過眠症のため終夜睡眠ポリグラフ(PSG)を受けてきた体験記と考察

寒風吹きすさび、氷雪降り積もる2018年初頭。終夜睡眠ポリグラフ検査(Polysomnography ; PSG)と反復睡眠潜時検査(Multiple Sleep Latency Test:MSLT)を受けに行ってきました。

以前に、自分のルーツについての記事で書きましたが、学生時代からずっと過眠と強い眠気で悩んでいるので、その詳しい検査のために検査を受けに行くことになりました。睡眠時無呼吸とか、ナルコレプシーの診断によく使われる検査です。

この記事では、過眠症の検査のため、PSGとMSLTを受けに行った得がたい体験のレポートを、リアルタイムの感想として書き残しておきます。また、検査入院のさなかに読んだ 失われた夜の歴史というとても興味深い本から得た「分割睡眠」についての考察も含めたいと思います。

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睡眠ポリグラフ検査を受けることになったいきさつ

睡眠ポリグラフ検査は、知る人ぞ知る超多機能な睡眠検査。血液検査の睡眠版と言ったらいいんでしょうか。ひと晩寝てる間の脳波、呼吸、顔や身体の動き、心電図、酸素飽和度などを同時に計測するために、入院する必要があります。あまりに取れるデータが多すぎて、専門医でさえ、データの読み解くスキルに修練が求められるほどらしい。

極論で語る睡眠医学 (極論で語る・シリーズ)という本を読んでいたとき、スタンフォード大睡眠医学センターの河合先生がこんなことをおっしゃってました。

PSGを見てもらうとわかるのですが、脳波、呼吸モニター、酸素飽和度、心電図、呼吸努力ベルト、眼球運動図、オトガイ筋筋電図、いびきのマイク、前脛骨筋の筋電図など、本当にPolyという名に恥じないパラメータの多さにうんざりするかもしれません。

でもよく見ると、全部のパラメータを知らないわけではなく、一部はよくご存知かもしれません。

私は神経生理専門医でしたので、脳波はよく知っていました。しかし呼吸のパラメータは、正直あまりよく知りませんでした。逆に呼吸器科の医師は呼吸のパラメータは知っていても、脳波はよくわからないなんてことを聞きます。

睡眠医学は多分野集積的です。それをPSGが体現しています。いろいろ科が専門技術をもちよって、進歩してきた分野なのです。(p12)

専門医でも全部さぱききれないくらい情報量が多いとは、何やらとても興味深そうな検査です。とりあえずPSGを一回受けておけば、自分の睡眠を客観的に評価するデータを手に入れたことになります。主治医に見てもらえば今までまったく気づかなかったような問題が発覚するかもしれないし、今後別の科に受診するときにも何か役立つかもしれない。

最近は、睡眠時無呼吸症候群(SAS)の自宅でできる簡易検査キットがはやっていたりしますか、この本で書かれているのは、簡易キットではほんの一部のことしかわからないということ。

たとえば簡易検査は、いびきをかいて呼吸が妨げられる太った人に多いタイプのSASは発見できても、脳波を測れないので、呼吸ができなくなると一瞬目を覚ましてとっさに呼吸して補っているような、若い人や痩せている人に多いタイプSASは陰性となってしまうらしい。(p31)

そして、わたしみたいな過眠症や強い眠気を感じている人の検査は、それこそ脳波をはからないとわからないので、このたびずっと噂には聞いていたものの、敷居が高くてなかなか受けられなかったポリグラフ検査を受けてみることにした、というわけです。

反復睡眠潜時検査(MSLT)のほうは、昼間バージョンの簡易ポリグラフ検査のようなもの。PSGは一晩じゅう眠っているあいだにやるので、体中に電極をごちゃごちゃくっつけられますが、MSLTは、昼間に何回か分けて頭部と手にだけ電極をつけ、眠気の度合いを計測します。

というわけで、このふたつの検査をしようとすると、丸一日入院して寝た上で、次の日もほぼ一日中断続的に検査するという、二日がかりの大仕事になります。いくらPSGなら色々わかると言っても、こんなにめんどくさいのでは、あまり検査を受けよう、という人がいないのも仕方ないですね。

今回は主治医からの紹介で検査を受けにいきましたが、値段は、両方あわせて13000円くらいでした。なかなか得がたい経験でしたから、費用に見合うものだったと思います。

睡眠検査の説明を受ける

検査を受けることになって、主治医に検査先の病院を紹介してもらったのは去年の10月ごろ。しかし高熱を出してダウンしたことなどもあって、すっかり弱気になり、ようやく受診できたのはこの1月でした。今まで医者の当たりハズレでいうと、まともな医者に当たる確率は1割未満なので、検査受けるなんて言わなきゃよかったかなーといささか後悔しながら病院へ。

紹介された病院は自然の多い気持ち良い山麓地方にありました。病院直通のバスもありましたが、年始すぐだったので、運行本数が少なく、予約時間に間に合わせるために駅から徒歩で10分くらい歩くことに。

病院まで続く広々とした山野の林に囲まれた道はとても気持ちいいところでした。自宅からそれほど遠いわけではないのに、こんなに自然豊かな場所があったとは。

昨年末、自然界のフラクタル観察にとても癒やされることに気づいたのもあって、この自然豊かに場所に来れただけでも、今日は遠出してきた価値があったなー、と悶々とした気分がたちまち吹き飛びました。

病院は年配の人の病気や睡眠のケアに特化している雰囲気のところ。わたしくらいの年代の受診者はおらず、なんとなく場違いな雰囲気も。しかし、地域密着型の病院なのか、都会の病院のように格式張ったところがなく、ハートフルな居心地のよさを感じました。

診察では、わたしのやたら複雑な体調事情を初診でどう説明しようか、と思っていましたが、主治医からの紹介状が明快だったのか、担当医の人柄か、親切でわかりやすい説明が聞けました。わたしが使っていた薬が睡眠検査に影響するかどうか、事前に論文をサーチして調べてくださっていたらしく、丁寧な対応に好感が持てました。

担当医としては、理想は検査前二週間は服用している薬を飲まずにやってほしい、とのことでしたが、無理そうなら直前だけでもいいからね、と配慮してくれました。話し合った結果、検査前一週間は薬を中止し、睡眠リズムがずれて検査ができなさそうなら、眠前薬だけ使う、という予定になりました。

わたしの睡眠にはムラがあって、検査のときにいつもの症状が出るとは限らない、という懸念を話すと、もしこれが人生を変えるほどの検査なら、一ヶ月入院して検査というのが本当は一番望ましいし、結果が正確に出るのだけど、今回のような二日間だけの検査だとデータが不十分なのは仕方がなく、もし望むなら、また改めて検査することもできる、との説明でした。体調が刻々と変わりやすい年配患者のケアをしているからか、普通の外来より、考え方が柔軟に思えました。

説明を受けて、あまり身構えず試しに一度検査するか、というくらいの気持ちでいいんだな、とわかったので、月末に入院検査の予約。診察が終わって会計待ちしている間に、担当医がまた診察室から出てきて薬のことを気にかけてくれました。受付の職員さんたちの雰囲気も、病院というよりは、銭湯の受け付けみたいな、いい意味での親しみやすさがにじみ出ていました。年配者の長期療養宿泊施設のような側面があるからかも…。

そういえば、オリヴァー・サックスが、左足をとりもどすまで (サックス・コレクション)の中で、ノルウェーの山中で怪我した直後に運び込まれた地元の病院ってこんなところだったのかな、とふと思いました。大病院に移送される前、サックスはその12床しかない田舎の病院で、ひとときを過ごしました。サックスはその病院での時間については、ほんの数ページ書いているにすぎませんが、洗練された都会の病院とは程遠い、いい意味でも悪い意味でも人間味のある雰囲気が伝わってくる記述です。

帰りは、さすがにバスで駅へと向かいましたが、こんな自然に囲まれた町も悪くないかも、と夕焼けに照らされた緑豊かな景色を眺めつつ感じました。

検査前―ドーパミン欠乏で時間がワープ

検査前の一週間は、ふだん使っている薬を飲まずに過ごしました。その薬は、過眠症の薬のモダフィニルと、交感神経をリラックスさせる降圧薬のクロニジンです。

予想していたとおり、モダフィニルなしでやっていると、眠くて眠くて何も手につきませんでしたね(笑) かろうじてゲームで遊んでいるときは起きていられる、という程度。不登校の子がゲームばかりやってるのは、ゲームをしている間だけドーパミンが出るからだと思っています。普段はドーパミン欠乏状態なので、毎日ぐうたらしているだけで、あっという間に時間がすぎてしまう。

このあっという間に時間が過ぎる、というのは比喩ではなく、文字通りのものです。わたしはもともと、薬を服用していないと、時間感覚がおかしくなりますが、ドーパミンはこの時間感覚と密接に関係していることがわかっています。

最もよく知られていて、しかも悲惨な例は、オリヴァー・サックスの有名な「レナードの朝」に出てくる嗜眠性脳炎の患者たちでしょう。道程:オリヴァー・サックス自伝によると、この患者たちは、ドーパミンがまったく欠乏していたので、生きてはいても死んでいるような無活動状態にありました。しかし、ドーパミンを増加させるLドーパを与えられると、凍りついた時間が動き出しました。

脳炎後後遺症患者は何十年にもわたり、記憶、知覚、意識の停止状態にあった。そんな彼らが生き返り、完全な意識と動きを取り戻していた。

…私が患者たちにLドーパを与えたとき、彼らの「目覚め」は身体的なものにとどまらず、知性、知覚、そして感情にもおよんだ。(p215-216)

脳炎後遺症の嗜眠性脳炎の患者は、眠ったような無活動状態になっていました。Lドーパミによって目覚めさせられると、本人たちは浦島太郎のように、数十年もの時間がワープしたかのように感じました。たぶん、原因はちがうとはいえ、わたしの過眠症とメカニズムが一部共通していると思います。

時間とは、クオーツ時計や電波時計が刻む、一定不変のものだと思われがちです。でも、時間を感じるのは人間なので、わたしたちの側の感覚が変化すれば、時間は長くも短くもなります。なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか 記憶と時間の心理学に書かれているように、時間とは相対的なものです。

私たちは、無意識に生理時計を基準にしていて、時計の時刻を読み取る。客観的時間、つまり時計時間は、一定の速度で谷間を流れる川のように過ぎていく。

人生の朝のうちは、人はまだその川よりも速く、川沿いを颯爽と走っている。正午ごろになると、スピードはいくらか落ちてきて、川と同じ速度を保つ。

夜に近づくと彼は疲れ、川の流れのほうが速く流れるので、彼は遅れていく。ついに彼は立ち止まり、川べりで横になるが、川はそれまでずっと流れてきたのと同じコースを、何事もなかったかのように、変わらぬ速度で流れ続けている。(p297)

わたしたち自身が経験からよく知っているように、子どものころは時間は長く無限に思えます。しかし中年にさしかかるにつれ、時間の流れは相対的に速くなります。そしていつか完全に置いて行かれ、人は歴史から忘れ去られます。

この、時間の長さの相対的な感覚をつかさどっているのがドーパミンです。

神経伝達物質ドーパミンは、このプロセスで重要な役目をしていて、老人ではこの物質の生産が減少する。SCNにおける細胞喪失とドーパミン不足が、私たちが時間に対処する際に重要な問題を引き起こしている可能性がある。(p293)

年配者が、主観的にあっという間に時間が過ぎていくように感じるのと、嗜眠性脳炎の患者が何十年も時間が一気にすぎさったかのような浦島太郎状態になったいたのと、わたしがモダフィニルを服用していないときに、一週間や一ヶ月が一瞬で飛び去るのは、ぜんぶ同じものだと思います。つまり、ぜんぶドーパミン不足による時間処理能力の低下、ということです。

逆に、ドーパミンが一時的に増加すると、時間は引き伸ばされ、長く感じます。何にでも興味津々で、好奇心旺盛な子どもが、子ども時代が永遠に続くかのように思っていること、極度に集中したスポーツ選手が、一瞬の出来事をスロー再生のように感じるゾーン体験は、どちらもドーパミンが十分に働いていることで起こるのでしょう。

脳がどうやって時間を測っているのかは、さまざまな理論があって、まだ判然としません。たとえば、脳の中の時間旅行 : なぜ時間はワープするのかには、注意ゲートモデルという説が出てきます。脳には時間をはかるゲートのようなところがあり、そこをどれだけ神経信号が通ったかで時間が数えられます。たとえば、子どものころや、集中しているときは、このゲートを通る刺激の数が多くなるので、それだけ時間も長いと感じられる、というわけです。門をくぐった来場者数によってイベントの規模が判断される、という意味ではなんとも社会的にわかりやすいシステムです。(p71)

あるいは、脳が刺激を処理するのに、どのくらいのエネルギーを使ったかによって、時間の感覚が生じているのではないか、とも言われています。(p81)

どちらの場合も共通しているのは、嗜眠性脳炎や年配者のような無活動状態に近くなっているときは、消費エネルギーが少なく、刺激も減るので時間が一瞬で過ぎてしまい、逆に元気いっぱいの子どもが新しいことに挑戦する刺激的な日々は、濃密に感じられるということです。この説明に従えば、病気や怪我でリハビリしているときは、時間が長く苦痛に思えるはずです。不安と戦ったり、辛抱したりするのは、相当なエネルギーが要りますから。

そして、ドーパミンが過剰な人は元気いっぱいでエネルギーに満ち満ちていて、ドーパミンが少ない人は意欲に乏しくぼーっとして無活動に近い状態にあります。ドーパミンが多いときほど時間は濃密で充実したものになり、ドーパミンが少ないと時間は空虚になり、ワープして過ぎ去るようです。

(楽しい時間はとても充実しながら、あっという間に過ぎてしまうように、リアルタイムで感じる時間の長さと、ふり返ったときに感じる時間の長さは、は別々に考える必要がありますが、ここでは簡略化しています。)

わたしの場合は、嗜眠性脳炎の患者のように、いつでもドーパミンが枯渇しているわけではないものの、平均してドーパミンがかなり低値にあり、ゲームをしたり、好きな文章を書いたりしているときだけドーパミンが放出されて、生き生きとした時間を過ごせるようです。わたしが普段、自分は死んでいるかのように無色透明に感じ、創作しているときだけ生きている感覚を得られるのは、この変化によるものでしょう。

「色がない」わたしは自分が描く空想世界の中でだけ虹色でいられる
わたしは「色がない」から「虹色」の空想世界を描き続ける

おそらく、ドーパミンは色認識にもかかわっていて、ドーパミンが多いほど色は鮮やかに見え、少なくなるとモノクロに近づくのではないか、と思います。だから若者は色彩感覚が派手なのに対し、年配者は地味でシックな服を好みます。

夢の中で見る鮮やかすぎる色―現実にはありえないカラーの神経科学
夢の中で見る現実にはないほど鮮やかな色の考察

ドーパミンが欠乏すると眠くなりますが、わたしがふだん使っている過眠症の薬のモダフィニルは、ドーパミンを増加させる薬です。モダフィニルは以前ヒスタミン系の薬だとされていましたが、 極論で語る睡眠医学 (極論で語る・シリーズ)によると、最近ドーパミンに作用していることがわかったとか。

ちなみにモダフィニルは、当時作用機序がドパミン系ではないといわれていましたが、最近はドパミン系に作用していることが確認されました。(p88)

モダフィニルを飲むと、わたしの場合、時間感覚が戻ってきて、身体的な疲労も改善され、眠気がかなりましになり、集中しやすくなります。いずれも、ドーパミン系に作用しているからこそでしょう。嗜眠性脳炎のようにドーパミンの生産そのものが停止しているわけではないので、Lドーパを飲むほどではありませんが、たぶんモダフィニルなどの中枢刺激薬でドーパミンを刺激しないと、嗜眠性脳炎の患者のごとく、気づいたら何十年もの月日が一瞬で過ぎ去っていそうです。実際薬を三ヶ月服用していないと、一瞬で時間が飛びましたから。

ちなみに前回の一連の記事で、ブプロピオンのようなドーパミン系の別の薬も試していましたが、結局、モダフィニルが一番楽で安定した効果が得られることがわかりました。ブプロピオンはわりとよかったのですが、わたしには効果が不十分で、なぜかわたしの親に劇的に効きました。長年の低血圧や慢性疲労、頭痛、さらには車酔いさえ改善されてしまいました。車酔いについては、わたしもメチルフェニデートやモダフィニルで改善されるのを感じているので、何かしらドーパミン系とのつながりがあるんだと思います。

なんだか、話が脱線してきましたが、このドーパミンを補充し続けないと、無活動に近い状態になって、ドーパミンを放出してくれるゲームくらいしかまともにやれなくなってしまうのが、わたしの過眠症です。

「金縛りループ」の奇妙な世界

そして、わたしの過眠症は、前に詳しく書いたように、睡眠麻痺と呼ばれる金縛りを頻繁に伴い、幻覚に近いリアルな夢も生じます。これは、過眠症の中ひとつであるナルコレプシーと呼ばれる病気に特有の症状です。

ナルコレプシーの診断・治療ガイドラインに書かれているナルコレプシーの歴史をひもといてみると、先の嗜眠性脳炎と混同された時期があるそうで、特徴が似通っていることがうかがえます。

その後、1919-1925年にかけて流行した嗜眠性脳炎(エコノモ脳炎)の後遺症としての病的な眠気とナルコレプシーの異同に混乱が生じ、ナルコレプシーは独立疾患ではなく症候群であるという仮説が台頭したが、1940年代には再び独立疾患としてのナルコレプシー、すなわち本態性ナルコレプシーと症候性ナルコレプシーが明瞭に区別されるようになった。

さっきの極論で語る睡眠医学 (極論で語る・シリーズ)によれば、わたしたちが目をさましているとき、覚醒を維持している物質は複数あって、代表的なものとしては、ここまで出てきたヒスタミンやドーパミンが挙げられます。しかし、もうひとつ、それらの働きを管理する「オーケストラの指揮者」のような役割を持っているのがオレキシン(ハイポクレチン)と呼ばれる物質で、この欠乏がナルコレプシーの原因だとわかっています。(p78)

指揮者がサボっていると、楽曲の演奏が乱れます。ということは、わたしのドーパミンが不安定なのは、元をただせば「オーケストラの指揮者」たるオレキシンがサボっているのではないか、という推測ができます。

その推測が裏づけられたのは、去年、オレキシンの働きを弱める睡眠薬スボレキサントを服用したときです。スボレキサントは、とても安全でまったり効く睡眠薬だと言われていますが、わたしの場合、あまりに劇的に効いてしまいました。

この薬を飲むと、意識が消失するレベルで眠りに落ちたり、立っていると関節に力が入らずカクッと崩れ落ちたり、あまりに眠くて寝落ちすると同時に金縛りに入ったりするのが、毎度のように起こりました。これらはぜんぶ、ナルコレプシーの典型症状です。瞬間的に寝れるという意味ではものすごい効き目の薬で、最初はうまく使いこなそうと頑張りましたが、高確率で金縛りに陥ってとても恐ろしい目に遭ってしまい、量を減らしてもうまく扱えなかったので、服用をあきらめざるを得ませんでした。

意識がありながら身体がロック状態に落ちるのは本当に恐ろしい体験です。それも普段のように不意にやってくるのではなく、薬を飲めば必ずそうなるとわかっているのであればなおさら。予期したとおりに生じる苦痛は、予期せぬ苦痛より恐ろしいものだからです。(「痛いかも」の方が「痛い」よりストレスが大きい|WIRED.jp )

スボレキサントでこんなことになってしまうのは、明らかに普通とはちがう体質のせいです。それはつまり、ナルコレプシーの一歩手前の状態にあり、薬でオレキシンをちょっと減らしただけで、ナルコレプシーそのものになる、境界上にいる予備軍だということでした。

この境界上の予備軍というのがやっかいで、スボレキサントを飲めばナルコレプシー症状をほぼ100%再現できますが、普段は必ずしも典型的ではなく、ただ強い眠気があるだけです。たまたまオレキシンが少ない時期に入ると、「金縛りループ」(個人的に作った言葉。高校生のときから、ときどき金縛りに閉じ込められ、なんとか起きたと思ったらすぐガクッと来てまた金縛りになって延々と苦しめられるループにはまることが多い)に陥りますが、常にそうではなく、あくまで時期的なものです。

今のところ、何がきっかけで「金縛りループ」が出現するかはわかっていませんが、どうも過眠の時期と不眠の時期を交互に繰り返しているように思えます。もし、過眠の時期にポリグラフ検査を受ければ、高い確率でナルコレプシーの診断が降りるでしょう。でも、不眠の時期に受けたら、何かしらヒントは得られるかもしれませんが、ナルコレプシーという診断には至らないでしょう。

スボレキサントによるナルコレプシー症状の場合も、ふだん生じる睡眠麻痺の場合も、長年の付き合いのせいで、今では金縛りが起こる前兆に気づくようになりました。気づくといっても直前すぎて対応は難しいですが、これは金縛りになるぞ!という独特な感覚があります。ひとことで言うと、あまりに眠くて、まったく起きていられないのに、その状況にはっきり気づいている、という意識の二重性です。

眠りに落ちる自分と、それを傍観している冷静なもう一人の自分がいます。眠りに落ちるほうの自分が異常な眠気に屈すると、もう一人の客観的な時分は身動きがとれない身体に閉じ込められます。身体的な感覚をつかさどる自分と、意識をつかさどる自分が分かたれてしまっています。これは一種の解離です。

前にも書いた覚えがありますが、パソコンに例えれば、全部のソフトがシャットダウンされてから電源が落ちるはずなのに、なぜか「意識」というソフトだけがシャットダウンされず、電源を落とした身体に閉じ込められるようなものです。本来なら道連れにされて身体と共に眠りに就くべき意識が身体から解離してしまっているため、シャットダウンされた後にも意識が存在し、レム睡眠中の骨間筋が脱力した身体を感じてしまうわけです。(ロックトイン状態になったALSの人にとってはこれが日常だと思えば、その苦痛の恐ろしさが理解できるというものです)

この、シャットダウンされても意識が取り残されて目覚めている、という現象は、おそらく段階的なレベルがあるようです。意識が固有知覚を保ったまま目覚めているのが「睡眠麻痺」であり、固有知覚がない状態で目覚めているのが「体外離脱」です。ひとまずシャットダウンして夢見の状態に入れたのに、固有知覚が目覚めたままなのが、わたしのよく見る「リアルな夢」であり、夢見の状態に入ったのに判断力を保っているのが「明晰夢」です。このあたりの現象は、解離やナルコレプシーの人が経験しやすいものですが、すべて地続きになっているはずです。

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現に、わたしは夢の中で夢を見るという、マトリョーシカや玉ねぎような階層的な夢を見ることがよくありますが、段階的に夢見から現実へと近づいていて、最後は睡眠麻痺で目が覚めます。これは例えれば、パソコンの起動と同時に一斉に起動するはずの各ソフトが、なぜか順繰りに段階的に起動していくために起こるものでしょう。なぜか脳の各機能の足並みが揃っていないわけですが、それが「オーケストラの指揮者」たるオレキシンの問題だとみなせば筋が通ります。

ですから、個人的なこれまでの体験からすれば、わたしの症状にはナルコレプシーらしさがあります。しかし、症状が出る時期と出ない時期があるので、ナルコレプシーの診断を求めてポリグラフ検査を受けるのは賭けのようなものでした。

それでもトライしてみたかったのは、今、筑波大学でオレキシンを増やす薬が開発されていて、たぶん遠からずナルコレプシーを対象に治験があると思ったからです。オレキシンを減らすスボレキサントであれだけはっきり症状が出るのなら、逆の作用の薬なら、はっきり体調不良に効くはずです。今まではドーパミンを増やす薬で応急処置してきましたが、そもそもオレキシンという「指揮者」に問題があるのだとしたら、そっちにアプローチできたほうが望ましいはずです。

ところで、ナルコレプシーについては、睡眠関係の本を読んでも、ほとんどテンプレ的な解説しかされておらず、ネットで調べるのとあまり変わらないのが現状です。わたしが読んだ中で、唯一ナルコレプシーの当事者が感じる奇妙な体験世界を秀逸に描写できていたのは、オリヴァー・サックスの見てしまう人びと:幻覚の脳科学でした。医学は客観的になろうとするあまり、当事者の主観的な体験を排除し、結果として、現実から乖離した虚構に陥ってしまっています。人間を研究しているのに人間の主観的体験を排除したら、いったい何が残るのでしょうか。サックスはそれはただの「バネじかけの人形」の医学だと言っていましたが。

そのようなわけで、ようやく真剣にナルコレプシーの可能性を考えはじめたわたしは、とりあえず検査のためにPSGを受けることにしましたが…、この検査前の一週間は、睡眠相がどんどんずれていってしまい、どちらかという過眠ではなく不眠の周期に入ってしまい、当日を迎えました。

検査当日のできごと

検査当日は、眠いしエネルギー不足だし、とても動けそうもなかったので、友人の車に乗せてもらって病院へ。この一週間は、外出もままならず、一瞬で時間がワープしてしまったくらいですから。

持ち物は宿泊用品に加えて、サングラス、耳栓、湯たんぽなど。

到着するともうあたりは真っ暗。病院のロビーも消灯されていて外来は終わっていました。受付に行くと、当直のおじさんが「睡眠検査の方ですね」と、すぐに対応してくれて、同意書やら何やらにサインしました。

早めに着いてしまったので、予約時刻まで、本を読みつつ時間をつぶす。モダフィニルなしなのでぼーっとしてはいますが、椅子に座ってだらりとしている状態なら、さすがに寝落ちまではいかないので、なんとか本くらいは読めます。

持っていった本は二冊。失われた夜の歴史と、本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのか。似たようなタイトルの二冊ですが、前者は歴史家のロジャー・イーカーテによる本。後者は、作家ポール・ボガードによる、そのフォロワーともいえる本です。

先に読んでいた本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのかは、タイトルやカバーもロマンチックながら、科学的なドキュメンタリーでありながら芸術的感性にあふれた作家ならではのまとめ方がすばらしい本で、概日リズム睡眠障害について知りたければ、医者の書いた頭でっかちな本より、よっぽどオススメできる秀逸な一冊。お気に入りです。

医者は往々にして、概日リズム睡眠障害という「病気」とその治療法についてしか考えていませんが、この本はもっと広い視野で世界に広がる光害と、健康や生態系に与える影響が考察されています。医者は単に薬の対処療法で治そうとしますが、この本を読めば、もっと根源的な意味で、地球にいきる一個の生物として、なぜこんな睡眠障害が生まれたのか、これを克服するにはどうすればいいのか、という問いの答えが浮かび上がってきます。

そして、この本の中で、前者の 失われた夜の歴史が繰り返し引用されていたので、さかのぼってそちらも読むことにしたのですが、これが相当に面白い歴史本で、ファンタジー小説を読む以上に刺激的な中世の知られざるフィクションがてんこもりでした。まさか電灯のない時代の人たちの暮らしがこんな世界観だったとは!

結局退院するまでに読み終わったので、その感想はこの記事の退院後のあたりの時間軸で書くことにしましょう。睡眠のPSG検査を体験しつつ、夜と睡眠の史実の本を読めるなんて、なかなか贅沢なコラボレーションでした(笑)

終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)の感想

予約時間の19:30くらいになると、担当の方がきて、そのまま検査室に直行で案内されました。個室…というか実験動物のケージのようになっている検査室に入って、荷物を置いて、着替えて、検査の準備をすることに。

まずは、検査前の問診に記入。ピッツバーグ睡眠質問票とかのいつものやつですね。非24時間型睡眠障害だから、この一ヶ月何時に起きて寝ているか、という質問欄は毎回空欄というか回答しようがない。素直に文字で説明しておきますが、正確を期すなら関数で書くべきなんだろうか(笑) 

20時過ぎには、検査の用意ということで、体中に電極をつけ始めます。まずは足の電極。脛骨筋の筋電図のやつですね、足の指先を動かすよう言われて、そのときに動いた筋肉、これが脛骨筋ということで、そこに電極をペタペタ。なんで睡眠障害のの検査なのに足なのか、というと、周期性四肢運動障害とか、レストレスレッグス症候群とかの、寝ている間に足が不随意運動する疾患を調べるためなのでしょう。レストレスレッグスもドーパミンが夜間に変動して欠乏する病気なので、わたしもたまに起こることがあります。病気として診断されるほど困ってはいませんでしたが。

次いで、呼吸努力ベルト装着。脇腹にも電極をつけました。呼吸の変動を見るのでしょうか。ちょっときついけど、すぐに慣れてしまいました。手にも心電図用の電極を装着。

それから、こんどは頭の髪の毛の中に電極が貼り付けられていきます。特に不快感はなく、このくらいなら、なんとかなりそう、というレベル。

…だったのですが、大変なのはここから。顔にも電極を貼っていって、顎の筋肉の食いしばりや、目の動きを検出できるように。さらには呼吸を検出するために鼻に入れる呼吸センサー。鼻に入れると言っても鼻の穴の下に添えるくらいなんですが、アレルギー鼻炎があって、鼻のむずむずに敏感な体質なので、これがけっこう最後までうっとうしかった。

極めつけに、これらが夜はずれないよう、頭に果物ネットをかぶせられました。これにはさすがに「えっ、ちょっと待って! 本気??」と思いましたよ(笑) ネットかぶせた後に、顔の部分だけは切り開いて、顔や耳が出るようにはしてくれますが、辛いという意味でも顔が動かないという文字通りの意味でも笑えないレベルでした…。インターネットで後で検索しても、頭にネットかぶせているところはほとんど見なかったけど、これって標準措置なんだろうか…? 顔がぎゅっと締め付けられて本当に辛い。

最後に、指先に赤外線の加速度脈波センサーをつけて、準備完了。さながらミイラ状態の電極ぐるぐる巻き。身体からつながっているカラフルな色のコードの電極が、接続装置を経由して、部屋の隅にある巨大な機械へとつながっています。さすがにこれでは、自宅でできないのも当然だと苦笑い。

この電極をつけている間、検査技師の方に今の症状を聞かれたのでいろいろ話しました。金縛りのことを話すと、自分も二回くらい体験したことがある、と、知っちゃいたけど、普通の人は、ごくまれにしか経験しないんですね。わたしは不登校なりたてのころは毎日数回はあたりまえでしたし、今でも月に数回は起こるというのに。

ただ、症状が安定しなくて、今日はいつもの症状が出てくれないかもしれない、いう不安を話すと、たとえ症状がでなくても傾向はわかるかもしれない、それだけ色々症状が出てるなら、何かしら記録されるでしょう、と説明してくれました。

また、ほとんど身動きの取れない状態なので、トイレに行きたいときはブザーを押して呼んでください、とのこと。結局使いませんでしたが、ブザ―を押して呼んだら、トイレ行く前に、電極全部抜いたりするんだろうか。睡眠時無呼吸の人は胸腔が陰圧になって、水分過剰と脳が判断するせいで頻尿になるらしいけど、そういう人たちはPSGは大変だなと思いました。

ここまで準備を整えたら、電極が正常に反応するかどうかテスト。大丈夫そうだったので、最後に湯たんぽにお湯を入れてもらって、ベッドに横たわって、寝ることになりました。

21時に消灯。…しかし、ふと見ると、何かの機械の緑のLEDが点滅し続けてるんですよね。ほかにも措置の明かりがちらほら。わずかな光でも睡眠は影響を受けるというのに、こんな環境で正確なデータが取れるのか??

幸いにも 眠かったせいで、あまり悩むまでもなく、短時間で眠りに落ちました。

そしていつものごとく、リアルと融合した奇妙な夢を見まくる。自分は検査室にいるんだけど、何かの拍子でコードが外れてしまったのかうまくデータが取れなくてショックを受ける夢を見て、夢の中で目が覚めて、実はそれは夢だったことに気づいてほっとするも、自分がまだ夢の中にいるということに気づかず、別の夢にはまりこんで、しばらくして夢から覚めて…というマトリョーシカ構造になった定番の夢中夢を見ていました。

自宅で夢中夢を見るときは、しだいに夢の深さが浅くなるとともに、夢の内容がリアルになってきて、最後の表層部分では、現実と夢の区別がつかない幻覚と化して、金縛りが頻発するのだけど、今回はなぜか残念ながら、金縛りが起こらず。それを記録したかったというのに…!

しかし、まったく何の変哲もない睡眠ではなく、夢中夢が現れてくれただけでもよかったのかもしれない。夢中夢は、普通の人はあまり見ないらしい独特な夢体験のひとつなので、そのときの脳波やら何やらが、記録されたのであれば、何かわかるのかもしれない。

その後は、中途覚醒が頻発。もともと鼻づまりと口呼吸のせいか夜中に口が渇いて起きることが多いので、枕元に水筒を置いているんですが、この日はいつも以上に目が覚めた。いつもとちがう環境なので、脳がうまく寝つけないというか、警戒しているんでしょうね。これは「第一夜効果」と呼ばれる現象だと読んだことが。

人が「新しい場所」で眠るとき「脳の半分は起きている」:研究結果|WIRED.jp

睡眠ポリグラフィーによる研究を行う際に、実験環境が被験者の普段の睡眠環境と大きく異なると、睡眠の質に影響が出てくる。この現象は記録第1夜にみられることが多く、記録第2夜以降はあまり見られなくなるため、第一夜効果と呼ばれている。

完全にこの状態だったので、やっぱり本当は数日かけてPSGをやったほうがよかったんだろうなーと思いました。もし次回やることがあったら一週間コースでないとだめでしょう。

夜のうちは、いったん目が覚めてもすぐ眠っていたんですが、明け方になると―時計がないので推測ですが―たぶん4時くらいから検査終了時刻の6時まで、二時間近く目覚めたままだったんじゃないか、と思います。

というのも、体中が痛くなってきてしまったせいで、神経過敏になってしまい、目が冴えてしまいました。わたしは腰痛持ちなので、家では低反発ベッドに、横向き抱きまくらで寝ていますが、今回の検査のベッドは標準使用だったので硬くて辛かった。ふだん仰向けで寝ることがほとんどないので息苦しい。いつも低反発ベッドのおかげで枕を使わずに寝ていますが、こちらでは備え付けの慣れない枕だったし…。さらに顔につけたネットも、最初はただきついだけでしたが、時間が経つと痛くなってきてしまい、拷問のような状態に。

そうやって過敏になってくると、くだんの点滅するLEDライトが気になってくるし、検査室は防音でないせいで、朝方になると、ドアの閉まる音や足音やらがうるさいし、まったく寝られなくなってしまいました…。

この病院、アットホームな田舎っぽさが魅力ではあるけれど、この適当さ加減にも洗練されていない田舎臭さが出てしまっているのが残念でした。せめてもう少し睡眠環境をまともに整えた検査室にしないと、ちゃんとしたデータが取れないんじゃないだろうか。特に、朝方に、検査室の隣から、検査技師の方が顔を洗う音や、お湯を沸かす生活音が聞こえてきたのは正直どうなの?と思いました。もちろん、防音にして無音状態にすると、それはそれで眠りが妨げられる(自然界では無音は存在しない)はずなので、やっぱりデータに不備が出そうですが。

一番いいのは、慣れ親しんだ自宅でこの検査ができることなんだろうけれど、まだ医学の進歩(というか最新の科学技術の普及)が追いつかないのかなぁ…。PSGって全身コードまみれになるから身動きがとれなくなって入院環境でしか実施できないけれど、今はワイヤレス通信があるんだから、技術的にはワイヤレス脳波計とかでクラウドでデータ測定とか絶対できるはずなのに。結局、医学も営利主義だから、最新技術の導入より、儲けが優先されてるんだろうと残念な気持ちになりました。

そんなことを朝方に悶々と考えて、早くこの痛みの拷問状態から解放されないかなーと思っているうちに検査終了時刻に。やっと果物ネットから解放された…。

身体中の電極を外してもらって、病棟のほうへ移動することに。

一度経験してみたかったPSG検査を体験できたのは得がたい体験でしたし、検査を受けたことそのものは後悔はしていませんが、検査結果のデータのほうは、どうなんだろうなー…と半ばあきらめムードです。夢中夢が起こっているときのデータが取れただろうことが唯一の収穫でした。あえて言うと、ナルコレプシーの診断・治療ガイドラインによれば、

ナルコレプシーでの夜間睡眠問題は、入眠障害よりも、睡眠の安定が悪く中途覚醒が多い点である

とあったので、あの異様な中途覚醒の多さはナルコレプシーらしさではあるのかもしれないとは思ったり。とはいっても、明け方には目が冴えてしまっていましたし、何らかのデータ的な収穫があれば、という期待くらいでした。

反復睡眠潜時検査(MSLT)の感想

続く二日目は、反復睡眠潜時検査(MSLT)のターン。こちらは、2時間おきに簡易版のPSGみたいなのを20分ずつ実施して、昼間の眠気を調べます。この一週間、昼間は死ぬほど眠かったので、どちらかというと、こちらの検査のほうに期待していました。

が…。

この日は、明け方から目が冴えていた続きでやっぱり眠くない。朝食をとって本を読んでいたけれど、やっぱりあまり眠くない。そもそも朝から本が読めるくらいの状態。ふだんはモダフィニルを飲まないとだめなのに、こんなときに限って、わりと目が覚めている。というのも、ドーパミンというのは警戒したり危機を感じたりしたら放出される物質なので、仕方ないところはあります。初めての場所で緊張して警戒してたら、あまり眠くならないのも当然。借りてきた猫現象。

検査は、9時、11時、13時、15時、17時の五回。それぞれ横になって眠ったときから15分程度脳派を測定。眠らなければ20分で検査終了とのことでした。

結論から言うと、15時からの一回だけしか、眠りませんでした。ナルコレプシーの診断基準だと、平均8分以内で眠ってしまうそうですから、まったく基準外ですね。ただ、ほぼ毎回、一瞬寝かける脳波は記録されていたようです。ナルコレプシーというよりは、マイクロスリープ的な脳波なのかもしれませんが。

その部分は、主観的にもしっかり体感していて、一瞬だけ夢の世界に入りかけて思考が混乱するのですが、検査室の外の生活音などで意識が引き戻され、結局寝つけない、という感覚でした。この微妙な変化は、頭の中のイメージを観察しているとわかります。まだはっきり起きているうちは、ある程度意識的に展開されていたイメージが、いきなり自分の意識を離れて、能動的に動き始めます。別の言い方をすれば、頭の中のイメージが、突然、自分の意思を持っているかのように勝手に動き始める。普段もこの現象が起きるとその数秒後に眠りに落ちるので、馴染み深いものです。いわゆる入眠時幻覚に近いものですね。エドガー・アラン・ポーも創作の題材にしていたという。今回の検査では少なくとも11時以降の4回はすべてこの変性意識状態に一瞬入りましたが、眠りに落ちたのは15時からの1回だけで、あとは全部、覚醒へと引き戻されてしまいました。

この眠りに落ちそうで落ちない状態は、検査記録にはっきり記録されているはずです。しかし、だれにでもある普通の現象なのか、それとも過眠症特有の特徴を帯びているのか。ナルコレプシーの場合は、眠りに落ちてすぐにレム睡眠が2回以上出るという典型的な特徴があるらしいですが、15時の回はそれが出たのだろうか。睡眠麻痺やリアルな夢は今回は起こらなかったので、出なかったような気はする。

まあ少なくとも、自分の意思に関係なく、強制的に眠りに落ちてしまう、典型的なナルコレプシーっぽさがないことは確かです。不眠の時期で、かつ「第一夜効果」も上乗せされている時に検査してこれだったので、もし過眠が強くなる時期に検査していたら、平均8分以内に眠るというのは、十分起こりえたような気はします。とはいえ、時期によって症状が変わる、という時点で、典型的なナルコレプシーらしくない、ということになるかもしれませんが。

毎回、夢を見たかどうか尋ねられるのですが、青い幾何学模様の記憶が残っていた15時からの回以外は、夢は見なかったと答えました。あれが夢と呼べるものなのかどうかはよくわかりませんが、入眠時幻覚と夢は連続していることが多いので、違いがよくわかりません。まだ意識があるときに見えていたイメージが、そのまま独りでに動き出して夢の奇妙な物語へ連続することが非常によくあります。

MSLT検査のときも相変わらず過敏が強かったので、一度物音などで目覚めさせられてしまった後は、毎回神経がたかぶってしまい、朝方と同じように、目が冴えてしまった感じがありました。

もともと、わたしの過眠症状は、オレキシン神経が脱落する典型的なナルコレプシーとは異なると思っています。そのあたりは嗜眠性脳炎と過眠症の関係とよく似ている。嗜眠性脳炎のドーパミン神経が脱落して完全に動けなくなる病気ですが、過眠症は、ドーパミンのバランスがおかしくなって、時々低値になってしまうことで眠気がひどくなるのでしょう。典型的なナルコレプシーは、ドーパミン神経の代わりにオレキシン神経が脱落しているという嗜眠性脳炎のオレキシン版なので、いかなるときもオレキシンが補充されませんが、それに対して、わたしの場合はオレキシンの濃度が不安定になっているだけなので、症状が変動するんだと思います。

最近PTSDの人はオレキシンが過剰になっていることが筑波大で解明されましたが、わたしはその逆の解離なので、慢性的にオレキシンが低値になっていると考えるのは理にかなっています。だけど、PTSDと解離は表裏一体で、互いに揺れ動くものなので、今回みたいな馴染みのない場所にいくと、脳が過敏になってPTSDに近くなるせいで、普段よりオレキシンが増えるし、自宅に帰ると元に戻るんでしょう。

こう考えると、検査でうまく再現できなかったのは当然ですね。本物のナルコレプシーだったら、環境が変わろうが、オレキシンが増加したりしない、というか増加させられないので、「第一夜効果」によってふだんより目が冴えてしまう、ということもないはずです。

ただ、ナルコレプシーは定義の幅が広いというか、睡眠医学のほうでは間違いなく解離の患者の一部をナルコレプシーの一種として診断してしまっているはずなので、典型的でないタイプのナルコレプシーと診断される可能性は十分にあったと思います。特にDSM-IVだと過眠の自覚症状と睡眠麻痺があればナルコレプシーの診断が降りてしまうので、金縛りの多い解離の人はほとんどナルコレプシーとも診断されそうです。病気の概念というのは、科をまたいで互いにオーバーラップしているので、もしわたしがナルコレプシーの診断を受けても、現行の疾患概念では不思議でもなんでもなかったかと。

今回の検査では、ふだんの過眠症状がうまく再現されず、どうも診断基準を満たしそうにないのは残念ですが、スボレキサントがPTSDに効くという結果も出たことだから、ナルコレプシーの治療薬として開発されている逆の薬も、そのうち他の病気にも応用されるようになるでしょう。治験の段階でいち早く試せる方法がナルコレプシーの診断だっただけに、どうしても未練が残りますが、思ったように効くとは限りませんしね。

いずれにしても、ひとまずは検査結果を待つことにしましょう。今のわたしの手持ちの情報ではこういう考察になりましたが、PSGの結果を見れば、予想だにしていない新情報が含まれているかもしれませんから。手持ちの情報が増えれば、現時点では考えもしないような、新しい可能性が開けるかもしれない。

すべての検査を終えて帰宅して、その日は疲れ果てて早く寝ました。やっぱり病院のベッドと家のベッドは全然違いました。

最後に、失われた「分割睡眠」の話

MSLTの待ち時間は、退屈すぎたこともあって、さっき触れた失われた夜の歴史をひたすら読んでいました

さまざまな日記や裁判記録など中世の一次資料をもとに、電球の照明がなかった時代の人たちはどんな生活をしていたのか、という人類学的な歴史を研究した本です。このPSGの体験記の締めくくりに、この本の感想を少しだけ。なんだか脱線している蛇足に思えるかもしれませんが、最後につながってきます。

わたしたちは、今の時代の常識を基準にして、昔の人たちは、たぶんこんな生活を送っていたんだろうな、と想像するものです。例えば、電灯がなかった時代の人たちは、ロウソクや暖炉の火をたよりにして夜を過ごしていたんだろうなーと、考えます。電球がない時代は、火が代わりに使われていたのだろう、という極めて単純な想像です。

ところが、話はそんなに単純ではありません。当時の中層以下の階級の人にとっては、燃料もロウソクも貴重品だったので、家の中でほいほい火の明かりを灯せたわけではありません。電灯と違って、火を燃やすことは火事の危険と常に隣り合わせでしたから、わたしたちが気兼ねなく電気のスイッチを押すような軽い気持ちで火が使われることはありませんでした。夜道を歩くときは当然明かりを持っていきますが、当時はまだ街灯はありません。たとえランタンがつるされていたとしても、それは現代の照明とは比較にならないくらい暗いものでした。100本のロウソクをともして、やっと75ワットの白熱電球1個の明るさになるのだとか。そして、ランタンはよく割れましたし、むき出しの火は一瞬で消えてしまいました。

つまり、電球がなかった時代の人たちは、電気の代わりに火を使って明かりを得ていた、なんて単純な話ではありません。当時は今よりもっと明かりが貴重で、使いにくかったので、人々はどうあっても夜の闇をうまく切り抜けなければならなかったわけです。

わたしたちは、みんな、夜の暗さを知っていると思っていますが、とんでもない。現代人のほとんどは、「本当の夜」を体験したことがなく、想像すらできないと書かれています。

夜の暗さを測定する指標として、ボートル・スケールというものがあります。これは、まったく光のない夜空をレベル1、都心部の夜空をレベル9として、夜空の暗さを9段階にレベル分けしたものです。わたしたちが経験したことのある一番暗い夜はどのあたりか。なんとせいぜいレベル5くらいが関の山だそうです。ほとんどの人が、生まれてこのかた、レベル1からレベル4までの暗さの夜をまったく体験したことがないほど、現代社会には、都会も田舎も光があふれています。

それに対して、産業革命以前の人たちが経験していた夜というのは、レベル1からレベル4くらいがほとんどでした。わたしたちが経験してイメージする「夜」と、産業革命以前の人たちにとっての「夜」とは、まさに現実とファンタジー異世界ほどの違いがある、ということです。

失われた夜の歴史は、中世の人たちが魔術や妖精や幽霊を本気で信じ、恐れに支配され、ときには魔女狩りのような狂乱まで引き起こしたのは、現代とは異なる質の夜を経験していたからだと、さまざまな資料を引用して読み解いています。わたしたちが見たこともないような神秘的で畏怖の念を抱かせる闇を毎日のように経験し、その中であたかも盲人になったかのように行動を制限されるのを身をもって知っていたので、魔術が身近に感じられ、悪霊は現実の存在でした。

そうした文化的な概念の違いについての話はすこぶる興味深いところなのですが、いちばん驚いたのは、当時と今とでは、睡眠そのものが異なっているという話でした。

産業革命以前の文献を調べると、当時の人たちは、「第一の眠り」「第二の眠り」という言葉をごく当たり前に使っていたそうです。当たり前すぎて、だれもわざわざ定義づけしたり研究したりする必要を感じなかったとさえ言われています。当時の人たちは、まず日没後しばらくしてから寝床に入り「第一の眠り」を経験しました。そして深夜にふと目覚め、夢や考えごとをしてから再度「第二の眠り」に就くという分割睡眠をとっていたといいます。

朝までぐっすり眠れず、途中で目が覚めてしまうなんてかわいそうに、と思ってしまうのが我々現代人ですが、どうやらおかしいのはわたしたちの常識のほうらしいのです。なぜなら、分割睡眠は、産業革命以前のあらゆる文化にみられ、今でも「本物の夜」が存在する地方では当たり前のように受け容れられています。極めつけに、動物たちもこの分割睡眠を当たり前のごとくやっているそうです。

さてそうなると、根本的な疑問が残る。この興味をそそる変則的な睡眠の取り方をどう説明すればよいのか。

というよりもむしろほんとうの謎と言うべきは、現在の私たちが中断のない睡眠を取っていることであり、それはどうすれば説明がつくのだろうか。

分割型の睡眠パターンは多くの野生動物にも見られ、近代になるまではそれが自然な、人類誕生以来の睡眠の取り方だったと考えるほうが筋が通っている。(p436)

つまり、歴史的に見ても、生物学的に見ても、朝まで目覚めずぐっすり眠るようになった現代人の睡眠のほうが異質なのです。わたしたちが健康な睡眠だと思っているものは、実は異常な睡眠である可能性があります。

夜中に中途覚醒してしまうことが、健康な睡眠だなどということがありうるのでしょうか。それは不眠症の症状の一種ではないのでしょうか。

それがまさにわたしたちが誤って信じ込んでしまっている医学の常識です。もう一冊読んでいた本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのかでは、この分割睡眠の研究に関連して、ウェイクフォレスト大学の睡眠障害センター長ヴォーン・マッコール博士のこんなコメントが載せられていました。

行動という点だけを見れば、電灯は私たちを誘惑の道に誘い込む『エデンの園のりんご』です。おかげで私たちは、テレビを見たりインターネットをしたり、眠りを妨げるあらゆる行動に引き寄せられてしまうのです。

電灯を手に入れたことで、人間には、夜遅くまで起きて、睡眠時間を短くするという選択肢が与えられました。そしてそのうちに突如として、夜中に目覚めるのは異常だと言われるようになってしまったのです」(p158)

これによれば、現代人が病的な中途覚醒だと思っているものの多くは、実は健康な睡眠の特徴かもしれません。それは生物にもともと組み込まれていたシステムです。ところが、人工照明が普及すると、人は夜遅くまで起きているようになり、慢性的な無自覚の睡眠不足(潜在的睡眠不足:PSDと呼ばれる)を抱えるようになりました。その結果、少ない時間でなんとか眠りを維持しようと、眠りが圧縮され、中途覚醒がなくなるという形で適応したのではないか、ということです。そしていつのまにか、中途覚醒がないことが誤って健康だとみなされるようになり、医者たちが広めた誤解のせいで、正しく中途覚醒を経験している人たちが、自分は睡眠障害ではないかと思い悩むようになってしまいました。

中途覚醒のない睡眠は、一見すばらしいものに思えます。しかしそれは、精製された白いごはんや、曲がっていないきゅうりのように、現代人には理想的に見えても、自然界からすると不自然・不健全なものです。

なぜ中途覚醒のない睡眠は不健全なのか。それはどうやら、生物にとって、今はほとんど失われている「第一の眠り」と「第二の眠り」のあいだの中途覚醒こそが、健康を維持する重要な役目を持っていたからだと考えられます。

失われた夜の歴史によれば、分割睡眠の中休みのようなこの中途覚醒を、フランス人はドルウェイユ(dorveille)と呼んでいました。これは半分眠り、半分起きている状態、「眠りと覚醒のはざま」を意味しています。分割睡眠の途中の中途覚醒は、普通の目覚めとは異なり、ぼんやりと何かを黙想するような性質を持っている変性意識的な覚醒状態でした。

この時間に人々は何を考えたのかというと、それは直前の「第一の眠り」で見た多様な夢のことでした。現代人は夢をほとんど見ないという人が多いのに、古代ではあれほど夢が神のお告げとみなされたり、占いの対象として重視されていたのは不思議だと思いませんか? それは当時の人たちはみな夢を見てそれを中途覚醒の時間に思いめぐらしていたからです。現代のような「夢も見ず朝までぐっすり」の人はいなかったのです。ジークムント・フロイトが、あれほど熱心に夢の精神分析を体系化したのは、当時はまだ夢がもっと人々の生活に身近だったからです。人工照明の影響をあまり受けていない産業革命前の人々は、夢をもっと記憶していました。

そして、近年の研究からわかっているように、夢には気分調節効果があります。夢の内容に予知のような特別な意味はないとしても、夢に出てきたモチーフが潜在意識やトラウマを反映していることも確かです。「夢と覚醒のはざま」の時間は、自分を見つめ直し、じっくり思索する時間でした。

現代人が夢をあまり見なくなったことで払った代償は何でしょうか。たぶんそれは、夢の気分調節効果でしょう。睡眠不足になると精神疾患が増えることはよく知られていますが、それは単に睡眠が不足するからではなく、「夢と覚醒のはざま」の時間が不足するからかもしれません。潜在的睡眠不足(PSD)の研究によると、睡眠不足になると、気づかないうちにまず削ぎ落とされるのが夢を見るレム睡眠だと言われています。

もしそうなら、夢を見ない睡眠は、睡眠不足のせいで睡眠の質が悪化していることの現れだとみなせます。中途覚醒のない睡眠は、睡眠時間が短くなってしまったゆえに、中途覚醒する時間がなくなって削ぎ落とされてしまった結果生まれた圧縮睡眠ではないか、ということです。

もはやほとんどの人は、真夜中に目覚めて、夢に出てきた幻影についてじっくり考えることをしなくなった。

睡眠が統合され、かつ圧縮された新しい形態に変化すると、多くの人々が夢との接触を失い、その結果、心の最深部の感情に至る伝統的な道をも失ったのである。

夜を昼間に変えることによって、近代技術が、人間の心理へ到達する最古の通路を遮る助けとなったことは、少なからぬ皮肉である。それは最大の喪失であるかもしれない。

昔の詩人の言葉を借りれば、「第一の眠りを完全になくし、我々から夢や幻想をだまし取ったのだ」(p480)

現代人は、昔の人ほど考えることをしなくなった、としばしば言われます。それは単に、「今の若い者は…」というやっかみだと思われがちですが、もっと古く、産業革命以前の人々と今の人々を比べると、現代人がより刹那的になり、時間に追われているのはまぎれもない事実です。それは、分割睡眠による思索の時間が失われたからではないか、とされています。

我々の夢が生み出す想像力に富む世界は、分割睡眠が失われたことでいっそう遠ざかり、それと共に、我々の内面的自己を理解する力も衰えてしまった。(p485)

朝までぐっすり寝て、夢も見ない「健康的な」現代人は、前日のできごとをじっくり考える時間もなく、次の一日を始めます。それは、ごく自然で質の良い眠りだと誤解されていますが、実際には、自分を内省する時間を削ぎ落とし、24時間社会に適応した異常な圧縮睡眠なのです。

本当の夜を知る遺伝子を受け継いでいるのだろうか

わたしは今回、ナルコレプシーの検査で睡眠ポリグラフ検査を受けに行きました。しかし検査を受けながら並行してこの本を読んでいると、どうもわたしの睡眠は、産業革命前の時代の睡眠によく似ていることに気づきました。

わたしは病院から帰ってきた昨晩も、朝三時に目が覚めました。以前なら、また中途覚醒で起きてしまった、とため息をついたものですが、今回は違いました。これは産業革命以前の人々が経験していた、「第一の眠り」のあとのドルウェイユに違いない。そう気づきました。そして実際、その時間は有意義でした。考えてみれば、わたしは自分のさまざまな思索を、人生を通じて夜の中休みに行ってきました。かつて書いたように、わたしのアイデアが降ってくるのは、いつも「夢と覚醒のはざま」の状態にあるときです。

ナルコレプシーや解離では、よく夢なのか現実なのかわからない変性意識状態を体験します。現代人はめったにそれを体験しないので、病気とみなされています。しかしこの本の詳細な歴史研究が明らかにしているように、「目覚めているのか目には見えない非現実の世界にいるのか境目がわからなくなってしまう」のは、当時の人々にはよくあることでした。(p461)

わたしは奇妙で不思議な夢をよく見ますが、それもまた、現代人にはまれであるとしても、産業革命以前の人にとっては常識でした。その名残があったからこそ、フロイトをはじめ、学識ある人たちがこぞって夢を研究しました。

産業革命前の人々が夜明けまで目を覚まさず、眠ったままでいたとしたら、自己発見につながるヴィジョンも癒しや精神性につながるヴィジョンも枕元で潰えていたであろう。

…しかし実際にはそうならずに、第一の眠りの後、夜中に目を覚ます習慣のおかげで、見たばかりの夢のヴィジョンが無意識に戻る前に記憶に留められた。雑音や身体の不調など不快感を催すことのために気を逸らされなければ、リラックスした状態にあったので、集中力も万全だっただろう。(p462)

わたしはかねてから、自分がどうしてこれほど深く考える性質なのか、疑問に思っていましたが、もしかするとそれは、この失われた分割睡眠の名残を色濃く受け継いでいる人間だからではないでしょうか。わたしは自分が格別によく考える人間であるかのように誤解していましたが、じつは産業革命以前の人たちは現代人よりもっと考えるのが普通だったのではないでしょうか。

こう考えれば、ここ数年たどっていた自分のルーツの物語がすべてつながってきます。

わたしが、明るさ過敏のアーレンシンドロームを抱えているのは、決して異常なことではなく、産業革命以前の、ボートル・スケールのレベル1からレベル4の夜空に適応した神経系を持つ人間だからではないでしょうか。おかしいのはわたしの神経ではなく、昼も夜も過剰な人工照明に照らされた現代社会ではないか、ということです。

幼少期からの明るさ過敏の原因を知るまでの苦労話

わたしが、アーレングラスをかけて以降、夜見える景色のあまりの美しさに感動して、今もメガネを通して見える漆黒の夜を愛してやまないのは、わたしの体内の遺伝子が、その漆黒の闇こそがわたしの故郷の夜だと語りかけているからではないでしょうか。

もし、産業革命以前の闇に慣れた人たちを突然タイムマシンで現代社会につれてきたら、過剰な明るさのせいで適応障害を起こし、体調を崩すのではないでしょうか。わたしが体調を崩しているのは、産業革命以前の世界から直輸入されたような遺伝子を持って生まれたからだとすれば合点がてきます。

わたしがいつも眠かったり、突然レム睡眠に陥って金縛りに遭ったり、頻繁に中途覚醒したりするのは、もともと中途覚醒を必要としている脳のつくりなのに、無理やり現代社会の生活に適応させられかけた反動ではないでしょうか。

圧縮睡眠に適応しておかしくなってしまった現代人とは異なり、産業革命以前の人類が脈々と保持してきた由緒ある遺伝子を受け継いでいる人たちは、光あふれる世界がもたらす睡眠不足に適応しきれず、不足分のレム睡眠が、日中に突然現れてしまうのではないでしょうか。遺伝的に睡眠不足に耐性がある人とない人がいる、とはよく言われますが、睡眠不足に耐性がない人とはすなわち、産業革命前の分割睡眠の名残を受け継いでいる人たちなのではないでしょうか。わたしは、ゆでガエルのように麻痺してしまった現代人の多くが喪失してしまった感覚を、まだ保っている少数派の人類なのではないでしょうか。

今回の睡眠ポリグラフ検査は、それそのものも得がたい貴重な体験でしたが、同時にこの失われた夜の歴史という名著―数々の賞を受け、世界各地の50を超えるメディアで紹介されたという本―を並行して読んだことで、さらに得がたい体験になりました。

わたしは、もしかすると、今まで、現代人の偏った常識というレンズを通して、自分のさまざまな特徴について歪んだ理解を得ていたのかもしれません。多数派を健康、少数派を病気とみなす医学の価値観のせいで、自分が受け継いだ生物学的に正常な能力を、病的なものとみなしてしまっていたのかもしれません。

今はまだ、はっきりとした結論が出ませんが、わたしは今、次なるステップへの門口にいるような気がします。さらに一段登れたとき、どんな新しい景色がわたしの前に立ち現れるのか楽しみです。

最後に、本当の夜をさがして―都市の明かりは私たちから何を奪ったのかの扉に載せられている、作家ウェンデル・ベリーのこの美しい言葉で締めくくりましょう。どことなく、わたしの進むべき道筋を指し示してくれているように思えますから。

光を手に暗闇を訪れても、明るさを知ることしかできない

暗さを知ろうとするなら、闇を進むことだ。漆黒の闇を

暗闇もまた花を咲かせ、歌を奏でる

光をまとわぬ足と翼だけが、闇の世界へといざなうのだ

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Categories: Others。2018.01.31