「創造力には絶望の季節が必要だ」憂鬱と創作活動の結びつきを調べてみた

早くも2000年以上も昔に、ギリシャの偉大な哲学者アリストテレスは、芸術家には抑鬱傾向を持っている人が多い、ということを目ざとく見抜いていました。それ以来、芸術を創作する人たちも、芸術を研究する専門家たちも、創作活動と気分障害には、何かしら関係がある、という発見を繰り返してきました。

最近読んでいた雨の自然誌という本には、作家のティモシー・イーガンもまた、作家たちの作品を分析して、絶望感と創作活動とのつながりを探り出したことが書かれていました。

シアトルを本拠地とする作家で、『グッド・レイン』という題名の太平洋岸北西部の叙情的な旅行記を書いたティモシー・イーガンは、以前にシアトル市内に住む作家を対象に非公式の研究を独自に行なったことがある。

彼らが傑作を書きあげたのが日の短い季節の暗がりだったのかどうかを、突き止めようと試みたのだ。

「創造力には絶望の季節が必要だ」と、彼は書いた。

「暦が黄昏の時期になり、景観からも活気がなくなり、すべてが暗く、停滞して、荒涼とし、冷たくなると、あらゆる種類の作家や料理人や芸術家や思想家が生産的になる」(p237)

年間を通して曇り空が多く、冬場にはとくに陰鬱なイメージがただようシアトルでは、陽気な季節より、憂鬱な季節のほうが、人々の芸術的活動が活発になる、という傾向がみられたそうです。

彼は調査の結果、「創造力には絶望の季節が必要だ」とまで書きました。

ふつう絶望や憂鬱というと、辛く耐えがたい苦悩を連想しますが、作家たちの場合は、憂鬱は必ずしも敵対者ではなく、紀元前のアリストテレスの時代から、はるか歳月が経過したこの21世紀に至るまで、長年の人生のパートナーのようにして、日々の創作活動に寄り添っています。

創作活動と憂鬱な気分には、本当につながりがあるのでしょうか。なぜ作家たちは憂鬱になりやすいのでしょうか。科学的な研究や、作家たちの具体的なエピソードから、多面的な視点を通して調べてみました。

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作家たちは本当に憂鬱なのか?

作家には気分障害を抱える人が多い。アリストテレスが目ざとく見抜いたこの洞察は、現代では、科学的な調査を通してしっかり裏づけられています。

天才の脳科学―創造性はいかに創られるかという本には、いくつかの具体的な研究が載せられていました。まずは、著者である脳科学者ナンシー・アンドリアセンが行なった、アイオワ大学の作家ワークショップの15人の作家を対象にした調査です。

彼女は、創造的な作家はおそらく不全型レベルの統合失調症の人が多いだろうと予測していましたが、結果はまったく違いました。

作家の面接を始めて一連の精神測定検査を行っていくと、私の仮説の誤りがすぐに明らかになってきた。

意外なことに作家の多くが、双極性障害か単極性鬱病に合った気分障害の個人歴があり、治療を受けたことがあった。

中には入院が必要だった人や、外来で投薬を受けたり精神療法を受けている人もあった。しかし統合失調症の人は一人もいなかった。(p110)

彼女の予測に反して、作家たちの多くは、統合失調症ではなく、鬱病や双極性障害(躁鬱病)などの気分障害を抱えていました。のちに彼女は、芸術分野と科学分野の創造性は別種のもので、芸術家には気分障害が多いのに対し、数学者などには統合失調症ぎみな人が多いのではないか、とも書いています。

次に載せられているのは、心理学者による、より規模の大きい調査です。

ひとつは心理学者のケイ・ジャミソンによるもので、英国の47人の詩人、劇作家、小説家、伝記作家、芸術家を調査している。

…これらの英国の優れた文系の人々は非常に高い頻度で気分障害に陷っている。全例の38パーセント以上が感情障害で治療を受けたことがあり、なかでも劇作家がもっとも頻度が高く、その次が詩人だった。

こちらの場合も、文学作品の分野で創造性を発揮する作家には、憂鬱な気分の持ち主がかなり多いことがわかりました。

さらにもうひとつは、精神科医による調査。これは画家を対象にした調査です。

気分障害と創造性の関係は、さらにハーバード大学の精神科医、ジョゼフ・シルドクラウトの研究からも得られた。

彼は、20世紀中期に活躍したニューヨーク派の15名の抽象表現派の画家を研究した。アイオワ大学のワークショップやジャミソンの研究と一致して、約50パーセントの芸術家が何かの形で精神病理学的であり、そのうちでも気分障害が圧倒的だった。(p143)

この調査でも、やはり作家たちと気分障害の関係性が強く認められました。雨の自然誌に書かれているように、小説家や詩人、画家などの芸術家には憂鬱な気分を抱えていた人が多い、という古くからの洞察は、紛れもない事実であるようです。

ナイフを突き刺す都市のギターポップのバンドから、シアトルのグランジのミュージシャンまで、それどころかロンドンの歴史上で最も嵐の多かった時代のチャールズ・ディケンズの著作でも、一部の作家や作曲家、詩人、画家たちは絶望からひらめきを得たことで知られる。(p224)

それは病気なのか?

しかし、これらの調査は、あくまで医学的な見地から行なわれたものであることを考慮に入れなければなりません。

たしかに作家たちの中には、鬱病で治療を受けたり入院したりしている人もいました。でも、「一部の作家や作曲家、詩人、画家たちは絶望からひらめきを得たことで知られる」と書かれていたように、彼らが抱えていた憂鬱、そして絶望は、必ずしもネガティブな病的症状とは限りませんでした。ある意味、作家生活になくなてはならない、ひらめきをもたらすパートナーのような存在でもあったのです。

はじめに引用した作家のティモシー・イーガンの調査は、陰鬱な天気が続くシアトルの作家たちを対象にしたものでしたが、イギリスのマンチェスターも、一年を通して曇り空が多く、冬場には一日の平均日照時間がたった30分になるそうです。

雨の自然誌によると、少年時代をマンチェスターで過ごした有名なミュージシャン、スティーヴン・パトリック・モリッシーは、そこでの憂鬱な日々は、創作活動に大いに役立ったと述べました。

有名になればなるほど、モリッシーは「ヴィクトリア時代の、ナイフを突き刺すマンチェスター」で過ごした青春を嘆いた。しかし、創作活動という意味では、この町は彼を落ちぶれさせたどころではない。

「十代のころ鬱になったのは、これまで俺の身に起きたことで最高の出来事だった」と、彼はかつてインタビューに答えて言った。そのせいで、歌が「頭のなかで渦を巻くようになったからだ」(p224)

彼もまた、シアトルで活躍する作家たちと同じく、憂鬱な気分が、自分の創作活動に役立つことを認めていました。いま鬱病で闘病している人にとっては不謹慎に感じられるかもしれませんが、モリッシーは自分の鬱状態を「これまで俺の身に起きたことで最高の出来事だった」とまで言い切ったのです。

確かに、心理学者や、精神科医による調査では、作家たちには鬱病や双極性障害という“精神疾患”が多い、というデータが出ています。でもそれらは自分では創作などほとんどしたこともない、門外漢の意見でしかありません。

自ら創作活動に携わっている作家たちが、憂鬱な気分は創作に役立ってきたと述べるのであれば、それを本当に“精神疾患”とみなすべきなのか、という疑問が生じます。

本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのかという本によれば、ロマン主義文学の専門家エリック・G・ウィルソンは、まさにそうした疑問を抱きました。

彼はウィリアム・ブレイクやウィリアム・ワーズワース、エミリー・ディキンソン、ジョン・キーツといった偉大なロマン主義の詩人たちの作品を分析するうちに、医学が詩人たちに下してきた一方的な“診断”は間違っているのではないか、と考えるようになりました。

それにしても、「憂うつ」とはどういう意味なのだろう? 現代の辞書を調べると、「悲嘆」、「失望」、そして「うつ病」といった同義語が載っている。

どれも、今日の「抗うつ剤の国」では、医師が普通に薬を処方する症状だ。

ところが、昔からそうだったわけではない。『精神疾患の分類と診断の手引』という、心理学者や精神科医が使用するマニュアルの1950年代版を見ると、悼み、悲しみ、嘆きといった、人間の自然な感情にページが割かれている―どれもごく自然な憂うつ状態としてだ。

ウィルソンら批評家は、こうした自然な状態があまりにも頻繁に、臨床的うつ病であり、薬で治せるものとして扱われていると主張する。

「幸福か、あるいは臨床的にうつ状態か……でも、その中間の状態はどこに行ってしまったんだろう? そこが重要なのは明らかなのに。僕にとって、憂うつは避けられないものだ。だから、幸福に対しての見方を改めたかった」(p217)

今日の「抗うつ剤の国」では…、と書かれていますが、ここ日本も西洋流の医学が支配するそのような国のひとつです。

鬱病は「心のかぜ」という有名な製薬会社のキャンペーンのキャッチコピーに代表されるように、やはりウィルソンが言うように、安易に憂鬱な気分を悪いものと決めつけすぎているきらいがあるのは否めません。

現代人はテレビやマスメディアの影響で、少しでも憂鬱な気分にさらされれば、「鬱状態」さらには「鬱病」ではないか、と心配するようになりました。

少しでも子どもが周囲から浮いていて問題行動を起こせば、すぐ発達障害ではないかと疑われたり、少しでも夜眠れなくなったら不眠症ではないか、と悩みはじめるのとよく似ています。

いずれの場合も、症状が気のせいだというわけではありません。憂鬱になったり、周囲から浮いたり、眠れなかったりするのは確かです。でも、そうした状態は、一昔前は、病気とはみなされていなかったものでした。

周囲から浮いてしまう子どもがおかしいと言われだしたのは、学校で集団的な義務教育が一般的になった後のことです。それ以前の江戸時代には、現代の発達障害に似た特徴を示す人がいたものの、個性豊かな人として地域社会で重宝されていたという文献が残っているそうです。

夜眠れないことが病気とみなされ出したのも、早朝出勤や無遅刻無欠席など社会的な拘束力が強まって以来のことです。

この本では、かつては夜中に目が覚めても異常だと誰も思わなかったのに、医学が普及して以降、不眠症だと診断されるようになっていったことが書かれています。昔の人は眠れない夜があれば、ベッドから起きて読書したり、外をぶらりと散歩して虫の声を聞いたりしたものでした。

鬱病についても、これらと同じです。かつては、憂鬱な気分は、よほど重篤な場合を除いて、取り立てて病気とみなされることはありませんでした。むしろ、長い人生には、憂鬱な時期もあって当たり前だとみなされていました。メランコリックな気分になった人は、一人で荒野に旅に出たり、森を散歩したり、海を眺めたりして心の平安を得ていました。

この本の著者ポール・ボガードは、ブレイクやワーズワース、ディキンソン、キーツなどの詩人がそうであったように、憂鬱は本来、人間にあるべくして備わっている感情のひとつであり、芸術や文学、宗教などの文化の発展に大いに役立ってきたと結論しています。

比喩的な暗闇の価値は、詩、宗教、文学、芸術など、どこにでも見つけることができる。

しかしそれは、探そうとすればの話だ。うつ状態までとはいかなくても、誰もが苦しい暗闇の時間を経験し、何か無限のもの(たんなる毎日の時の経過を含む)を失っていく。

美とはかなさが共存したとき、自然な反応として憂うつが生まれる。それを臨床的うつ病と同一視するのは、悲劇的な間違いではないだろうか。

「悲嘆」、「失望」、「うつ病」などの言葉に、憂うつがもつ豊かで神秘的な性質は入り込めない。物事は刻一刻と変化を遂げ、愛するすべてのものは滅び、すべての人は死んでいく。

それを知っていればこそ、僕たちは限られた時間のなかで感謝の気持ちを共有できる。憂うつとはそうした繊細な理解のことを言うのではないだろうか。(p220)

怒りや悲しみといったネガティブな感情は、たとえ辛いものであっても、なくてはならないものです、大切な人が亡くなったとき、心の底からしっかり悲しむことができなければ、死者を悼むことはできません。

悲しみを乗り越えるには、まず悲しみを感じなければなりません。憂鬱もまた、人間が辛い経験を乗り越えるのに必須の、自然なステップのひとつであり、必ずしも病的な症状ではないのです。ウィルソンは指摘しているように、悲劇的な現実に直面しているにもかかわらず憂鬱などないかのように振る舞おうとするのは不自然なのです。

悲劇的としか言いようのない世界で幸福だけを願うのはごまかしだ。それは具体的な状況を無視した非現実的な抽象概念に甘んじることだ。(p217)

医学は憂鬱や悲しみといった感情のネガティブな面しか研究してきませんでしたが、近年はポジティブ心理学のような学問で、一見ネガティブに思える感情にもポジティブな役割があることが研究され始めています。

憂鬱な気分が、必ずしも医学で定義されているようなネガティブなものではなく、芸術家の創造性を高めるものでもある、ということは、エミリー・ディキンソンの詩の研究を通しても明らかにされています。雨の自然誌には、こんな興味を誘う研究成果が引用されていました。

ディキンソンは精神状態が悪化する前の若い娘だったころ、季節性情動障害を患っていたと研究者たちは考える。SADとして知られるこの障害は、一般には陽光に乏しい時期である暗い冬に、季節的な鬱病として発症する。

研究から、ディキンソンは秋と冬よりも春と夏にずっと多くの詩を創作していた。しかし、認知心理学者のクリストファー・レイミーとロバート・ワイスバーグは、より意味のある疑問を追究した。

彼らは季節ごとのディキンソンの作品の量ではなく、質を計る作業に乗りだした。レイミーとワイスバーグはディキンソンが書いた詩で、のちに名文学ダイジェストやアンソロジーに選ばれた作品の割合を季節ごとに計算した。

SADに苛まれていたと考えられている時代に、ディキンソンは春と夏により多くの詩を書いてはいたものの、秋と冬に高い割合で傑作を書いていたことをレイミーとワイスバーグは発見した。ディキンソンの暗い日々は、「彼女が詩に用いることのできた材料を提供した」と彼らは結論づけた。(p232)

あくまで医学的視点に基づく前提として、エミリー・ディキンソンは季節性情動障害、つまり冬季うつ病を患っていたのではないか、とされていました。そして確かに、先行研究ではディキンソンの作品は、冬季のほうが減っていることがわかっていました。

でも、作品の質を調べてみたところ、冬季に作られた作品群は、数は少なくとも、傑作ぞろいでした。ということは、冬季に彼女の作品が減っていたのは、鬱状態で創作できなかったからではなく、より深く、より完成度の高い作品を練り上げていたからではないか、と解釈することもできるでしょう。

もしそうなら、憂鬱な気分は、ディキンソンの人生を蝕む厄介な病気なのではなく、まったく逆に、彼女をを優れた詩人たらしめた、かけがえのないパートナーだったのかもしれません。

ディキンソンは確かに冬場に憂鬱になりやすかったかもしれませんが、だからといって彼女が季節性情動障害のような“精神疾患”を抱えていたとみなすのはあまりに短絡的でしょう。

より繊細に、より深く、人生を経験している証拠

先ほどの引用文中には、しばしば誤って病気と診断されがちな憂鬱さは、実際には人生のはかなさに対する「繊細な理解」の表れなのではないか、と書かれていました。

芸術的な作家たちに憂鬱な気分を経験する人が多いのは、単純な因果関係ではないかもしれません。憂鬱と創作は、因果関係ではなく、相関関係であり、共通の原因が別にあるのではないでしょうか。

すなわち、憂鬱(原因)が創造性(結果)を生み出している、というわけではなく、もともと繊細な感受性(原因)という別の要素があるために、憂鬱(結果)になりやすいと同時に創造性(結果)も発揮しやすいということではないでしょうか。

先ほど、芸術家には鬱病や双極性障害が多いという調査を載せていた、天才の脳科学―創造性はいかに創られるかの著者のナンシー・アンドリアセンも、そのことに触れて、芸術家に鬱病や双極性障害が多いのは、次のような幾つかの性格的特性が元々あるからではないか、と書いています。

■他の人が気にしないようなことにも疑問を抱くため、批判や拒絶にさらされやすい。

創造性の低い人々は、親や教師や宗教上の指導者など上から言われたことに従い、条件に応じた反応が素早くできるが、創造的な人はもっと流動的な混沌とした世界に住んでいる。

そして疑問をぶつけることが多すぎるとか、あまりに型破りだという批判や拒絶に出会わざるをえない。そのような性質から、鬱状態に陷ったり社会的に孤立感を深めたりすることになることがある。(p148)

■脳内を激しく連想が飛び交いやすく、思ってもみないようなアイデアが生まれやすい。

脳内を飛び交う連想が、自己組織化によって新たな思考を生じたとき、その結果が創造である。しかし自己組織化が失敗したり、間違った思考を自己組織化させてしまうと、その結果は精神病だ。(p150)

■感受性が強く、周囲の刺激にすぐに圧倒されてしまいやすい。

五感からの過剰に入力に感受性があることは、それでも創造性の資源でもある。通常より多量の刺激を取り入れる人は、人生をそれだけ余計に経験する人であり、それだけ感情や必要性を認識するし、不都合だったり煩わしかったりする刺激を簡単に除いてしまえる人よりも、異常な感覚や感情をもつことになる。(p151)

これらは三つとも、まわりの人よりも、深く物事を考えたり感じたりする特性といっていいでしょう。近年ではHSPとして知られている特性に近いものです。

芸術的な感性が鋭いHSPの7つの特徴―繊細さを創作に活かすには?
感受性が強いHSPの人が芸術に向いているのはなぜか

物事をより深く、繊細に感じるというのは、今書かれていたように「人生をそれだけ余計に経験する」ということです。大多数の人よりも、喜びも悲しみも、幸せも憂鬱もより強く感じられるからこそ、深みのある創作ができます。

そうだとすれば、作家たちが憂鬱な気分になりやすいのは、精神疾患を患っているからではなく、人よりも世の中の儚さや不幸をより深く感じ取りやすいためだ、ということになります。他の人は気にも留めないような、生と死の移ろいや時間の流れの物悲しさを意識してしまうので、憂鬱にならざるをえないのです。

しかし、その強い感受性のおかげで、身の回りのありふれた出来事により深く揺さぶられ、強烈な感情の発露を、渾身の芸術作品として発散していくことができます。

混沌の中でこそ芸術の力を知る

もっとも、作家たちの中には、より深い絶望にとらわれる人もいます。本当の意味で鬱病や双極性障害と診断され、治療を受けざるを得ない人もいるでしょう。

憂鬱になれば川のせせらぎや湖のほとり、森の木立ちの中を散歩できた ひとむかし前の人たちと違い、現代には、憂鬱な人が心を休められるような環境がほとんどありません。切羽詰まって心を整理しようと家を飛び出しても、そこには24時間光り輝くネオンサインや、激しく行き交う自動車の騒音が待ち受けているだけです。

本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのかにも書かれているように、こうした劣悪な環境は、感受性の強い人たちから、心を休める場所を取り去ってしまいました。心を休める場所がなければ、一時的で自然な憂鬱が、慢性的で病的な憂鬱へと発展してしまうこともありうるでしょう。

この世界は騒音にあふれている。それは僕たちから美しい静寂を奪い去るだけではない。健康被害の面で、大気汚染に次いで二番目に大きな環境要因となっているのだ。過度の騒音にさらされると、血圧が上昇したり、睡眠が妨害されたり、病につながるストレスが生じたりすることがわかっている。

こうした状況を受けて、EUの執行機関である欧州委員会は、夜間の最大許容騒音レベルを40デシベルに定めた。これは図書館内とほぼ同程度の騒がしさだ。(p224)

言うまでもなく、日本の都市圏では、たとえ夜間でも図書館並みに静かな場所を探すのは至難の業でしょう。最近では、例えば「静寂を求めて -癒やしのサイレンス」という映画のように、静寂の大切さを見直す活動も、少しずつ始まっていますが、感受性の強い人にとってはいまだ安らげる場所はほとんどありません。

感受性の強い人のなかには、不幸な生い立ちゆえに、生理的に重度の憂鬱を経験する人たちもいます。自身も重度の鬱病を患った作家ウィリアム・スタイロンが見える暗闇―狂気についての回想で書いているように、悲しいことに自殺によって命を断たざるを得なかった作家は決して少なくありません。

鬱病は偏りなく手を伸ばして来るが、かなりの信憑性で実証されているのは、芸術家的なタイプ(とくに詩人)がとりわけその病魔に弱いということだ。

そして、この病気が深刻な臨床的表われ方をすれば、犠牲者の20パーセント以上が自殺の形をとる。このようにして倒れた芸術家たちの例を現代と近代からほんのいくつか拾うだけで、悲しくもあるが、キラ星のような名簿となる。

ハート・クレイン、ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ、ヴァージニア・ウルフ、アーシル・ゴーキー、チェーザレ・パヴェーゼ、ロマン・ガリ、ヴェイチェル・リンゼイ、シルヴィア・プラス、アンリ・ド・モルテルラン、マーク・ロスコ、ジョン・ベリマン、ジャック・ロンドン、アーネスト・ヘミングウェイ、ウィリアム・インジ、ディアヌ・アルビュス、タデウシュ・ボロフスキ、パウル・ツェラン、アン・セクストン、セルゲイ・エセーニン、ウラジーミル・マヤコフスキー……とリストは続く。(p55-57)

しかしながら、こうしたより重い鬱状態もまた、必ずしも作家の創造性を縛る足かせになるのではなく、ときには創作活動を後押しする起爆剤として働くことがあります。

クリエイティヴィティ―フロー体験と創造性の心理学には、ユダヤ人女性として、第二次世界大戦中に亡命の旅を繰り返し、耐えがたい精神的な苦痛を味わった詩人ヒルデ・ドミンが、その絶望的な憂鬱を乗り越えるために詩を書くようになったことが触れられています。

ドミンは、彼女の詩が、深い感情の、そして多くの場合、―母の死によって引き起こされた抑鬱のような ―痛々しい感情の、触媒として作用することに気づいている。

辛さを表す言葉を見つけることが治癒の出発点となる―表現形式や文体を通じて、詩人は悲劇的な出来事を統御する力を回復する。

しかし、これがうまくいくためには、決して手加減をせず、ひるむことなく、常に現実を見ながら、絶対的に誠実であることが必要となる。ドミンは、これができる能力が、詩人であるためにもっとも強く求められる資質である、と考えている。(p278)

ドミンの精神的苦痛、そして絶望は、決して穏やかなものではありませんでした。けれどもその憂鬱は、詩を作り出すときの触媒のように作用しました。悲劇的な現実と向き合わねばならなかったからこそ、彼女は、ひと一倍、創作を通じて、「悲劇的な出来事を統御する力を回復」しようと努力しました。

あまりに混沌とした現実にさらされ、コントロールできない感情に呑まれそうになっている人にとっては、芸術を創作することこそが、経験に秩序を取り戻すためにできる、懸命の試みなのです。

詩人と小説家は存在の混沌に敢然と立ち向かう。ヒルデ・ドミンは、行動と感情が理にかなった、言葉の避難場所を作る。

マーク・ストランドは、さもなければ忘却の彼方に消え去ってしまう束の間の経験を、歴史のように記録する。

アンソニー・ヘクトは、運命の、気まぐれな偶発性を取り除くために、美しい表現形式を組み立てる。

マデレイン・レングルは、私たちの細胞のなかで起こっている出来事と星々の間で起こっている出来事のつながりを見出そうとする。

リチャード・スターンは人間の関与の危うさに焦点を当てる。

彼らの努力は、人生に意味をもたらそうとする人間の試みについての記録を残す。そして、大部分において、この努力こそが、彼らの作品のインスピレーションとして機能しているのである。(p295-296)

やはり生涯にわたって憂鬱や自殺願望に苦しめられた作家のアルベール・カミュもまた、シーシュポスの神話 (新潮文庫)の中で、耐えがたい混沌は、芸術を生み出す原動力になることに触れ、哲学者フリードリヒ・ニーチェのことばを引用しています。

最高度に不条理な悦(よろこ)びは芸術創造である。ニーチェはいっている。「芸術、ただ芸術だけだ、われわれは芸術をもっているからこそ、真理ゆえに死ぬということがなくてすむのである」。(p167)

もしも世界が明瞭なものであるならば、芸術は存在しないであろう。(p174)

感受性の強い人にとって、この世の残酷な現実に立ち向かうのはひときわ辛く、身をえぐられるような苦痛をともないます。できることなら現実から目をそらして幸せな夢想にふけりたいのは山々ですが、人生はそれを許してくれません。眼の前に厳然と横たわっている現実、向き合わねばならない真実は、あまりにも圧倒的で、あらがいがたいものです。

そんなとき、圧倒的な真実に立ち向かう唯一の方法が芸術だとニーチェは言います。芸術家の創造性は、どれほど混沌として、無秩序で、ひとかけらの希望さえもなく感じられる闇夜においても、絶望の中から作品を作り出すことによって、人生を有意義なものに変えられるからです。

脳神経科学者また医師であるオリヴァー・サックスも、事故で負った重い怪我から回復する過程をつづったエッセイ左足をとりもどすまでのなかで、このニーチェの言葉を引用しています。

いつはてるとも知れぬ不確実、不安な日々。リンボウのなかで、私は絶望にむかって旅をし、ふたたびもどってきた。それは魂の旅だったのである。

医学的状況にはなんの変化もなく、私は「暗点」にしっかと捉えられ、身動きできない状態だった。

しかし医者たちにたいしては、本心からではないにしろ、「より深い問題」にふみこまない、聞かないという暗黙の了解ができていた。

魂の闇夜にあっては、科学にたよることはできない。理性では解決できない現実に直面した私は、芸術と宗教に慰めをみいだした。

夜の闇をとおして呼びかけ、心をかよわせることができるもの、意味をもち、理解しうるもの、耐えうるものは、芸術と宗教だけだったのである。

「真実の重みにおしつぶされないように、我々には芸術がある」(ニーチェ)(p135)

彼は科学のもとで学んだ医師でしたが、「魂の闇夜」と呼べるほどの絶望的状況では、科学の知識など何の役にも立たないことを知りました。医学の限界を超えた重い病気や障害に見舞われた人にとっては、医学の知識はもはや何の慰めにもなりません。

医師が指し示す見込み、それは例えば、統計的にはもう治る可能性がわずかしかないとか、今後の人生をずっと障害者として過ごすだろうとか、ただ近々死を迎えるとか、いっそ予後は何も知らせてくれないとか、そんな虚無感をもたらす知らせばかりかもしれません。

でも、芸術は違います。どれほど惨めな状態にあっても、芸術は生きる意味を与えてくれます。医学的な観点からすれば、ただ弱りながら死んでいく敗残者にすぎない患者でも、芸術的観点では、最後の瞬間まで一人の人間として死地を立派に闘い抜いた英雄になれます。

医学や科学は人間をただ機械的、数学的なデータでしか扱いませんが、芸術は、一人ひとりの人生に尊厳を付与し、この世に二つとして同じものはない血のたぎる物語を与え、最後の瞬間まで人間らしくあれるよう助けます。

だからこそ、耐えがたい憂鬱や絶望に襲われた人は、先ほどの引用文にあったように、「人生に意味をもたらそうとする人間の試みについての記録」として、創作活動に打ち込み、慰めと励みを得ようとするのです。

「創造力には絶望の季節が必要だ」

こうして、医学的また芸術的視点から考えてみると、たしかに冒頭で引用した作家のティモシー・イーガンの言葉のとおり、「創造力には絶望の季節が必要だ」というのは真実です。

作家に鬱病や双極性障害の兆候を示す人が多いとはいっても、必ずしも作家たちが病的だというわけではありません。芸術家になるような人たちは、ひと一倍生き生きとした感受性を持っているがゆえに、人生の酸いも甘いもより深く、より繊細に感じているにすぎません。

たとえ生まれ育ちの不幸や、絶望的な現実が立ちはだかるとしても、それでも憂鬱さは、芸術家にとっては単なる病気のいち症状ではありません。魂の闇夜のような憂鬱は、創作活動の触媒であり、人生の意味を見つけようとして、作家は創作活動へと駆り立てられるからです。

憂鬱な気分を抱くことは、世の中の大半の人たちよりもはるかに深く、繊細に感じながら人生を生き抜いている証拠であり、卑下するようなことではありません。

憂鬱な気分は、芸術家にとっては人生の迫害者ではなく、ときに衝突し、ときに手を取り合うよう長年の連れ合いのようなものであり、「絶望の季節」がなければ、古今東西の芸術家たちは芸術家ではなかったかもしれないのです。

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投稿日2018.07.22