地図にない世界を探検しにいったセラピー体験記(10)

SEの体験記の10番目。前回の記事では珍しくゲームの話を書きましたが、今回は、次のセラピーまでの合間に考えたことの短編集的な記録です。全部で5つの話題について書いてみました。

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1.内的家族システム療法からSEを捉え直す

1つ目の話題は内的家族システム療法についての話。

SEをやってきて、回り回って帰ってきたのは、なぜか内的家族システム療法(IFS)のような考え方でした。IFSは、ヴァン・デア・コークの身体はトラウマを記録するで紹介されている治療法の一種でリチャード・シュウォーツによって開発されたトラウマセラピーです。日本でも行なわれている自我状態療法とほぼ同じもの。

メアリーの治療をしてから20年が過ぎたころ、私はリチャード・シュウォーツに巡り合った。シュウォーツは、内的家族システム療法(IFS)の考案者だ。私は彼の著作を通じて、ミンスキーの「家族」というメタファーを真の意味で実感し、そこにトラウマが原因で分離されてしまった部分に働きかける体系的な方法を見出した。

IFSの核をなす概念は、私たちの心とは、一人ひとり成熟度も、興奮しやすさも、見識の程度も、苦痛の大きさも異なる家族のようなものだというものだ。(p463)

IFSや自我状態療法では、自分の身体の感覚や感情を擬人化し、ちょうど別人格のように具体化させて、一人二役、三役…の会話のようにしてその人格とコミュニケーションを取ることで、症状を改善させていくというもの。(前回書いたゲームの物語などは、まさにこの内的家族システム療法を自分の心の中でやっているものだ、ということになる。あのゲームはSEというよりIFSの視点でとらえるべきかもしれない)

一見ただのごっこ遊びのように思えてしまいますが、科学的に突き詰めれば突き詰めるほど、根拠のある方法だということに行き着きます。

まず、最近の体験記で書いてきたように、人間の意識や人格というものは、身体の感覚から生じています。たとえば、アントニオ・ダマシオが示したように内受容性の感覚の一種である内臓感覚(胃腸のうずきなど)をわたしたちは感情として認識している。その感情の塊が人格として自己意識を生み出している。

解離という現象は、身体の一部の感覚を切り離すことで生じていました。たとえば足にひどい虐待や痛みを受ければ、脳は足の感覚をシャットアウトして切り離すことで痛みを麻痺させようとする。このとき、脳は足の痛みを、「自己」のものではなく「非自己」のものとみなす処理を行ないます。小児期トラウマがもたらす病 にこう書かれているように。

たとえば、身体的虐待を受けた場合は前頭前皮質および島皮質に萎縮が見られた。「島皮質は身体帰属感や個人の主体性と関わりがあります」とブラムバーグ。

「この発見は、身体的虐待を受けた子どもがしばしば訴える解離症状がこの部位の萎縮に関連している可能性を示しています」。

子どもが自分の心と身体を切り離そうとするのは、それが自分の身に降りかかる恐怖から逃れるための唯一の方法だからだ。

そうした子どもは心の中で「どこにでも行く」。ひねられているのは自分の腕ではない、叩かれているのは自分の顔ではない、性的虐待を受けているのは自分の体ではないと言わんばかりに。(p155)

「自己」と「非自己」のタグ分けを担う領域のひとつは島皮質のようですが、足にひどい虐待を受けると、感覚が解離されて、脳が足の感覚を「自己」ではなく「非自己」として処理するようになる。そのおかげで、痛みがまるで他人事のように感じられる。

しかし、慢性的に虐待を受けていると、いつも足が「非自己」のタグを貼られたままになってしまう。そうすると、足の内部で生じている体性感覚(内受容性の感覚)は自分の感覚ではなく、他人の感覚のように処理される。さっき書いたように、わたしたちの感情は内臓感覚とか体性感覚のような、身体の内部から起こる内受容性の感覚から生じている。だから足の一部が「非自己」扱いされていると、あたかもその部分が「自己」とは別の感情を持っているだれか、のように体験される。

内的家族システム療法では、そうやって「非自己」となって「自己」から分離されている感情や感覚を、ひとりの人格として尊厳をもって扱う。もともと自己意識や人格というものは、そうした内受容性の感覚から形成されているので、これはごっこ遊びなんかではなく、ごく普通の、当たり前の生化学的的プロセスをなぞっているだけ、ということになる。(解離によって人格が多重化している人はこれを自然にやっている)

こうして考えてみると、内的家族システム療法や自我状態療法は、現代の解離の科学や自己に関する理論にしっくり当てはまる治療法だということになります。解離の程度が重くて、はっきりとした自己意識の多重化を感じている人ほど効果的で、すんなり受け入れられる治療法。正直わたしはSEよりこっちがやりたかったんだけど。

ミスマッチ嫌悪とセルフタッチ

最近、SEをやっていると、どうも今やってることは、このIFSの観点から考えたほうが、自分にとって馴染み深く、わかりやすい、と思えることが多い。

SEでセルフタッチによる内部感覚のサーチをするようになってから、日常生活の中でもそれを応用しているんですが、たとえば右脇腹に強烈な違和感とか不快感を感じているとき、右腰にセルフタッチして感覚を探るようにすると、症状が消えていくことに気づきました。病院で検査してもらうほど辛い症状がこんな簡単なことで和らぐなんて! といっても、手を離してしばらくするとまた悪化してくるので、気のせいではない。

このとき何が起こっているかを理解するには、SEよりも、内的家族システム療法の知識のほうがわかりやすい。

なぜ「非自己」のタグが貼られた場所に強烈な不快感や違和感を感じるのかというと、脳神経学者のラマチャンドランが脳のなかの天使で書いている「ミスマッチ嫌悪」というもので説明できる。

しかしなぜそうなるのか。なぜ患者は、その腕や脚に無関心なだけではないのだろうか? 腕の神経が損傷されて感覚が完全に失われてしまった患者たちは、腕をとってほしいとは言わない。

この疑問の答えは、ミスマッチ嫌悪という概念にある。この概念は、あとで取り上げるように、多くのタイプの精神疾患において決定的に重要な役割をはたしている。概略的に言えば、脳のモジュールの出力のあいだに一貫性の欠如もしくはミスマッチがあると、疎遠感、違和感、妄想、パラノイアなどが生じるという考えである。

脳は内部の異常(たとえば、カプグラ症候群に見られる情動と同定とのあいだのミスマッチなど)を忌み嫌い、しばしばそれを否認する。あるいは言いつくろうという行動に走る(「内部の」と断ったのは、一般的に脳は外界の異常に対してはもっと寛容で、それを楽しむ場合さえあるからだ―不可解な謎を解く興奮が大好きだという人もいる)。

内部のミスマッチがどこで検出され、不快を生じるのかは明らかではないが、私はそれを島(とくに右半球の島)でなされていると考えている。(p361)

これまた一見ややこしい説明ですが、簡単に要約するとこうなります。脳が自分の身体ではない、と認識している部分は、つまり他人の身体である、と判断される。すると自分の身体の中に他人の身体の一部が埋め込まれているというミスマッチ嫌悪を生じさせる。こんな難しい言葉で言わなくても、誰だって自分の身体に他人の手足がくっついてたら強烈な不快感を覚えるでしょう。(それが実際に四六時中起こっているのが身体完全同一性障害)

そして、違和感のあるところにセルフタッチする、というのは、内的家族システム療法的に言えば、「非自己」のタグが貼られている場所に手を当てて、関心を向ける行為だといえる。自分の身体の中の他人、ミスマッチ嫌悪を感じて敵対しているような部分に、共感の手を差し伸べる行為と言ってもいい。

かつてトラウマをこうむったときに、切り離された身体の部位、すなわち身代わりとなって痛みや苦痛を一身に引き受けてくれた身体の部位に対して、わたしはあなたのことを忘れてはいない、あなたが苦しみを引き受けてくれたおかげで、今わたしはこうして生きていることができている、ということを伝える行為だとみなせる。DID的に言えば、トラウマ記憶を一人で抱えている犠牲者人格に対して、ねぎらってあげる行為。それをソマティック的(身体的)にやっているのがセルフタッチだということになる。

もちろん、内的家族システム療法はそう簡単には進展しない。文字通りの家族療法が、一日やそこら互いに関心を向けたくらいでは進展しないように、家族から疎外されてしまった成員の心を取り戻すには、かなりの歳月がかかる。人間関係において信頼感を育むのは一朝一夕ではいかない。(自己という意識は体の感覚から生まれているという説明からすれば、異なる身体を持つ現実の二者間で行われるコミュニケーションと、一人の身体の中で切り離された二つの身体に宿る二者間で行われるコミュニケーションはほとんど同じものだといえる)

わたしの場合、セルフタッチによって強烈な違和感が一時的に和らいだのは、その瞬間だけ、切り離された身体同士の心が通い合い、「非自己」が「自己」に統合されていたのでしょう。本当に仲良くなれば、いつでもどんなときも自分たちは一つだ、と思えるようになって、ミスマッチ嫌悪から生じる違和感は完全に解消されるはず。でも、それまでは、何度も根気強くコミュニケーションを繰り返して、互いに対する信頼を深めていかねばならない。

SEは、こうした「自己」に関する理論には弱いところがあるので、明確な自己の多重化を感じている人は、SEでは不十分かもしれない、と思うこの頃。SEのような生化学的観点からつきつめていくのは大事だけれど、解離というのが人格の多重化という側面をもっている以上、自己の断片すべてを尊厳を持って扱うというアプローチも大事だと思います。

もともとわたしはソマティック方面の研究からではなく、人格の多重化の研究のほうから解離の分野に足を踏み入れた人だし、うちのブログが重宝されてたのもその方面の考察ゆえだった、ということを今になって思い出してます。ソマティックの知識を携えて原点に立ち帰り、改めて考察すべき時が来たのかもしれない。かつて考えていた人格についての考察も、今やソマティック方面の知識の理論で生化学的に裏づけをとれるはず。(こうやってまたやることが増える)

2.感じられないのは死よりも辛い

二つ目の話題に移ります。

去年の末あたりからずっと考えていて、頭から離れなかったのは、「感じられないのは死よりも辛い」というテーマでした。このテーマについて考えはじめたそもそものきっかけは、身体に閉じ込められたトラウマのこのエピソードだった気がします。

重篤で遷延的(慢性的)なトラウマのサバイバーたちは、自らの人生を「生ける屍」のようだと述べる。

マレーはこの状態について次のように鋭く記述している。「それは、まるで人間の活力の源泉が干上がってしまったかのようであり、実存の中心が空虚であるかのようである」。

1965年の感動的な映画『The Pawnbroker(邦題:質屋)』の中で、ロッド・スタイガーはソル・ナザーマンという失感情状態のユダヤ人ホロコーストのサバイバーを演じている。ナザーマンは、自分が抱く偏見をよそに、身を粉にして働く黒人の少年に愛情を育んでいく。

最後のシーンでその少年が殺されると、ソルはメモを留める釘で自分の手を刺すのだった。何か、とにかく何かを感じたいがために、である。(p83)

この言葉を読んだとき、わたしにとってはこの言葉そのものが感動的だったし、わたしの心に刺さる釘のように感じられました。自分の状態を見事に言い表されたかのような衝撃。この本がわたしの人生の転機だったと言える要素はたくさんあるけれど、特にこの文章の存在は大きかった。

初めてこの本を読んで以来、何度もこの文章を噛み締めてきましたが、自分の体験と、この文章の読解が、螺旋のように渦を巻いて、交互に理解を深めて真相へと掘り進んでくれているように感じます。

わたしはずっと生ける屍のような存在だけれども、単に活力が干上がってしまったというだけでなく、実存が空虚という表現がまさにぴったり。存在自体が希薄だと言ってもいい。わたし自身は透明でどこにも存在しない。だからわたしはいつも自分の創作物によって空白を埋めてきた。わたしが人よりはるかに何かを創り続けるのは、創作物の重みをもってせねば、自分の存在を確認できないがため。

この前の体験記のどこかで書いたように、ダマシオの研究からすれば、あらゆる生き物は動き(ゆらぎ)によって感覚を感じ、感覚によって自己認識が生じていてる。ならば実存つまりアイデンティティが空虚なわたしは、何らかの動きがなければ、自分が存在しているという実感が得られない、ということ。わたしにとってはその手段が創作だったのだ。ものを創るという行為をもって、わたしは自分の存在を現実につなぎとめ、僅かなりとも生きているという実感を感じ、自分というアイデンティティを確立しているのだ、そう思いました。

上の記事は意外と有名なアーティストさんに読んでもらえることも時々あるみたいで、このサイトの中では人気記事ですが、我ながら核心を突いている内容なのだな、と思います。創作する人間にしかわからない内容を脳科学的に分析する、わたしはいつもそんな記事が書きたい。感性を持たないただの研究者には決して書くことのできない、作家だからこそ書ける作家のための記事。最近はご無沙汰しているのが悲しいですが。

上の記事でも書いたように、ほとんどの人が創作などしないのは、あるいは少しのあいだ創作してもすぐやめてしまうのは、必要に駆られないからです。しかし創作しなければ生きていることを感じられない人の場合は違う。自分の命を削ってでも永久に創り続ける。創作をやめるのは肉体が滅びるとき。もはや自分が生きていると実感する必要がなくなるとき。

創作に関わらず、わたしが中毒になったり依存してしまったりするようなことは、すべてこの「何か、とにかく何かを感じたいがために」という法則に基づいているんだろうな、と思います。解離によって感覚が麻痺してしまった状態、感じられないことは死よりも辛いという状態から一時的にせよ抜け出すために、何かの刺激を求めてしまうのだろう。ヴァン・デア・コークが 身体はトラウマを記録するに書いているとおり。

彼らは肥満になったかと思うと拒食したり、あるいは運動や仕事に過度に熱中したりすることもある。トラウマを負った人の少なくとも半数は、自分の内面世界の耐え難さを薬物やアルコールで紛らわせようとする。

麻痺させることと表裏一体になっているのは、刺激を追い求めることだ自分の体を切ることによって麻痺した感覚を追いやろうとする人も多いし、バンジージャンプをしてみたり、売春やギャンブルのような危険な行動を試したりする人もいる。(p438-439)

夢依存症

数日前にやっと気づいたのは、わたしがずっと前に書いた夢依存症の話もこれだったのか! ということ。

何度も書いているように、わたしはやたらとリアルな夢を見ます。

夢の中で見る鮮やかすぎる色―現実にはありえないカラーの神経科学
夢の中で見る現実にはないほど鮮やかな色の考察
幻想的な夢をアイデアの源にしたアーティストたち―なぜ明晰夢やリアルな夢を見るのか
夢を創作に活用したクリエイターたちのエピソードと幻想的な夢のメカニズム

なんでリアルな夢を見るのか、というのも、最近までよくわかっていなかった。柴山先生が解離の当事者はやたらリアルな夢を見る、というところまでは書いてくれていたんだけど、当事者の症候学寄りの人なので、その脳科学的理由についてはほとんど何も書いてくれてないんですよね(笑) メカニズムの説明になると哲学になる方なので。

最近引用しまくっている私はすでに死んでいるを読んでやっとわかったのは、人間の感覚というのは、外受容性と内受容性がシーソーのようにバランスを取っていること。島皮質の活動が上がれば外受容優勢に、低下すれば内受容優勢になる。そして解離とは外からの感覚が麻痺して、内からの感覚が優勢になっている状態。あとはこの説明ですべてがわかる。

意識的な自覚には二つの次元があるとローレイズは説明してくれた。

ひとつは外の世界に対する自覚で、視覚、触覚、嗅覚、聴覚、味覚を通じて知覚されるものすべてだ。もうひとつは内的な自覚で、自分の身体への知覚や、外的刺激とは無関係に生まれる思考、心象、白昼夢など、自己参照的な知覚だ。

…健康な人で調べると、二つの次元の自覚は逆相関になっていることがわかる。外部に注意が向いているときは、外的自覚のネットワークが活発になり、内的自覚のネットワークはおとなしくなるのだ。もちろんその逆もある。(p27-28)

解離の当事者に多い、思考が次々に湧き出てくる思考促迫とか、空想が広がる白昼夢とか、自分の身体の違和感ばかり延々と考え続ける自己反芻や哲学的思考とか、幻覚、さらにはリアルな夢は、ぜんぶ内受容性の感覚がものすごく優勢になっている結果だったのだ。

外からの感覚を遮断した結果、内側の感覚が優勢になっているのが解離。

そして外からの感覚を遮断した結果、内からの刺激で幻覚を見ている状態がレム睡眠中の夢。

だから、解離の当事者は、起きながら夢を見ているような状態になるし、逆に寝ている間の夢はより現実よりリアルになる。なんでこんな簡単なことなのに、医学書にはまともに説明されていないのか不思議すぎる。外からの苦痛のせいで、外受容性感覚を遮断した結果、相対的に内受容性感覚が優勢になり、レム睡眠の状態に近づいている、というだけで全部説明がついてしまうのに…。全然精神病と関係ないし、かなりシンプルな構造だと思う。

言い換えると、普通の人は外受容性感覚が優勢だから、外部からの刺激がとてもリアル。「今ここ」に生きている感覚というのもここから生じている。その代わり内部からの刺激はあまりリアルではない。だからほとんどの人はあまり深く考えないし、リアルな空想もしない。

解離の当事者は逆に、外からの感覚を遮断しているので、外部からの五感を通して入ってくる刺激はぼんやりしていて夢のようになっている。まったくリアルさを欠いている。わたしがいつも自己催眠がかかっているように感じるのはこのせい。まるで潜水服を着て、薄汚れたマスクのフィルター越しに外界を眺めているように感じる。サランラップで頭部をぐるぐる巻きにされているような感じもする。

ちなみに柴山先生は解離の構造でこうした感覚を「きぐるみ」に例えていた。言い得て妙です。

 

その程度が軽度な症例では、私という仮面や皮を被っているようで、自分が存在しているといった実感のなさや同一性にまつわる困惑を感じている。それが顕著になると、はっきりと体の外部へと自分が縮んで存在しているように感じ、目の前に開いた二つの穴から世界を覗きこみ、世界の中に存在する私や肉体を着ぐるみのように感じている。(p126)

周囲世界や自己身体から剥がれて、自分がその中に閉じ込められたような体験、あたかも着グルミを被って眼の部分に空いた穴から外の世界を覗き込むような離隔体験を「体内型離隔」と呼ぶ。(p179)

失感情症もここから説明がつく。どうも解離の当事者が陥っている失感情症とは、「外受容性の」失感情症らしい。失感情症というと、感情がぜんぶ失われることを言っていると思いがちだが、 私はすでに死んでいるの説明を読むとそうでないことがよくわかる。

ブライトン・アンド・サセックス・メディカルスクールで神経精神医学を研究するニック・メドフォードは、こうした矛盾の例を教えてくれた。ある女性患者の隣に住む一家を悲劇が襲い、小さい子どもが悲惨な事故で死んでしまった。「『なんてひどいこと。かわいそうに』と思うのがふつうなのに、自分は何も感じないと彼女は言います。ですが彼女は、自分が何も感じないことに心を乱しているのです」

別の患者はメドフォードにこう言った。「私にはまったく感情がない―それが悲しくて」

「矛盾してますよね」メドフォードは言う。「ですが患者の話を分析すると、内面に苦悩や動揺を抱えるいっぽう、外部への情動反応性がなくなっていることがわかります」(p180)

目からうろこでしたよね、これを読んだときには。言われてみたら確かにそうなんです。わたしは自分が失感情症なのかどうかよくわかっていなかった。それなりに感情豊かな自覚はあったもので。

でも、「外部への情動反応性がなくなっている」と言われれば、確かにそうなんです。まわりでだれが何をしようが心を乱されない。外で起こっていることに反応しなくなっている。その代わり、内で起こっていることには動揺するし、普通以上に敏感で心を乱しています。

そして、これが最も顕著になるのは夢を見ているときです。わたしは夢の中では相当激しい感情を感じるので、起きたときによく動揺します。現実の知り合いに対してヒステリックに怒りを爆発させていたり、あまりの寂しさに絶望していたり、赤ちゃんが泣きわめくほど全力でわんわん泣いていたり。

夢はいつもとてもリアルです。夢の中では空を飛び、風を感じ、躍動している。特によく見るのは大地震の夢。10階建てもありそうな部屋の床が割れ、建物は倒壊し、嵐の船に揺られるかのように足元が崩れわたしは投げ出される。でも不思議なことにトラウマチックな夢ではなく、必ず助かります。そのとき信じられないほど生きた心地に満たされる。大冒険した気になる。その瞬間目を覚まして、地震が現実でなかったことにがっかりする。どうもこうした夢で起こっている感覚は、体外離脱の一歩手前の現象のようです。体外離脱を科学的に再現した有名なオラフ・ブランケの実験でこんなことがわかってたのだとか。

ブランケの女性患者の場合、右角回に刺激を与えると奇妙な感覚が引き起こされることがわかった。電流が弱いあいだは、「ベッドに沈みこむ」「高いところから落下する」感じだった。しかし電流を強くしたところ、「ベッドに横たわる自分を上から見ている」と言いだした。(p250)

わたしは金縛りのときに、ベッドに沈み込んだり、床が溶けたりするリアルな感覚を非常に頻繁に味わいますが、それと同じ電気信号の乱れが夢を見ている最中に起こると、地震で足元が割れる夢になるんでしょう。もう少し電気信号が強くなると、空を飛ぶ夢に変換されているということ。(ちなみに文中で言及されている角回は、体外離脱や共感覚と関係していて、感覚を混ぜ合わせ統合する場所とみなされている)

空を飛ぶ夢のときは、毎回自分で高度をコントロールできるんですが、そのコツみたいなものが面白いんですよね。自分で飛ぼうと思ってしまうとだめで、自然に飛ぶのをさりげなくコントロールするような。強く念じすぎるとかえって高度が落ちてしまう。ハリーポッターとかでそんな訓練がありそうです(笑)

取り返しのつかないことをして現実をリセットする夢もなぜかよく見る。どうしても取り返しのつかない決定をしてしまい顔面蒼白になって、追い詰められた末に現実をリセットする。「これは夢だ」と自分に言い聞かせていると意識が遠のいて現実がリセットされる。なぜか夢の中で解離をやっている。ちなみに取り返しのつかない決定には色々あるけれど、頻度としては望まない結婚の約束をして結婚式前に絶望している夢がなぜか多い。

ほかにも、天変地異で流星群が振ってきたり巨大な怪物に襲われたり、ありとあらゆるシチュエーションの夢を見る。ときには切ない物語な夢もある。もちろんトラウマチックな血みどろの夢も時にはあるけれど、どの場合もすべてがリアルすぎるんです。

だからわたしは夢依存症によく陥る。現実世界が味気なさ過ぎるぶん、夢の中が異常に楽しい。もう永遠に起きなくていいと思うくらい楽しい。今になって思えば、これはさっき書いた「感じられないのは死よりも辛い」がために、創作依存になるのとまったく同じものでした。

次々のアイデアが湧き出る創作も、次々にリアルな感覚が再現される夢も、どっちも内受容性感覚によって作り出されたものなんです。外受容性感覚が遮断されて何も感じられなくなる反面、内受容性のほうが優勢になってリアルな感覚が引き起こされる。だからそのリアルさを存分に感じられる創作や夢見のとき、わたしは幸せで満たされる。そのときだけ生きていることを実感できるからです。こんなことを書いているとまた寝たくなってきた。

ああ、数年前のわたしにこの知識があったなら。過去に書いた幾多の記事ももっと的を射たものになっていただろうに。こうしてどんどん理解が更新されるせいで、過去記事の書き直しが追いつかないのは本当に残念です。もっと書きたいこと、もっとまとめたいことは山ほどあるのに、それを伝えるだけの余力がない。

地図にない世界の奥深くまでたどり着いた人だけが見ることのできる世界がここにあるというのに、わたしにはそれをすべて伝えるだけの手段がない。なんともったいないことか。言葉にしたとたん、この感動は失われるし、ただ上滑りするだけの無味乾燥な単語の羅列になってしまう。結局のところ、解離の体験というのは、当事者にしかわからないし、千の言葉を弄しても伝えることができない。やっぱり永遠に夢を見続けていたい。こんな何も伝わらず、疎外感しか存在しないような現実ではなく、すべてがリアルで鮮やかな夢から醒めないでいたい。

気づいたのは、夢をたくさん見ると、無気力症が回復することです。わたしが落ち込んで生きることに絶望しているようなときは、どうやら睡眠が足りていないらしい。ひたすら寝まくって、夢の世界に数日間逃避すると、気分が回復し、催眠効果が復活するように思います。

もともと夢というのは気分安定の作用をもっているので、それがうまく機能してくれているのでしょう。PTSDやうつ病では不眠になって夢を見なくなったり、悪夢ばかりになったりすることからすると、やはり解離は脳の正常な機能による自己防衛なんでしょうね。PTSDと違って、解離では睡眠と夢の機能が保たれていて、起きているあいだまでフル稼働して、脳を脅威から保護してくれているのかもしれません。

こうやって解離の効用を感じれば感じるほど、SEで現実の感覚を取り戻すべきなのだろうか、という疑問がわいてきます…。もちろん、SEの目指すところは解離を解除することではなくコントロールできるようになることだとはわかってるんですが、それでもわたしの本当の望みは現実を生きることではなく、死ぬまで夢を見続けていることではないか、と思ってやまないのです。

3.音楽幻聴

3つ目の話題。

夢というと、わたしはよく音楽幻聴の夢を見ます。夢の中で音楽が流れている。よく知っている曲もあれば、まったく知らない即興のメロディもある。しかし変なメロディということはなく、しっかりした曲にはなっている。思い出すのはオリヴァー・サックスが音楽嗜好症: 脳神経科医と音楽に憑かれた人々で書いていたこの記述です。

アーヴィン・J・マッセイは「夢のなかでは行動、特徴、視覚的要素、そして言葉はすべて修正されるか歪められるが、音楽だけは夢という環境によって変化しない」と指摘している。

さらに具体的に「夢のなかの音楽は、崩壊することも、混乱することも、支離滅裂になることもなく、夢のほかの要素のように目覚めたとたん消えることもない」と書いている。だからベルリオーズは目覚めたとき、夢の交響曲の第一楽章をほぼ全部思い出すことができて、夢のなかで聞いたときと同じくらい形式や特性が心地よいと思ったのだ。(p383)

わたしは自分が聞いたこともないような音楽を夢の中でよく聞くので、このマッセイの意見にはちょっと首をかしげるのですが、確かに、夢の中で聞いていた音楽が目覚めた後も聞こえているということはよくあります。(しかしそれを言えば夢の中で見た視覚イメージが目覚めた直後もそのまま残っていることはよくあります。そして音楽であれ視覚イメージであれ、目覚めて数十秒経つと忘れていくのは同じです)

つい一昨日体験した音楽幻聴はなかなかおもしろいものでした。諸事情から外出時に経験したものですが、わたしは疲れて半分寝ていました。そのとき、まわりの話し声はそっくりそのまま聞こえていましたが、内容は理解できませんでした。そのとき、なんだか民族調の小さなメロディが重なって聞こえているのに気づく。聞いたことのない曲でしたが、なかなかわたし好みです。

最初は空耳かと思ったのですが、よくよく耳を傾けてみても鳴り止まない。やばい、これは空耳ではないぞ、たぶん誤ってスマホを誤操作してしまってYou Tube動画か何かが再生されてるんだろう、そう思って飛び起きようとしたら、金縛り状態にあって動けない。幸いすぐ解けたので、スマホを慌てて確認してみたところ、電源すら入っていなくて、そのときやっと音楽幻聴だったと気づきました。

オリヴァー・サックスは音楽嗜好症の中に、本当に音楽が流れていると錯覚するほどの音楽幻聴を経験した健康な人の例をたくさん挙げているので、現実に鳴っていると錯覚する音楽幻聴など珍しくもなんともないものです。(ちなみに音楽が頭の中で鳴り止まない現象は耳の虫(イヤーワーム)であって、実際に鳴っていると錯覚する音楽幻聴とは少し違う)

1986年、私はその依頼に応じ、そのような幻聴は良性であり、精神病ではないことを強調した。すると即座に、驚くほどたくさんの手紙が届いた。大勢の人々が私に手紙をくれて、そのうちの大半が本人の音楽幻聴についてごく詳細に説明していた。

このように突然たくさんの報告を受けた私は、音楽幻聴という経験は私が考えているよりも―あるいは医療専門家が認知しているよりも―はるかによく起こっているにちがいない、と考えざるをえなかった。(p92)

だけど、出先で音楽幻聴や金縛りが起こったのは初めてだったのでびっくりしました。

メカニズムとしては、たぶんエリナー・ファージョンがファージョン自伝―わたしの子供時代に書いていたものに近いんでしょう。

市街バスのいちばん端っこに押し上げられて、バーナーズ通りのクランプトン先生の踊りの稽古へガタゴト揺られながら行くときなど、わたしはこの騒音を、自分がよく知っているお気に入りの曲をぶっ通しで演奏するオーケストラに仕立て上げることもできた。

たとえば、マスカーニのオペラの間奏曲や『ヘンゼルとグレーテル』の大部分などにである。

バスがガタゴト揺れていたり、街の喧騒がわたしをすっぽりと包んでいたりするかぎり、このオーケストラはわたしの真夜中の「想像ゲーム」で、登場人物が生き生きと動くのと同じくらい、本物そっくりに演奏したものだ。(p286)

わたしもこの手の脳内演奏はよくやっているほうですが、たいていは自分で自覚した状態で演奏しているので、半分寝落ちして本当に鳴っていると錯覚してしまうような体験は初めてでした。(記憶があいまいなので忘れているだけかもしれませんが)

特にこの日は、光や音などの刺激がいつもより苦痛で、自己催眠状態に入っていたので、なかば意識的に現実逃避した解離で、無意識の幻聴が引き起こされたというのが興味深くありました。音楽嗜好症に書かれているように解離で外的感覚が遮断されると、内部からの感覚がそれを埋め合わせるので幻聴が起こります。

彼女の幻聴は精神障害によるものではなく、神経学的なもの、いわゆる「解放性」幻聴だと私は答えた。耳が遠いので、通常の入力を奪われた脳の感覚野が、独自の自発的な活動を起こし始め、それがおもに若いころの音楽記憶による音楽の幻聴という形をとっているのだ。

脳はたえず活動している必要があり、聴覚的なものであれ視覚的なものであれ、通常の刺激を受けないでいると、幻覚という形で独自の刺激をつくり出す。(p83)

わたしは別に耳が遠いわけではありませんが、解離が起こると感覚が遮断され制限されるので、耳が遠いのと同じになります。わずかばかり聞こえている外部の音を手がかりにして、脳が埋め合わせの幻聴を作り出したのが、わたしの音楽幻聴だったんでしょう。

これは高齢者によくあるシャルル・ボネ症候群の幻視の聴覚バージョン(ボネ幻聴)です。ボネの幻視では、欠けた視野を幻視が埋めますが、難聴になった人は欠けた音を幻聴が埋めます。そして幻視にしろ幻聴にせよ、解離が起これば若い人にも同じ現象が起こります。

SEで解離を克服しようとしているくせに、なかば意識的に解離を起こそうとしているなんて、いったい何をしているのか、という感じですが、いやいや、わたしが目指しているのは、解離を解除することではなく、自分をコントロールできるようになることなのです。SEが目指すところも自己コントロールの習得であり、最終的には解離でさえも、解離しないでいられるか、あるいは解離に身を委ねるか、使い分けできるようになることこそが目的、なのだと思っています。

4.ゲーム思考で説明するSE

4つめの話題

前回ゲームの話を書いたけれど、考えてみれば、わたしみたいなゲーマー世代の人間には、SEの概念はゲームに例えたほうが、よっぽどわかりやすいんじゃないだろうか。

こういう話って、頭がかたい学者肌の人ほど毛嫌いするせいで、まったく研究も応用もされない盲点になっているけど、実はすごく大事なんじゃないかと自分の経験から思います。

わたしのとあるPTSDの友人の場合、普通の話題を話していると、いつも悲観的になって堂々巡りに陥ります。ほとんどどんな話題でもだめで、劣等感や辛い記憶と結びついてしまうけれど、ゲームの話題だけは別で、ポケモンの話をしているときだけは、子ども時代に戻ったかのような笑顔を見せてくれる。これはつまり、ゲームの思い出だけは純粋に「楽しかったもの」として記憶されていて、不快な過去と条件付けされていないということ。

この純粋に「楽しかった記憶」というのはSEにおいてとても大事で、前に書いたように、安全なイメージ、つまりリソースとして役立てられることが多い。少なくとも、そのことを語っているとときはトラウマから解放されるのだから、トラウマ記憶に圧倒されそうになったらゲームの話題に帰ってくることで振り子運動(ペンデュレーション)ができる。

セラピストが言うには、楽しかった思い出を話し合い、そのときの身体の感覚に集中してもらうというセッションの方法もあるとのこと。わたしの場合、残念ながら純粋に楽しかった記憶というのかよくわからないせいでダメでしたが、くだんの友人なんかはポケモンも記憶がそれに相当しているんでしょう。

ゲーム世代以前の人にはこんな話はばかげて聞こえるかもしれないけれど、ゲーム世代の若者にとってはゲームは人生経験の一部なんです。わたしもそうですが若者世代のふるさとは、子どものころのやったゲームの世界観ということが少なくない。今の世代にとっておふくろの味とはマサラタウンのBGMだったりする。

ということは、トラウマセラピーをしていく際に、ゲーム体験を軸にしていく方法だって十分に考えうる。というか、まじめなトラウマ理論を扱うよりも、よっぽど意味があるかもしれない。だって、「解離とトラウマ理論を理解する5つのポイント」ってタイトルの記事と、「ポケモンが教えてくれたトラウマを乗り越える5つの方法」ってタイトルの記事なら、どっちが読みたいか。少なくともゲーム世代なら後者ですよ(笑) そして本当にトラウマ治療を必要としてるのは、前者の記事を読むような学者肌の人ではなく、後者みたいな記事に惹かれる若者だったりする。トラウマは抱えているけど難しい記事なんか読めない、だけどゲームならわかるって人はけっこういる気がする。

てなわけでゲーム的に解釈したSEの比喩を。

■昔ながらのドラクエ的RPGの比喩

トラウマとは、低レベルで挑んで返り討ちにされた強力なボスみたいなもの。全滅してゲームオーバーになった記憶がトラウマ。

暴露療法というのは、何度も何度もボスに突っ込んでリトライ(再体験)すればいつか勝てると言っているようなもの。確かにたまに運良く勝てるかもしれないけど、ただの運ゲーにすぎない。

それに対して、SEは、宿屋(安全な場所)とザコ戦を繰り返して、まず経験値を稼ぐ。SEの小さな刺激から始めるというワークは、お城の近くで経験値を稼いでレベルアップを重ねるようなもの。稼いだお金でいい装備品を整えるのがリソースの確保。そうやって準備を整えてから、強いボスに挑む。レベルを上げて物理で殴ればいい。ただそれだけのこと。

ちょっと語弊はあるが、暴露療法とSEの違いを説明するのに、ゲーマーにとってはこれほど明快なたとえはあるまい。

■近年のオープンワールドゲームの比喩

オープンワールド系のゲームだと、自分の好きな場所からマップを埋めてクエストを攻略できる。必ずしも順番などない。好きなところから行ってOK。最終的にマップを全部埋めればそれでいい。

トラウマ処理を、強敵を攻略するクエストだと考えたら、何も生真面目に最初から強ボスに挑まなくたっていい。いつでもどこからでも攻略できるからといって、いきなり強敵に挑むのは自殺行為。そのエリアは隔離して後回しにするべき。まず敵が弱くて簡単な地方から攻略し、マップの未探索エリアを周りから埋めていけばいい。SEでも、最初からトラウマ記憶が封印された身体の部位を扱うのではなく、もっと安全な部位から感覚を探り、自分の身体についての理解を深めていく。

簡単なエリアを攻略するうちに地図が埋まってきて全体像が見えてくる。ゲームのテクニックにも慣れる。アイテムも豊富になる。これでやっと、強敵を攻略する糸口が見えてくる。最初は手も足も出なかったかもしれないが、装備の整った今なら、なんとかなる。最後に強敵のいるエリアを攻略することで、最終的にはマップ全域が埋まる。SEも自分の身体のマップ全部が埋まり、探索済みになれば治療完了。身体のすみずみまで、自分のものだという感覚を取り戻せる。

この比喩はオープンワールド系じゃなくても、メトロイドヴァニアとかDRPGにも当てはまる。

これからの世代はほとんどがゲーム経験者だと思うから、もういっそこういう説明でいくべきなのかもしれない。トラウマセラピーというのは修行や苦行のようなものではなく、遊びとか好奇心とかに導かれたものであるべき。

任天堂がUIデザイン講義の中で言ってた、「99回真面目をやったら、1回遊べ!」ってのは大事ですよね。

スプラトゥーン、みまもりSwitchなど任天堂のUI/UXデザイナーさんによる「“娯楽”を追求するUIデザイナーの仕事とは」 #uicrunch – Togetter

5.永遠の異邦人だ

最後の5つ目の話題。

夢をたくさん見たことや、おもしろい幻聴を体験したことなどからテンション高めで書いてきましたが、数日間にわたって、夢の世界に逃避するまでは非常に追い詰められた気持ちでした。

ここ数年、自分のことがわかればわかるほど、孤独が増し加わる気がしていました。自分が「普通の人」と思っているうちは、世の中の大多数の人と同じ土台で話せる。「発達障害者」だと思い出すとちょっとマイナーになる。「トラウマ障害」だと認識するとさらにマイナーになる。「解離の当事者」だと気づきはじめるとさらに話の合う相手は少なくなる。自己認識が深まれば深まるほど、深い話題を共にできる人は減り続けました。

わたしは最初、自分は慢性疲労症候群だと思っていた。だから、同じ診断名を持つ老若男女と付き合っていた。なぜか違和感を感じて、どこか違うとは思いつつ、同じ病名というだけで、一応共感できる部分(たとえば症状を理解されず医者をたらいまわしにされる苦労など)はあったので、それなりにコミュニティに馴染んで楽しく交流できていた。

しかしわたしは満足しなかった。「何かおかしい」「どこか違う」という違和感を払いのけることができなかった。群れの中の毛色の違う羊、みにくいアヒルの子のままで満足していることができなかった。自分は表面上、このコミュニティの一員でいるけれど、きっと違う出自があるのだ、異なる世界の異邦人なのだ、という強烈な違和感はぬぐえなかった。だから、わたしは調べ続けた。

やがてわたしは自分はADHDなのだと思った。ADHDの薬も効いた。でもやっぱり本来のADHDとは違うという疑念はぬぐえなかった。調べていくうちに愛着障害だとわかった。その中でも無秩序なタイプだとわかった。さらに調べると解離、そして発達性トラウマ障害の概念と出会うことになった。ここに来てわたしは自分のすべてを説明する知識を手にした。かつて感じた違和感、自分は毛色の違う異邦人だと感じたその違和感を説明しうるだけの知識を。そのとき、もうまわりには誰もいなくなっていた。

きっと、たぶんわたしと同じ民族は世界中に異邦人として散らされ、流浪の民としてさまよっているんでしょう。世界に独りきりではない。理論の上ではそれはわかる。だけど、たとえ近くにいたとしても、ほとんどのトラウマ障害の当事者は自分が何者か気づいていなので、共感しあえる可能性は限りなく低い。きっとかつてのわたしのように、毛色の違う何かとして、自分が何者かもわからず、他のコミュニティにまぎれている確率が高い。

アルベール・カミュがシーシュポスの神話 (新潮文庫)で書いていた言葉を思い出します。

永久に、ぼくはぼく自身にとって異邦人であるだろう。(p39)

トラウマ患者の孤独は、まず世界にとって異邦人であり、ついで自分にとっても異邦人であること、自分が何者なのか、なぜ疎外感をぬぐえないのか気づけないことから来ている。だから彼らは、医者からの適当な診断やネット上の浅はかな自己診断に踊らされて、うわべだけ発達障害や他の病気のコミュニティに属していながら、永遠の孤独を感じてさまよっている。

わたしは基本的に人間不信でだれも信頼してはいないし、だれとも親密になりたいとは思いません。けれど、もし世界のどこかに同じ業を背負ってきた人がいるのなら、いつか自分が何者かを見つけてほしい、という気持ちは持っています。治療できるかどうかはともかく、自分が何者かわかるだけでも違うと思っています。

わたしは9割方、自己満足のために文章を書いている。だけど、残りの1割だけは、わたしがたどり着いた答えがだれかのヒントになれば、という気持ちもある。決して出会うこともないだろう同じ人種のだれかの目に留まるのであれば、書くことには意味があるはず。自分がここに来るまでにどれほど路頭に迷い、暗闇の中を手探りで歩いてきたか、その実感があるからこそ、同じような苦しみを味わってきた人には、そこまでの苦労をしてほしくない。

直接だれかを助けたり、コメントをやりとりしたりするような余裕はないので、独りよがりな言い方にはなってしまうけど、それは自分と同じ民族のためにわたしが果たせる、わずかばかりの責務であろうと思っています。ユダヤ人やロマが世界に散り散りになった同胞のことを想うように、わたしは自分の民族の受難を忘れることはできない。

自分のことを理解すればするほど孤独になっているとは書いたけれど、だからといって、だれか共感しあえる人や慰めあえる人がほしいとは思いません。わたしの不可知論的スタンスからすれば、誰かとわかりあうことなど不可能だし、幻想だと思っているので。

だけど知的好奇心の側面からいえば、わたしみたいな人が身近にいればいいのにな、と思うことはしばしば。わたしと同じだけの、あるいはわたしをしのぐ考察力と分析力をもってして、日々考察を深めてくれる相手がいれば、もっと理解も深まるのだけど。(サードマン現象などから考えるに、そういう気持ちからもうひとりの自分の自己意識が生み出されるのかもしれない)

かつてそんな素質をもった学生さんがいて、わたしは期待をかけていたんだけど、多くの解離の当事者にもれず、その人もブログを書くのをやめてフェードアウトしてしまいました。どうやら、年齢とともに解離の症状が薄れてきて、仕事上の人間関係などが楽しくなってきたらしい。外的刺激と内的刺激がシーソー関係にあるという話からすれば、外的刺激が心地よくなってくれば、解離する必要がなくなるので、内部の感覚が減り、興味も失われていくんでしょう。それはつまり悩みから解放されたということなので喜ぶべきことではあるのだけど、複雑な気分です。もしかすると、前々回書いた、深い考察を継続できる解離の当事者が少ないのは、どこかしら居場所を見つけて、異邦人としてのさすらいを終えてしまうからなのかもしれませんね。

解離の考察を続けるにはカミュが述べていたように、永遠の異邦人でなければならない。自分が異邦人であり非自己のタグが貼られているからこそ、解離という、たいていの人は気にも留めない意識のブラックボックスの内側をさぐることができる。断崖のふちに立っているからこそ、地球の割れ目の内部を覗き込める。自己が修復されて、その裂け目が縫合されたら、もはや自己の裂け目の内部にある解離という現象を観察することはかなわなくなる。

そもそも解離は子どものころはみんな経験する現象だけど、大人になると理解できなくなるのは、感覚が統合されてしまうから。だから、たいていは空想の友だちも魔法の国も、子どものとき限定のもの。わたしみたいに大人になってもそこに住み続けている人は例外的。

わたしもいつか、SEのセラピーなどを通して、裂け目を修復し、自己同一性を取り戻したら、H.G.ウェルズが書いたあの「白壁の緑の扉」が閉ざされて、解離を観察できなくなってしまうんだろうか。それとも、わたしほど異邦人になりきってしまったような人は、アルベール・カミュのように最後まで永遠に異邦人であるしかないのだろうか。

最近、毎回こんな締めくくり方をしている気がするけれど、本当にこれからどうなるのかが不透明すぎて予測できないんです。まったく想像もつかない。何度も書いているように、こればかりは自分で体験して経験するしか、未来を知る方法はないのだろうな、と思います。ということで、またセラピーに行ってきます。

続きはこちら。

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Categories: 4章。2018.05.04