[推理小説] 画家は夕焼けの古城の絵を描いた―翠河瑠香の葛藤

Act11.真相

「そ、そんな…」由梨菜は愕然として叫んだ。

そこにいたのは、あのときカメラと三脚を構えて、一人古城の近くに立っていた人、うなだれて沈黙しているアルベールだった。

「…」

エレーヌはこうなることに気づいていたようで、視線をそらして俯いている。

「いったい、どういうことですの? 何かの間違いよね、あなた?」 テレーズは混乱して問いかけるか、アルベールは答えない。

「あら、あらあら???」マリーおばさんは動転して言葉が出てこないようだ。

エティエンヌもおろおろして一同を見回している。

みなの様子を見た由梨菜は、今話せるのは自分しかいないことを悟り、瑠香に問い尋ねた。

「瑠香! わ、わたし、瑠香の推理を疑うわけじゃないけど、納得いかないよ! 人影がバルコニーじゃなくて、アルベールさんがいた場所に見えたってなら、サイズが合ってないでしょ?」

「ええ、だから、あれは本物の人影じゃなかったのよ。サイズからすると、おおかた、画廊に飾ってあったデッサン人形くらいの大きさね。アルベールさんがいま立っている場所の木の上にそれを設置して、あのタイミングで糸かなにかで引っ張り落としたんでしょう」

「そ、そんなの無茶だよ…! いくらなんでもそんなの見間違えるわけ…」

「普通なら、そうね。でも、この時間帯なら?」

瑠香は「古城のそで」を見上げた。時刻はすっかり夕方になり、逆光が「古城のそで」を照らしている。

「あっ…そうか…これって、影絵みたいな状態…だよね?」

「そうよ。思い出してほしいんだけど、あのときアルベールさんは、逆光になってわたしたちの顔が見えないから絵の構図とは逆向きに写真を撮ろう、と提案して、わたしたちをそこに並ばせた。そして、わたしたちは誰一人、人影の素顔も細かい服装も見ていない。遠目だったせいもあるけど、それより逆光で黒い影にしか見えなかったの」

瑠香の説明に由梨菜はうつむき加減になって思案する。

「だ、だけど…」 まだ納得がいかないというふうに続ける。「だけど、それだけでデッサン人形を飛び降りた本物の人間と見間違えるなんて…」

「ええ。わたしや由梨菜だけなら、そんな影を見ても、まさか人が飛び降りたとまでは思わなかったかもしれない。でも、テレーズさん、エレーヌ、そしてマリーさんはそうじゃないでしょ?」

瑠香は困惑して声も出なくなっている三人を順に見やる。由梨菜はその視線でハッとする。

「そっか…伝説…だよね?」

「ええ。古城の人たちはみんな、何度もいわくつきの伝説を聞かされてきた。あのバルコニーから人が身投げする言い伝えをよく知っていて、エレーヌのように恐れさえしていた。マリーさんもそのうわさをよく話していたようだし、その先入観が強い状態で見ると、見たものを解釈するのにバイアスがかかってしまう」

「そんなことって…」

「エレーヌが道中、樹木のうろを人の顔に見間違えたんじゃないかってとき、わたしは3つの点があると人の顔に見えてしまうっていうシミュラクラ現象のことを話したよね。あれはパレイドリアと呼ばれる現象の一種なの。パレイドリアは、たとえばもやもやっとした雲を眺めたとき、人によって色々な形を連想することなんだけど、その連想には先入観が反映されるから、精神状態とか潜在意識を調べるテストに応用されてたりするのよ」

「そ、そうなんだ…」 由梨菜は頭がついていかないが、とりあえず相づちを打つ。

「つまり、あの影絵のような人影が飛び降りるのを見たとき、先入観がないわたしたちならともかく、言い伝えをよく知っているこの城の人たちは、本当に人が飛び降りたと錯覚する可能性が高かったということ。現にマリーさんがパニックになって、人が飛び降りたと言い出したから、わたしたちもそう思い込んでしまった」

「確かにそうだったかも…」 由梨菜は思い出しながらつぶやく。

「でも、わたしたちが見たのは人影だけじゃなくて、物音を聞いたし、水の音だって…」

「物音はみんなの意識を『古城のそで』に惹きつけるためのきっかけ、そして水音は本当に誰かが飛び込んだように思わせる音響効果のようなものでしょう。ただ影絵で人が飛び降りたように見せるだけじゃなく、音があったからこそ、臨場感が感じられたの」

「だけどどうやって?」由梨菜は食い下がる。

「たぶん、なんだけど…」瑠香は思案しながら続けた。

「『古城のそで』の画廊に大きな薄型テレビがあったよね。あれの最大音量で再生したんじゃないかしら。あらかじめ音声が入った録画データを再生しておいて、時間が来たら聞こえるように。あのときバルコニーの扉は開け放たれていたから、それが『古城のそで』から聞こえたように見せかけられたはず」

「でも…、なんでそんな手のこんだことを…」由梨菜は戸惑いながら、意気消沈して立ち尽くしているアルベールのほうを見やった。

「それは、これから聞いてみないとわからないけど、あのとき何が起こったのか整理するとこうなるわ。わたしたちが画廊を出たあと、アルベールさんは、最後に残って片付けをすると言っていた。つまり、一人だけであの部屋に残る時間があったことになる。おそらくそのときに絵をどこかに持ち去り、音に気をつけながら部屋を少し荒らして、音声の入った録画データの再生をしかけて、バルコニーの扉を開け放った。それから遅れてわたしたちに合流して中庭に降りてきた。そして、写真を撮る準備を進め、自分は木の下まで移動し、みんなを今の位置に立たせたところで、ちょうどテレビから音がした、それを合図にみんなが『古城のそで』を見たので用意してあった人形を木からタイミングよく引っ張り落とした。ちょうど噴水の陰に落ちるので、庭に落ちたのは見えない。たぶんあらかじめ予行演習は何度もしていたんでしょう。そしてわたしたちと一緒に海岸に走っていった。パラシュートはそのときにこっそり海岸に置いて、わたしに発見させたのかもしれない」

そこまで聞いて、由梨菜は悩ましい表情でつぶやいた。

「そっか…昨日瑠香が言ってた、犯人は絵を盗んだ時間を錯覚させたって話。確かにわたしたち以外にあの前後に一人だけで画廊に入れたのって、アラン刑事だけじゃなく、アルベールさんもそうだったのよね…でも」

やはり納得がいかない様子の由梨菜。

「全然、わけがわからないよ! なんでアルベールさんが自分の絵を盗む芝居をしたりするの? こんなにみんな動揺して、悲しんでるのに…!」

そう言って由梨菜は沈痛な面持ちで、エレーヌのほうを見た。

「ええ…」 瑠香も辛そうな表情でうつむく。

「だから、わたしもこんなことを明らかにしたくなかった。今朝、この中庭を調べていて、視差のことに気づいたとき、しまった…と思った。昨日、エレーヌに言ったヒントは、アルベールさんの犯行を示すものだったって。もちろんエレーヌは気づいてなかったし、だれひとりアルベールさんを疑うなんてありえなかったけど、エレーヌは、わたしのヒントを誤解して、アラン刑事に疑いをかけてしまった。このままだと、関係ない人に嫌疑がかかるし、どんどん面倒なことになりそうだったから、わたしはどうしたらいいのか迷ったわ。エレーヌの気持ちを思えば、うまく話をごまかして有耶無耶にしちゃったほうがいいのかなって…」

「瑠香…」

「だけど…昼食のあいだ、ゆっくり考えてて思ったの。わたしはエレーヌのことを信頼してるし、そんなエレーヌが大好きなお父さんだったら、何の理由もなしにこんなことするはずがないって。アルベールさんは誰よりもエレーヌを悲しませたくないはず。だから昨晩、エレーヌを親身に慰めていた。それなのにエレーヌがショックを受けるのを承知で、この芝居を打たなければならなかったのなら…」

瑠香は強いまなざしでアルベールのほうを振り向いた。

「その事実を明らかにするしかない。必ずもっともな理由があるはずだって」

瑠香と由梨菜、そして今まで沈黙して成り行きを見守っていたみなの目が、アルベールに注がれた。

投稿日2017.06.27