地図にない世界を探検しにいったセラピー体験記(14)

SEのセラピーを受けに行った体験記の14回目。前回はモード切替の考察でしたが、今回は8回目のセラピーの内容と、最近思ったことをいろいろと。
 

 

BPDの死にざま?

先日、ふとニュースで見かけた、エベレストに繰り返し挑戦していて亡くなられた方について(検索に引っかかりたくないので名前は出さない)。普段なら、だれかの訃報など気にも留めないのだけど、ちょっと普通ではない死に方だったらしいので気になりました。

調べてみて感じたのは、どうも壮大な境界性パーソナリティ障害の死にざまだったんじゃないか、ということ。BPDでは自殺宣言して、実際に命を危うくすることで周りの注目を集めるのを繰り返して、時には太宰治みたいに本当に死んでしまうことがありますが、その構造とすごくよく似ている。虚言癖があるところとか、はた目にはすごく魅力的に見えるところもそう。ただし大半のBPDより非常に大々的に周囲を巻き込んだ例。

一見すると遭難死ではあるけれど、どう考えても一種の自殺だと思う。いや正確には、今回も無意識的な自殺未遂を繰り返そうとしたのだけど、加減を誤って本当に死んでしまったというべきか。 見える暗闇でカミュの死に関してつづられている「この事故には自殺類似の行為、少なくとも死の遊戯の色合いをおびた向こう見ずの要素がある」という言葉を思い出しました。(p36) 

登山評論家の人が書いたという批評も読んでみたけれど、おそらく健常人視点で動機を推測するのは的外れで、境界性パーソナリティ障害の事例とみなして初めて、ぜんぶがすっきり説明できると思う。倫理的に問題があったとか、もっと安全を考慮すべきだったとか言っても意味がない。本人が意識していたかはわからないけれど、たぶん登山は注目を集めるために命を賭ける手段だった。安全に登山しては意味がなかった。BPDの自殺未遂同様、「死にかける」ことで最大限の注目を得ることが不可欠だったはず。そもそも達成感を求めて山に登る人とは目的からして違うのだから、意味がわからないのは当然だと思う。

もともとBPDの人は昔からいたし、自分の中が空虚なせいで、常にだれかの関心を引いて注目されていないと死んでしまう人たちなのだけど、ネットで自由に情報を発信できるようになったおかげで、その規模がとてつもなく大きくなるようなケースが出てきたのだと思います。BPDの人は常にスポットライトが当たっていないと自分の自尊心を保てないけれど、そのおかげでパフォーマーとしてとても魅力的に振る舞える(たとえば悲劇のヒロインのように)ので、YouTuberとかに向いているかもしれない。

同じく演技のうまい演技性パーソナリティとはちょっと違う。あちらは、常に空気を読んで回りを笑顔にしなければ生き抜けなかった人たちなので、D型愛着の過剰同調性の系統だと思う。つまり場面ごとに適切な仮面をつけて演技する役者であり、解離の当事者に近い。危険を冒して注意を引くのではなく、ピエロになって場の緊張を和らげる人たち。

対してBPDは、養育者が突然いなくなったり死んだりした人に多いC型愛着の系統。空気を読んでまわりを喜ばせたりはせず、ただひたすら関心を示してもらいたいと飢えている。関心を得るためなら何でもするので、その驚異的なエネルギーゆえに時代の寵児になることもある。

これは、人間への不信感に満たされていて、しかも内的世界が充実しているせいで現実の他者が必要なく、注目されるよりかえって露出を控えて隠れようとしがちな解離の当事者とは正反対の傾向。

しかし解離とBPDは根っこが少し似ていて、どちらもD型の愛着の人がなりやすい。D型というのは、人間関係を求めるC型と人間関係を避けるA型の両方の特徴を重ね持っている人のことなので、同じD型でも、C型寄りの人とA型寄りの人がいて、成長とともにどちらかに偏っていく。C型に偏った人は境界性に、A型に偏った人は解離性になりやすい。だから、同じ根っこをもった双子のようでありながら、性質は正反対になる。

わたしはこれまでの人生で何度かBPDの人と出会うことがありました。いきなり親しげに振る舞われたと思ったら逆に辛辣に当たられたりもして(いわゆる理想化と脱価値化)苦い経験がいくつか。たぶん向こうも、表面的に似ているせいで、わたしが同種の人間だと早とちりしてしまうんでしょうね。そういう経験から、今ではいきなりフレンドリーに接してくる人は気をつけろ、と自分に言い聞かせています。

とはいえ、部分的に似ていながら正反対のそれらの人たちの行動を観察することで、反響板のようにして自分への理解が深まってきたのは確か。わたし自身、学生時代に一時的にBPDのようになった時期があったので、BPD側の気持ちも少しはわかる。ただわたしの場合は人への恐怖が強すぎたので、結果的に解離のほうに寄ってきました。もともと空想傾向が強く、内面が空虚だと思ったことはないので、最初から解離側の人間だったんでしょう。

こうした背景があったから、今回のニュースはふと気になってしまったんでしょうね。ここまで大規模なBPDらしい生きざま、そして死にざまを見聞きしたのは初めてでした。まあ、単にちょっとネットで調べてみたわたしが思ったことにすぎないので、本当にBPDの事例といえるのかはわかりません。

内在する力で自然にできるようになること

今回のセラピーに行く道中に読んでいたのは、芸術の中動態―受容/制作の基層という本。初回のセラピーのときに書いた、中動態という概念がらみの本です。

中動態というのは言語学における、能動態(~する)でも受動態(~される)でもなく、「おのずと自然に~する、してしまう」、というような意味を持つ態のこと。

作家さんがよく言う、自分の意志で作品を組み立てたというより、いつのまにか流れで完成していたとか、スポーツ選手が言う、どう体を動かすかあまり考えたりせずに、その場の流れに合わせてとかいうのは、ぜんぶ、能動的な行為でも受動的な行為でもなく、中動的な行為とみなして初めて理解できます。

「神さまが降りてくる」現象の正体―芸術は本当に「わたし」が作るのか
小説・マンガ・音楽などは脳のデフォルト・モード・ネットワークが創っていた

結局、中動的な行為とは何なのかというと、身体が勝手にパターンを再生してしまう、という手続き記憶による行為でしょう。自転車にまたがったらいつのまにか身体がペダルを漕ぎ出していたとか、ピアノの前に座ったら自然と演奏していたというような。この本でも、中動的であるとは「意識や思考のレベルではなく、身体のレベルにある」とか「手続きの連続として記述することができる」とかいう論考があります。(p108)

そして、逆にこれがなりたたなくなる現象が、解離の離人症であるとされている。

われわれの文脈からすれば、離人症に見られる病的な「自己の身体に対する疎外感」は、自己の身体に対する関わりが他動詞的なものに変容している、ということになるだろう。裏返せば、離人症の症状は、自己の身体に対する関わりが、本来は他動詞的なものでないことを示す。(p46-47)

解離の人に多い、身体が凍りついていてうまく動いてくれないとか、ロボットのようになって、ぜんぶ一から考えないと動けないといった現象は、能動的(自分の意思で)でもなく、受動的(だれかに強いられて)でもなく、本来人間が持っている中動的(いつのまにか自然な流れで)な性質が失われてしまっていることによる、とみなせるわけです。例えば、子どもの敏感さに困ったら読む本に出てくるこの例のような

「普通の人が自動的にできることをすべて手動でやっているような感じなので、ものすごく集中とエネルギーを必要とする。そのため、少し雑談しただけで何時間も寝込んだり、一日動けないということが起こる」(p122)

あるいはトラウマと身体に書かれているこの話もそう。

多くのクライエントが身体に否定的な感覚をもってセラピーにやってきます。感覚を体験することを恐れたり、麻痺や身体がバラバラになる感覚を感じたり、望んだように身体が動かないので、身体は自分を裏切ると怒っていたりします。(p292)

メアリーは姿勢はよいのですが、身体、特に首、腕、肩が固まっています。顎と胸は上がっています。しかし、首はまったく動いていませんでせした。歩くときに腕は硬直したままで、座ったときには胸の前で腕を組む習慣をもっていました。…彼女はまるで「生きているふりをしている」(going through the motions of Living)ような感覚に本当に困っていると言いました。(p310)

「生きている」というのはまさに中動的な感覚で、だれも生きようと思って生きているわけでも(能動的)、生かされているわけでも(受動的)でもなく、おのずと自然に生きているものです。それなのに。生きているふり(the motions of Living)をしなければならないというのは、ごく基本的な部分の手続き記憶も自動で再生されないことに困っている、ということなんでしょう。

芸術の中動態では、離人症の人が、自分の身体を自分以外の何か、異物にたとえることを例に、このごく当たり前な中動的な機能が損なわれていると指摘しています。

例えば、離人症の患者は、自分の身体について次のように語っている。

私のからだもまるで自分のものでないみたい。だれか別の人のからだをつけて歩いているみたい。[木村、1981、61頁]

昨晩はまだ、手を腕の方へ押しつけてやらないと手が固定しないような感じでした。この前先生に、自分があると感じるためには自分を自分の中に、自分のからだの中に押し込んでやらなくてはならないんだとお話しした通りだったのです。手も同じことで、腕はこれまで切り株みたいだったのが今では手が元通り腕から生えています。(回復途上の患者のことば)[GEBSATTEL,S.26.訳52頁]

歩いても、歩いているのではなくローラースケートに乗っているような、車輪にのっかって動いているような感じだったのは、足の中に自分がいなかったからなのでしょうか?[同]

「別のひとのからだ」「切り株」「ローラースケート」「車輪」―患者は自分の身体をこれらのものにたとえる。ここで訴えられるのは、自己の身体が、自分の体としてではなく、ただの事物としてしか感じられないということである。本来、自己の身体は自分にとって、他のものとは違ったものとして感じられる―あまりにも当たり前で、普段はほとんど意識されることのない私と私の身体の関係を、離人症患者のことばは逆投射する。(p47-48)

まさにそのとおりで、わたしみたいに、自分の身体の一部が異物に思えたり、呼吸したり歩いたりといった人間が意識するでもなく無意識に行えるはずの活動がぎこちなくなったりするのは、この手続き記憶のパターンという、中動的な機能を呼び出す能力が失われているもの、だとみなせます。

それはさっき書いてあったように、「自己の身体に対する関わりが他動詞的なものに変容している」ということでもある。解離とはいうのは何度も書いているように、自己を非自己にすることで苦痛をやりすごす能力です。ひどい苦しみの中で「この苦痛を受けているのは自分ではない」と脳が錯覚させることで、苦しみは自分ではなくだれか他人のものだと感じられるようになる。

でもそのとき自分の身体の所有権を手放すことで、感覚を麻痺させているので、身体の一部が「非自己」と認識されるようになってしまう。そうすると、そこを動かそうとしたら、まるでロボットを操縦するかのようにぎこちなくなってしまう。自分の身体じゃないので、意志の力で遠隔操縦しないといけないからです。それが、おのずと無意識に中動的にできていたはずの行為が他動詞的になってしまう原因だといえる。歩くことや呼吸すること、生きることさえも頭で考えて操縦しないといけなくなる。

離人症の人も、何回か前に書いたように、なにかに熱中しているとき(つまりフロー状態にあるとき)だけは、この手続き記憶の呼び出しがうまくいって、自分が離人症であることを忘れられます。フローというのは「流れ」という意味だから、まさにフロー状態に入っているときは中動的な状態だといえますね。しかしフロー状態から抜け出ると元の木阿弥になってしまう。フロー状態になって我を忘れているときだけでなく、意識しているときも、身体を自動で動かせるようになる必要がある。

第一回目のセラピーのときに書いたように、たぶんSEというのは、身体のこの中動的な性質を取り戻すための訓練なんです。意識していてもいなくても、自分のからだを自分の一部として、おのずと動かせるようになること。考えたり、計画したり、手動操縦したりしなくても、身体が自己の一部として自然とスムーズに動いてくれるようになること、それが目的です。ちょうどオリヴァー・サックスが左足をとりもどすまでに書いているような。

私は考えつづけた。とくにA・R・ルリアの『こなごなになった世界にすむ男』のなかのおどろくべき一章、「転機」について考えた。その患者にとっての「転機」とは「音楽」の回復だった。

[以下引用]最初、書くことは、読むこととおなじように難しかった。ことによるともっと難しかったかもしれない。その患者はペンの握り方、文字の書き方を忘れていた。まったくお手上げの状態だった。

……しかし、ある日気がついたことが転機となった。書くことはとても簡単なはずだ。彼ははじめ、小さな子供たちが書きかたを学ぶようにやっていた。書こうとする文字の形を心に思い描こうとしたのだ。

だが、すでに二十年ちかくも書きつづけてきたわけだから、子供とおなじ方法をとる必要はない。各々の文字を思いうかべて筆順を考える必要などなかった。大人にとって、書くことは自動的な技術(「キネチック・メロディー」と私は呼んでいる)、すでに身についている一連の動作なのである。それを使おうとして、なぜいけないのだろう?

……こうして彼は書きはじめた。各々の文字の筆順や形を思い出そうと必死に努力する必要はなくなった。彼は考えるまでもなく、内在する力で自然に書くことができたのである。[以上引用]

内在する力で自然に! それが答えだったのである。自然に何かか起こらなければならないのだ。そうでなければ、まったく何もはじまらないことだろう。(p163)

自分で意識して無理やり動かそうとするでもなく、だれかに強いられて無理やり動かそうとするでもなく、身体的な経験を通して、「内在する力で自然に」できるのだと「気づく」ことがSEの目的だと思っています。自分の身体を能動的でも受動的でもなく、中動的に動かせるようになること、それが自分の身体が他人のものでも異物でもなく、正真正銘、自分自身の所有物に戻るということなのだろうと。

自然発生的な行為、内在する力で自然にできるようになること。まさにそれだったのだ。…彼は直観的に、すべての機能は行動のなかにはめこまれているということ、したがって、行動することがすべての治療のカギとなるという観点に到達していたのである。それが行為であるかぎり、楽しくしかも真剣で、衝動的、自然発生的、音楽的、演劇的であるべきだというのである。(p238)

たとえば、プールに投げ込まれたとき、私が思わず泳いでいたように、自然発生的なものだ。メンデルスゾーンの音楽が心のなかで聞こえたとき、自然に歩くことができるようになったのもおなじことだ。(p266)

頭でわざわざ手続き的パターンを考えて操縦してやらなくても、身体が勝手に、一定のリズムで歩いたり、呼吸したりしてくれる、内在的なリズムを取り戻すこと。それがSEの振り子運動のトレーニングだと思います。最初は意識的にリズムをトレーニングしていたのが、習慣になってくると自動的にリズムを刻んでくれるようになる。そうすれば、身体が勝手にリズミカルに動いてくれるようになるので、もうロボットのように操縦しなくてもいい。それが目指すところだと思います。

トラウマの治療というのは、脳科学的には芸術的スキルや言語の習得と同じだと思う、というのをちらっと書きましたが、こういうのって、頭で意識的に考えているうちはだめで、無意識のうちに自然とできるようになって初めて、「身についた」ということができます。

ギターとかの楽器をトレーニングをしたことのある人はわかると思うんですが、最初は左手でコードを押さえながら、右手でストロークするのってすごく難しいんですよ。メロディに引きずられて、すぐに右手のストロークのリズムが崩れてしまう。だけどひたすら右手で同じ動きを繰り返しているうちに、意識せずとも勝手に自動的に右手が動いてくれるようになる。それが手続き記憶が「身についた」ということ。

SEの場合も同じで、身体的な体験を繰り返すうちに、身体の基本的なリズムを刻む手続き記憶が「身について」いって、最終的には自動再生されるようになるんでしょう。

なんだか言葉で説明するとややこしくてわかりにくいですね。この芸術の中動態という本自体、やたら哲学的で、何を書いているのかわかりにくいんですが、こうした話をもっとわかりやすく伝えるにはどうしたらいいのか。やっぱり自分の身体で経験してみないとわからない、ということなんでしょうか。少なくとも、この哲学的な議論の本より、サックスの実体験をもとにした本のほうが何倍もわかりやすいですし。

8回目のセラピー

ここからは8回目のセラピーの話。てっきり今回が10回目くらいだと思ってたんですが、回数見直してみたら8回でした。 過去記事でちょっと間違えてたので修正しておきました。なんかもう半年くらいやってる気分ですが、まだ二ヶ月半くらいだったんですね…(笑) あまりに「経験する自己」の体験が充実しすぎてて、時間の感覚が引き伸ばされているこの頃です。

今回のセラピーでは、まず前回からの変化について話しました。おもに前々回に書いた、安心できる感覚のリソースを発見した話。そして今回はそのリソースの感覚を強化していきたい、と話しました。

今まではセラピー前は聴覚に集中してリラックスしようとしていましたが、今回は、さっそく肩に手を当てて、安心できる感覚に集中してみました。すると、はっきりリラックスが感じ取れて、効果が全然違う、と思えました。セラピスト視点で観察しても、違いが明らかだったみたいです。

今までの聴覚に集中するやり方は、単に過敏な視覚から注意をそらしているだけ、という感じだったのが、肩に手を当てるやり方は、副交感神経に直結してリラックスさせているような感覚がありました。

セラピストにも話しましたが、たぶん昔から無意識のうちに生き延びるために使っていた感覚なんですよね。ただあまり意識せずに使っていて、無意識のうちに使用していたので、SEのリソースとして活用するという発想にいきついていなかっただけで。新しく作り出したリソースなどではなく、長年の実用に耐えてきた信頼できるリソースなので、そのぶん強力なんだと思います。

たまたまセラピーの中で腕や肩の感覚を探ったことで見つけられたのは幸運でした。ヴァン・デア・コークが 身体はトラウマを記録するで書いているような、セラピーの最中に偶然、安心の島を発掘できたパターンでしょうか。

指圧のツボをタッピングすると気が落ち着く患者もいる。私は、椅子に座りながら体の重みを感じるように、あるいは両足で床をしっかり踏みしめるように、患者に求める場合もある。黙り込んでしまっている患者には、背筋を伸ばすとどうなるかを確認するように言うかもしれない。

自分の「安心の島」を発見する患者もいる―彼らは、身体的感覚を生み出して、自分には手に負えないという気持ちを打ち消せることを体得し始める。これで、トラウマ解決の舞台が整う。(p403)

「彼らは、身体的感覚を生み出して、自分には手に負えないという気持ちを打ち消せることを体得し始める」というのが、まさにこの一、二週間のわたしの実感そのものでしたね。

なんだか、いつものゲーム的思考で申し訳ないですが、冒険の序盤で運良く強い装備をドロップで入手できたみたいな嬉しさがあります(笑) 終盤までいけばいつかは手に入っただろうけど、こんな序盤で入手できるのは運がよかったのではないだろうか。中盤の攻略が少し楽になるかもしれない。

この一連の体験記の流れを読み返せばわかりますが、前回の7回目のセラピーが終わったころくらいまでは、もう自分はだめなんじゃないかとかなり落ち込んでいて、半分あきらめかけていました。無力感に打ちのめされそうで、かろうじて知的好奇心だけで自分をつなぎとめていた。それが、この安心感を見つけたことで一変しました。第12回の体験記が転機だった。そのときわたしはまさに次の言葉通りでした。

そしてその記憶はしばしば、物事にもう一度携わるための種となる。私たち人間は、可能性に満ちた種(しゅ)だ。トラウマに対処するというのは、損なわれたものに取り組むだけではなく、どのように生き延びたのかを思い出すことでもある。(p348)

わたしは初めて、自分が「どのように生き延びたのかを思い出」した。単に記憶としてできなく、体の感覚として思い出すことができた。そのおかげで、なんだかいきなり自信が湧いてきて、もしかすると、これは過去に立ち向かえるんじゃないのか?という気になってきた。わずか数週間前のことを思うと、ちゃっかりしすぎだと自分で思いますが、それほどこの感覚が強力だった、ということでしょうか。

具体的に探る

この日のセラピーでは、この肩の感覚を、もう少し繊細に感じてみることになりました。まずやってみたのは、右手で左肩に手を当てるという行為。どの部分で特に安心感を感じているのか確かめるために、腕側から首側まで段階的に手をおく場所を変えてみました。

まずいちばん外側の二の腕の近くに手を添えてみると、少し息が楽になるのを感じました。ほっと息をつくような。しかし全体的な凍りつきやぎこちなさは変化がないように思えました。

そこでもう少し手をずらして肩の真上あたりに持ってきました。6回目のセラピーで実験したところです。あのときは、肩に程よい重みと心地よさがありましたが、添えた手が他人の手のように思える、という感覚が生じ、セラピストがそれを解離の兆候とみなして中断したんでした。

今回もやはり同じような感覚は生じましたが、前回とは自分の中での受けとめ方が変わっていました。添えた手が他人のように思える、というのは決して悪い意味ではないのだと。自分ではなく、心強いだれかが触れてくれていると思えるからこそ、前回にしろ今回にしろ、肩そのものは心地よい重みを感じられているのだと判断しました。(この解離しているのに安心するという奇妙な矛盾については、この記事の後のほうで考えることになります)

さらにもう少し手を内側に移動させると、安心感が強化され、息がかなり楽になって、体の凍りつきが緩む感じがありました。肩だけでなく、呼吸だけでなく、足まで凍りつきが緩んできたような感じです。

最後に手を首との境目(肩を揉むような位置)までずらすと、さらに楽になり、身体の内部の筋肉が少しほぐれてきたような感じがしました。内臓のあたりを取り巻く筋肉でしょうか。わたしがよく内臓の違和感を訴えるのは、たぶんこのへんの筋肉が異常収縮しているからであり、しゃっくりがとまらなくなるのもそうでしょう。かねてから安心できる感覚がしゃっくりを止める「魔法」になると気づいていたように、どうも身体の内部の体幹の筋肉の凍りつきをある程度ゆるめる効果があるようです。

しかし、良いことばかりかというとそうでもなく、腕や足が小刻みにふるえているような感覚もありました。気持ち悪い感覚ではないのですが、身体がもう少しリラックスしたいのに、リラックスしきれないような感覚でした。

ここまでで、一旦感覚を探るのは終わりにして、目を開けて意識を引き戻しました。内部に意識を集中しているときはかなりリラックスしていたのに、目を開けたとたん、また緊張が戻ってきました。これまでのセラピーとは逆でした。これまでのセラピーでは、身体の内部に意識を向けると凍りつきや不快感が強くなっていたので、目を開けて注意を切り替えて、神経を休めていました。しかし今回は内部に注意を向けているときのほうがリラックスしていたので、現実に引き戻されたことで緊張が戻ってきました。今後の課題は、いかにしてリラックスした状態を持続させるか、というところにありそうです。

プラトー現象

セラピストは、この一連の様子を見ていて、確かにわたしがリラックスしている様子だったので、とても驚いたようです。前回まではリラックスできるのが「ほんの一瞬」だったのに、この二週間でこれだけ変化したのはどういうわけかとびっくりしていました。そして、セラピーでは、このようなしばらく変化が感じにくくなったあと急に進歩して、というのを繰り返す、と言っていました。

いわゆる「プラトー効果」(高原効果)ですね。しばらくなだからな高原が続いたあと、急に斜面がきて高みに登れるという。まさに左足をとりもどすまでに書かれていたとおりです。

回復訳しているな坂をのぼるようなものと考えるべきではない。急な階段をあがっていくようなものだ。下段にいるときには、つぎの段について想像をすることはできないし、とうてい上にはあがれそうもない気がする。

…一段あがるごとに、水平線がひろがる。狭い世界から外へふみだす。それまでいた世界が、ひどく狭く、縮んでいたことにはじめて気づく。(p188)

わたしはまだまだ上らねばならない階段、ステップはたくさんあるはずですが、幸運にも晴れて一段目を踏み出せたようです。一段で終わらずさらに進めるかどうかはまったくわかりませんが、ほんの二週間前もやっぱり、「とうてい上にはあがれそうもない気が」していて、今の変化は想像もできませんでした。それがプラトー効果というものです。

トラウマからの回復が芸術的スキルの習得と同じものだとすれば、これは絵の練習のときにすでに通った道なので、ある程度わかります。自分に自信をなくしかけて、もうだめだ、あきらめようという気持ちになっているときに、いきなり飛躍がくるものです。たぶんこれからも何度も絶望するでしょうが、そのたびに辛抱強くあれば、飛躍を体験できるはずです。…と未来のわたしにあらかじめ言っておきたい。

最後のほうで、小刻みにふるえている、という感覚が生じたことについては、セラピストが幾つかの可能性を話してくれましたが、たぶんリラックスしきることができなくて興奮状態とリラックス状態の境目でつっかえている状態だったんだと思います。本当は副交感神経のリラックス状態に完全に浸ってしまいたいのに、それに慣れていないせいで境界線上でバリアのようなものに弾かれてしまうという。これを越えられるようになるかが大きな課題になりそうです。

その後は、こんどは、両手で肩に手をやった場合の感覚を探ってみるのはどうか、と提案されました。ちょうどバタフライハグのような体勢で、安心できるか試してみるということ。

ただ、わたしの場合、単純なバタフライハグは以前やってみたけれど、あまり効果がありませんでした。バタフライハグでは確か手をクロスさせて二の腕か肩あたりを抱きしめるんですが、さっき書いたように、どうもその位置ではわたしは効果が薄いらしく。

おそらくバタフライハグというのは、大半の人が持っているであろう親に抱きしめられたときの手続き記憶を活性化させる手法なんだと思います。ほとんどの人はそうやって抱きしめられた体験があるので効果があるんですが、決してすべての人に効果があるわけではないという。わたしの場合、親にそうやって抱きしめられたことがないわけではないはずなんですが、なぜかだめですね。

それで、今回は、手をクロスさせて、もっと首に近いあたりを抱きしめるような姿勢をとりました。抱きしめる、というよりは包み込むような体勢でしょうか。さっきと同様、少し位置をずらしながらやってみたところ、やはりより首に近いほうが効果的だと感じました。

ぐるりと首を包み込むような体勢になるので、わりと窮屈で、その状態ではセラピストと会話しにくいんですが、不思議と呼吸はとてもリラックスして、背中の余分な力も抜けていって、さっきのような全身がリラックスして、足や腰の緊張も少し和らぎました。例のごとく、完全にリラックスするまではいかないんですが、そもそもセラピールームでリラックスすることさえ難しかったのがこれまでのわたしなので、人前で副交感神経優位に入れるということ自体がすばらしい。

最後はセラピストの提案で、まず目を開けてから、肩にまわしていた手を解きました。その順序にすることで、外の世界に戻ってくることによる不快感を少し段階的に和らげられるのでは、ということでした。確かにそんな気がしました。

手続き記憶は人それぞれ違う

わたしはずっと息苦しさなどを強く感じていたこともあって、だいぶ前から、こうした姿勢をとればちょっと楽になる、ということには気づいていました。でも、SE的な知識がまったくなくて、身体を機械のように考えていたせいで、身体が凍り付いているから息苦しいということがわからず、この姿勢が一種のリソースだとも気づいていませんでした。身体を圧迫すれば内臓の位置が変わって息が楽になるのでは?というような認識でした。そしてそういう視点でネットの海をあさっても、似たような事例が全然でてこないので、なぜだろうと不思議に思っていました。

でも、今ならやっと意味がわかります。息苦しいのは、解離の凍りつきのいち症状で、わたしの場合、自分をぐるりと包むような姿勢が、なぜか凍りつきを解除できるリソースだったんです。それを念頭に置いて自分を観察してみれば、この姿勢は呼吸を楽にするだけでなく、内臓や足の凍りつきも溶かしていることに気づきました。単に内臓の位置を変えて呼吸を楽にするポーズなどではなかった。ネットを調べても見つからないはずです。

ここがトラウマや解離の難しいところで、一人ひとり全然違うんです。確かに似ている症状はありうる。凍りつきになると、迷走神経が緊張するので、それが張り巡らされている顔の表情筋、のど、呼吸筋、そして内臓あたりがガチガチに凍りつく。(参考:背側の第10脳神経の生理学的経路のフランク・ネッター博士によるイラスト)だけど、どこがどう凍りつくかは、かなりそれぞれのトラウマ体験の内容に左右される。

わたしがよく書くように解離とはトラウマを覆う「ふた」であり、それぞれの人が受けたトラウマの内容に対応している。一人ひとり受けるトラウマの内容は千差万別なので、解離の症状も千差万別になる。だから一人として同じ症状はありえない。そのせいで、解離を知らない医者から、さまざまな別々の病気と診断されてしまう。

同時に、解離の凍りつきを解除する安心できるリソースのほうも、さっきのバタフライハグのように、一定の傾向はある。 身体はトラウマを記録するに書いてあるように、「安心の島」となる場所は、「通常、パニックのメッセージを胸部や腹部や喉に伝える迷走神経が分布していない場所」にある。つまりさっき書いたような、凍りつきが起こりやすい表情筋、のど、呼吸筋、内臓あたりを避けて存在していることが多い。(p402)

だけど、それぞれの人が受けるトラウマが千差万別なように、それぞれの人の安心できる体験というのも千差万別なんです。だから、一人として同じ「安心の島」を持つ人はいない。わたしの場合はたまたま肩と首の境目あたりに安心の島があったわけですが、同じことが他の人に当てはまることはありえない。記憶から生成される身体の地図はみんな違うわけだから、同じ座標を調べても安心の島は見つかりません。

だから、たとえば、わたしがブログで「呼吸を楽にする画期的な方法! 両肩に手を当ててみよう!」なんて記事を書いても意味がないわけです。それは単に、わたし独自の手続き記憶の話にすぎず、他の人に普遍的に当てはまるものではない。トラウマとはその人独自の体験から生じた特有の手続き記憶の問題であり、それを打ち消す安心できる感覚もその人独自の手続き記憶なんです。それを知らないと、自分の体験がそのまま他の人に当てはまる、と勘違いすることになる。そしてそういう勘違いは世の中にあふれている。

たとえばよく言われる「緊張した時は、手のひらに人という字を書いて飲む」といかいうのも、たまたまそれを条件づけした人にだけ効果がある手法です。手続き記憶という概念からすればまったく眉唾ではない。でも決して万人に当てはまるものではない。どんな手続き記憶をきっかけに安心できるかは人それぞれだという観点が抜けているだけです。全然無関係の記憶でも、条件づけされれば特定の身体の反応を誘発させられる、というのは、パブロフの犬の研究ですでに実証されていますからね。

わたしの直感からすれば、たぶん化学物質過敏症の症状と、アロマテラピーの効果の一部もこれだと思うんですけどね。化学物質過敏症が詐病だとかいう医者もいるけれど、それは絶対に違う。特定の化学物質と、特定の症状が条件づけされた手続き記憶ができてしまうと、間違いなく症状は起こります。ある匂いをかいだときだけ、ある症状が誘発されるようになる。でも実験室でいくら化学物質の有毒性を調査しても関係性は実証できません。本当に有毒性があるわけではなく手続き記憶の問題なんですから。

アロマテラピーのほうもそう。アロマテラピーの抗疲労効果の研究などが行なわれていますが、研究結果を見ると、ある人にはリラックス効果がある香りが、別の人の場合気分を悪化させたりしています。これはつまり、香り成分そのもの以外の影響がある、ということ。ある香りが、リラックスする身体の反応と条件づけされている人もいれば、身体を警戒させる不快な香りとして条件づけされている人もいるという意味にすぎない。(どこで読んだか忘れたけど、動物の場合、汚物の匂いでも心地よいものと条件付けできた実験があったはず)

わたしたちはみんな一人ひとり異なる体験をしていて、それゆえに一人ひとり異なる条件付けが出来上がっている。一人ひとり異なる不快な手続き記憶を持っているだけでなく、一人ひとり異なる心地よい手続き記憶を持っている。そのため、一人ひとりどんな症状が出るかは千差万別だし、何が効くかも千差万別である。何が効くか見つけるには、個々人の体験を注意深く探ってリソースを見つけるしかない。そういうことだと思います。

だとすれば、前回書いたような、現代医学の不備がはっきり浮き彫りになってしまう。現代医学は、人間の身体を機械とみなして、ニュートン力学的なAがBを引き起こすという法則に基づいて考えているけれど、一人ひとり異なる手続き記憶という概念は、それには当てはまらない。

人間の身体が機械だとすると、ある不具合が起これば、特定の部品で修理できる、という薬物療法だけが有効だと認められることになる。でも、手続き記憶が一人ひとり違うのだとすると、一人ひとり不具合は微妙に違うばかりか、最も効果的な対処法も一人ひとり異なる、ということになる。事実上、条件付けというかたちで特定の刺激と手続き記憶が結びついてしまえば、どんな奇妙な反応でも起こりうるわけなので。一人ひとりの相対的な経験に向き合わないかぎり、何が効果的なのかは決して見えてこない。

(そしてわたしは、どうもその手続き記憶を記録しているのが、人体の中の巨大なマイクロバイオーム、誰一人同じ組成は存在しない微生物の集合体じゃないかなーと推測しているんですが。腸内細菌を入れ替えると、条件反射的なものまで入れ替わってしまうという研究があるので。まだよくわからないけれど、記憶の科学とマイクロバイオームの研究は、根本的なところで何かしら関係しているのは間違いないはず。たぶん今度発売される細菌が人をつくる (TEDブックス) あたりも、参考になると思う)

というわけで、わたしがここに書いてきたことは、わたし個人の場合であって、他の人にそっくりそのまま当てはまることは決してありません。でもそれこそが、人が人である、ということなのだと思います。人間は単なる機械でも量産型ロボットでもなく、一人ひとり異なる経験から作られた唯一無二の存在なのだということを、千差万別のトラウマ症状と千差万別のリソースは物語っています。

身体はトラウマを記録するに書かれているように、自分が唯一無二のオリジナルの存在だということを発見していくのが、セラピーの意義であり、流れ作業化してしまった医療には絶対不可能な気づきをもたらせるゆえんなのでしょう。

セラピーは協働の過程であり、あなたという人間をいっしょに探究する作業なのだ。(p348)

これまでリラックスしたことがないのでは?

話をもとに戻して、肩に手を回して自分を包むことでリラックス感を引き出せることに気づいたわけですが、ここ二週間くらいそれを繰り返しているうちに、少し気づいたことがありました。

安心できる感覚を引き出してまどろんで溶けていくような感覚、これに近いものを以前味わったことがあるぞ、と思い出したんです。

それも、数年に一度くらいしかない、超まれな体験なんですが、朝起きたときなどに、脳みそが温かいコーンポタージュのようにドロドロに溶けるかのような、温かくて気持ちよくて快感に満たされる、という体験。あまりに劇的で気持ちよかったので覚えていますが、起きて10秒くらいだけそれを経験して、すぐにガチガチに凍りついて戻ってしまいました。そのころはまだ「凍りつき」という概念も知らないころでしたが、温かくドロドロに溶けるような心地よさ、というのは鮮烈に覚えています。

今になって、自分でちょっと凍りつきを溶かせるようになって、もしかして、あれが、凍りつきの溶けた「まともな」状態、健康な人が普段味わっているものでは?と気づいてしまいました。健康な人が朝起きたときに爽快に目覚められるとか聞いても、まったくピンと来ないんですが、もしあれが毎朝あるのだとしたらそれはそれは幸せだと思います。もし副交感神経がリラックスして凍りつきのない感覚というのがあれだとしたら、生きていることを神に感謝したいとだって思えるでしょう。

もしかすると、わたしはそもそも「それ」をまともに経験したことがなかったんじゃないでしょうか。超まれに、脳の手違いで10秒くらい健康なモードに入れた経験がほんの数えるくらいある、というだけで、人生においてあまりにも慢性的に凍りついているせいで、普通の人のごく当たり前の感覚を理解していないのでは?

確かにいま思い返してみると、頭がドロドロにコーンポタージュのように溶けたほんの数秒間、すっと楽になって、緊張が緩みきってるような感じでした。いわゆるてんかんの恍惚発作のような異常な快感とかではなく、それこそ温かいコーンポタージュのイメージがわいたように、ただ凍りつきが溶けきっているという感覚。だけど、すぐに脳が冷えて凍ってきていつもの不快感が戻ってきてしまうんです。ああ、もしいつもこの溶けた状態のままならどんなにかいいだろう、なんとか再現できないものか、とそのとき思ったものです。

一瞬そう思っただけで、あとはあまりにも凍りつきが当たり前になるので、今の今まで忘れていて、たまたま今回のリラックス体験で思い出しました。あのときと似ている?という連想が働いたということからしても、やはりあれこそかず凍りつきが溶けたまともな状態なのだろうか? SEを続ければ、あれを再現できるようになるのか?

もしも、健康な人が意識せずともあのような感覚をいつも体験しているのだとしたら、羨ましすぎますね。もっとも健康な人のほうはかえってそれが当たり前なせいで、まったくありがたみに気づけず、慢性的に凍りついているとはどんな体験なのか想像もできないんでしょうが。

今回セラピーのときに経験した、リラックスしきれないで、境界線上のバリアに弾かれているような感覚をもし超えることができれば、自分であの状態、たぶんごく普通の人のリラックス状態にいつか至れるのかも?しれません。

解離しているのに心安らぐとはこれいかに

この記事も長くなってきましたが、最後にもうひとつだけ。

セラピーの終わりごろに、前々回書いた話、つまり、わたしにとって、現実世界の体験は、どうもぜんぶ何がしかの不快感と結びついているようで、空想世界の体験だけが安心感をもたらしているらしい、そして肩に手を置いたときの安心感は、その体験から引き出しているらしい、ということを話しました。かなりプライベートな部分なので、詳しくは話していなくて概要だけですが。

すると、セラピストは、それは一種の解離体験のようなのに、安心感が引き出されるのは不思議だ、と言いました。わたしとしては、そんなことを疑問に思ったこともなかったんですが、そういえば、SEの理論からすれば不思議なんですよね。

わたしは何回か前に書いたように、もともとSEの理論ではなく、人格多重化の研究から解離の世界に入った人なので、解離が安心感とか肯定的な感覚をもたらす例というのはたくさん知っています。(というか人格多重化の解離の専門家の人にはちゃんと生化学的な解離の研究を学んでほしいし、その逆もしっかりしてほしい。なんでみんな自分の専門分野しか見てないのか疑問)

まず子どものイマジナリーフレンド。別人格を作り出すことにより、孤独な気持ちがまぎらわされ、自己コントロール感や心の理論が成長していくというポジティブな結果が報告されています。

その大人バージョンといえるのがサードマン体験。奇跡の生還へ導く人―極限状況の「サードマン現象」とか、おさなごころを科学する: 進化する幼児観では両者は同類の体験だと言われています。最近読んでいた 私はすでに死んでいるにも、サードマン現象の成り立ちの話が載せられていたので、せっかくだから引用しておきます。

イギリスの詩人T・S・エリオットの代表作「荒地」にも、こうした幻覚の描写がある。「きみの隣をいつも歩く第三の男は誰だ?/数えると、きみとぼくしかいないのに」

この詩は、イギリスの探検家アーネスト・シャクルトンの日誌に記されたできごとに触発されている。シャクルトンが挑戦した南極大陸横断は、想像を絶する困難と危険に満ちた冒険だった。探検の終盤、身動きのとれない仲間の救出を試みていたシャクルトンとフランク・ワースリー、トム・クリーンの三人は、第四の男の存在を感じるようになる。

[以下引用]サウスジョージア島の名もない山々と氷河のあいだを36時間も歩きつづけるうち、自分たちは三人ではなく四人だと感じるようになった。そのときは誰にも言わなかったのだが、、あとでワースリーに「隊長、あのときもうひとりいるような奇妙な感じがしたんです」と打ちあけられた。クリーンも同じだったという。

目に見えないものを説明するのは「言葉があまりに足りず、語りがあまりに粗い」と歯がゆい思いをするものだ。我々の日誌の記述も、「それ」がどれほど身近に感じたか伝えないことには完全とは言えない。[以上引用](p239)

こういう経験は、従来オカルトの領域だとされていましたし、実際に西洋の守護天使などの伝説のもとになっているようですが、実験室で脳の側頭頭頂接合部への電気刺激で再現できることがわかっているので、極限状況下の解離現象です。

それに、誰もが経験するわけではなくて、どうももともと解離的な素地がある人しか経験できないようです。(冒頭に書いた多分BPDらしき登山家の人は経験できなかったのでは?と思います。少なくともネットで検索したかぎり、そんなエピソードはなかったようですし、BPDの人は、「自分は複数である」という解離的感覚を持てないがために、現実の人間から関心を集めないことには生きていけないからです)

そして何より、どうもわたし自身が慢性的にサードマン現象を感じている状態にあるようなので、やっぱり解離現象の一種だと思います。かなり前の体験記に書いたように、わたしはずっとだれかが身近にいるような錯覚を抱いていて、常に自己催眠状態にあるのでは?と思っているからです。おかげでどこに行っても全然寂しくないんですが。

そのほかにも、解離のおかげで芸術的才能を発揮する人とか、前回書いたようになフロー状態になって過集中する人とか、解離の研究をあされば、解離がポジティブな効果をもたらす例は幾らでも見つけられます。だから、わたしからしてみれば、セラピストに指摘されるまで、解離によって安心するのが不思議だ、という認識がありませんでした。そもそもトラウマ体験をした人が安心するために使うのが解離じゃないの?という認識なもので。

だけど、セラピストの言うように、SEの根底にあるポリヴェーガル理論からすれば、解離とは動物でいうところの凍りつきや擬態死なので、安心できる、というのはなんだか変なんですよね。セラピストはたぶんそちら側の解離の研究しか知らない人なので、不思議に思うのも当然でした。

改めて考えてみると、わたしもよくわかっていない部分なんですが、そこが人間と動物の違いのように思います。SEの研究では、人間は基本的に動物と同じ仕組みなんだ、というところを強調しています。動物と同じだから、言葉よりも感覚や運動を重視するセラピーが大事だと。わたしもその通りだと思います。人間の脳のボトムアップ的なつくりからしてもそれは正しい。

だけど、どれほど人間と動物が似ているとはいっても、自己や人格の部分、つまり一番上の階層は間違いなく違う。前々から言っているように、SEの研究は、人格の多重化という部分はほとんど説明していない。人間を動物としてみた場合、この部分だけは説明できずに残ってしまいます。

動物は、危機に陥ると凍りつくか擬態死状態になって少しでも生き延びる可能性に賭けようとする。そこまでは人間も同じ。

だけど人間の場合はその先がある。凍りつき状態になっても、別の人格を用意することで安心感を回復してしまうのがイマジナリーフレンドやサードマン、擬態死状態になっても、別の人格に切り替えて復旧させるのが多重人格。単に感覚を切り離して麻痺させるだけの解離だけじゃなくて、機能を回復させるためにも解離を使っている。動物は単に苦痛を切り離すために解離するが、人間はそれだけでなく自分を勇気づけるためにも解離する。それが人間の解離が、高度で創造的な生き残り戦略と言われるゆえんです。

解離はよく「水密区画化」に例えられますが、動物も人間も、大量の水が入ってきたら隔壁を閉じて被害を食い止めるという形の解離は共通している。これによって苦痛を麻痺させて、自分を守ることができる。でも人間は、もっと細かく区切って様々な役割を分担する部屋を作り出すことができる。それによって、緊急事態から自力である程度復旧したり、活動を継続したりできる。

前回書いたように、この解離能力の程度はスペクトラム性があって、ほとんどの人はこんな高度な解離を使っていないように見えるので、たいていはSEの理論だけでも事足りるとは思います。しかし一部の高度な解離を駆使している人のことを理解するには、人間を動物的視点で考えているSEの研究だけだと説明がつかないので、内的家族システム療法とか自我状態療法みたいな、多重人格に特化した治療法の研究とすり合わせないといけないでしょうね…。このあたりは今のわたしの知識ではうまく理解を統合できないので、数年後のわたしに期待です(笑)

ちなみにセラピストが言うには、解離しているのに安心する、ということについては最近のポリヴェーガル理論の新しい背側迷走神経の概念で説明できるかもしれないらしいんですが、わたしが自分で確かめたわけではないので、よくわかりません。いまスティーヴン・ポージェスの本の翻訳が進行中?とか聞いたので、それを読めばわかるのかも。いつになるかはわからないけど、楽しみにさせてもらいます。

今回はここまで。セラピストはこの二週間のわたしの進歩を喜んでくれましたが、相変わらずの懐疑主義のわたしは、まだあまり自信を持てません。さらに数ヶ月やってみて、手応えがあれば、少しずつ自信はついてくるんでしょうか。

この進んではいるけれど、どこに向かっているのか全然わからない感じが絵を描くときと、恐ろしいほどそっくりですね。絵を描くときは、8割方完成しないと、どんな絵になるのかまったくわからないし、そもそも完成するのかさえおぼつかないものなんです。途中は見えない中を手探りで進んでいて、本当に心細くなる。そこを乗り越えてやっと、これは形になりそうだ、と思える瞬間がくる。芸術の中動態に書いてあるまさにこの感覚。

つくり手は、つくる過程を超越的な位置から能動的に支配するのではなく、過程の中動の中に巻き込まれている。バルトが、「書くécrire」は中動態で考えられるべきであると述べたのも、このような事態を念頭に置いてのことと言えよう。

つくり手は、どんな作品をつくろうとしていたのか、作品が出来上がらないとわからない。実在の作者とは、出来上がった作品を見て、「ああこれだ」「自分のつくりたかったのはこれだったのだ」と、気がつくようなつくり手である。(p192)

セラピーの中で自己を発見していく過程が芸術の創造と同じ中動的な過程だとすると、たぶん、しばらくはおぼつかない足取りが続くでしょうね。これで合ってるのか、このやり方で正しいのかはっきりわからない、でも進むしかない、というような。だけどセラピーがかなり進んでくると、初めて全体像が見えて、「ああこれで正しかったのだ」と思える日がくるはず。そう信じて地道に進んでいこうと思います。

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Categories: 4章。2018.05.25