[推理小説] 画家は夕焼けの古城の絵を描いた―翠河瑠香の葛藤

Act12.塗りつぶされた悲劇

「ふむむ…これは…参りましたね…」

アルベールはずり落ちた丸メガネを戻しながら、きまり悪そうにつぶやいた。

「お父さま! 本当に…本当に瑠香の言うとおりなんですか?」 エレーヌは悲痛な表情で問いかける。すべて間違いだと言ってほしいかのように。

「エレーヌ…、そしてテレーズ、マリー、エティエンヌも、すみません…。瑠香さんの言ったことは本当です…」

「そんな、あなた…!」 真っ青な顔で口元を押さえるテレーズ。

「そ、そんな、アルベール、なんであなたが…」 マリーおばさんも信じられないといった表情でうろたえている。

「アルベールさま、わたくしには信じられません。瑠香さまの言ったとおりです。何か理由があるなら…わたくしどもに話していただけませんか?」 エティエンヌは困惑しながらも穏やかに尋ねた。

「…」

アルベールは少し俯いて沈黙した。迷っているように見える。

「話し にくいことだろう、と想像はついてますが…」と瑠香。「話してみないとわからないことだってあると思うんです。だから」

アルベールはさらに押し黙って足元を見つめていたが、やがて意を決したように目を上げた。

「はい…。そうですね。ありがとうございます。瑠香さん、娘は…エレーヌは本当に良い友人に恵まれたようです」

「お父さま…」

「お話しするしかありませんね。わたしが見つけてしまった、塗り消された過去のことを」

そう前置きしてアルベールは淡々と話し始めた。

「あの絵が…父が描いた夕日の古城の絵が倉庫から見つかった経緯についてはお話ししましたね。わたしはあの絵を見つけたとき、いたく感動して、さっそく公開し、世に送り出しました。すぐにあの絵は有名画家の死後に発掘された傑作として話題になりました。そしてすぐさま国立美術館に引き取られることになったのもお話ししたとおりです。もうすでに寄贈の契約は確定していました」

アルベールの話に、みな食い入るようにして耳を傾ける。

「ところが…、すべて決まった後になって、困ったことになりました。わたしが美術館の学芸員の職を持っているのは、みなさん知っての通りです。近年、科学的な鑑定機器を使って、名画の秘密を知ろうとする試みが注目されているのは、きっと聞かれたことがありますね?」

「えっ…名画に隠された暗号とか…ですか?」 由梨菜が尋ねる。

「はい。暗号というよりは、画家の絵の下に何かが隠されているのではないか、ということなのですが…。ご承知のように、絵の具で描かれた絵画は、最初に描いたものの上から別の絵を描くことができます。絵に蛍光X線を当てて調べてみると、その下に描かれた絵を見つけられるんです。この装置でいろいろな名画を調べて画家の秘密を探ろうとする試みがされていますが…」

「まさか、お父さま…あの絵にもそれを…?」

「はい…。ふと嫌な予感がしましてね。もう寄贈の契約も決まっていた段階だったのですが、あの絵が倉庫の奥に隠されていたことを思えば、もしやいわくつきの何かなのではないかと、思いあたりました。それで、恐る恐る調べてみると…」

「な、なにか描かれていたんですの?」 マリーおばさんが恐怖に顔をゆがめて恐る恐る問い尋ねる。

「はい…じつは…あの…」

アルベールは話しにくそうに口ごもり、無言で首を横に振る。

「たぶん…」 瑠香が口を開いた。「わたしが気づいた花びらのような部分ではないですか?」

「ふう…そこまでお見通しでしたか…本当に…娘も、その友人も優秀すぎて困る…」

アルベールは苦笑いしてあきらめたように続ける。

「そうです。あれは後から描き足されたもののようでした。そして。その絵の具の下には…」

みなが息を呑んで、アルベールの次の言葉を待った。

「飛び降りる人のようなものが描かれていたんです…」

投稿日2017.06.27