[推理小説] 画家は夕焼けの古城の絵を描いた―翠河瑠香の葛藤

Act7.中庭での葛藤

次の日の朝、由梨菜はベッドの中で鳥のさえずりを聞いて目を覚ました、すっかり外は明るくなっていて、窓から朝日が差し込んでいる。由梨菜は身を起こしてぐっと伸びをして、部屋の中を見回した。

「おはよー、瑠香…あれっ?」

部屋の中に瑠香の姿はなく、隣のベッドには誰もいなかった。ふと時刻を見ると、なんともうお昼を回っている。窓から差し込んでいるのは朝日ではなく、すっかり空高く上った昼の光だったらしい。由梨菜は苦笑いして、

「みんなにきっと寝ぼすけだと思われちゃったんだろうなー」と舌を出した。それとともに、昨日は本当に疲れていたんだ、ということを実感して大きく深呼吸した。

とりあえず光を浴びようとバルコニーに出て景色を眺めてみると、昨日あんな事件があったとは思えないくらい、平和で穏やかな景色が広がっていた。昨日の出来事は悪い夢だったのだろうか、と首をかしげてしまうほどだ。

ふと中庭に目を落とすと、見慣れた姿の人物がそこにいるのに気づいた。さすがに中庭を歩くだけなのでいつものコートは着ていないが、遠目でも見間違えることはない。間違いなくそれは瑠香だった。

「おーい、瑠香ー!」

由梨菜が大声で呼ぶと、中庭にいる瑠香は由梨菜に気づいて手を振ってきた。瑠香がそこで何をしているのか気になったが、バルコニーから大声で会話するわけにもいかないので、服を着替えて中庭に降りてみることにした。


中庭に降りる途中、階下に降りると、エレーヌにばったり出くわした。

「あっ、由梨菜さん。おはようございます…って、もう『こんにちは』でしょうか」

一晩休んですっきりしたのか、エレーヌにはいつもの笑顔が戻っているように見えた。

「あはは、つい寝坊しちゃった」とはにかむ由梨菜。

「無理もありませんよ。わたしも起きるのは遅かったです。きっと由梨菜もおなかがすいたでしょう? もうすぐお昼ごはんです」

「ありがとう。だけど、その前に、瑠香が中庭にいたからちょっと声をかけにいこうと思って…」

「ああ、それなら、わたしも行きます。ちょうど昨日の話の続きが気になっていたところですし」

そう言って、二人は連れ立って中庭に出た。


中庭に出ると、よく晴れた 明るい日差しが照っていて、爽やかな風が気持ちよかった。目当ての瑠香は中庭の真ん中あたりの噴水のところから、昨日事件があった「古城のそで」のほうをじっと見つめていた。

「瑠香ー!」

由梨菜とエレーヌが声をかけると、瑠香は二人のほうを振り向いて

「あら、おはよう、二人とも」と笑顔を浮かべた。

「ごめんね、瑠香。すっかり寝過ごしちゃって」と照れ笑いする由梨菜。

「瑠香はここで何をしていたのですか?」 エレーヌは興味津々で尋ねる。

「ええ。ちょっとね…わたしのほうも気になることがあったから」

瑠香は淡々とした様子でそう述べた。

「気になることって…中庭でですか?」 首をかしげるエレーヌ。

「ええ…」

瑠香はしばし沈黙して腕組みし、何か熟考しているようだった。

「こういうときの瑠香って、何か思いついてはいるんだけど、確証が得られてないのよね」と由梨菜。

「ちょっとそっとしておいたほうがいいってことですね」とエレーヌ。二人は顔を見合わせてにっこり笑った。そして瑠香から離れて二人で話し始めた。

「そういえば、エレーヌ、昨日気になっていたことの答えは出たの?」

「はい、由梨菜。なんとなく思いついたことがあるんです」

「やっぱり! きっとエレーヌなら何かをひらめいてると思ってた」

由梨菜は目を輝かせてウインクした。

「はは、だめですよ。そんなに期待されるほどのことじゃないです」 エレーヌは気恥ずかしそうに答える。

「わたしが考えてみたのは、昨日、瑠香が言ってくれたことです」

「怪盗がわざと物音を立ててバルコニーから飛び降りたのは、あの瞬間に事件が起こったと誤認させるためじゃないか、ってことだよね」

「はい、由梨菜。そうだとすると…」 エレーヌは視線を落として考えながら言葉を選んで話す。

「あの瞬間に事件が起こったとわたしたちが誤解すれば、得をする人ってだれだろう、って考えてみたんです。それっとわたしたちが出会ってない人ってことはありえないですよね」

「うん。知らない人なら、それこそエレーヌが昨日言ってたように、こっそり忍び込んで、こっそり盗んで立ち去るのが普通だもんね」

「となると…あの時間以外にわたしたちの前に現れた人が怪しい、ってことになりますよね」

「あの瞬間に盗まれたと錯覚させて得をするのは、あの時間以外に、現場に入ったことをわたしたちに知られている人物だってことになるよね」

「はい。犯人は、別の時間に、現場に入るのをわたしたちに見られているはずです。本当はそのときに絵を盗んだんです。でも、そんな自分から疑いをそらすために、あたかもまったく別の時間に盗まれたかのように思わせるパフォーマンスをした。そういうことですよね?」

エレーヌは指を立てて念押しするように由梨菜に尋ねる。由梨菜もそっと確信をこめてうなずく。

「なら…」「なら…」

二人が声をそろえて結論を言おうとした瞬間、

「あーら、みんな、ここにいたのね! そろそろお昼ごはんの時間だって、アルベールが呼んでるわよ!」

古城の玄関を開けて、マリーおばさんが三人を呼びにやってきた。由梨菜とエレーヌは肝心のところを確認しそこねて、口を開けて目を白黒させたが、食事のあとに続きを話すことにして、食堂へ向かった。そして瑠香は何やらとても深刻そうな顔つきでもう一度「古城のそで」を見上げ、いつになく重い足取りで二人の後を追った。

投稿日2017.06.27