示しています。

脳は独自の内蔵クロックを備えており、それに狂いが生じた子どもがいる。

この内蔵クロックの刻みが速すぎると、感覚刺激に早すぎる段階で反応し、他人の邪魔をしたり、衝動的になっていらいらを募らせたり、軽はずみになったりする。

これらの問題は、実のところタイミングの問題なのである。

また、やる気がなく、社会的、知的に「遅れている」ように見える子どももいる。これもタイミングの問題であり、彼らの内蔵クロックはあまりに遅すぎるのだ。

もしそうであるなら、ADHDが「時間感覚の障害」と言われるのは、定型発達者に比べて時間感覚が著しく不安定である、ということを示していることになります。

脳のどこで時間を計るのか

では、どうしてADHDの人は、ここまで時間感覚が不安定なのでしょうか。それには脳の時間感覚を担う部分の異常が関係しているようです。

脳には、時間を計測する特定の部位はないと言われています。それでも、今のところ4つの部位が時間感覚と関係しているのが知られています。

一つ目は小脳です。小脳はミリ秒単位の時間の計測に関わっているそうです。

二つ目は大脳基底核です。この部分が今回話題にしている数秒以上の計測を担っています。

残りの二つは、ワーキングメモリー(作業記憶)を扱う前頭葉と、感情を扱う前部島皮質です。島皮質の働きと時間感覚の変化については、以下の記事の補足部分で扱っていいます。

簡単に言うと、何かに没頭してゾーンやフロー、過集中と呼ばれる無意識の集中した状態に入ると、島皮質の活動が非常に強くなり、流れるような自己意識が生成されることで、時間の流れがゆっくりになるのではないか、と言われています。

逆に解離性障害や自閉スペクトラム症では、島皮質の活動が低下することにより、時間が飛び飛びになって自己意識の中断が生じている可能性があります。

集中し没頭する幸せな時間「フロー体験」を味わう8つのポイント
「ゾーンに入った」「エクスタシー」「過集中」…。時間を忘れて何かに没頭した極度の集中状態は、古今東西、いろいろな言葉で表現されてきました。学問的には、特に「フロー体験」として、ミハ

こちらの記事にも長さの異なる時間知覚と、それに関わる脳の領域についての対応表があり、1秒以下は小脳など、1分単位では視床-大脳皮質が関係していると書かれています、

第3回 ヒトの脳はどのように時間を知覚しているのか | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

ミリ秒単位の時間をはかる小脳

まず、一つ目に挙げた、ミリ秒単位のタイミングをはかる小脳については、 脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線で、ADHDの症状との関連が指摘されていました。

最近の脳画像研究が示すところによると、ADHDを抱える人は、(思考、運動、バランス維持のタイミングを調整する)小脳の体積が低下している。

小脳の体積はADHDが悪化するとさらに減少するが、改善すると増大する。

待つということを知らず、問いが終わる前に答えようとするADDの子どもは、行動りタイミングをうまく計れない。(p510)

この説明が明らかにしているとおり、ADHDやADDの子どもが衝動的なのは、ミリ秒単位のタイミングを測る小脳の機能が低下していることが関係していそうです。

数分単位の時間をはかる大脳基底核

二つ目に上げた大脳基底核についても、同じ本はADHDとの関わりについてこう述べています。

ADHD当事者の大脳基底核は通常よりも小さい。大脳基底核は一般に、主要な課題とは無関係な処理を実行しないよう脳を抑制することで注意力の維持に貢献する。

ある一つのことに注意を集中するためには、何か別のことに注意を向けようとする衝動を抑えなければならない。

また、大脳基底核の活動が低下していると、その人はよく確かめもせずにものごとに飛びつくようになり、活動過多や転導性の兆候を呈することになる。(p511)

このように、大脳基底核もまた、ADHDの注意の問題と大きく関わっています。

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々によれば、パーキンソン病でも、やはり大脳基底核の異常が原因と思われる時間感覚の障害が見られます。

パーキンソン病患者の動きと知覚は、速すぎるか遅すぎることが多いが、本人は気づかないかもしれない。時計やほかの人と比較してはじめて、そのことを推測できる。

神経学者のウィリアム・グッディーは、著書『時間と神経系(Time and the Neruous? System)』にこのことを書いている。

「観察している人は、パーキンソン病患者の動きがどれだけ遅くなっているかに気づくかもしれないが、患者は言うだろう。

『時間を見て、どれだけ時間がかかっているかわからないかぎり、自分の動きは自分にはふつうなんです。病棟の壁の時計はものすごく速く進む気がします』」。

グッディーはそのような患者の「当人の時間」と「時計の時間」のあいだに、場合によってはとてつもなく大きな開きができることについて書いている。(p345)

大脳基底核の時間認知機能は、ある種の睡眠障害と関係している可能性が指摘されています。それは「睡眠状態誤認」と呼ばれるタイプの不眠症で、実際には眠れているのに、時間感覚の異常のために本物の不眠症のような症状に悩まされる疾患です。

第12回 不眠症の本質は睡眠時間の誤認である | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

残念ながら、睡眠状態誤認のメカニズムはいまだ明らかになっていない。

慢性不眠症の人では、前頭葉や基底核の神経活動が低下していることが最近の脳画像研究で明らかになっている。

これらの脳領域は感情、記憶、運動調節に重要であることはよく知られているが、時間認知にも深く関わっていることが明らかにされている。

睡眠状態誤認の発症にも何らかの形で寄与している可能性がある。今後取り組むべき不眠症のナゾの1つである。

時間感覚を左右するドーパミン

そして脳の中の時間旅行 : なぜ時間はワープするのかによると、米国デューク大学のウォレン・メックは時間の感覚が歪んだ人びとを研究し、大量のニューロンの集まる大脳基底核に原因があることを突き止めました。(p61)

興味深いことに、この部分はドーパミンによって体の動きをコントロールする領域です。

ドーパミン・システム全体が、時間を感じ取るさいにとても重要な役割を果たしているようだ。

統合失調症の治療によく用いられるハロペリドールという薬は、ドーパミンの受容器を阻害するものだが、これを投与すると患者は経過した時間を過小評価するようになる。

一方メタアンフェタミン(いわゆる覚醒剤の“スピード”)では逆の現象が起こる。この薬物は脳に流れるドーパミン量を増加させ、それによって脳の時計の動きがスピードアップして、その結果、過大評価する。(p61-62)

つまり、ドーパミンが少ないときは、時間感覚がゆっくりになります。さきほどのADHDの不注意の状態です。逆にドーパミンが多いと、時間感覚が速くなり、過集中の状態になります。

脳の時間感覚は、ある面では、神経伝達物質ドーパミンによってコントロールされているといえるのです。

Midbrain dopamine neurons control judgment of time | Science

ここで名前の出ている覚醒剤のメタアンフェタミンは、ADHDに効果のある薬コンサータ(メチルフェニデート)と似た薬です。コンサータは、シナプス前ドーパミントランスポーター(DAT)による再取り込みを阻害し、ドーパミンを増やします。

では、コンサータ(または同成分のリタリン)を使って、注意力散漫で時間感覚が遅いADHDの人の脳を刺激すると、時間感覚の異常は正常に近づくのでしょうか。

先ほど登場したカチャ・ルビアの実験結果は、そのとおりであることを示しています。

彼女はすでに、リタリン(ADHDの症状を抑えるのによく使われる薬)が、時間知覚とミリ秒単位の判断を向上させることを実証した。

待つことを学べば、子供たちは時間の長さをもっと正確に判断することを学ぶ機会も得るだろう。(p39)

ADHDの人が、せっかちで辛抱できなかったり、ぐずぐずして遅刻したりするのは、ある点では脳のドーパミン異常による時間感覚の異常と関わっている可能性があるのです。

ADHDの人が、退屈に耐えられず、注意散漫になってしまうのが、ドーパミン不足によることは、カルガリー大学芸術学部のピーター・トゥーヒーによる退屈 息もつかせぬその歴史でも触れられていました。

退屈が実際に何であるかを説明しようとすれば、神経伝達物質、ドーパミンの不足にさかのぼることになるだろう。ドーパミンは脳の報酬システムだ。

…注意欠陥・多動性障害(ADHD)の子どもたちの多動性についても、根底にはドーパミン不足があることがわかっている。ADHDの子どもたちは、不活動期に過剰な退屈を感じる。ドーパミン・レヴェルの低さが、時間感覚に影響を及ぼすからだ。

やることのない時間はいっそうゆっくりと過ぎていくように彼らには思われ、ドーパミン分泌が通常レヴェルである子どもたちよりもはるかに早く退屈してしまう。

ロンドンのキングス・カレッジ精神医学研究所のカティア・ルビアによれば、ADHDの子どもたちは「新しいことを探し、危険を冒す」ことで、ドーパミン・レヴェルを上げて「自己治療」する。

そうすることで時間感覚が正常化し、退屈が治癒されるのだ。リタリンが処方されるのも同じ理由からである。(p52)

つまり、ADHDの人が退屈を感じやすく注意散漫になりやすいことと、新しいものに目ざとく多動であることは、同じドーパミンの調節異常を背景としたコインの両面なのです。

自分で適切なドーパミンレベルを維持できないがために、刺激のない環境ではドーパミンが不足して他の人よりも過剰な退屈を感じる一方、もし刺激のある楽しみを発見できれば、他の人よりドーパミンが分泌されて時間があっという間に過ぎます。

ADHDのさまざまな症状の背景に、ドーパミン異常による時間感覚の障害があることは、発達科学ハンドブック 8 脳の発達科学でも解説されていました。

またADHDの治療薬として使われるメチルフェニデートは、ドーパミン(脳における神経伝達物質の一つ)の不足を補う物質だが、それらが作用するのは前頭前野・小脳・線条体といった時間知覚とも関連が深い領域である(Rubia et al 2009)。

これらを総合的に考えると、ADHDと時間知覚には何らかの関係がある可能性が高い。

もちろんADHDには他の症状(不注意や多動など)もあるので早合点は禁物だが、知覚と発達障害を結ぶ新しい研究分野として、今後の進展が期待される。(P113)

このようにADHDの薬は、時間知覚を正常にすることによって、ADHDの不注意や、衝動性、活動過多などの症状を和らげている可能性があります。

音楽療法で内蔵クロックを同期する

では、時間知覚を正常にするには、どうしても薬物療法が必要なのか、というと、決してそうではないようです。

脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線には、サウンドセラピーやニューロフィードバックによって、時間感覚を改善し、ADHDの症状を改善できることが示されています。

ニューロフィードバックは、脳のリズムが乱れた人を、それをコントロールできるよう訓練する。それは、注意力や睡眠に障害を持つ人や、ノイズに満ちた脳を抱える人には非常に効果的てである。

…直接リズムに働きかけるサウンドセラピーに、インタラクティブ・メトロノームと呼ばれるセラピーがある。

…音に聴き入って反応することを学び、本人が「ビートに合わせられる」よう内蔵クロックを鍛錬すれば、これらの症状を抱えた子どもを変えることができるだろう。(p524)

時間知覚の問題を薬物療法で修正するのも一つのやり方ですが、本人がその問題に気づき、フィードバックを得ながら訓練することで、時間知覚を修正していくこともできる、ということがわかります。

ADHDの脳の問題は、必ずしも薬によって補う必要のある欠陥のようなものではなく、適切な訓練によって改善していける柔軟なものでもあるのです。

サウンドセラピーが効果を示す理由については、先ほどから出ている、時間知覚に関する脳の神経伝達物質ドーパミンにも影響を与えることが関係しているのでしょう。

ダニエル・レヴィティンとヴィノッド・メノンが示すように、音楽は脳の報酬中枢に働きかけ、それによってドーパミンの生産が増大し、快感情やモチベーションが向上する。(p525)

音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々でも、先ほど引用した、パーキンソン病で時間感覚の異常が見られるという文脈の続きに、こう書かれています。

しかし音楽があれば、そのテンポとスピードがパーキンソン病に勝り、音楽が続いているあいだ、患者の動きは発病前に本人にとって自然だった速度に戻る。(p340)

音楽は、のちにLドーパ[※ドーパミンを増加させる薬]がやったのと同じこと、それ以上のことをやっていた―が、その持続時間は音楽が奏でられている短い時間と、そのあとの二、三分程度だけである。

比喩的に言えば、音楽は聴覚のドーパミンのようなもの、損なわれた大脳基底核を補う「人工器官」のようなものだ。(p352)

時間感覚に関わる脳の部位は、わたしたちに備わる内蔵クロックとして、まわりに何も手がかりがなくても、時間を把握できるよう助けてくれます。

パーキンソン病などの病気では、その内蔵クロックが損なわれてしまっていますが、音楽やリズムといった、時間を刻む外部の手がかりがあれば、そこに同調することで、一時的に時間感覚を取り戻すことができるのです。

ADHDの人の場合、専門的な音楽療法に取り組んでいるわけではなくても、個人として作業用BGMなどを活用している人は少なくないでしょう。

作業用BGMを活用するのは、何もADHDの人だけではありませんが、おそらくADHDの人の場合は、そうでない人より、BGMの影響をより強く受けやすいはずです。

わたしの周囲のADHDの人は、BGMがなければ絶対に作業できないか、あるいは無音でないと気が散ってしまって集中できないか、両極端な人が多いように思います。

一見すると正反対なようですが、どちらも音楽によって認知機能が強く影響を受けすぎるということを示唆しています。

実際、音楽によって抗えない感情が引き起こされる人も多い。私の友人にも、音楽にとても敏感で仕事中にBGMをかけられない人が大勢いる。

そういう人は、完全に音楽に耳を傾けるか、それとも消すか、どちらかしかしない。音楽のもつ力が強すぎて、ほかの精神活動に集中できないのだ。(p397)

自然の多様な刺激がドーパミンを安定化させる

音楽だけでなく、自然豊かな環境が、ADHDの人の不安定なドーパミンを安定化させるという研究や経験談もあります。

ここで言う「自然豊かな環境」とは、街なかの公園のようなちょっとしたスペースというよりも、山や川辺や大平原や森林のような、探検しがいのある大自然のことです。

たとえば、現代人の“自然欠乏障害”を指摘したジャーナリスト、リチャード・ルーブによるあなたの子どもには自然が足りないの中で、あるADHDの子どもの親はこう語っていました。

多くの親は、たとえ確たる証拠はなくても、いつもは多動気味の子供が山歩きや何か自然を楽しむ活動をしているときには、その行動に大きな変化が起きることに気づく。

「息子はまだリタリンの世話になっていますが、屋外ではずっと静かになります。ですから、私たちは山へ引っ越すことを真剣に考えているんです」と、ある母親が言った。

彼はただ体をもっと動かすことが必要なのだろうか。

「いいえ、それはスポーツでやっています。自然の中にいると、息子を鎮めてくれる何かがあるようなんです」とその母親は言う。(p113)

この母親の子どもはADHDを抱えていて、リタリン(メチルフェニデート)による薬物治療を受けていましたが、自然豊かな環境にいるときはリタリンが必要なくなり、落ち着きを取り戻すことに気づきました。

単にこの子どもが自然好きだったのでしょうか。どうやらそうではないことを示す研究があります。

この分野の最も重要な研究のいくつかを行なっているのが、イリノイ大学の人間・環境調査研究室である。

アンドレア・フェイバー・テイラー、フランシス・クオ、そしてウィリアム・C・サリバンが行なった研究から、緑の野外スペースは子供たちの創造的な遊びを促し、大人と積極的に交流させ、注意欠陥障害の症状を和らげることがわかった。

子供の周囲に緑が多ければ多いほど、ADDの症状は緩和された。一方、テレビ鑑賞のような屋内での遊びや、屋外でも舗装された場所のように緑のない環境での遊びは、症状を悪化させた。(p116)

研究によると、自然豊かな環境の中では、ADHDの症状が緩和されました。あたかも、リタリンなしで、リタリンの恩恵を受けているかのようでした。逆に自然の少ない人工的な環境で遊ぶと、ADHD症状が悪化しました。

このことから、自然豊かな環境には、音楽と同じく、薬によらずしてドーパミン系を安定化させる力があるのではないか、ということがうかがえます。

なぜ自然豊かな環境がドーパミン系を安定させるのか、その理由は長らく不明でしたが、近年のさまざまな角度からの研究で、いくつかのメカニズムがわかってきています。

端的に言えば、人工的な都市環境と、自然豊かな環境では、環境に含まれる刺激のタイプが異なっているようです。都市では単調で強い刺激が多く、自然の中では穏やかで多様な刺激が多くなります。

都市環境では、テレビ、スマホなどに代表されるように、刺激のほとんどが視覚に偏っています。都市は刺激があふれた魅力的なところに見えますが、実質は似たような強い刺激が多く、「単調」だといえます。

他方、自然の中では複雑に絡み合ったフラクタル、あらゆる方向から聞こえてくる生き物の鳴き声や風や川の音、さまざまな植物や土の匂いなど、いまだ科学者が分析しきれないほどの「多様」な刺激があります。

沈黙の春」で有名な海洋生物学者レイチェル・カーソンは、センス・オブ・ワンダー の中で、このような自然の中の多種多様な刺激を全身で感じ取れる人たちは、決して退屈することはないだろうと書きました。

自然界を探検することは、貴重な子ども時代をすごす愉快で楽しい方法のひとつにすぎないのでしょうか。それとも、もっと深いなにかがあるのでしょうか。

わたしはそのなかに、永続的で意義深いなにかがあると感じています。地球の美しさと神秘を感じとれる人は、科学者であろうとなかろうと、人生に飽きて疲れたり、孤独にさいなまれることはけっしてないでしょう。

…鳥の渡り、潮の満ち干、春を待つ固い霧のなかには、それ自体の美しさと同時に、象徴的な神秘がかくされています。

自然がくりかえすリフレイン―夜の次に朝がきて、冬が去れば春になるという確かさ―のなかには、かぎりなくわたしたちをいやしてくれるなにかがあるのです。(p50-51)

先ほどADHDの子どもはドーパミン不足のために退屈してしまう、と述べていた退屈 息もつかせぬその歴史 によると、多様性のある豊かな刺激は、脳のドーパミン・システムを刺激することで脳機能を正常化するとされています。

多様性が退屈を癒すというこの主張には、堅固な生物学的根拠があるようである。

ノーマン・ドイジは、神経可塑性を論じた著書『脳は奇跡を起こす』のなかで、ラットを対象とした実験の結果、刺激が脳にポジティブに効果をもたらすことがわかったと述べている。

…「同一の環境に固定されている以上に、脳の萎縮を速めるものはない。脳の可塑性に必須である、ドーパミンと注意システムとを、単調さはむしばんでしまう。…」

多様性と刺激は神経組織に発生を、つまり脳細胞の実質的再成長をうながすのだと彼は語る。

…豊かさと刺激―多様性―は脳を強化すると同時の退屈を追い払うものだというのは、事実であるように思われる。(p202)

ちょうど退屈な子どもが新しい刺激を見つけて「自己治療」していたように、ADHDの人は、都市の中で単調で強い刺激ばかりにさらされているとドーパミン不足に陥るものの、自然界の多様な刺激を味わうとドーパミンが活性化して「自己治療」できるようです。

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ADHDの遺伝子は、しばしば狩猟採集時代には障害どころか逆に有利だったのではないかと言われることがあります。いっそ冒険家や探検家にでもなれれば、ADHDの人は「障害」ではなくなるのです。

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もしかすると、ADHDの人たちはそのころの遺伝子を色濃く受け継いでいるため、あなたの子どもには自然が足りないで指摘されているように、近代都市の環境では適応不良を起こしてしまうのかもしれません。

私たちの脳は、5000年前に決められたとおり、農作業をし、自然を求めるようにできているのですよ」と、家族向けセラピストであり、ベストセラーとなった『よい息子』と『少年の不思議』の著者であるマイケル・グリアンは言う。

「神経学的には、人類は今日の過剰に刺激的な環境に対応しきれていません。ただし脳は強くて融通が利くため、70から80パーセントの子供はかなりうまく順応しています。

でも、残りの子供たちにはそれができません。彼らを自然の中へ連れ出すと、状況を変えることができます。

ただ、私たちはそのことを事例として知ってはいますが、証明できるまでには至っていません」。(p113)

本当にADHDの子どもの脳のドーパミンシステムが、自然に囲まれた生活によって正常化されるのかどうかは、さらに研究されるべきテーマでしょう。

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リチャード・ルーブが提唱した「自然欠乏障害」という概念とADHDのつながりについて、豊かな自然が脳機能や自律神経にもちらす効果、母なる自然に対する愛着障害、微生物生態系(マイクロバ

いっぽうその反対に、単調な刺激が多い人工的な環境の中で過ごすことがドーパミンを不安定にするのかどうか、という点については、近年、過度にデジタル機器を使用するとADHDの症状が悪化する、という研究が増加していることは注目に値します。

なぜデジタル機器はADHD症状を引き起こすのか―脳はテクノロジーに適応する
デジタルデバイスの習慣的な使用がADHD症状を引き起こす理由について調べてみました。

過去と未来についての時間感覚

ここまでは、ADHDの人の脳において、現在の時間感覚の歪みについて扱ってきました。

ではもう少し範囲を広げて、過去や未来はどうなのでしょうか。ADHDの人は過去や未来についての知覚もゆがんでいるのでしょうか。

自分の過去と未来を考えることができる能力をクロネスシージアといいます。そのうち、過去の自分を考える能力は自伝的記憶と呼ばれ、未来の自分を想像する能力は将来思考と名づけられています。(p128,192)

ADHDの人のクロネスシージアについて、この本は何も述べていませんが、興味深い話が載せられています。

1.将来思考―未来を思い描く

皆さんは有名なマシュマロ・テストをご存じでしょうか。衝動性と自制心に関する非常に有名な心理学の実験で、さきごろその実験をまる一冊のタイトルに冠した本マシュマロ・テスト 成功する子、しない子 (早川書房)が邦訳されたほどです。

この実験を簡単に説明すると、4歳の子どもの前にマシュマロを一つおいて、10分我慢できれば2個あげるというものです。

追跡調査によると我慢できて2個もらった子どもは大学で良い成績を取りやすく、我慢できなかった子どもはドラッグに走る可能性が高くなっていました。

さて、この実験は衝動性に関するテストだと思われていましたが、実はもっと別の要因が関わっていました。

マシュマロ実験は衝動性のテストと見なされがちだが、子供がどの程度、将来のことを考えているか、いわゆる未来志向性を計るにも使えるのだ。

…もっと最近になって、ティーンエージャーに今すぐ少額のお金をもらうか、あとになってもっと多額のお金をもらうかを選ばせるという実験が行われ、性格診断テストの結果、答えを予測する材料となるのは被験者の衝動性ではなく、どのくらいその子が未来を考えているかであることが示された。(p229-230)

目先の誘惑にかられて自制できない、という現象は単なる衝動性の問題ではありませんでした。それは時間感覚の問題だったのです。

これはどういうわけでしょうか。

目先の一つのマシュマロを食べるのを自制できる子どもは、言い換えると、10分後の二つのマシュマロをはっきり想像できる子どもです。未来の報酬をありありと思い描けるので、目の前の誘惑に屈さずにすむのです。

さらに別の言い方をすると、計画性を持って行動できる子どもです。どのように行動したら自制できるのか、対処法を考えられます。さらにそれを達成できたとき、自分はどんな気持ちになるか、といった未来の自分を思い描けるので我慢できるのです。

ではADHDの子どもはどうでしょうか。もしADHDの子どもにマシュマロ・テストをやらせたら、きっと衝動にまかせて一つのマシュマロを食べるほうを選びやすいでしょう。

というのは、ADHDの人の報酬遅延勾配は普通の人より急であり、目先の報酬はより大きく見える代わりに、将来の報酬はより小さく見えることが知られているからです。

大人のADHDと「報酬遅延勾配」の話 – 上手に悩むとラクになる – アピタル(医療・健康)

ADHDの子どもにとって目先の一つのマシュマロは、10分後の2つのマシュマロより美味しく見えます。

これは明らかに未来のイメージがゆがんでいることを示しています。未来の2つのマシュマロの価値を正しく思い描くことができないのです。それらに正当な魅力が感じられず、わざわざそのために自制心を発揮したいという気持ちが生じません。

ADHDの人が、大人になっても、依存症に陥りやすい理由はここにあるといえます。喫煙、薬物、見境のない性交渉などの依存症の誘惑に屈したとき、自分がいかにみじめな状態になるか想像できず、目先の快楽に浸ってしまうのです。

2.自伝的記憶―過去を思い出す

このように、衝動性と未来を思い描く能力の弱さは密接に関係しています。では過去を思い出す能力はどうでしょうか。もし過去を思い描けないなら、経験から学びにくく、同じ失敗を繰り返すでしょう。

これはそのまま未来を思い描く能力の程度を反映しているそうです。

人間の脳の機能からいうと、未来を思い描くことと、過去を思い出すことは同じ機能を用いていると言われています。

実を言えば、過去を思い出すときに使われる脳の部分の大半は、将来を想像するのに使われる部分と重複している。

…過去を思い出しているときと将来を想像しているときの、神経の特徴は驚くほどよく似ている(p195)

ですから、記憶に関わる脳の部位に損傷を受けた人は、将来も想像できなくなるといいます。

しかし健忘症にはもう一つ別の面があるのだが、そちらはあまり知られていない。それは将来を想像する能力も失うということだ。

ヘンリーはまさにこの二つの症状を示していた。事故のあと過去の感覚を失い、さらに未来についての感覚も失っていた。(p190)

過去を思い出すのと、将来を思い描くのは、基本的には同じものだといいます。どちらも記憶に保存されている材料を用いて、未来の自分、または過去の自分の姿を作り上げるという作業だからです。

過去と未来を想像するときは、脳の三つの部位、前頭葉、頭頂葉、内側側頭葉(海馬)が関わっているそうです。

このうち、前頭葉はワーキングメモリー(作業記憶)を担当しています。すでに述べた時間を計測する脳の4つの部位のうち、ひとつが前頭葉のワーキングメモリーだったことを思い出してください。

ADHDの人は、すぐにいろいろなことを忘れる健忘症がありますが、それはワーキングメモリーの不全だと言われています。

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ワーキングメモリーの容量が少ないため、記憶を参照して、過去や未来を想像することも苦手なのかもしれません。

つまり、自伝的記憶が苦手な人は将来思考も苦手であり、その逆もしかりです。ADHDの人は、過去と未来を想像する能力(クロネスシージア)もまたゆがんでいて、そのため健忘症や計画性のなさに悩んでいるのです。

とはいえ、悪いところばかりではありません。この本では何かに没頭した状態、つまりフロー状態について、過去と未来に行く脳の能力を制限して、現在に集中している状態であるとも説明されています。(p268)

普通の人はフロー状態になるのはなかなか難しいそうですが、ADHDの人がたやすく過集中できるのは、もしかすると、過去や未来を想像する能力が乏しく、それらに気を取られにくいことから来ているのかもしれません。

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体内時計の調節力の弱さも

また、このブログのテーマの一つである概日リズム睡眠障害に関して、兵庫県立リハビリテーション病院 子どもの睡眠と発達センターの三池輝久先生は、背景としてADHDが多いと述べていたそうです。

概日リズム睡眠障害は、体内時計が狂ってしまい、眠るべき時間に眠ったり、起きるべき時間に起きたりできず、社会生活が不可能になる重い病気です。ADHDの人は体内時計を調節する能力の弱さも抱えているのかもしれません。

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あなたと時間感覚

さて、あなたは、最初の時計ないしはストップウォッチを使った実験で、どれほど正確に一分を計れたでしょうか。この実験について著者はこう述べます。

たいていの人はかなり近いところで止められるだろう。しかし個人差があるし、年をとるとこのスキルは衰えていく。(p51)

もしあなたが若いころから、かなり誤差が生じているとしたら、それは明らかに時間感覚がおかしい、ということを意味しています。

生活上のさまざまな困りごとの原因は、そこにある可能性があります。

さらにいえば、その大元は、脳の前頭葉のワーキングメモリーの弱さや、大脳基底核のドーパミンの異常と関係している可能性があります。

わたしの場合は、試しに測ってみるとなんと40秒もずれていました。どうりで遅刻の常習犯なわけです。またIQテストで作業記憶が弱い傾向もわかっています。うちの親も30秒ずれていましたから親子共々、時間感覚が弱いのでしょう。

(追記 : その後、ADHDの投薬でコンサータを使うようになって、時間感覚が劇的に改善しました。あれから多分3時間くらい経っただろう、と思って時計を見るとほとんどぴったり当たるので、自分でも魔法のようだと驚きました。

それから副作用が強くてコンサータを使えなくなりましたが、自然の多いところで暮らすようになりました。森の中を歩く時など、ほとんど時間感覚は正常です。自然豊かな環境はコンサータなどの薬剤と似たような効果があるようです)

今回は、ADHDの時間感覚について扱いましたが、すでに述べたように、それはこの脳の中の時間旅行 : なぜ時間はワープするのかという本のたった3ページ分に書かれていることに基づいて、話を広げただけにすぎません。

この本からは、時間感覚について、もっと多くのことが学べます。

うつ病や統合失調症、識字障害(ディスレクシア)の時間感覚のゆがみ、頭の中に時間の地図がある共感覚などの話を読むと、わたしたちの思う以上に、時間感覚は生活全般に影響を及ぼしていることがわかります。

時間感覚の歪みがあるとしたら、どのようにそれに対応していけばよいか、というアドバイスも載せられています。時間の流れ方を変えるにはどうすればいいのか、という訓練法です。

時間という未開拓の分野に関する興味深い発見や実験について知りたい方にはぜひ一読をおすすめしたい、とてもおもしろい本です。わたしのように時間を忘れて読んでしまうことうけあいです。

▼ディスレクシアの時間感覚
ADHDと同じく、時間感覚の障害としての側面がある識字障害(ディスレクシア)についてはこちら。

時間知覚の問題としてのディスレクシア―脳のタイミング処理と読み書きの意外なつながり
ディスレクシア(読み書き困難)は、単に読んだり書いたりすることが難しいだけではなく、身体の動きや生活リズムにも関係する脳の時間知覚の障害である、という節を紹介しています。

▼解離性障害の時間感覚
トラウマの影響で、過去や未来について考えられなくなり、永遠に続く凍りついた時間に閉じ込められてしまう解離性障害の時間感覚についてはこちら。

なぜ子ども虐待のサバイバーは世界でひとりぼっちに感じるのか―言語も文化も異なる異邦人として考える
子ども虐待のサバイバーたちが、だれからも理解されず、「人類から切り離されて、宇宙でひとりぼっちのように感じる」理由について、異文化のもとで育った異邦人として捉える観点から考察します

▼アスペルガーの時間感覚
ADHDと比較されることの多い発達障害である自閉症、アスペルガー症候群の時間感覚についてはこの本には何も書かれていませんでした。アスペルガーについては以前の記事の内容を参照してください。

アスペルガーとADHDの時間感覚の違い―過去と現在と未来
「身体の時間―“今”を生きるための精神病理学 」という本から、過去・現在・未来へのとらわれを分類し、アスペルガーとADHDの時間感覚の違いを説明しています。

補足 : 時間感覚についてのオリヴァー・サックスの考察

この記事で紹介したように、脳神経科医オリヴァー・サックスは音楽嗜好症(ミュージコフィリア)―脳神経科医と音楽に憑かれた人々という本の中で、自身が専門とするパーキンソン病やトゥレット症候群を手がかりに、時間感覚の異常とドーパミン系の関係を考察していました。

彼が亡くなる少し前に書いた意識の川をゆく: 脳神経科医が探る「心」の起源 の中では、「スピード」というエッセイの中で、この時間感覚についての考察がさらに深められています。

サックスはADHD傾向(おそらくは幼少期のトラウマからくる愛着障害傾向によると思われる)を抱えた作家でしたが、自分も子ども時代から、かなり時間感覚が不安定だったことを振り返っています。

時間と分はいまだに、退屈しているときにはやたらと長く思えるし、忙しい時には短く思える。子どものころ、私は学校が大嫌いで、教師のダラダラした話をしかたなくおとなしく聞いていた。

こっそり腕時計を見て、解放されるまで何分かを数えるとき、長針はもちろん秒針さえも、果てしなくゆっくり進むように思えた。

そのような状況では、時間への意識が過剰になる。それどころか、退屈しているときに意識するのは時間のことだけかもしれない。

それに引きかえ、自宅につくった小さな化学実験室で実験したり考えたりするのは楽しみで、週末はそこで一日中、うきうきと目の前の作業に没頭して過ごすこともあった。

そういうときは時間をまったく意識せず、手元が見えにくくなってきてようやく、夕方になったのだと気づいたものだ。(p41)

こうした傾向は多かれ少なかれ多くの人に見られるものです。サックスは確かにADHDらしい性格だったものの、ADHDという概念についてまったく触れていないのは、自身の特性を障害ではなく個性の一部とみなしていたからでしょう。

というのも、彼は、自分の体験とは比較にならないほど極端な時間感覚の異常を、脳神経科医としてたくさん目撃していました。

たとえば人は事故などの危機的状況にさらされると、スローモーションになったかのように時間感覚が引き伸ばされる臨死体験を経験します。

サックスはノイスとクレッティの研究に触れていますが、その「生命の危機に直面した体験談募集」の研究については、このブログの過去記事でも臨死体験や離人症に関連して取り上げました。(p42)

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死の間際に人生の様々なシーンが再生される「走馬灯」現象や「体外離脱」のような臨死体験が生じる原因を、脳の働きのひとつである「解離」の観点から考察してみました。

同じような時間感覚が引き伸ばされる現象は、訓練されたスポーツ選手においても「ゾーン体験」として生じます。これは過去記事でフロー体験として紹介したものと類似の現象です。(p43)

集中し没頭する幸せな時間「フロー体験」を味わう8つのポイント
「ゾーンに入った」「エクスタシー」「過集中」…。時間を忘れて何かに没頭した極度の集中状態は、古今東西、いろいろな言葉で表現されてきました。学問的には、特に「フロー体験」として、ミハ

またハシシのような幻覚剤を服用すると、広場をわたるせいぜい数歩の距離が「反対側に着くのにかかる時間の長さに衝撃を受け…そこにニ、三時間いたように思え」るという興味深い経験談も紹介されています。(p47)

メスカリンやLSDのような幻覚剤でも、臨死体験のごとく、わずか数秒のあいだに果てしないスピードで思考するようになります。

逆にアヘンやバルビツール酸塩では、思考が非常に遅くなり、「数分たったように思えるころ、まる1日が過ぎたことに気づ」きます。(p49-50)

サックスによれば、このような時間感覚の劇的な変化は、とりわけドーパミン関連疾患であるパーキンソン病やパーキンソン症候群において顕著です。

ふつうのパーキンソン病では、震えや硬直に加えて、動作がある程度遅くなったり速くなったりするが、一般に脳の損傷がはるかに重い脳炎後遺症のパーキンソン症候群では、脳と体の生理的・物理的限界まで遅くなったり速くなったりすることがありうる。

正常な動作と思考の流れに欠かせない神経伝達物質のドーパミンが、ふつうのパーキンソン病でも正常レベルの15パーセント未満まで、大幅に減少する。脳炎後遺症パーキンソン症候群の場合、ドーパミンレベルはほとんど検出できなくなる。(p52)

パーキンソン症候群に関する語彙そのものが、スピードの観点から表現されている。神経学者はこれを示す一連の用語を使う。

たとえば動きが遅い場合はブラディキネジア(運動緩慢)、停止すればアキネジア(無動)、異常に速い場合はタキキネジア(運動過多)。

同様に、思考が速くなったり遅くなったりする、ブラディフリニア(精神緩慢)やタキフリニア(精神活動過多)になる場合もある。(p64)

そこまで極端にドーパミンレベルが低下した場合、時間感覚の障害はどれほど深刻になるのか。

オリヴァー・サックスは有名な「レナードの朝」の中で、その様子をありありと描写しました。嗜眠性脳炎による重度のパーキンソン症候群に陥った人は、あまりに時間感覚が損なわれてしまい、「動きが緩慢になるか、まったく動かなくなる人もいて、それが何十年も続くことが」ありました。(p51)

あたかも時間が凍りついてしまったようであり、実時間ではもう何年も何十年も経過しているにもかかわらず、患者たちの主観ではまだほんのわずかしか経過していませんでした。

時間感覚の障害のすさまじさを物語る、こんなエピソードがあります。

私は患者のマイロン・Vがオフィスの外の廊下にすわっているのを、よく見かけたものだ。彼は右腕を膝から四、五センチのところに、あるいは顔の近くまで持ち上げて、じっとしているように見えることが多かった。

その動きを止めたポーズについて尋ねると、彼は憤然として言う。「『動きを止めたポーズ』ってどういう意味です? ただ鼻を拭いているだけです」

彼は私をからかっているのか? そこである朝、私は何時間もかけて20枚ほど写真を撮り、それを綴じてパラパラ絵本をつくった。

…それでマイロンが実際に鼻を拭いているのがわかった―ただし通常よりも1000倍もゆっくりと。(p54)

(このエピソードはレナードの朝 〔新版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) のp303にも詳述されている)

こうした人に、ドーパミンレベルを上昇させるL-ドーパを投与すると、まったく逆のことが起こります。

患者のひとりのヘスター・Yは、L・ドーパの投与の5日後、動作と発話が異常に速くなり、私は日誌にこのように書いている。

以前の彼女がスローモーションの映画か、あるいは映写機のなかでフィルムが詰まって、ひとコマがいつまでも進まないようなものだったとすれば、いまの彼女は早回しをしているような印象で、そのときのヘスターを撮影した映像を見た同僚が、映写機の回転が速すぎると言い張ったほどだ。(p52)

病気によってドーパミンレベルが極端に低下すると、この人たちの思考と動作は凍りついて限りなく遅くなっていく(主観時間は飛ぶように過ぎる)のに対し、薬でドーパミンレベルを上昇させると、信じられないほどのスピードに早変わり(主観時間は引き伸ばされる)します。

こうしたドーパミンレベルの変動による時間感覚の変化は、やはりドーパミン関連疾患であるトゥレット症候群の人たちにも生じます。

サックスは、あまりに速く思考や動作が回転しすぎて、ハエの羽をつかまえられるトゥレット症候群の人について書いています。

トゥレット症候群の人には、そのスピードを生かしてプロスポーツ選手や音楽家として活躍している人が大勢います。(p55)

極端な場合、思考の流れが速すぎると、行き先がわからなくなり、急に注意散漫と脱線を連発し、みごとに支離滅裂になって、めまぐるしく変わる幻影のような、夢に近い譫妄になる。

シェーンのような重いトゥレット患者は、ほかの人々の動きや反応が耐えられないほど遅いと思うこともあり、私たち「健常な精神の持ち主」は、この世界のシェーンのような人たちの言動が速すぎて不安になるほどだと思うこともあるだろう。

「私たちにはこの人たちがサルに思えるが、彼らには私たちが爬虫類に思える」と、ジェイムズは別の文脈で書いている。(p58-59)

同様の逆転は、極度に重いトゥレット症候群をわずらう人には見られることがあり、そうした患者はごく少量の薬によってほぼ無感覚の無動状態になるおそれがある。

トゥレット患者には投薬なしても、じっと動かずに催眠術にかけられているような集中した状態になる傾向があるが、それはいわば、過活動で注意散漫な状態の裏返しである。(p60)

興味深いことに、こうした思考と動作の加速状態、あるいは減速状態は、本人はまったく自覚していません。周囲との相対的な時間感覚のズレがあるだけだといいます。

グッディによると、観察者はパーキンソン病患者の動きがいかに遅いか気づくかもしれないが、「患者はこう言うだろう。

『自分の動きは……時計を見てどれだけ長くかかるかを知ることがなければ、正常に思える。病室の壁にかかっている時計は、異常に速く進んでいるように思える』」(p53)

レナードの朝 〔新版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) には、この相対的な時間のズレについて物語る、次のような驚くべき例が載せられています。

こうした錯覚の例として次に示すのは、アーロン・E(重いパーキンソン症状があるが、脳炎後遺症ではない)が、医学生たちに示してくれたものである。

「アーロン、規則正しく手拍子を打ってみてくれませんか。このようにね」と頼むと、彼は「いいですとも」と答え、二、三回うまく手拍子したが、それがだんだん早くなっていって、ついに「凍りついて」しまったのである。

アーロンはうれしそうに微笑みながら「どうですか。先生に言われたように、きちんと手拍子できたと思うのですが」と言った。(p564)

ドーパミン障害を抱えていたアーロンは、手拍子のリズムが、お手本と異なっていることに気づきませんでした。時間感覚が歪んでいたのに、本人は周囲と違うテンポで手を動かしていることに気づかなかったのです。

医学生たちが、アーロンのリズムが歪んでいたことを指摘すると、アーロンは怒って飛び上がり、自分はもっと正確に手拍子したと述べ、さっきと同じ奇妙なテンポの手拍子を再び繰り返しました。

つまり、アーロンと医学生との間で交された奇妙な「会話」は、それぞれが速度の違うエレベーターに乗っている、いうなればアインシュタイン的な会話である。

…アーロンの間違いは、視覚や運動の単純な錯覚といったものではなく、相対論的な間違いなのだ。(p564-565)

このような相対的な時間感覚のズレこそが、ADHDの人たちが経験する時間感覚の障害と、それを取り巻く日常生活の苦労の本質だと思われます。

ADHDの人たちの多くは、サックスが紹介しているパーキンソン病やトゥレット症候群の人たちほど極端な時間感覚の異常は経験しないかもしれません。

しかしトゥレット症候群を合併しているADHDの人は大勢いますし、そうでないADHDの人たちも、サックスが意識の川をゆく: 脳神経科医が探る「心」の起源 で書く次のような程度の時間感覚の異常には振り回されているはずです。

加速した状態は作話と空想が盛んになる傾向があり、独自の勢いの力に運ばれて、次から次へとどんどん連想が飛ぶ。

それに引き換え、緩慢さは注意と用心をともない、慎重で批判的な姿勢をとる傾向にあり、ほとばしる「行け」に負けず劣らず、それなりの有用さもある。(p56-57)

こうした記述からわかるのは、ADHDの人たちの困りごとや行動特性の多くは、ドーパミンレベルの不安定さと、それに伴う時間感覚の変化によって簡潔に説明することができる、ということです。

連想が活発、しゃべりすぎる、アイデアが生まれやすい、衝動的、不注意、うっかりミスが多い、反応速度が速い。

こうした特徴はいずれも、ドーパミン過剰で思考と動作のスピードが速すぎるときに起こります。

しかし、本人の主観的な時間感覚は変わっておらず、周囲との相対的な時間のズレがあるだけなので、問題の本質が時間感覚の違いにあるとは気づかれません。

ADHDの人たちは周りの人を見て反応の遅さにイライラしますが、社会の多数派を占める定型発達者から見れば「この人たちがサルに思える」、つまりADHDの人たちのほうこそが、おっちょこちょいで落ち着きがない「発達障害」だとみなされてしまいます。

あるいは逆の特徴として、注意散漫、ぼーっとしている、だらけている、やる気がない、集中力がない、いつも退屈している、サボっている。

これらの状態は、ドーパミンレベルの低下によって思考と動作のスピードが落ちていると説明できます。本人としては精一杯頑張っているつもりなのに、周囲との相対的な時間のズレにより、怠けているように誤解されるのです。

ADHDでは、このスピードの加速と低下、両方が起こります。つまり常にドーパミンが多いまたは少ないというわけではなく、アンバランスな不安定さ、適度なレベルを保てない調節困難を特色とします。

サックスはこうした不安定さを「ダブルフォルムの障害」と表現しています。

19世紀のフランスの用語を使えば、どれも「ダブルフォルムの」障害―一方の面や一方の状態から他方へと、即座に切り替わることがある二面性の障害―である。

そのような障害では、中間の状態や分断されていない状態、あるいは「正常性」が生じる可能性はとても低い。

だから想像してほしいのだが、この病気をたとえると、一種のダンベルや砂時計の形になるのであって、大きな両極端を結ぶわずかな細い首、というか峡部が中立状態なのだ。(p60-61)

こうしたダブルフォルム性(双極性)は、ADHDと双極性障害(躁うつ病)がしばしば類似している理由でもありますし、ADHDの人が創造的であれる理由でもあります。

この本でも例が挙げられていますが、あるときはドーパミン過剰で、あるときはドーパミン低下という不安定さがあると、たとえ自分ではコントロールできなくても、アイデアが爆発している時期に創作し、批判的なときに推敲するといったダブルフォルムの使い分けができるかもしれないからです。(p57)

このことは、同じADHDでも、ずっと多動で衝動的な人(ジャイアン型)や、ずっと不注意でぼーっとしている人(のび太型)ではなく、その両方を揺れ動く混合型の人が最も創造的なのではないか、という見方につながるでしょう。

事実、心理学者ミハイ・チクセントミハイは創造的な人とは、どちらか一方に偏るのではなく両極端を同時に経験できるような人である、と述べていました。

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こうしたドーパミンレベルの不安定さによる時間感覚の変化は、何年も凍りついているパーキンソン病や、極端に動作が速すぎるトゥレット症候群のような域に達すれば、明らかな神経学的な問題だと気づかれるでしょう。

ところが、そこまでひどくはないレベルの、病気なのか個性なのか判断しかねる境界線上の人たち、つまりADHDの人たちの場合は、脳のドーパミンレベルの問題ではなく、本人の落ち着きのなさや怠惰といった、性格ないしはやる気の問題だと誤解されてしまう悲劇が起こります。

パーキンソン病の人たち同様、ADHDの人たちの大多数も、こうした記事のような文献で指摘されるまでは、自分に時間感覚の問題があるとはあまり自覚していないことでしょう。

サックスはこの本で、時間感覚の障害を本人たちに「納得させるためにフィルムかテープを見せなくてはならないこともあった」と書いています。

興味深いことに、わたしの知り合いのあるADHD女性は、自分がADHDだと言われても納得していませんでしたが、あるとき参加したイベントの録画テープを見て瞬時に納得しました。自分だけ人の何倍も多動だとわかったからです。

このような、本人たちさえ気づいていない、周囲との時間感覚のズレのせいで、ADHDの人たちはすれ違いに直面してしまいます。

本当の原因は、脳のドーパミンレベルで起こっている周囲との時間感覚のズレにあるのに、理解のない大人や勉強不足の医者やカウンセラーによって、「性格の問題」「心の問題」にすり替えられてしまいます。

ADHDを生化学的な時間感覚の障害としてとらえなおすことは、これまで学校や職場で、そうした誤解から不当な扱いを受けてきた人たちを、社会的にも心理的にも救済することにつながるはずです。

また、同様の時間感覚の異常は、トラウマ障害でも起こることがわかっいるので、なぜADHDの人たちと愛着障害の人たちの行動が似ているのかを理解する助けにもなります。

先ほど少し触れたように、臨死体験など危機的状況では軽度の解離が起こって時間が引き伸ばされるのに対し、より慢性的なトラウマ障害では、重度の解離の凍りつき状態(爬虫類の無動状態と同じもの)が起こって、ボーっとして思考がにぶくなり、時間があっという間にすぎるように感じるからです。

トラウマをヨーガで克服する に書いてあるように、解離という現象は、時間感覚の変化を伴うことが特徴です。

解離もまた、その人の“時間を無駄にさせてしまう”が、それは本人には自覚がないままに時が過ぎ去る現象である。

ヴァン・デア・コークは、「時間の〈外〉に住み、繰り返しトラウマの再現の中にはまり込んで、決して終わることがないように感じられる」地点にまで至るトラウマ・サバイバーに、しばしば言及している。(P90)

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子ども虐待のサバイバーたちが、だれからも理解されず、「人類から切り離されて、宇宙でひとりぼっちのように感じる」理由について、異文化のもとで育った異邦人として捉える観点から考察します

ここで紹介したのはサックスのエッセイの部分的な要旨にすぎないので、自分がドーパミン由来の時間感覚の異常を抱えていると感じる人は、ぜひ、この補足で紹介した意識の川をゆく: 脳神経科医が探る「心」の起源 や、その考察のもとになっているレナードの朝 〔新版〕 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫) の症例を読んでみてください。

きっと自分なりの発見が見つかり、自分の困りごとを時間感覚という新たな視点からとらえ直す助けになるはずです。