[推理小説] 画家は夕焼けの古城の絵を描いた―翠河瑠香の葛藤

Act9.翠河瑠香の決意

「瑠香…!」

由梨菜はハラハラしながら親友のほうを見た。瑠香は由梨菜を安心させるようにそっとうなずいた。

「る、瑠香…? どういうことですか? 何か、わたし、変なことを言いましたか?」

戸惑うエレーヌに、瑠香は落ち着いた声で話し始めた。

「エレーヌ。ごめんなさい、わたしが態度を決められないばっかりに…」

開口一番、謝る瑠香に、エレーヌはさらに惑いを隠せない様子だ。瑠香はさらに続けた。

「昨日、わたしは確かにエレーヌに言ったわ。怪盗がわざわざ飛び降りるところを見せたのは、盗み出したタイミングを誤認させるためだって。今もわたしはそう思ってる。けれども、アラン刑事のせいで、それがとんだミスリードになってしまった。きっとこうなるだろう、と気づいてから、わたしはずっと、エレーヌに言った言葉を後悔してたの」

「えっ…それはどういう…?」

「エレーヌ、あなたの考えは、一見、筋が通ってるように思えるし、アラン刑事がどうにも怪しい振る舞いをしてたのは事実よ。わたしもちょっとだけ彼を疑ったことがあった。でも考えてみて? アラン刑事は、偶然そこに居合わせたように見せかけたわけではないの。アラン刑事を呼んだのはエティエンヌさんなんだから」

「えっ…」エレーヌはエティエンヌのほうを見る。

「そうですね。アラン刑事に電話をしたのは確かにわたくしです。昨日、お嬢さまが怪しい人の顔のようにものを見たとおっしゃったので、念のため、わたくしが見回りをお願いしたのです」

「そ、そういえば、あの刑事さん、エティエンヌに呼ばれたと、ちらっとおっしゃっていたような…」とエレーヌ。

瑠香はエティエンヌの説明に補足する。

「エティエンヌさんがアラン刑事を呼んだことは、エレーヌには詳しく伝えられていなかったよね。エレーヌからしたら、都合よく現場に現れたかのような見えたかもね」

「で、でも」今度は由梨菜が口をはさむ。

「あの刑事さん、ほんとに都合よくあの場に居合わせたような感じだったよ。見回りに呼ばれたのはたまたまでも、もともと何か悪いことはたくらんでいたとか…」

「いえ、本当にただの偶然じゃないかしら」 瑠香は答える。

「むしろ、そんな変な偶然が絡んだせいで、犯人にとっては厄介なことになったんじゃないか、ってわたしは思うの。実際、アラン刑事が疑われるような展開にならなかったら、わたしは真相を話さず、黙っていよう、と思ったかもしれないもの」

「ええっ? それはいったい…」話

を聞く全員が驚いて動転しはじめた。

「まず、はっきりさせておきたいんだけど」と瑠香。

「そもそもアラン刑事が犯人なら、そんなまどろっこしいことをしなくていいはずなの。なぜか関係者になってしまったせいで、怪しい行動が目立ったけど、本来、アラン刑事は担当の刑事でも何でもないでしょう?  もしアラン刑事が犯人なら、それこそ最初にエレーヌが言っていたように、いつの間にか忍び込み、いつの間にか盗んで逃げ出せばよかったはず。そうしたら、だれも現職の刑事が盗みに来たなんて思わない」

「あら、そうよね」 テレーズがあっさり得心して思わず相づちを打つ。

「わざわざ現場に二度もやってきて自分から目をそらす工作なんてする必要はどこにもない人なのよ、アラン刑事は。もともと関係者じゃないんだから」

あまりにシンプルな説明に、さっきまで意気込んでいたエレーヌもあんぐり口を開けてぽかんとしていた。

「そ、それじゃ、どなたなんですの!?」 マリーおばさんがあたふたと慌てて震えた声で見回した。

「…」
瑠香は一瞬またためらいの表情を浮かべたが、もう一度決意をこめて話し始めた。

「今話したとおりです。怪盗がわざわざ絵が盗まれた時間を偽装する必要があったのは、何の関係もない部外者ではなく、疑われてしかるべき関係者だったからなんです。関係者だからこそ、アリバイを作る意味で、盗まれた時間を誤認させるパフォーマンスが必要だったんです」

瑠香がそう言うと、部屋がシーンと静まり返った。瑠香の言葉はとても重かった。なんといっても、関係者、つまりこの部屋にいるだれかが盗難の犯人だという厳しい宣告を下してしまったのだから。

その沈黙を自ら破るかのように、瑠香はやおら椅子から立ち上がり、こう言った。

「みなさん、ちょっと中庭に来てもらえませんか? ちょうど日が暮れ始めたころなので、昨日と同じような状況を再現できると思うんです」

投稿日2017.06.27