さよなら、ミーバース。絵を描く楽しさを教えてくれて、ありがとう


今日2017年11月8日の15時。Miiverseが終わります。

Miiverse(ミーバース)って言っても、なんのことかわからない人もいるかもしれませんね(笑) ミーバースは最後まで、知ってる人はよく知ってる、でも知らない人は聞いたこともないようなSNSでした。

ミーバースは、2012年12月に始まった、任天堂のSNSです。ゲームを通じて世界中の人とつながり、共感しあう、というコンセプトで作られました。

わずか5年弱でサービス終了することになってしまった短命SNSだったけれども、思い出はぎっしりつまっています。今のわたしが、ここで絵を描いていられるのは、間違いなくミーバースのおかげです。もしも、ミーバースがなかったら、このサイトは存在していなかったし、きっとわたしが絵と関わっていることさえなかった。ミーバースは絵描きとしてのYuKiの生みの親、そしてふるさとです。

故郷が今日まさに消えてしまうことを思うと、いたたまれない気持ちになります。ミーバースで過ごした日々の思い出が次から次によみがえります。だけど、笑顔で、ありがとう、そしてさよならと言って見送りたい。だからこの記事を書くことにしました。

初めてのSNS、初めてのミーバース

SNSに馴染みがなかったわたしにとって、初めてのSNS、それがミーバースでした。

昔から、流行に乗るのがあまり好きではなくて、学生時代もわざと一人だけ携帯電話を持っていなかったようなわたし。今だって、なぜか家にテレビがないし、スマートフォンも持っていなくて、代わりにiPod touchを使っていたりします。絵を描くツールもPainterみたいな独特なのを選んだし、ちょっと人と違うことをしていたい性格なんですね(笑)

当時、すでにTwitterやFacebookが有名になっていたけれど、みんなが使っているものには関心がなかったので、それまでSNSに触れたことはありませんでした。

そんな折、任天堂のゲーム機を買ったんですが、わたしが買った当時はまだソフトが少なくて、やることがなかったんです。その代わり、本体機能の中に、ミーバースという、おもしろいサービスがあるとのことで、試しに使ってみることにしました。珍しいものには興味津々です。

ミーバースは、ゲームの感想や質問を投稿できるSNSなのですが、ユニークなのは、手書きメッセージを投稿できることでした。手書きメッセージをそのまま投稿できるSNSなんて、今も昔も、たぶんミーバースのほかにないんじゃないでしょうか。それくらい画期的でおもしろいシステムでした。

手書きなので、何を書いてもいいんですが、文字ならともかく、絵を描くなんて、ふだん絵を描かない人にはハードルが高いですよね。

けれど、コミュニティーをのぞいてみたら、世界中の人たちが、思い思いに好きなキャラクターの絵を描いていてびっくり! それも俗にいう、上手な絵ばかりじゃないんです。ほとんどは、ほんの数分でメモ帳に走り書きするような絵ばかり、けれども、のびのびと楽しんで描いたことが伝わってくる絵ばかりでした。

それだけじゃなくて、ミーバースがすごいのは、世界中の人たちが同じコミュニティーに投稿しているところ。名前を見ると、日本人だけじゃなく、海外の人たちも大勢いて、国際色豊か。テキストメッセージの投稿は、外国語も多くて意味がわからないけれど、手描きの絵やキャラクターは、国が違っても、はっきりわかるし、日本人も外国人も同じなんだ、ってことがひと目見ただけでわかりました。なんだか、万国博覧会の会場に来たような気分。

みんなの自由な投稿に励まされ、わたしも恐る恐る手描きの投稿をしてみました。当時、どうぶつの森をやっていて、ネコの住人ラムネちゃんが来てくれたのが嬉しかったもので、ミーバースの初投稿、いえ、SNS初投稿はこれでした。

ずっと長いこと、まともに絵なんて描いてなかったので、初々しい?ですが、こんなちょっとした絵を描いただけでも、なんだか、子どものころの絵の楽しさを思い出した気がしました。

それだけでなく、こんな拙い絵なのに、投稿した瞬間から、「そうだね」の反応がつくんです! それも日本のユーザーだけじゃなく、いろんな国のユーザーが、そうだね、を押してくれる!

長いこと描いていなかった絵を描いてみたら、即座に反応が返ってくる!  

新鮮な体験でした。嬉しくなってしまい、二枚も三枚も、時間が経つのを忘れて絵を描きました。

絵の描き方なんてわからなかったけれど、見よう見まねで、ネットで画像検索して、お手本を見ながら描きました。コミュニティーに投稿された他の人の絵を見て、お気に入りの絵の描き方をまねてみたりもしました。ちょっと工夫するだけで、自分の絵が見違えるほど魅力的になった気がして、わくわくしました。

ときどき、見知らぬ人からコメントももらいます。ほとんどは一言二言のコメントなんですが、手描きで「すごい!」なんて書いてもらえると本当に嬉しい。コメントも手描きでやりとりできるので、こちらもサラサラっと走り書きして、ちょこっと絵を添えて、コメントを返します。海外の方からのコメントもよくあって、翻訳サイト片手にカタコトの英語と絵で心が通じる瞬間が、とても幸せでした。

絵を描いているうちに、フォロワーになってくれる人もいました。わたしの絵を気に入ってくれてる人がいる!?  びっくりしました。お互いの絵にコメントし合って、会話することもありました。ミーバースはもともと絵のSNSではなく、ゲームの質問や感想がメインなので、お互いに同じ体験をしていて、共感し合えることも多いんです。同じシリーズが好きだったり、同じキャラクターを描いていたり。

その当時のわたしは、不登校生活の流れで、引きこもりに近かったこともあって、そんな素朴な交流が、とても励みになりました。自宅にいながら、手描きのちょっとした絵を通して、世界中の人たちとつながれる。学校の休み時間に、クラスメイトとわいわいやっていたころを思い出して懐かしくなりました。

初期のミーバースには自分の活動(通称、自活)と呼ばれる機能もあって、ゲームに関係のない話題でも、みんなが思い思いに日常のことをイラストで描いていました。ミーバースは写真は添付できないので、必然的に絵日記になるんですが、それがまた他のSNSとは違う味わいがあって、親近感が湧きました。たとえ絵が苦手でも、手書きの文字同士でやりとりするだけでも、温かみが全然違うものです。

しばらく、ただの手描き投稿でミーバースを楽しんでいましたが、手描き投稿の白黒のちっちゃいイラストでは、次第に物足りなくなってきました。そんなころ、「絵心教室スケッチ」という、400円ほどのソフトを見つけました。

タッチペンで本格的な絵を描けるソフトで、それ以前に、新絵心教室という、別のソフトをやったことがありましたが、新絵心教室はお手本を見ながら描くレッスンなのに対し、絵心教室スケッチはお手本がなく、自分で考えて自由に描く、ただのツールです。

これまで、お手本を見て描くのはそれなりにやっていたとはいえ、何もないところに一から描くなんて できるのかしら…と不安でした。それに、学生時代以降、白黒なら描けるけれど、色を塗ると下手に見える。そんなコンプレックスがあって、カラーの絵はほとんど描かなくなっていました。

けれど、紹介ページを見たとき、作品例を見て、ああこんな絵を描けたらいいな…と心をつかまれてしまい、思いきって、絵心教室スケッチを購入! いまだにその日は、わたしにとっての「絵心記念日」です。つい先月もお祝いしましたね。

「絵心組」のクラスメイトたち

それまでのどうぶつの森コミュニティから飛び出して、絵心教室スケッチコミュニティに飛び込んだわたし。でもやっぱり、オリジナルの絵なんて描けないので、最初は恐る恐る、どうぶつの森のキャラクターの画像を探してきて、模写するところからはじめました。

これまでの手描きの投稿とは違って、大きなキャンバス全体を使って色を塗るとなるとさあ大変! 時間も根気もかかりましたが、描きあげたときの達成感はひとしおです。そして、こちらのコミュニティでもやっぱり、気軽に「そうだね」やコメントがついて、フィードバックがもらえるのが嬉しかった!

他の方たちの絵を見ると、こちらもやっぱり雲の上の存在みたいな絵描きさんはごくわずかで、ほとんどはわたしみたいに、久しぶりに絵を描き始めた初々しい絵ばかり。習って描いたような絵じゃないからかえって味があるし、気持ちがこもっているように思えました。

今から思うと、本当に「上手な」人は、ゲーム機で絵を描くなんてまどろっこしいことはせず、もっと高機能なペンタブを使ってpixivとかのお絵描き専門のSNSにいたんでしょう。ミーバースはあくまで、お絵描き好きというよりはゲーム好きな人が集まるところだったので、なんとかして好きなゲームのキャラを描いてみたい、そんな思いから絵を描き始めた初心者が多かったんだと思います。

もちろん、立派でかっこいい絵を描く天上人もいましたが、同じ絵心教室スケッチを使ってるし、主な話題はゲームの話だし、意外に身近でフレンドリーな方ばかりでした。初心者が描いた拙い絵にも分け隔てなく接してくれる心の広い人が、そのころ多かったと思います。

だから、自分の好きな絵柄の絵を描く人のコメント欄に行って会話したり、逆にそうした人から思いがけずコメントをもらって舞い上がったり、絵のコンプレックスをあまり感じない空気感がありました。コメント欄で描き方のコツをやさしく解説してくれるような人もいたり。

さっきも書きましたが、それはまるで小学校のときのクラスのよう。みんながみんな成績優秀じゃない、でも休み時間には同じ目線で遊べるクラスメイトたち。

「絵心教室」になぞらえて、「絵心組」なんて言葉も作ったりしました。ミーバースって、自分のプロフィール画像は、Miiというアバターなんですが、Miiはリアルな顔じゃなくてデフォルメされていて、頭身もちょうど子どもみたいなんです。そこで知り合った人たちのMiiが本物のクラスメイトになって夢に出てくることもありましたっけ。

今でも、そのころのことを思い出すと、なんだか夢を見ていたような気持ちになります。それほど楽しかった。特にわたしは、本物の学校のほうは、体調を崩して不登校になっちゃって、もっとクラスメイトと遊びたかったのに…という未練があったので、その願いを満たしてもらった気がしました。

わたしは不登校になってから、ずいぶんと月日が経っていましたが、ミーバースの絵心仲間の中には、ゲーム機のSNSということもあって、リアル学生さんたちもいました。現在進行系で学校で居場所がなくなってしまい、不登校になっちゃっている子も。

ミーバースは、他のSNSと違って、ゲームを楽しむ子どもたちのためのSNS、というコンセプトがあったので、現実では少し孤独な学生さんたちの心の拠りどころ的な役目も果たしていたんだと思います。学校での不安や悩みを抱えた子たちの相談に乗ったり、一緒に絵を描いたり、不安で眠れない夜のマリオカートに付き合ったりすることもよくありました。

そんな子たちにとって、ミーバースの絵心仲間は、きっともう一つのクラスメイトだったんじゃないかな、と思います。わたし自身、元不登校児だったので、昔の心細かったころの自分を見ているようでもあり、自分を見つめ直すよい機会になりました。

イラストコンテストの思い出

そのころミーバースでは、定期的に公式イラストコンテストが行われていました。特定のゲームについてのお題が出されて、絵心教室スケッチで描いた絵をミーバース上で応募するというもの。スタッフに気に入ってもらえた作品は、表彰され任天堂のウェブサイトに載せてもらえます。

全部で10回くらい開催されたと思いますが、自分がよく知っているキャラがテーマのときは、わたしも積極的に参加していました。中でも思い出深いのは、どうぶつの森のイラストコンテスト。

絵心教室スケッチで絵を描き始めてから半年くらい経っていて、あまりに楽しすぎて、毎日のように絵を量産しまくっていたので、その頃には、自分なりのオリジナリティある絵もそれなりに描けるようになっていました。

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それで、ミーバースで絵を描き始めるきっかけにもなった大好きなどうぶつの森だし、ここはひとつ受賞めざして頑張るぞ、と意気込みました。どうぶつの森らしく四季をテーマにした絵、ということだったので、わたしが大好きな季節である秋をモチーフにキノコ鍋の絵を描きました。わたしがとび森を始めたのは秋だったので、キノコ家具を拾って嬉しかったなー、なんて思い出もあって、すぐにイメージが湧きました。

わりと自信作だったのですが、当時の絵心仲間が描いてきた絵も、さすがの出来だったので、これは受賞は難しいかな…と苦笑いしてたところ、

見事、秋賞をいただいてしまいました!! てっきりひとつだけ選ばれるのかと思っていましたが、なんとそれぞれの季節ごとに4つの作品が選ばれていて、特に秋賞はいつも親しくしていた絵心仲間さん2人との共同受賞でした!  そのほかの受賞作品の中にも、知り合いがいて嬉しくなったり。

結局、わたしが絵心教室イラストコンテストで受賞できたのはこれ一度っきりだったんですが、一度だけでもこうして絵を載せてもらえたことは、絵心教室コミュニティーで活動していてよかったなーという感慨深い思い出になっています。その一度が、一番好きだったどうぶつの森だった、というのも、想いが伝わったみたいで嬉しかった。

その後のコンテストでは、応募こそすれ、受賞はしませんでしたが、描くだけでも楽しかったし、わりと毎回、「絵心組」のうちのだれかが受賞していたので、その人の投稿のコメント欄に行って、みんなで盛大にお祝いするのが楽しみでした。

あまりに楽しすぎて、そのころ本気で思っていたのは、みんなで修学旅行に行くみたいなゲームがあればいいのになーと。ニンテンドーランドみたいなところに、みんなのMiiで行って、オンラインでわいわい会話しながらマルチプレイしたりしたら楽しいだろうなー、なんてことをコメント欄で会話していました。

故郷を離れて新天地へ

けれども、夢のように楽しい時間はあっという間に過ぎてしまって…。

ミーバースってもともと、ゲームのためのコミュニティだったので、わたしたちの使い方は任天堂の意図とは違っていたんですね。

ミーバースのアップデートとともに、延々とおしゃべりしたりしないよう投稿回数制限が設けられたり、手描き投稿が縮小されたり、ゲームと関係ない話題で盛り上がれた「自分の活動」が閉鎖されたり。

あまりわいわいおしゃべりできなくなったこともあって、以前ほどの盛り上がりはなくなっていき、ミーバースをやめた人や、外部SNSに引っ越した人もいました。

また、初期のミーバースと違って、人口が増えてメジャーになってきたぶん、絵の上手な人も増えてしまって、一部のプロフェッショナルな絵描きさんに注目が集まりやすくなっていったり。フォロワー数に格差がつきすぎて、コメント欄の賑わう人とそうでない人がはっきりわかれて、初期みたいに対等にコミュニケーションする場所ではなくなりました。

後で知ったところでは、どんなSNSも最初の黎明期がいちばんアットホームで居心地がよく、その後発展してくると格差ができてきてしまうらしいですね。たとえば、インターネット全体の流れがそうで、黎明期は個人ホームページや掲示板でわいわいやってられたのが、今は洗練されすぎて自由さがなくなった、と嘆いている人をよく見ます。今だとマストドンあたりが黎明期SNSとして賑わってるのかな?

わたしの感覚としてもそんな感じで、そのころになると、初期のアットホーム感から一転、なんだか競争意識が強くなってきた感じがしました。わたしも、どれだけコメントをもらったとか、どれだけ そうだね をもらったとか、絵の評価を気にしすぎるようになってきて、自分の絵を他の人の絵とくらべてしまって落ち込むなど、絵を描く楽しさが薄れて、次第に苦痛になってしまいました。そのころに書いたのがこの記事ですね。

この記事は、今ではこのサイトの絵の考察カテゴリの一番古いところに入っていますが、記事を書いたときはまだこのサイトはなくて、まったく別にやっていたブログのほうで書いたものでした。

当時ミーバースで描いていた絵は、描いても描いてもどんどんタイムラインの底に埋もれていくだけなので、作品が増えれば増えるほど、どこかにギャラリーを別途作る必要に駆られました。とりあえずpixivとかCJキューブとかギャラリーになりそうなのを片っ端から試してみたものの肌に合わず、どこに自分の絵を置こうか困っていました。

悩んだ末、やっぱり自分の絵はSNSみたいな借家ではなく自分の家に置きたい、と思うようになり、このサイトを頑張って作りました。そして、今まで別のブログにちょくちょく書いていた絵についての記事もごっそり移転してきて、こうしてYuKIのスケッチブックができました。ミーバースで描き溜めた絵が200枚くらいあったので、それらをギャラリーに引っ越すだけでも大仕事でした。

また、自分の描きたいような絵が描けないと悩んだ経緯から、これ以上絵心教室スケッチで描くのは無理だという結論に至り、一念発起してPainterで絵を描くことに決めました。

ミーバースは当然、任天堂のゲーム機で使えるソフトからじゃないと投稿できないSNSなので、絵心教室以外のソフトから絵を投稿することはできません。そのおかげで、ペンタブを使っているような絵の上級者が入ってきづらく、初心者や中級者を中心に盛り上がれる隔離されたコミュニティができていたわけですが、今やPainterに乗り換えるとなれば、わたしもミーバースに投稿できなくなります。

仲のいい絵心仲間に絵を見てもらえなくなるのは辛かったし、そもそもわたしが絵を描けるようになったのは、ミーバースでの交流あってのことだったので、お絵描き仲間のいない環境で、一人黙々と創作できるのかは本当に不安でした。

けれどもわたしは、絵心教室で描き続けてみんなに絵を見てもらうのと、Painterでもっと自分らしい絵を描くのとを天秤にかけた結果、自分らしい絵を目指すことを選びたいと思いました。

わたしはミーバースで絵を描くうちに、最初はどうぶつの森のキャラクターの絵などを描いていたけど、しだいに自分のオリジナルの絵を描くようになっていました。自分が描きたいのは、任天堂のキャラクターではなく、自分の子どものころからの空想世界の登場人物たちなんだ、と気づいたとき、自分の居場所はもうミーバースにはない、ということをはっきり理解しました。

ミーバースはあくまでゲームを愛する人たち、ゲームのキャラクターを愛する人たちのためのコミュニティ。そうであるなら、ゲームのキャラクターより、オリジナルの絵を描くことを選んだわたしは、ミーバースを、そして絵心組を卒業して、自分だけの新天地に旅立つべきなんだと。

ふるさとに感謝を込めて

最初こそ、ミーバースのお絵描き仲間なしで絵を描き続けるのは、モチベーションが持つだろうか、と心配だったのですが、いざ描き始めてみると、Painterという高機能なツールで自分が求めていた絵柄を表現できることが楽しく、ミーバース時代と変わらない創作意欲を維持できました。

自分の家のようなギャラリーがあるという安心感があり、だれからも評価されない、「そうだね」もコメントもない環境で、かえって気楽にのびのびと描けました。ミーバースにいると、どうしても、やっぱり、オリジナルの絵よりキャラクターの絵のほうが求められている空気をひしひしと感じてしまうので、自分の好きなように描けないのが足かせになっていたようです。

ミーバースという制限を離れて、自由に描ける環境を整えたことで、オリジナルの絵である「ゆめまな物語」の登場人物はより生き生きとしてきましたし、それとは別のオリジナルの絵である「空花物語」も生まれました。絵描きとしてのわたしのふるさとはミーバースですが、「ゆめまな物語」の二人の居場所、そして「空花物語」のソラとハナのふるさとは、ここYuKiのスケッチブックです。新天地に来なければ、この登場人物たちが、こんなに生き生きと活躍することはなかったでしょう。

ミーバースは、子どもが利用するSNSという事情から、極端に閉鎖的な制約がありました。たとえばミーバースの投稿で、外部にリンクを貼ることはできません。一応フレンドメッセージなら大丈夫なのですが、ふつうの投稿では、他のSNSのアカウントなどを教えることもできません。

けれども、ミーバースで親しくなった絵心仲間さんの中には、ありがたいことにわざわざインターネットの海の中からわたしの引越し先を見つけて再コンタクトをとってきてくれた人が何人もいて、その後もおつきあいできるようになりました。ミーバースがつないでくれた絆には感謝が尽きません。

ミーバースを離れて、Twitterや自分のサイト中心に活動するようになった後も、ミーバースはちょくちょく覗いてチェックしていました。もう絵を投稿していない自分が出て行くのも場違いなので、コメントはほとんどしませんでしたが、懐かしい人たちの絵を見ては昔を思い出していたものです。週一回ミバ見に行くとお得なポイントもありましたし(笑)

じっくり絵心教室が発売されたり、フレンドとマルチプレイの待ち合わせをしたりするときは、一時的にミバに戻っていた時期もありました。そのおかげで、初期のミーバースを楽しんだだけでなく、2015年夏の大幅リニューアル後のミーバースも経験していて、ミーバースのほぼ全期間にわたってそれぞれ思い出があります。

やがて、今年になって、ついにミーバースのサービス終了が発表されました。いつかは来るだろうと予期してはいたけれど、いざ本当に終了となるとショックでした。時々ニュースで聞くような、ダムの工事でふるさとの村が沈んでしまう人たちはこんな気持ちなのかなぁ…としんみりしたり。

もう自分はミーバースの住民ではないけれど、出身地である故郷が消えてなくなるのは辛いです。わたしがそう思っているのなら、今リアルタイムでミーバースに住んでいる人たちはなおさらだろうと胸が痛みました。

そんなとき、Twitterでつながっているミバ友のツイートで知ったのは、ミーバースの終了に際して寄せ書きのモザイクアートが作られるというニュースでした。

このモザイクアートは、「みんなでよせがきコミュニティ」というところに応募した手描き投稿で作られ、締め切り期限が10/11とのことでした。このニュース、公式Twitterとかではまったくお知らせがなく、特に締め切り期限のほうは、ネットで検索しても情報がほとんど出てこないくらいだったので、リアルタイムでミーバースにいる人がそばにいなかったらわからなかったと思います。

ミーバースを離れたわたしが参加するかどうかはけっこう逡巡したのですが、やっぱり絵描きとしてのYuKiの大事な故郷なので、締切日の1時間前に滑り込んで、寄せ書きメッセージを残してきました。

そして締め切りの二週間後の10/25、ミーバースのサービス終了まで二週間を残したころに、寄せ書きのモザイクアートが完成したとのお知らせが!

上のスクショにある絵、これは一枚の絵のように見えますが、じつはとんでもなく大きなモザイクアートで、何千もの寄せ書きが集まって一枚の絵になってるんです。ファイルサイズにしてPNGなのに約10メガバイト!

面積も超巨大なので、自分の絵をあるかどうか探すのに一時間くらいかかりました。でも、大好きだったミーバースへの感謝の言葉に満ちあふれているので、端から順に目で追っていくだけでも幸せな気持ちになれる。

あまりに見つからないから、PCのペイントソフトを使って、確認済み部分を切り取りながらローラー作戦で確認していったんですが…

 

ありました! 

モザイクアート全体でいうと、最上列中央の検索マークの左上あたり。たくさんの投稿の中に、絵心教室のビンス先生を描いた、わたしの寄せ書きを見つけました。

自分の寄せ書きを探すついでに、フレンドさんや絵心仲間の寄せ書き投稿も探していたんですが、数人は見つかったものの、どれだけ探しても見つからない人も多く…。

改めて計算してみると、このモザイクアートは、12×24の区画が7×4つあります。 計算すると8064個の寄せ書きが採用されたことになります。ものすごい数に思えますが、実は応募されたコメントの総数は72000件らしいんです。だから、掲載される倍率は8.9倍にもなって、そんじょそこらの高校入試より高い難関だった…。

ミーバースを愛していたのはわたしだけじゃなくて、絵心仲間もみんなミーバースが大好きだったのを知ってるから、自分の絵が採用されても他の方のがないとなると、手放しで喜べない複雑な心境でした。

けれども、こうして載せてもらえたことが素晴らしい記念なのは間違いない。せっかく掲載してもらえたのなら、わたしにできる恩返しは、思い出を振り返ることだな、と思い、この記事を書きました。たった5年弱しか続かなかったSNSミーバース、でも、そこには、だれかが語り継ぐべき価値ある物語がある。だから思い出をここに書き残します。

追記:このモザイクアートは、ミバ終了後、トップページからフルサイズを閲覧できるようになっています。

ありがとう、ミーバース

こうして思い出を書いているあいだにも、刻一刻とミーバース終了の時間が近づいてきています。今日の15時をもって、ミーバースは完全に消えてしまいます。今はまだ普通にアクセスできますが、もうすぐぜんぶ消えてなくなってしまうんですね…。

なんとなく、これってコホリント島の「かぜのさかな」に似ているなーと思います。かぜのさかなが目覚めると、かぜのさかなが見ていた夢である島はすべて泡となって消えてしまう。けれど、かぜのさかなは言います。

だが、ユメは さめるもの
それが、しぜんのさだめなのだ。

わたしが、めざめると
コホリントじまはきえるだろう

しかし、このしまの おもいでは
げんじつとして、こころにのこる。

そして・・・キミはいつか
このしまを おもいだすだろう。

この おもいでこそ、ほんとうの
ユメのせかいでは、ないだろうか

ミーバースはかぜのさかなでした。あと何時間かすれば、かぜのさかなは目覚めてしまう。そのとき、ミーバースは夢のように消えてしまう。もうミーバースを見ることはできないし、そこで出会った人たちも、外部のサービスでつながっているのでもない限り、たぶんもう二度と会えないでしょう。まるで夢の世界の住民だったかのように、いなくなってしまう。

でも、そこでの思い出は現実のものとして、一人ひとりの心に残ります。そして、きっといつか、何年もたったころ、懐かしい記憶としてふと思い出すでしょう。ミーバースで過ごしたあの日々のこと、あの夢のように楽しかった時間のことを。

夢はいつかは覚めるもの。どんなに楽しかった時間も過ぎ去るもの。

でも、本当に楽しい夢を見た後は、どこか幸せな気持ちで、すっきりして、爽やかに目覚めるもの。

だから、寂しいけれど、今は泣きません。その代わり、思い出を大切に抱きしめて、笑顔で見送ります。

ありがとう、ミーバース。絵を描く楽しさを教えてくれて。

そして…

さよなら、ミーバース。

 

おまけ ミーバースの歴史

 

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