[推理小説] 画家は夕焼けの古城の絵を描いた―翠河瑠香の葛藤

Act13.父と子

「そんな…!」

アルベールが悲しそうに言葉を振り絞るとみなが口々にそう言った。

「すべて、わたしの責任です。わたしが隠されていた絵を見つけなければ、そして、考えもなしにあの絵を世間に公表しなければ、これはずっと秘密のままでした。こんな芝居を打って、エレーヌを悲しませることもしないでよかった」

アルベールは額に手をやって悔やんだ。

「でも、もうすでに寄贈は決まっていました。世間の注目も集まっていた。このまま寄贈すれば、あの絵もわたしのあずかり知らぬところで研究されて、遠からず、わたしが知った秘密は明るみに出たことでしょう。ただでさえ、わたしの一族、そしてこの古城には嫌なうわさがつきまとっているのです。そこへあんな証拠が出てきたら、血塗られた家系だと言われるかもしれません。あの名画も、美しい傑作としてではなく、いわくつきの血塗られた絵という評判を得てしまうかもしれない…」

由梨菜は瑠香が読んでいた雑誌のことを思い出した。あのうわさは確かにすでに世間に知られてしまっていた。ならきっと、それを裏付ける絵が出てきたら、もっと火がついて収拾がつかなくなったかもしれない。

「わたしだけならよかったんです。なんと言われようと。わたしは父の道を継いだわけではありませんし、名誉も何もありませんから。けれど…」

アルベールは当惑して悲しみの表情をたたえているエレーヌのほうを見た。

「エレーヌはそうではない。前途有望な画家として、将来はこれからなんです。わたしの家系に悪いうわさを立てられ、祖父が血塗られた画家と言われようになってしまったら、そのあおりを一番受けるのはエレーヌなんです」

アルベールは心底辛そうに頭を振った。

「お父さま…だから」 泣き出しそうな声のエレーヌ。

「はい。色々考えました。うまく寄贈の契約を破棄できないか、とか、絵が不慮の事故で焼失したように見せかけられないか、とか。だけど、どれも、さらにいわくつきになっていらぬ憶測を呼びそうだった」

アルベールは大きく溜め息をついた。

「けれど、悩んだ末に妙案を思いついたんです。この絵と同時に、血塗られたうわさそのものを、だれかに盗ませてしまうのはどうか、と。何者がこの絵を盗み出し、しかも伝説のように飛び降りる。でもそれで死ぬでもなく、華麗に絵を盗みさってどこかへ消えてしまう。そうしたらきっと大きなニュースになるでしょう。わたしが寄贈をほごにしたとか、火事で焼失したとかいう事件よりかはよほどセンセーショナルに。それはきっと、今までのうわさを上書きするほどに」

「そっか…だから…」 由梨菜は驚いて声を出した。

「はい。わたしは、どうせならこの絵だけでなく、人が身投げする『古城のそで』という悪いうわさも一緒に消してしまおうと思った。瑠香さんも、由梨菜さんも、巻き込んでしまい申し訳ありません。エレーヌが友人を招待したい、と言ったとき、二人には第三者の目撃証人になってもらえるかもしれない、と考えたのです。身内以外の目撃者がいれば、信憑性は高まりますからね。事件はセンセーショナルに報道されるかもしれませんが、あの名画は血塗られた絵などと言われることもなく、正体不明の怪盗が心を奪われて盗み出すほどのすばらしい絵だった、と語り継がれるでしょう。そして、この『古城のそで』は人が身投げする場所としてではなく、名画が持ち去られたミステリアスなところとして語り継がれるようになるでしょう。わたしは言い伝えを上から塗りつぶしたいと思ったんです。父の絵に描かれた身投げする人の姿が、花びらによって上から塗り消されていたように」

アルベールの告白は終わって、夕焼けの中庭には沈黙が訪れた。時刻はちょうど、昨日、事件があったころだろうか。そして、きっと、画家が夕焼けの古城の絵を描いたのもこの時刻だったのだろう。すべてを吐露して息をつくアルベールの背には、想像を絶するほどの畏怖を引き起こす壮麗な夕焼けの古城が美しく描き出されていた。

「お父さま…わたし…誤解していました」

エレーヌがぽつりとつぶやいた。

「やっぱりお父さまは、ずっとわたしのことを思ってくれていたんですね」

投稿日2017.06.27