切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(1)

前回までで、15回にわたって書いてきたSEのセラピー体験記は一区切りとしました。今回からはタイトルも新たに、また改めて、セラピーの中で感じたこと、考えたことをつらつらと書いていきたいと思います。個人的なメモとして書いているので、相変わらずごった煮状態で読みにくいのは仕様です。もし読んでくださっている方がいたらすみません。

タイトルは、前回のシリーズの中で、ひとつのキーワードのようなものとして浮上してきた「切り離された身体を取り戻す」という言葉を当ててみました。セラピーの進展の中で他にふさわしい表現が出てきたら途中で変えるかもしれませんが、今のところは、前回の8回目9回目で書いたようにSEとはバラバラ死体になった自分を修復していくようなものだと思っているのでこの題名がいいと思っています。

スポンサーリンク

睡眠をフリーランさせる生活

9回目のセラピーの日は、昼夜逆転状態でした。ふと思い出したのは、7回目のセラピー、つまり4週間前もそうだったということ。わたしは元々、非24時間型の概日リズム睡眠障害を持っていますが、ここ半年ほどは、無理やり時間を固定しようとするのをやめて、完全にフリーラン(身体のリズムのままに生活すること)させています。

薬を使って無理やり睡眠時間を調整しているころはかなりしんどかったのですが、開き直って完全にフリーランするに任せるようになってからは、かなり楽になりました。以前はフリーランしているときでも予定に合わないことなどを気に病んでいましたが、今回はそうした環境方面も調整して、堂々とフリーランさせられるようになったことで、かなり負担が減った気がしています。

なるようになれという気持ちなので、睡眠時間の記録も最近はつけていないんですが、そういえば4週間前も逆転していたなと気づいたので、以前と同じく一ヶ月周期で回転しているらしい、ということを把握しました。

睡眠時間の記録については、自分の主観に記録してもおおよその傾向しかわからないので、2014年に発表された抗疲労研究と任天堂の合同プロジェクトで開発されるはずの自動記録装置をずっと待っているんですが、つい先日のニュースによると、かなり暗礁に乗り上げているようで残念です。

ばくちは終わるか 任天堂「黒子社長」の悩み  :日本経済新聞

てっきり君島社長に代替わりしたせいで停滞してるのかと思いきや、唯一の擁護者だったとは…。もし正確な機械的測定で睡眠リズムの変化を記録できれば、わたしの睡眠リズムにももう少しパターンが見つかるかもしれないんですけどね。

幻肢痛と身体性フラッシュバック

そのようなわけで、セラピー当日は、昼夜逆転のため寝不足ぎみでした。四週間前のセラピーは、その寝不足のせいか、交感神経の活性化が強く、セラピーがあまりうまくいかなかったので少し不安がありました。

セラピールームでは、この2週間の出来事について話すところから。

まず、前回の体験記に書いたように、単に肩に手を添えるだけでなく、少し首の動きを取り入れたほうが、わたしの場合安心できる感覚が強化されるらしいことを話す。

次に、ここ最近、そのようにリラックスする感覚を体験できるようになってしまったせいで、かえって普段自分が凍りついていることを意識するようになって、不快感が強まっていること。

以前にも書いたように、慢性的なトラウマを抱えている人は凍りついている状態にありますが、あまりにそれが日常なので、そもそも自分が凍りついていると気づけないほど麻痺してしまっています。

わたしの場合、ある程度凍りつきを自覚できるようになってましたが、安心できる感覚のセラピーを通して、自分を意図的にリラックスさせられるようになったことで、はじめて自分がふだん無意識のうちに耐え忍んできた苦痛に気づいた感じでした。それはちょうど、トラウマと身体 の中のこのエピソードに似ている。

セラピストとの間の距離を自分でコントロールする体験をして、なぜセーターが自分を脅かしたのかがわかったことで、ジェニファーは再び身体感覚を感じられると報告し、凍りつきに関連する身体の緊張が大変な苦痛であることに初めて気付きました。…ジェニファーのセラピストは、凍りつきの感覚を探索することを手助けし続けました。(p231)

この状態は、数年前にArlen Syndromeのフィッティングテストをしたときとそっくり。あれも一種のソマティックなセラピーのようなものだったこときは前にも書きましたが、テストを通じてまぶしくない状態を経験してしまったことで、普段自分がいかにとんでもない視覚過敏を無意識のうちに耐え忍んでいたかに気づいてしまいました。いったん解離によるマスキングが外れてしまうと、不快な感覚が意識されるようになってしまうので、結果的にテストを受けたことで不快な感覚が悪化したという。

ソマティックなセラピー、つまり感覚に気づくセラピーというのは、解離によるマスキングを解除してしまうので、途中で一時的に悪化するのは避けられないこと。SEではその負担を最低限に抑えるために段階的にちょっとずつ進める(タイトレーションする)わけですが、それでもこうやって悪化する時期があることは前もって知らされていましたし、必要な通過点だとわかっていした。とにもかくにも、自分が凍りついていることに気づけなければ、トラウマの手続き記憶による不快感がマスクされたままであれば、トラウマの治療なんてできない。

幸い、セラピストはしっかりタイトレーションしてセラピーを進めてくれているので、わたしはまだ本当に解離されているトラウマの核心には近づいていないはず。身体の不快感が強まったといっても、セラピーで発見した安心できる感覚に注意を向ければ、必ず身体をリラックスさせることができます。

苦しいのは、リラックスさせられるのは一時的で、肩から手を離すとすぐに凍りつきに戻ってしまうこと。だから頻繁に安心できる感覚に立ち返ろうとしますが、さすがに四六時中そうやっているわけにもいかない。だからリラックスした身体感覚と、凍りつきの不快感とを行ったりきたりします。この変化また落差が、今のわたしにとっての苦痛です。

といっても、これは今まで完全に凍りついて動かなかった感覚が揺らぎはじめた、SE的に言えばペンデュレーション(振り子運動)しはじめたということ。今はまだ肩に手をやらないと振り子が止まってしまいますが、いずれ身体の自動的な習慣として身についてこれば、わたしは凍りつきを不快だと思うこともなくなるんでしょう。

この日常的に感じる不快感のほうは、まあ何とかなる感じですが、不穏なのは、2日くらい前の深夜、全身のさまざまな身体症状が悪化して、まったく眠ろうとさえできなかったこと。例のごとく足がひねられたりねじられたりする感覚や、太ももが線維筋痛症のように痛んだりする感覚、身体の中の異物感など、今まで感じてきた解離性の身体症状がオンパレード状態でした。

どの感覚も、どう考えても器質的異常だと思えるほど強烈ですが、しっかり検査して内科的には異常がなかったので、手続き記憶の身体性フラッシュバックだということで納得せざるをえなかった。身体そのものの異常ではなく、身体に記録された幻肢痛と同じもの。

幻肢痛は、手足などで感じた痛みの記憶が、文字どおりの手足が切り離された後も残る一種の身体性フラッシュバックです。それは幻肢痛にEMDRが効くことからもわかる。幻肢痛の第一人者であるラマチャンドランが脳のなかの天使で書いているように、幻肢痛には痛み以外の感覚もある。

動く幻肢は奇怪だが、さらに異様な現象もある。多くの幻肢患者が、まったく反対に、幻肢が麻痺していると言い、「凍りついているようです、先生」、「コンクリートの塊のなかにあるみたいです」と言う。

なかには幻肢がねじまがって、非常な痛みをともなうおかしな位置に固定されてしまっている人もいる。ある患者は私に、「もし動かすことができたら、痛みがやわらぐかもしれません」と言った。(p57)

これらも、やはり手足が切り離される前の感覚が保存されているために起こるといいます。

このようなケースに初めて出会ったとき、私は困惑した。まったくわけがわからなかった。彼らは腕を失っているが、脳内の感覚・運動の結合は、おそらく切断手術を受ける前と同じ状態にあるはずだ。

私はとまどいながら、その患者たちのカルテを調べ、探していた手がかりをすぐに見つけた。患者たちの多くは、切断手術の前に、末梢神経の外傷によって実際に腕が麻痺していた。(p57)

手足が凍りついているとか、コンクリートで固められているとか、ねじまがっているといった奇妙な感覚は、手足が切断される前に経験した実際の感覚の手続き記憶の名残りだったわけです。わたしの場合は手足は残っていますが、当然同じことが起こっているとみなせる。かつて経験した何らかのできごとの感覚が、手続き記憶として身体に残ったままになっていて、フラッシュバックによってよみがえっている、ということ。

(これは前に書いたように、その部分がもぎとられて他人のように処理されていてるとみなすこともできる。自分ではなく他人だから、勝手に奇妙な反応をする。幻肢痛の人も、自分の幻肢は他人のように振る舞うので、居場所を与えねばならないという。脳科学的にいえばこうした切り離された身体的手続き記憶は、無意識の「内なる他人」である右脳の管轄下にあるため他人のように振る舞っていると思われる。そして回復すれば左脳との接続が回復され、本来の自分の身体になる)

この話からわかるように、幻肢痛というのは、身体性フラッシュバックの特殊な例にすぎません。手足がないのに痛む、というのが奇怪だから人目を引くのであって、手足があるのにフラッシュバックする例のほうがよっぽど多いはずです。だけど、手足や身体があるのに身体性フラッシュバックで奇妙な感覚が起こっている場合は、慢性疼痛やその他の原因不明の身体的病気とみなされてしまっている。

ノーマン・ドイジは脳は奇跡を起こすの中で、神経障害性疼痛も一種の幻肢痛である、つまり文字どおりの肉体に異常があるわけではなく手続き記憶のフラッシュバックであると明確に指摘している。

手足の切断以外の手術を受けた場合にも、同じように不可思議な痛みをおぼえ、それが生涯なくならないことがある。…これらの症状も幻肢痛であり、内蔵の一部が「切断」されたと考えると理解しやすい。

…患者は脳に問題があるのに、体に問題があると思い込む。体が治ってからずいぶん経つというのに、痛みのシステムがまだ発火していて、激痛を感じつづけるのである。(p210)

まあ、わたしもまったく同じ罠にはまっていて、自分の身体の症状が慢性疲労症候群だと誤解していたわけなんですが、前述のとおり、凍りついたり、ねじれたり、異物があったりといった慢性疲労では説明がつかないような感覚が多かったせいで、その正体にこうしてたどりつけたというわけです。

でも、たぶんわたしの場合は、何か過去に身体がねじられたりするような身体的な扱いを受けたがために、そうした感覚がフラッシュバックするのであって、単に痛みや疲労だけの場合でも、ノーマン・ドイジが指摘しているような慢性疼痛を含め、身体性フラッシュバックを身体の病気だと勘違いしている人は実に多いと思うんですけどね。

なぜ、2日前にそんな症状がオンパレードで襲ってきたのかはわからないけれど、いま不安定な状態なのは確からしい。セラピストは、フラッシュバックであるからには何かのトリガーが引き金となっているはずだと言っていて、わたしもそうだと思いますが、特定はできませんでした。無意識のうちに何かの感覚が呼び水となってフラッシュバックが起こるのはよくあることだけどトリガーの同定は難しい。

もうひとつ、以前も書いたような気がしますが(と言ったものの検索してみても見つからないから書いていなかったっぽい?)、わたしが悩まされているフラッシュバックらしきものの中に幻臭があります。それほど頻繁ではないですが、ときどき、形容しがたい奇妙な臭いを四六時中感じるようになります。周りの人は気づいていないようですし、場所を変えても臭うので、当初は信じがたかったものの幻臭だと認めざるをえませんでした。(臭いのフラッシュバックを抱える人の中には、自分は化学物質過敏症だと思っている人がいるはず)

自分でも何の臭いなのかわからない不快で吐きそうな刺激臭ですが、こうして身体性フラッシュバックと時期を同じくして出てくることからしても、わたしの身体に刻まれた記憶の一部なんでしょう。臭いがフラッシュバックしうることは、身体はトラウマを記録するのこの説明を引用するだけで十分なはず。

脳の左側と右側では、過去の痕跡の処理の仕方も著しく異なる。…右脳は音や声、触感、匂い、それらが喚起する情動の記憶を保存する。…右脳が思い起こすことは、直感的な事実、すなわち物事の実際のありようのように感じられる。

…トラウマを負った人が何かの弾みで過去を思い出すと、そのトラウマ体験が今起こっているかのように、右脳が反応する。だが、左脳がうまく働いていないので、自分が過去を再び経験したり再現したりしているという自覚がないかもしれない。(p83)

わたしの場合、身体の奇妙な感覚や匂いは過去の何かしらの実体験のフラッシュバックなのだろう。でも断片的なのでいったい何の記憶なのかわからない。普段から視覚鈍麻していることと、記憶の健忘が強いことからして、過去のトラウマ体験の最も強烈な部分(手がかりから想像するに、おそらく視覚的光景)はまだ解離されたまま。

(※幻臭の正体については、その後、理由がわかったので第八回に書いた)

過去の性的虐待の記憶を強力に解離していた私の中のわたしたちのオルガも、当初は断片的な奇妙な感覚だけで線維筋痛症と診断されていました。セラピーが進むにつれ、とんでもない視覚的光景を思い出してしまったんですが…

嫌だな、わたしの場合、人の顔がうまく認知できない相貌失認になったり、子供時代のエピソード記憶がほとんど思い出せないほど強力に解離されていることからしても、これまで大量に調査してきた他のさまざまな手がかりからしても、客観的な目で考察しているにもかかわらず悪いフラグがあまりに多すぎるように思う。たぶん死ぬまで知らないままのほうがいいような、ろくでもない記憶だとは薄々感づいているので、はっきり言って向き合いたくないです。

安心できる場所にとどまれる時間を伸ばす

そのような理由もあるからなのか、今回の9回目のセラピーでは、前回に引き続き、安心できるイメージを強化することになりました。セラピスト的には、まだまだ過去の残滓に向き合えるほど十分なリソースは確保していないという判断。まずはリラックス状態により長くとどまれるようになることを優先したいとのこと。

前回は左肩、両肩と順に手をやって、安心できる感覚を探索しましたが、今回は右肩に片手を置くことにしました。ぜんぶやってみた限りでは、左手で右肩だけというパターンが一番安心感が強いような気がしているので。

左手で右肩に手をおいて、ちょっと首も動かしつつ目を閉じて、感覚に集中する。

セラピストが何を感じるか尋ねてきたので、重みと温かみを感じると答える。また、腹直筋がリラックスして、体幹のあたりの身体の内部が緩む感覚があった。

さらに具体的に肩の感覚に集中してみたものの、特に何も感じない。最初に肩の感覚を探ったセラピーのときにも感じたことだけど、わたしにとって体じゅうの他の場所は、触れると不快感を強く感じることが多かったものの、肩はいい意味で感覚を感じない、ニュートラルな中立的な場所、という感じがします。そのことを伝えるとセラピストは、感覚があるのを感じるより感覚がないことを感じるほうが難しいのでそれはよい気づきだと言ってくれました。

身体の筋肉が緩んでリラックスしてくると、わたしにとって大切な人の顔が見える。むろん空想世界の人物ですが。そして、自分が青い海の中で泳いでいるようなイメージが湧いてくる。いつも強烈な重力によって押しつぶされそうになっているのに、その重さから解放された水の中でゆったり漂っているような。身体がリラックスして軽くなった気がする。海の中で魚たちと泳いでいて、いつもわたしが描いている絵のような光景が浮かんでくる。

さらにその感覚を味わっていると、しだいに青の色味が濃くなってきて、それまでは青緑のような海面付近の青だったのが、藍色、ネイビーブルーへと変化する。より色合いが暗くなるにつれて、リラックスが深くなってくる。やがて、海の底について、海底に横になっているイメージがわいてくる。すっかりリラックスした感じ。

安心できるイメージに集中して、5分か10分くらいでしょうか。セラピストがいったん外部に戻ってきましょう、と言うので、わたしはパッと目を開けて、肩から手を外しました。

すると、目に見える視界がとんでもなく鮮やかで、生き生きして見えました。普段見る視界よりも彩度が豊かで、色とりどりに見えました。目を開けた瞬間は心地よいままでしたが、感覚が強すぎたので驚いて動揺してしまい、かえって交感神経が興奮したのか、すぐに頭がくらくらしてぼーっとしはじめました。セラピストはもう少しゆっくりと感覚を外に引き戻すつもりだったらしい。だけど、わたしが慌てて反応してしまったために、いきなり感覚が切り替わってしまったよう。しばらくは落ち着きがなくなって、言葉もしどろもどろになっていました。

そこで、二度目はもう少し段階的に戻ってくるタイトレーションを意識して、もう一度リラックスしてみよう、ということに。

もう一度、肩に手をやって目を閉じると、またすぐにリラックスしてきて、体幹がほぐれて、身体が前かがみになっていく。しかしさっきとは違って、ギラギラした視覚イメージが不快。水面付近にいて、自分の上を泳ぐマイワシの群れの白銀の反射がギラついているイメージ。

身体のリラックスのほうも、上半身はリラックスするのに、下半身や下腹部がリラックスできず、凍りついたままで、前かがみになりながらもそこだけ硬い氷塊のようになっている感覚がある。それをちょっとでもほぐしたい、と思ったところ、セラピストはここで、不快な下半身の感覚に意識を向けるのではなく、すでにリラックスしている上半身の感覚に注意を引き戻すよう指示してくれました。

そこで身体を無理にリラックスさせようとせず、ただ安心できる感覚のほうに注意を向けてみる。すると、結果的に下半身の凍りつきも溶けてきた。前かがみの姿勢は窮屈だったので、後ろの背もたれにもたれかかることに。

前かがみの姿勢に比べて、背もたれによりかかっている姿勢のほうが、視覚的には部屋の照明の明るさがまぶたを通して入り込みやすいはずですが、不思議なことにギラギラしているイメージは消えて、さっきより深い青緑になり、この絵のように、アクアトンネルの中を歩いているようなイメージに変化しました。

二人で歩く水族館 A Long Arch in the Aquarium
水族館のトンネルアーチを歩く二人

さらにそのままじっと安心感を感じているうちに、さっき感じた藍色よりもさらに深い青、深海の青色に変化してきて、あたかも深海深くの真っ暗なトンネルを小さなサーチライトで照らしているようなイメージに変わってくる。しかし真っ暗だからといって心細いようなことは何ひとつなく、とてもリラックスした心地よい感覚。

セラピストは、わたしがリラックスしたのを見て、そろそろ感覚を外に戻したいか、それとも、今の感覚にとどまりたいか、尋ねてきました。わたしは少し迷う。今日はもうすでに十分リラックスしたからここで戻ろうか、と思うものの、いま頭の中に浮かんでいる深海のトンネルが、とても冒険心をくすぐられるイメージで、もっとその中を探検してみたいという衝動に駆られたので、もう少しここにとどまりたいと言いました。それからしばらく、じっくりと海底にとどまりました。特に何か発見をしたわけではないものの、ただ安心感をゆったり感じとることができました。

やがてセラピストは、もうすぐセラピーの時間が終わりに近づいているので、外に意識を引き戻そうと言いました。わたしは海底を離れるのをとても名残り惜しく感じましたが、それに同意しました。

前回はいきなり引き戻してしまいましたが、今回はまず肩の手はそのままにして目を開けます。先ほどのように色鮮やかな視界を感じましたが、セラピストが、「内側の感覚を保ちつつ、外を見るように」と言ってくれたので、はっと気づいて、肩の感覚に意識を半分引き戻す。

それから目を開けたまま、しばらく会話しましたが、外の刺激に圧倒されそうになるたびに、肩の感覚に意識を引き戻し、軸足をそこに保つように注意しました。それによって、先ほどのような動揺してしまうことはなく、うまくタイトレーションできました。しかし、やはりリラックスした状態と、現実の不快感の落差を強く感じてしまい、今までのセラピーの中でも、特にエネルギーを消耗したような気が。

セラピストは、今後しばらくはこの感覚を強化することに焦点を探っていこうと言いました。リソースを拡大することが、日々の生活の中での不快感に対処するときや、いずれ本格的にトラウマと向き合うときの助けになるとのこと。また今回は安心できる感覚と現実との往復を2セット試した分疲れてしまったのかもしれないので、次回はもっとタイトレーションしながら一回だけをじっくり長い時間かけて味わってみるのはどうか、と提案してくれました。

今回のセラピーは、非常に濃密な感覚の探索で、終わったときに充実感がありました。睡眠不足だったのでどうなることか不安でしたが、終わってみれば十分リラックスできました。4週間前の同じ条件の日は、安心できる感覚がまだ組織化されていないために、睡眠不足のストレスがたたって急速に不安定になりましたが、今回はそのときと違った結果になりました。この結果から、自分が安心できる感覚のリソースを確かに強化していて、うまく使いこなせるようになってきていることを自覚できました。過去のわたしとは違うのです。

なぜ段階的に青色が変化していったのか

今回の体験は、今までのセラピーとかなり質的に異なるものだったので、気になったことがいろいろと。

まず最大のものは、リラックスしたときに勝手に湧き上がってきた海中のイメージ。でも、これについては次の項目で詳しく書きます。

次はリラックスするとともに、イメージの中の青色の度合いが変化したこと。まだリラックスしていない段階ではギラついた明るい青で、それなりにリラックスしてくると海中の青緑になり、深くリラックスすると、深い藍色や深海の暗い青になりました。

この青色の変化で思い出したのは、この体験記の前前前回のシリーズで2016年11月の記事あたりで書いていた、脳はいかに治癒をもたらすかの中のこの話。視覚系をリラックスさせるベイツ・メソッドの技法に基づいて、モーシェ・フェルデンクライスがアドバイスしていた内容らしい。(SEはフェルデンクライスの影響を受けている)

手で目を覆っても、万華鏡を覗き込むようにさまざまな色や形が見えるはずです。この現象は、興奮した視神経が、色や形以外のものをとらえられなくなるために生じるのです。そして、あなたの全視覚系が静穏ではないことを示しています。(p326)

まぶたの内側が湿った黒いビロードでできていると考えてください。あなたの視神経全体が、いかなる作用も行わず、どんな刺激も受け取っていない静穏な状態であれば、そのような種類の黒が見えるはずです。それは人間が見ることのできる、もっとも濃い黒なのです。(p330)

フェルデンクライスの説明からわかるのは、わたしたちが目を閉じたときに見えるギラつきのようなものは、まぶたを透過して入ってきている光ではなく、おもに視神経の興奮によるものであるということ。目を閉じてなお光がちらつくとすれば、それは目を開けているときに感じた視神経の興奮がまだ残っている。

だから、二度目のセッションの際、わたしがリラックスしきれないときに、水面付近のギラギラするような光を感じていたのは、視神経がまだ興奮したままだったことを示している。

その後、背もたれによりかかって、より深くリラックスしていったときに、視覚イメージからギラつきが消え、アクアトンネルのような青緑になって、最終的に深海の色になっていったのは、単なる視覚的イメージだったのではなく、視神経のリラックス度合い、ひいては全身の神経のリラックス度合いを反映していた、ということ。

一回目も二回目も、リラックスが深くなるにつれて視界の色のイメージが深くなっていったのは、このフェルデンクライスの説明どおりのことが起こっていたからでしょう。もっともわたしの場合は意識して色をイメージしていたわけではなく、身体のリラックス度合いとともに色合いが変わったんですが。(これは夜眠るときにしだいに視界が暗くなっていって最終的には暗闇の中で意識が途切れるのと同じ。ベンジャミン・リベットの研究が示すように意識の反応は身体の反応より0.5秒遅れるので、わたしたちは眠りにつく瞬間や死ぬ瞬間を自覚できませんが)

このことを考慮に入れれば、二度目のセッションの最後で、わたしが深海の暗がりにたどりついたとき、心細く思ったり小奥感じたりするのではなく、リラックスしていたのもわかります。この場合の視覚イメージの暗さ、というのは不安ではなく、身体のリラックス度を反映していたからです。

また、セラピストが外に注意を引き戻そうとしたとき、わたしは最初、深海に留まることを選び、もっと冒険したいと感じましたが、それもトラウマと身体 に書かれているように、深くリラックスしていたことの証拠です。

探索システムは、安全が保証されなければ活性化されません。…Ainsworthは、愛着関係が安全基地を提供しているので、子供が安心して探索することができるのだと示唆しました。(p158-159)

興味をもって探検したい、冒険したいという感情は、危険を感じているときには湧いてこなくて、しっかり愛着関係や安全基地を確保しているときだけ湧いてきます。愛着システムをつかさどっているのは副交感神経なので、凍りついたり闘争/逃走モードになったりしていないときにのみ、冒険したいという心の余裕が生まれます。最後、わたしは外に戻ってくることを名残惜しく感じましたが、それは、海の底のイメージが安心できる場所であり、子どもが母親に感じるような愛着を抱いていたからです。

なぜ海の中のイメージだったのか

こうしたことから、今回わたしが抱いたイメージが、確かに安心できる感覚を反映したリラックスに満ちたものだったとわかります。でも、どうして海の中のイメージだったのか。

はっきり言えばよくわからないんですが、わたしはもともとこのサイトに載せているように、海の中の絵をたくさん描いていたので、その経験が反映されているのかもしれません。芸術の中動態―受容/制作の基層に書かれているように、これまで芸術を通して、自分のイメージを形にしてきたのは無駄にならなかったということですね。

すなわち芸術は、制作にしろ、受容にしろ、日常とは異なった体験をひとに生じさせるものと捉えられている。

芸術体験を通じて、ふだん生きている世界とは別の次元に手が届いたとか、今まで気づかなかった何かに気づいたとか、知らなかった何かに出会ったとか、これまで存在しなかった全く新しい何かが生まれたとか、それまでの自分とはどこか変わったとか、等々、ひとは感じる。(p240)

一度だけスキューバダイビングをしたことがありますが、いい体験だったもののリラックスしたわけではないので、海の中のイメージが、実体験に基づいているとは思いません。子どものころに釣りに連れて行ってもらったこともありますが、そのときのことを思い出しても、まったくいい身体感覚と結びつきません。

関係があるとすれば、わたしがWiiのフォーエバーブルーというダイビングゲームが大好きでよく遊んでいたことでしょうか。一時期はひたすら遊んで雰囲気に入り浸っていました。スキューバダイビングに行ったのも、このゲームをやってダイビングに憧れたからでした。自然を実感できて、癒やされるゲームとしてはこれ以上のものはないので、わたしの海の中のイメージの原風景がそこから来ている可能性はある。

(だとすると、わたしも以前の記事で書いたPTSDの友人みたいに、ゲーム体験が安心できる記憶になっているということになる。そのとき書いたように、その友人はポケモンの話をしているときだけは生き生きしますが、トラウマ的な子ども時代を送った現代っ子の場合、ゲームの中でだけ安心できる時間があった、というのはわりとよくあることだと思う)

しかし、それ以上に、わたしが単なるゲームではなく、自然の風景の中に癒やしを求めているのではないか、ということを最近ひしひしと感じています。わたしの場合、ゲームの中でダイビングしたことがきっかけで現実世界でダイビングに行き、ゲームの中で山登りしたことがきっかけで現実世界でボルダリングしたりしているので、本当はもっと自然を満喫したいのに、そこまでの思い切りがなく、スモールステップとして(SEの用語を使えばタイトレーションと言ってもいい)ゲームを活用してきたのではないか、と思える節があるからです。

SEの本来の意味はトラウマセラピーではない

この「自然の風景の中に癒やしを求めている」という部分は、たぶん、SEをやっていく上で、非常に重要なポイントなので、ちょっと長くなりますが詳しく書いておきます。

この体験記では、ずっとトラウマのセラピーとしてSEを活用していますし、いろんなウェブサイトを見ても、いまやSEはセラピーの一種として認知されています。確かに技法としてのSEはセラピーで間違いないんですが、もともとSE、つまりSomatic Experiensinは直訳すれば、身体的に経験する、という意味です。

これは、他のセラピーが、「精神分析療法」とか「感覚運動療法」とか「認知行動療法」といった名前で呼ばれているのと比較すると著しく対照的。もしそれらに倣えば、SEは「身体的経験療法」とでも表記されるべきです。けれどもSEはそんな名称ではなく、あくまでSomatic Experiensingです。

それはなぜか。ネットでセラピーとしてのSEを調べているだけだと、たぶんわからないでしょうが、じかにちゃんとピーター・ラヴィーンの本で成り立ちを読んだ人ならわかるはず。

わたしは、ピーター・ラヴィーンの本の中での最高傑作は、多分、身体に閉じ込められたトラウマじゃないかと思ってます。この本は、わたしが読んだ最初のSEの本であり、わたしが自分の症状の意味を悟ったという意味で、人生の転機になったといっても過言ではないですが、話題がかなり難解で、医学から生物学、哲学、神学、芸術にまで及んでいるので、一読しただけだとわかりにくい本。だから、トラウマの治療法を求めてこの本を読むと、たぶん困惑するはず。ネット上でも、この本に低評価をつけている人を何人か見ましたが、トラウマ治療の本としてならそう感じるかもしれない。

でも、本当は、この本の内容こそが、SEとは何なのかを、一番雄弁に語ってくれている。(ラヴィーンが自重せず自由奔放に持論を語りまくってるからわかりにくいともいえる笑)  この本が言いたいのは、トラウマを含め、現代人が抱えるさまざまな問題は、かつて人類が動物として自然界の中で感じていたような身体的経験から切り放されてしまったことから生じている、ということ。それは結びの部分のこの総括からわかる。

ドリー・プレヴィンの歌のように、からだで経験されない神話的経験はまるで「定着しない」。そうした経験は地に足がついていないからである。

トラウマに苦しむ人は慢性的解離の世界で生きている。からだから切り離されたこの永久的な状態は、方向感覚を見失わせ、今ここ、とのつながりを奪う。しかしながら、先に述べたように、トラウマを生き延びた人だけがからだから切り離されているのではない。

軽度のからだとこころの分離は現代文化に浸透していて、私たちすべてに大なり小なり何らかの影響を及ぼしているのである。(p419)

ラヴィーンはこの本で、単にトラウマの分野だけでなく、領域横断的にさまざまな分野の研究を総まとめにして、この現代人がおしなべて陥っている「身体的経験の欠如」という問題を論じています。ラヴィーンがあまりに博物学的に論じているので、ひとつの専門分野にしか興味のない読者は置いてきぼりにされますが、わたしみたいにあらゆる分野に興味を持っている読者にとっては、これほど面白くて勉強になって真理をついている本は他にありません。いまだに読めば読むほど味が出てくるスルメ本です。

だいたいわたしが自分の病気の問題に気づけなかったのは、医学や脳科学というあまりに狭い領域で発展してきた学問に閉じ込められて、「井の中の蛙大海を知らず」状態にあったからです、この本はわたしを大海に連れ出してくれて、ようやく、自分の抱えている問題の全体像を明らかにしてくれました。

わたしの経験からいって、複雑な問題は、特定の分野だけの知識では解決できません。あの難解なポアンカレ予想を証明したペレルマンが、数学だけでなく物理学を含め、博識な知識を駆使してようやく難問を解いたように。ポアンカレ予想の証明を聞いていた数学者たちは当初、ペレルマンが何を言っているのかわからなくて困惑しました。同じように狭い専門領域に縛られた読者も、このラヴィーンのこの本を読んでも、意味がわからないと投げてしまうかもしれない。けれども、本当に答えを知りたければ、決して狭い井戸の中にとどまっているわけにはいかないのです。

かつて身体的経験はありふれていた

注目したいのは、ラヴィーンがこの本の中で、さっき引用したように、からだで経験することの欠如が「現代文化に浸透して」いると書いていたこと。言い換えれば、大昔はもっとからだで経験するのが当たり前だったということ。それは、SEすなわちSomatic Experiensing(身体で経験すること)は、かつてはもっと一般的であり、昔の人たちは、わざわざSEの専門家のトラウマセラピーを施してもらわなくても、身体的な経験から益を得られたはずだ、ということにほかならない。

現代人の社会から、身体的な経験が失われた、ということは、あなたの子どもには自然が足りないに書かれているように他の人たちも言っています。

フランクリン・アンド・マーシャル・カレッジの心理学助教授だった故エドワード・リードは、情報時代の神話に関する最も歯切れのいい批評家だった。

著書『経験の必要』の中で彼は、「世の中を良くするためにはほとんど役に立たない情報の滓を誰もがどこででも手に入れられるよう加工処理するために、金を使い何時間も努力するような社会は、何かが間違っている」と言う。

現代の主流派文化人もポップカルチャーの担い手も、リードが言った「最も根源的な経験」―自分で見る、感じる、味わう、聞く、嗅ぐということ―に何の注意も払わない。

リードによれば、私たちは「自分たちの世界を直接経験する力を失いはじめている。経験という言葉の意味には内容が伴わなくなってしまった。同様に、日常の生活の中での体験も貧しくなってしまった」(p86)

なぜ身体的な経験が失われてしまったのか。それは、現代に生きるわたしたちが、自然から切り離された都市で生活し、自然の中で得られる経験よりも、ただインターネットや本で学べる表面的な知識を重要視するようになったからです。たとえば、D・H・ローレンスのこんな言葉が引用されている。

表面的には、世界は小さく、よく知られたものになった。可哀想な地球よ。旅人はおまえの上を、ブーローニュの森かセントラルパークを回るかのように急ぎ足で回る。もう不思議は残されていない、もう見たし、すべて知っている。地球のことはもうすっかりわかったのだ、と。

それは確かに事実だ。表面的には。私たちは地球の上を、ひたすらその表面に沿って旅してまわり、すべてを見てまわった。だが、表面的な知識が増えるほど、深い洞察は少なくなる。それは大洋の表面をすくい取って、海のすべてを知ったというようなものだ。

実際、私たちの曽祖父たちはどこへも行かなかったが、どこへでも行って何でも眺めてきた私たちよりもずっと、世界についての経験が豊かだった。…知ったかぶりをする心は、文明を包む粘着質の紙の外側にとどまらざるを得ないことの結果として生まれるにすぎない。その下には、私たちが知らず、知るのを恐れているあらゆることがある。(p79)

あるいは、作家のアルベール・カミュがシーシュポスの神話 で嘆いているように、科学の進歩は、自然界のただ中で経験から学ぶ生き物だった人間を、ただ教科書から実体の伴わない知識だけを学ぶ生き物に変えてしまいました。

きみはぼくにこの世界の姿を描き述べてくれる。世界を分類整理するすべを教えてくれる。きみが世界の諸法則を列挙するので、知識に渇えたぼくは、それらの法則が真実だということに同意する。

…だがきみは、数個のエレクトロンが一個の核の周囲をまわる不可視の太陽系についてぼくに語るのだ。…そのときぼくは、きみが詩に到りついていると認める。…こうしてぼくにいっさいを教えてくれるはずだったあの科学は仮説となって終わり、あの明察は比喩のなかに沈みこみ、あの不確定性は芸術作品に化してしまう。

どうしてあんなにおびただしい努力を重ねる必要がぼくにあったろう。たたなわるあの丘々の優しい線や、乱れさわぐこの心をそっとおさえてくれる夕暮れの手のほうが、世界についてずっと多くのことをぼくに教えてくれる。(p40-41)

わたしたちは、言葉として得られる表面上の知識だけで満足するようになってしまい、身体的に経験するということをしなくなってしまった。ダイビングに行く代わりに、Googleで海の画像を検索するようになってしまった。(わたしもそうなので耳が痛いものの)実際に山登りする代わりにVRで山登りをしたり、身体を使って虫取りをする代わりに、ポケモンを集めるようになってしまった。そして、本当は何も身体で経験していないにもかかわらず、表面的な知識だけで、何もかも知っているかのように思い込むようになってしまった。あなたの子どもには自然が足りないにこう書かれているとおり。

驚くことではないが、狭い領域のものであれ、次々に感覚にインプットがある世界で成長した若者は、多くの場合、自分の周囲に金網を張り巡らし、知ったかぶりをする人間になる。グーグルで検索してヒットしないものは重要でない、というわけだ。(p89)

するとどうなるか。子どものときからずっと、自分の家の中でテレビやゲーム、インターネットでだけ知識を取り込み、自然の中で身体的な経験をすること、つまりSomatic Experiensingから切り離された現代人たちは、身体的に経験するとはどういうことなのか、もはやまったくわからないまでになっている。経験したことがないから、想像すらできない。自分にとって身体的経験が欠けていることさえ気づくことができなくなっている。だからラヴィーンは身体に閉じ込められたトラウマでこう言っていた。

先に述べたように、トラウマを生き延びた人だけがからだから切り離されているのではない。軽度のからだとこころの分離は現代文化に浸透していて、私たちすべてに大なり小なり何らかの影響を及ぼしているのである。(p419)

ラヴィーンが述べているように、現代の社会のライフスタイルそのものが、からだとこころの分離、つまり解離を生む原因になっている。あなたの子どもには自然が足りないが述べるように、現代文化の生活は、五感のうち、限られた領域のものしか刺激しない偏ったものになってしまっていて、身体的経験が決定的に欠けている。

現代的な生活によって私たちの感覚は狭められ、ほとんど視覚的なもの、それもコンピュータのモニターやテレビのスクリーンのサイズに適したものになった。反対に、自然は五感を刺激する。そして感覚こそ、子供たちが持つ最も原始的な自己防衛手段なのだ。(p201)

現代社会で得られる刺激は、五感の一部しか使わない。ある感覚だけ過剰に活性化させ、他の感覚はまったく使わないアンバランスなもの。ラヴィーンは身体に閉じ込められたトラウマの中でそうした例をたくさん挙げている。身体だけを鍛えようとするウェイトトレーニング、目や耳だけで危機を経験する映画やゲームなどの娯楽、視覚だけで性欲を満足させようとするポルノなど。(p336 )

そうした身体を使わない偏った感覚だけのライフスタイルがもたらす、身体的な経験の不足は、いま書かれていたように「子供たちが持つ最も原始的な自己防衛手段」を成長させられない。つまり、身体的経験の不足は、現代人をトラウマに対して脆弱にしている、ということです。

でもなぜ、身体的経験を失った現代人が、トラウマに対して脆弱になっていると言えるのか。

よく知られているように、ラヴィーンは生物学的、動物行動学的な知識から、SEの概念を構築しました。動物は自然界の中でトラウマ的な経験をしうる。たとえばオポッサムはチーターやコヨーテに食われそうになる。そのときオポッサムは、闘争/逃走や凍りつき/擬態死で対処する。そうであれば、動物の一種である人間も、同じように反応するのではないか?

このような着眼点から、人間が抱えるトラウマは、精神科医たちが主張していたような心の病ではなく、動物が示すのと同じ、生物学的な現象であるという理解が生まれました。このことは、多くの研究によって裏付けられているので、しっかり研究についていっているトラウマ専門家たちはみな同意するはず。しかしラヴィーンはさらにもう一歩先に注目しました。

なるほど、人間も動物もトラウマに遭うと同じ反応をする。ではなぜ、動物はそうしたトラウマから首尾よく回復できるのに、人間だけが、トラウマを抱えたまま苦しんでしまうのか。

繰り返して言う。一般に、野生の動物は、殺されなければ不動状態から回復し、元通りの生活に戻っていく。…ある野生動物が(もしくはさらに言うならその種全体が)、多くの人間のように何らかの衰弱生症状を定期的に発症していたら、どうやってこれまで生き残れただろうか? 想像しがたいことである。

この自然の「免疫」は、明らかに現代のヒトには当てはまらない……しかしそれはなぜなのか、そしてそれに対して私たちは何ができるだろうか?(p67)

同じ動物であるはずなのに、野生動物たちはトラウマから回復し、人間は回復できない。いや、正確にはラヴィーンが言うように、「現代の」人間は回復できない。それはなぜか。動物たちと「現代の」人間とで何が違うのか。

ひとつには、自然界の動物が遭遇するトラウマは一過性のものであるのに対し、人間はもっと慢性的に拘束されるトラウマに遭遇しうるということ。そうしたタイプのトラウマが重篤な後遺症を残すことは動物でも確認されている。けれども現代の人間がトラウマへの抵抗力を失っている理由はそれだけではない。

その答えとしてラヴィーンが得たのが、「本能的な動物的本性とのつながりを失ったこと」つまり、野生動物は自然の中で五感をフル活用して身体的経験を得ているのに対し、現代のヒトはその身体的経験が欠如しているから、結果としてトラウマから回復する機会をも失ってしまっているのではないか、ということでした。(p285)

動物は身体的経験によってトラウマから回復することができる、というのはマイヤーとセリグマンの研究などでしっかり確かめられています。逆に、現代の人間の社会ではそうした身体的経験が失われていることも、さっき引用した意見のように、大勢の専門家が口々に言っていることです。

だとすれば、今や人間社会から失われてしまって、ひどく軽視されている「身体的経験」を得る機会を提供できれば、トラウマを治療できるのではないか。こうして生まれたのがSEです。だからSEは、セラピーの方法である以前に、単に「Somatic Experiensing」なのです。特別な治療法などではなく、本来そこにあったはずのもの、当たり前だったはずの身体的経験を提供するためのものだからです。

プログラミングされた回復行動

ということは、裏を返せば、わざわざSEのセラピーのようなものに行かなくても、かつて人類が動物とともに生きていた時代に得ていたような身体的経験が得られれば、トラウマから回復できるのではないか? 

わたしはそのとおりだと思っていますし、現代のたくさんの研究もそれを示しています。たとえばあなたの子どもには自然が足りないには、自然の中で生き生きと過ごす体験が、人の回復力を向上させ、トラウマ障害やADHD、自閉症などさまざまな病気の治療に役立つという研究結果が大量に載せられている。

自然環境の喪失や、手の届くころにある自然からの乖離といった傾向が、人の健康や子供の成長に重大な影響を与えると考える研究者の数は増えつつある。そして彼らによれば、自然の中を歩くことは健康に、ほとんど細胞レベルにまで良い影響を与えるのである。(p62)

障害者がキャンプの経験を通じて自分について抱いていたボディイメージを向上させ、より積極的に行動するようになることも、調査の結果明らかになった。学習障害、自閉症、感覚障害、中程度ないし重度の認知障害、身体障害、トラウマによる脳傷害を含む障害を持った子供を特に対象にした、定員15人のサマーキャンプの調査によれば、参加した子供たちは独創性や意思決定に改善を見せ、その効果は家庭や学校に帰っても続いた。(p259-260)

こうした自然の回復効果は、ただ漠然と自然は健康的だ、という理由なのか。ただなんとなくリラックスできるというものなのか。もちろんそうではない。自然の回復効果は、人間の手続き記憶として条件付けされていることがわかっています。

「昔、祖先があの木の高いところへ登って土地全体を眺めた時、そこには何かがあったはずよ ―私たちをすぐに癒してくれる何かが」とブルックスは言う。高い木の枝の上でくつろぐことは、動物の餌食のなるかもしれない危険で噴出したアドレナリンをすぐに鎮めてくれていたのかもしれない。

「生物学的には私たちは何も変わっていない。私たちはいまだに大きな獣と戦うか逃げるかするようにプログラミングされているんです。遺伝子から見れば、私たちはこの世に最初に現れたころと根本のところでは同じ生き物だわ」(p62)

トラウマとはそもそも闘争/逃走反応や凍りつき/擬態死反応のような、手続き記憶や条件付けであることは、さっき書いたようにもうはっきりとわかっています。基本的にいって、野生動物の示す行動はぜんぶ、プログラミングされた本能であり、本能は手続き記憶と条件付けから成り立っています。

となると、野生動物の場合、危機に遭遇したとき闘争/逃走反応や凍りつき/擬態死反応をとるようにプログラミングされているのであれば、危機から回復するときにも、本能的にプログラミングされた条件付けがあるのではないか。いや無いはずがない。危機のための反応だけじゃなく、回復のための反応も条件付けされているのでなければ、ただ本能に従うのみの野生動物がトラウマから回復することはありえないからです。

そしてその、回復のための本能的な反応というのが、さっき引用された中で書いてあったような、自然と結びついた手続き記憶なわけです。わたしたちが緑を見るとリラックスするのは、緑色そのものにいい効果があるのではなく、自然界の緑の風景と、わたしたちの中の副交感神経の働きとが、闘争/逃走などの本能的行動と同じほど強固に条件付けされているからです。それはコヨーテに食われそうになった動物たちが、捕食者が去った後に緑の風景の中でリラックスして平衡状態に戻れるのと同じものです。前に書いた自然界のフラクタルにリラックス効果があるのもそう。

でも、だからといって、外に出て緑を眺めたり、木登りしたりしても、人間のトラウマが回復するかというとそうではない。ラヴィーンは動物でもヒトでも、もっと強固にプログラミングされた回復のための本能的行動が別にあると述べています。

身体に閉じ込められたトラウマによれば、それは震えやおののきといった反応、人間においては大自然の神秘に触れたときに毛が逆立つ畏怖の念のような震えだという。そして人類も古くからそれを、トラウマ治療に利用していたという。

野生動物は、ストレス状態に曝されたり拘束されたりするとき震えることがよく見られる。からだの震えやおののきは東洋の伝統的なヒーリングやスピリチュアルな系譜の実践においてよく報告されている。

例えば気功やクンダリーニ・ヨガでは、微細な動きや呼吸および瞑想の技法を用いる達人は、からだの震えやおののきを伴う恍惚の至福状態を経験することがあるという。

さまざまな状況下で経験され多種多様な機能をも有しているこのような「身震い」はすべて、真の変容や深い癒し、そして畏怖の念をもたらす可能性を秘めている。

不安による恐ろしい震えはそれ自身だけでは状態をリセットして平衡状態に戻ることを確実にするものではないが、「正しいやり方で」誘導され体験された場合にはそれそのものが解決となりうる。…こうしたものは、私たちが脅かされたり高度に覚醒したりした後に平衡状態を取り戻すためのメカニズムである。(p20-21)

現代の人々の生活に失われているのはまさにこれなんです。大自然のただ中で、身の毛が逆立つほどの衝撃を受け、ときに無神論者をして「確かに神がいる」とまで言わしめるほどの感動。いかに宇宙が広大で、その中にいる自分がちっぽけであるかを思い知らされるときの畏敬の感覚、自分の想像をはるかに超えるものに圧倒される感覚。レジャーパークや動物園や公園で出会う作り物の自然ではなく、大自然のただ中でだけ得られる身体的な衝撃。

畏怖の念のような感情は伝統的にスピリチュアルなものとみなされてきたので、人間特有のものだと思う人もいるかもしれないけれど、ラヴィーンは人間が感じる自然への畏怖は、動物たちが感じる身体的感覚と連続性をもった本能的な身体の反応だと指摘している。

センス・オブ・ワンダー[訳注 : 自然に対する畏敬の念のような概念]のような特殊な感覚でさえ、最も近縁の類人猿に見られるようだ。…皮肉にも動物的なルーツに対する創造説論者の拒絶にもかかわらず、宗教的畏怖はダーウィン説によるある種の連続性や、私たちの深遠な本能的継承に関するさらなる証拠であるかもしれない。(p272-273)(p416も参照)

そもそもスピリチュアルな感情や体験というのは、実体のない魂や心の現象ではなく、肉体としての身体をベースにして生じる特殊な身体的経験であることは、脳科学のさまざまな実験で確証されている。

NATURE FIXによると、畏怖の念という感情は、実際に強力にストレス反応を抑制することが確認されていて、解離の凍りつきをもたらす迷走神経に働きかけるとされている。

数あるポジティブな感情のなかで、畏怖の念は唯一、IL-6の値を大幅に下げる感情と考えられている。それはなぜだろう? ケルトナーによれば、畏怖の念は人との絆を強め、それによって炎症がおさまり、ストレスが和らぐという。…迷走神経は脊髄のてっぺんから始まり、顔面筋、心臓、肺、消化器などに触手のように伸びている。…迷走神経は愛に反応し、畏怖の念にも反応するとケルトナーは考えている。(p163-165)

自然界の中でオポッサムが凍りついても復帰できるのは、周囲の自然と、トラウマを払い落としてリセットする身震いとが条件付けられているから。凍りつきをもたらすその同じ神経をリセットするための手続き記憶が、ちゃんとプログラミングされているからです。

人間でも同じようなことが起こるのか。たとえばあなたの子どもには自然が足りないに書かれているこの経験を読めば一目瞭然です。

「最初にカウンセリングの仕事をしたのは他の団体でのことでしたが、私は、それまで町なかから外へ出たことのなかったエイズの子供たちを山へ連れて行きました。

ある夜、九歳の女の子が私を起こし、トイレに行きたいと言いました。テントから出ると、彼女は空を見上げました。そして息を呑み、私の足にしがみついてきました。その子はこれまで、こんな星空は一度も見たことがなかったんです。その夜、私は子供の心を動かす自然の力を知りました。

彼女は変わりました。その夜からというもの、彼女にはすべてが見えるようになりました。皆が気づかないくらい背景に溶けこんだトカゲでさえ、見えるのです。彼女は自分の感覚を使うようになりました。感覚が目覚めたのです」(p171)

この女の子は、難病の強烈なストレスを感じていました。そのため、感覚が麻痺して凍りついていた。でもある晩に人生で初めて畏怖の念を感じるほどの衝撃を受けたことで、神経系がリセットされ、解離させていた感覚が元に戻りました。確かに畏怖の念はエイズは治せない。でも恐怖に対する動物の本能的防衛として生じている凍りつきは解除することができます。そのために動物すべてに備わっている条件付けされた手続き記憶だからです。

人はトラウマによって圧倒され打ちのめされる。そのとき背側迷走神経が恐怖を感じ取り、身体は凍りつく。しかし人は大自然の強大さに圧倒され、また違った意味で打ちのめされる。そのとき、やはり背側迷走神経が畏怖を感じ取り、反応がリセットされる。

この経験から思い出すのは、わたしの知り合いのおばあちゃんの話。その人は若い頃から辛い結婚生活を送っていて、感覚が麻痺して死んだように日常を送っていた。しかし夫が亡くなったあと、70歳でニュージーランドのホテルから朝日を見たとき、あまりに美しくて我を忘れ、「人生はまだこれからだ」と思ったのだそう。その後、急激に快活になり、わたしが知りあったころは90代だったのに、新しいことにたくさん挑戦していた。なんでそんなに新しいことに挑戦できるのかと尋ねると、「それが生きているってことでしょう?」と満面の笑顔で言ってくれたのを覚えています。

その人は98歳で亡くなりましたが、今ならあのときの言葉の意味がわかります。そのおばあちゃんは慢性的なトラウマによって、70歳まで凍りつき/擬態死状態になって「死んでいた」。しかし畏怖の念を感じるほどの経験、震えを伴う身体的経験な経験をしたことで神経系がリセットされて、解離から回復し、いわば「生き返った」んです。

本物の身体的経験がしたい

書きたいことはまだまだたくさんあって、用意していたメモの内容が消化できてないんですが、あまりに長くなりすぎると要点がぼやけるので、続きは次回に持ち越すことにして、ここらでまとめに入ります。

なんでこんな話をしたかというと、わたしの場合、リラックスできる安心できる場所のイメージというのが、海の中だった、ということからでした。

わたしが本当にリラックスできたのは、単なる浅瀬のスキューバダイビングするような場所のイメージではなく、深い藍色、神秘的な色をした海の底だったことは、きっとここに由来しているのだ、とわたしは思っています。NATURE FIX には、アイルランドの哲学者エドマンド・バークのこんな記述があった。

1757年、28歳のバーグは『崇高と美の観念の起源』を出版し、啓蒙思想の中心的人物となった。世俗主義者だったバークは、アイルランドの自然のなかを歩きまわり、もっと適切な表現がありそうな気もするが、「心が動かされた」と綴った。

感受性が強く、芝居がかったものが好きなバークは絵になる美しい景色よりも、やや暗い景色に心惹かれた。なかでも不安をかきたてられる景色が好きで、ぞっとするようなものであればなおいい。

「自然界の偉大で崇高なものが生みだす情念は、もしもこれらの原因が最も強力に作用する場合には驚愕となる。驚愕とは或る程度の戦慄を混じえつつ魂のすべての動きが停止するような状態を言う」と、バークはこの著書に記した。そして、流れの激しい大きな滝、激しい嵐、暗い木立といった風景を愛した。(p261)

バークは、「ぞっとするような」景色を愛しました。これだけだと怖いもの見たさな物好きにも思えますが、そうではなく、戦慄をともなって、「魂のすべての動きが停止するような」、すなわち畏怖の念を感じて、神経系が一度リセットされるような景色、魂がふるえるような自然の中を歩くことを愛したということ。

感受性が強かった彼は、自分が感じるストレスを癒やす特効薬になるのは、そうした畏怖の念を起こさせる自然だということを本能的に理解していたんでしょう。日常生活の中でストレスから軽度の凍りつきを起こしたようなとき、そうした自然の中での身体的経験だけが凍りつきをリセットしてくれることを知っていた。

同じく感受性豊かで、おそらくそれゆえに凍りつきやすかったであろう詩人のウィリアム・ワーズワースや作家のビアトリクス・ポターが、こぞって都市での喧騒を後にし、まだ手付かずの大自然が残っていた湖水地方へと逃れたのは偶然ではないでしょう。オリヴァー・サックスが太古の青やらシダ植物やらを愛しすぎていたのもそう。

おそらく生き物としての本能的な判断によるものだったはず。あなたの子どもには自然が足りないによれば、感受性が高く、繊細で傷つきやすい子どもほど自然の回復効果の恩恵を強く受けるいう研究がある。

コーネル大学のニューヨーク州立人間生態学カレッジでデザインおよび環境分析学助教授を務めるナンシー・ウェルズはこう指摘する。「調査の結果、自然が少ない環境で暮らす子供に比べ、豊かな自然環境で暮らす子供たちにとって、日常受けるストレスは心理的にそれほどの苦しみとはならないことが明らかになった。そして、最高レベルの日常的ストレスを受けている最も傷つきやすい子供たちに関して、身近な自然が与える保護効果は最も顕著である」(p69)

これは決して偶然ではない。感受性が強い人というのは手続き記憶に敏感でトラウマを抱えやすい人ですが、今回考えたように、自然がもたらす回復力とは、手続き記憶による条件付けだからです。感受性が強い繊細な人の多くが、自然の風景に引かれるのは、気のせいでも思い込みでもなく、動物としての本能的な行動であり、「最高レベルの日常的ストレスを受け」やすくトラウマを発症しやすいことと、「身近な自然が与える保護効果」を利用しやすいことは表裏一体になっている。

だから、わたしもおそらくそれを本能的に知っている。ずっと昔から、神秘的な雰囲気を感じるような絵を描いてきたし、まっくらな夜の漆黒の闇をこの上なく愛しているし、わたしの安心できる場所のイメージはすべての時間が止まった海の底、魂の行き着く場所のような深海の闇だった。海の底、それは死んだクジラの群れが沈み、骨に返り、そして無数の生物へと再生する場所、地球の一番奥深くの人知の及ばぬ場所でもある。

わたしはヒトである以前に動物として、本能的に自分には畏怖の念を感じ、トラウマを払いのける身体的経験が必要だと知っている。だからそうした光景を求め続けている。けれども、求め続けているその体験をいまだに経験できてはいない。

わたしくらいに複雑になってしまったトラウマだと、自然界の動物のように、一回限りの畏怖の念でよみがえることは考えにくい。もはや自然界ではありえないほど長い時間凍りついているのだから、一度揺さぶったところでよみがえるものではない。それでも、身震いを伴うかのような身体的経験によって少しずつでも迷走神経が揺さぶられ、生気を取り戻していくことは確かでしょう。

SEとは、畏怖の念をもはや感じることがないほど、身体的経験から切り放されてしまった現代人が、どうすればもう一度、身体的経験を味わえる動物的本能を取り戻せるかと考えたピーター・ラヴィーンが考案した、身体的経験を得させる場です。だから、SEを続けることで少しずつ息を吹き返せる。

でもラヴィーンの理論の発端は、もともと人間は動物たちと同じように大自然の中でトラウマをリセットしていた、ということであり、できるならばセラピールームの中ではなく、本物の大自然の中での身体的経験を得たい、と思うわけです。

今はまだ体力が足りないにしても、そうできる可能性を探り求めていきたい。おそらくは、そうやって初めて「それが生きているってことでしょう?」と感じられるのではないか。今回のセラピーを通して、そんなことを思ったのでした。

続きはこちら。

スポンサーリンク

Categories: 5章。2018.06.08