切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(11)

前回は12回目のセラピーについて書きました。今回は、また北海道に行ってきた話や、最近読んだ本の話題などを中心に書きたいと思います。

見知らぬ環境で条件反射を払拭する

今回の北海道旅行も、前回と負けず劣らず体調が悪いなかでの出発。前身のこわばりや痛みがひどい状態で、薬を飲まなければほとんど一日中寝ている、薬を飲んだら作業はできるけれど痛みや過緊張などがひどくなる、という体調でした。SEやヨーガのテクニックで緩和できるてはいるものの、限界を感じる。

こんな体調の中だからこそ、北海道に行って改善するかどうかを観察するのは大切だと思いました。必ずしも短期間で判断するようなことではないけれど、もし北海道に行っても動けないようなら、引っ越すのは違う、ということにもなろう。

今回の旅行には本を二冊持っていっていました。オリヴァー・サックスの意識の川をゆくと、エムラン・メイヤーの腸と脳。滞在中ではなく、道中に読むつもりでした。なんせ朝9時に家を出て、最短ルートにもかかわらず、到着するのが午後6時ですからね。外国にでも行くのかという遠さ。

個人的な印象としては、南は西表島あたり、北は道北あたりになると、日本語が通じるちょっとした外国みたいな雰囲気を感じます。わざわざ道北まで行くのはそのせいでもある。

三池先生の研究では、不登校の子どもが外国に留学したり、沖縄の民泊で過ごしたりすると元気になると言われていたけれど、これは心理的な理由ではなく、条件付け反応によるものだと思う。

たとえば学校や家庭で大変な思いをした場合、トラウマの手続き記憶は、それが起こった場所の風景や音やにおいのように空間記憶と強固に結びついている。日常生活の中で少しでもそれを想起させるような刺激があると、当時の身体症状が再現されてしまう(身体性フラッシュバック)。ちょうど、今回読んでいた腸と脳にこんなわかりやすい例が書かれていた。

一例を示そう。かつて食事中に配偶者として口論したレストランに再び出かけたとき、たとえなごやかな雰囲気で会話が進んでいても、昔の記憶がよみがえって怒りの情動操作プログラムが起動するかもしれない。

口論をしたレストランがイタリアンレストランだったとすると、どんなイタリアンレストランでも、あるいは単にシーフードリゾットを見ただけでも、怒りのプログラムが起動するのだ。

私は患者に、この例をよく語って聞かせる。するとたいがい、彼らは何かの食べ物が原因で消化器系の不調が引き起こされたと主張する。

そのような主張に対して私は、症状の原因が食べ物そのものにあるのか、それとも過去のできごとの想起にあるのかを考えてもらうことにしている。

このように、症状を引き起こした状況に注意を向けさせると、患者はたいてい、脳と腸の結びつきが非常に強いことを認識するようになる。(p56)

またサックスも意識の川をゆくの中で、ジェラルド・エーデルマンの「脳は空より広いか」から次のように引用している。(この本はわたしも何年か前に読んだが、条件反射を解説した重要な文章にもかかわらず、ぜんぜん記憶にないので、当時のわたしの理解度の不足を思い知らされる)

原意識をもった動物が一匹、ジャングルの中にいる光景を想像してみてほしい。どこからか低いうなり声が聞こえ、同時に、風向きが変わり、日の光が弱まる。その動物はすぐさま、より安全な場所へと逃げ出す。

物理学者はこれらの出来事の中に、いかなる必然的な因果関係も見出せない。だが原意識をもった動物にとっては、この組み合わせの出来事に伴って以前の体験がよみがえる。そう、トラが現れたのかもしれない。(p182)

この説明は二つの重要な点を教えてくれます。

まずわたしたちの身体症状は、たとえ物理的・科学的な因果関係がなくとも、条件反射によって引き起こされうるという点。パブロフの犬の場合、ベルの音とよだれが出る反応が条件付けされていたように、人間の場合も環境刺激からまったく科学的に説明できない症状が条件反射によって起こり得る。人体に害のないはずの微少な化学物質のにおいで自律神経症状が起こったり、不登校の子が教室に行く自分をイメージしただけで猛烈な吐き気に襲われたり。

ひとつめの話にあった、「たいがい、彼らは何かの食べ物が原因で消化器系の不調が引き起こされたと主張する」という記述は、当事者はこうした原因不明の症状を特定の物理的原因に帰しやすいということを示唆しています。化学物質過敏症がまさにそれで、患者は特定の化学物質が症状を引き起こしたと主張しますが、実際には化学物質のにおいがもたらす感覚記憶がトリガーとなって、条件反射によって身体症状が引き起こされている可能性が高いはずです。

二つ目は、そうした反応は、原意識、つまり人間の高度な思考のレベルではなく、潜在意識に近いところで引き起こされるという点。言い換えれば、思い込みや気のせいでは絶対ないということ。さっきの例でいうと、化学物質過敏症は条件反射が原因だとしても、それが心理的問題だということはありえません。

条件反射は顕在記憶(意識して思い出せる記憶)ではなく潜在記憶(無意識のうちに勝手に再生される感覚運動的な手続き記憶)のレベルで起こるので、本人が認知を修正しようが意味がない。現にエーデルマンは認知行動療法など役にたたない原意識だけの動物にも生じる反応だと言っているんですから。

トラウマ症状はこうした条件反射として起こるので、身の回りのさまざまな環境要素が無意識のうちに身体症状を引き起こす引き金となりうる。

ということは、できるだけ馴染みのない環境、つまり過去の記憶の条件付けがないまっさらな環境へ行くと条件反射が起こりにくくなるはずなので、外国に行けば元気になる、というのは非常に理にかなっている。しかしさすがに日本語が通じない外国に体調不良のまま行くのはハードルが高いので、まずは日本語が通じる国内で、日本らしくない場所を探すのがいい。それが西表島とか道北だということになる。

わたしの場合、都市から電車で2時間くらいかけて行けるような、どこにでもある日本の田舎を選ばなかったのは、まさにこれが理由で、「日本らしい」田舎では条件付け反応を払拭できないと感じました。郷愁を感じる、ノスタルジックな風景であってはいけない。郷愁を感じる田舎というのは、条件付け反応が引き起こされ、子ども時代の体験の記憶が呼び覚まされるからこそ郷愁を感じるのであって、もし子ども時代が辛いものであれば、不快な反応も同時によみがえってしまう。

まったく馴染みのない場所、条件反射をいちから構築しなおせるようなまっさらな場所に行って新しい体験をやり直さない限り、過去の呪縛から逃れることはできない。

そういえば、アメリカでは生まれ育った子はアメリカでは体調不良になるが、日本では元気になる場合があるのだとか。このことは特定の国が良いというわけではなくて、自分が子ども時代を過ごしていない、「なじみのない」外国にいくことが不快な条件反射を払拭する鍵だということを示唆しているように思える。

たとえば日本で不登校になった子どもがデンマークに行けば元気になったからといってデンマークが日本より優れているわけではなく、かえってデンマークで不登校になった子どもの場合は日本に来れば元気になる可能性がある、ということだ。

北海道は、本州(内地)とはかなり別文化が感じられるところで、風景も違えば、家の景観も違う。チェーン店もけっこう違う。セイコーマートが強い(笑) 北海道の家は防寒対策が進歩しているため、冬場はじつは東京や大阪より暖かいとみんな言う。北海道の人たちが冬場は家の中では薄着で過ごし、アイスの消費量が上がるのは有名な話。

それでも、札幌や旭川あたりの大都市の景観は、本州の都市の景観とよく似ていて、あまり違いを感じられない。家と家の隙間がかなり窮屈で住宅が密集しており、かなり「日本らしさ」が強い、アスファルト舗装の道路ばかりで自然も少ない。

だからわたしは、札幌や旭川では体調が悪い。今回の旅行でも、途中で旭川を経由するけれど、そこを通っているあいだは体調がまだ悪かった。薬の効果と北海道にまたやってきたという高揚感のおかげでなんとか動けてはいたけれど。

旭川空港のあたりは見渡す限りの畑や山並みが広がっていて、高層ビルなどがないので、空が広くて気持ちがいい。旭川市の郊外に行くだけでも、十分な自然は確保されているので、このあたりでもいいかな、とふと感じてしまうのだけど、いやいや、それではまずい理由がある。

北海道でも道北の南のほうは、ほとんどが農地で見渡す限り畑が続いている。畑は農薬を使用するし、耕作機械の騒音がひどいので、過敏性のある人にとってはあまり望ましくない。

実際に農薬に反応する化学物質過敏症の人や、農家の出身で慢性的体調不良を抱えている人を知っている。農薬はたとえ人体に直接影響しないレベルでも、マイクロバイオームに対するリスクが高い。今回読んでいた腸と脳にもこう書かれていた。

遺伝子操作作物を栽培する過程で用いられている殺虫剤は、たとえ直接的には人体に危害が及ばないとしても、腸内微生物の機能や健康、ならびに脳との相互作用に悪影響を及ぼす恐れがある。大量生産された肉類や海産食品に残留する少量の抗生物質についても、同じことが当てはまる。(p286)

旭川のあたりではまだ農業が活発だけれど、さらに北に列車かバスで2時間くらい行くと、少しずつ変化してくる。中川町のパンフレットを読んでいたら、それより南では畑作ができるものの、中川町あたりになってくると作物を育てにくく、牧畜が中心になってくると書かれていた。

わたしが滞在するところも、一応畑作なども活発ではあるものの、この境界線付近に位置しているためか、林業など他の事業が中心になっている場所で、畑の町ではなく森の町だった。森林セラピー、森林トレイル、森林浴。あまり理想化するわけではないけれど、森の町は比較的トラウマ治療には適していると思う。

そういえばわたしはなぜか高校生のとき、将来の進路に思い悩み、同級生が京大物理学科などを目指している中、一人だけ、漠然と京大森林学科に行きたいな―と思っていた。ダニエル・カーネマンが言っていたように、無意識のうちに「若い頃に自分で設定した目標が生涯にわたって影響をおよぼす」ものなのだ。(以前の記事で引用した)。

人の個性は3歳ごろまでに構成されるマイクロバイオータによって決まり、その構成は生涯にわたりほぼ変化しないので、人は自分が思っている以上に、子どものときから変わっていないし、何か新たな変化を遂げたような気がしても、もともと幼少期からあった傾向が芽吹いたにすぎないのだ。「三つ子の魂百までも」という言葉はなんと真実なのだろう。

旭川から電車で…じゃなかった、気動車で旭川から気動車で1時間半くらい北上すると、名寄市に着く。2ヶ月前に来たときは曇り空で蒸し暑かったけれど、今回は、晴れ渡った空と心地よい涼気だった。名寄駅を出て、空を見上げると、ふと「あっ、なんだか身体が少し軽い」と感じた。家を出発してからもう8時間も旅してきたというのに。

サックスの「意識の川をゆく」を読む

飛行機の中では、オリヴァー・サックスの死後に出版された、おそらく最後の本となろう意識の川をゆくを読んでいました。大好きなサックスの本だし、内容もそれほど多くないということもあって、行きの飛行機の中だけで読み終わってしまった。

興味深い内容はたくさんあったものの、これまでのサックスの興味関心を発展させた小粒なエッセイ集という感じで、目新しい話題はありませんでした。タイトルが「意識の川をゆく」だったので、人の意識とは何か、という点に対するサックスの見解がまとめられているのかと期待していたんですが、これはひとつのエッセイのタイトルにすぎませんでした。

ウィリアム・ジェームズ(情動の研究の先鞭をつけた実験心理学者)やアントニオ・ダマシオやジェラルド・エーデルマンといった意識の身体基盤を研究してきた人たちの見解をうまくまとめてはいたものの、サックスならではの独自性というのはあまり感じられず。今のわたしと興味の対象は似ているものの、さすがに晩年のサックスには時間が足りなかったんだな、と痛切に感じました。マイクロバイオームのような最近の研究には触れてないですしね。

サックスが個人的に尊敬していた、チャールズ・ダーウィン、ジークムント・フロイトについての伝記的な考察部分はなかなか興味深かった。とくにわたしはフロイトについては否定的にとらえがちな傾向があるので、フロイトの素顔を垣間見れた気がする貴重な資料でした。

解離の研究の見地からすると、フロイトの師のシャルコーがヒステリーは身体的基盤を持つ神経学的現象だと正しく指摘していたのに、フロイトがわけのわからない心理学的説明を持ち込んで研究を長きに渡って混乱させたように思える。確かにそれは事実なのだけど、フロイトにはそうせざるを得ない理由があった。

当時のシャルコーなどの神経科医は、人間の脳を機械的なものととらえすぎていて、フロイトはそうした流れに不満を持っていたという。

しかしフロイトはこの局在論に不安を憶えていた―つきつめて言えば、おおいに不満を感じていた。なぜなら、局在論はすべて機械論的なところがあって、脳と神経系を精巧だが愚かな機械のようなものとして扱い、基本要素と機能は一対一に対応していて、組織も進化も歴史もないものとしている、と感じるようになっていたからだ。(p86)

当時の理論に基づけば、ヒステリーのような病気は、脳の特定の部分が故障したせいで起こることになる。でも実際には人間の脳はもっと自由に柔軟に変化するものだとフロイトは考えて、精神分析という、形のないものを研究することになった。

1893年までに、彼はヒステリー症の器質的説明すべてと完全に決別した。

[以下フロイトの言葉の引用] ヒステリー性麻痺の病変は神経系とは完全に独立しているにちがいない。なぜなら、麻痺その他の兆候において、ヒステリー症は、身体構造が存在しないかのような、あるいはそれをまったく知らないかのような反応を示すからである。(p94)

フロイトが言うように、ヒステリー、つまり解離は、「身体構造が存在しないかのような、あるいはそれをまったく知らないかのような反応」を示します。たとえばわたしの場合をみても、全身に変幻自在の症状が起こる。足の筋肉があちこち収縮したり、前身がこわばったり、指が痙攣したり、内臓が痛んだり。しかし器質的病変を探る検査を受けても異常がない。だからこの点でフロイトは正しかった。

フロイトがこれらの症状の原因として着目したのは記憶でした。

記憶の特性はフロイトの心を最初から最後まで占領していた。彼は失語症を一種の忘却と考え、片頭痛の初期症状はたいてい正しい名前を忘れることだとメモしている。

彼は記憶の病理をヒステリー症の中心と見ており(「ヒステリー患者はおもに思い出したことがらに苦しめられる」)、さまざまなレベルの記憶の生理学的基盤を明らかにしようとした。(p98)

フロイトの着眼は非常にすばらしく、脳はたとえ文字通り損傷を負っていないとしても、記憶の再現(フラッシュバック)によって症状が起こることに気づいた。だから、彼は、談話療法によって、記憶を再固定化して変えてやれば、ヒステリーを治療できると考えるようになった。フロイトは現在、脳の可塑性として知られているものを、当時すでに発見しつつあった。

しかしここでフロイトは決定的な失敗をしてしまった。記憶には複数の種類があり、ヒステリーは言語的な記憶ではなく身体的な記憶である、ということを見逃していた。

フロイトは身体を機械とみなす当時の方向性に反発するあまり、心や精神といった形のないものを重視しすぎて、「我思う故に我あり」という間違った推論をしたデカルトと同じ過ちに至ってしまった。

心というものを生物学的な基盤から切り離された「精神」として、身体とは別に扱うようになってしまった。そして人間の精神を身体よりも上位に置いて重視するようになってしまった。

フロイトはもともと神経学者だったから、心にも生物学的基盤があることは見抜いていたけれど、それを後回しにしてしまったらしい。

これは(ある意味で)フロイトが神経学を見限って、というか精神状態の根拠としての神経学的・生理学的概念を見限って、精神状態を独自の観点から調べることに取りかかった、乗り換えの瞬間だった。

彼はのちに『科学的心理学草稿』(邦訳は『心理学草案』総田純次訳、『フロイト全集3』岩波書店ほか)のなかで、精神状態の神経基盤を解明しようと決定的な、高度に理論的な試みをすることなるのだが、あらゆる心理学的な疾患と理論には、突き詰めれば生物学的「基礎」があるはずだという考えをけっしてあきらめなかった。

しかし実際的な目的で、そのことはしばらく脇に置いておけるし、そうすべきだと感じたのである。(p94)

このフロイトの考え方はしごくもっともだと思うけれど、フロイト以外の後進の人たちが彼の意図を理解していないことが問題だった。フロイトは、心理学や精神分析を、のちのち生物学的に裏付けていくまでの一時的な概念として構築したにすぎないのに、のちの世の学者たちは、いつまでもそこから抜け出そうとしなくなってしまった。

フロイト自身の考え方は、一生を通してどんどん変化していったので、もしフロイトがあと数十年生きていたら、考え方をすっかり変えてしまっていた可能性もある。

というより、もしフロイトが現代に生きていたら、生物学的証拠に基づいて精神分析の理論を進んでアップデートしていたに違いない。少なくとも、今の硬直した精神医学には関わり合いを持とうとしなかったに違いない。

今のDSMで機械的に診断される精神医学はオリヴァー・サックスが嫌っていたと同じように、彼が尊敬するフロイトもまたもっとも嫌うものだろうから。

1920年代から30年代にかけて、精神病院と州立病院に入院した患者のカルテを見れば、非常に詳細な臨床的および現象学的な観察結果が、たいていは小説に近いくらい充実した濃密な物語に埋め込まれている(20世紀初頭のエミール・クレペリンらによる「古典的」記述が好例である)。

この豊かさと詳しさと現象学的な寛容さは、厳格な診断基準とマニュアル(『精神疾患の診断・統計マニュアル(DSM)』)の制定とともに消え、代わりに見られるのは、患者やその世界の実像をいっさい示さず、患者とその病気を「メジャー」と「マイナー」の診断基準のリストに単純化した、わずかな記録だ。

今日、病因の精神科のカルテは、昔のカルテに見られる情報の深さも濃さもほぼ完全に欠いており、神経科学を必要な精神医学的知識と統合するためには、ほとんど助けにならない。(p219)

わたしの場合、どうしてもフロイトに対して否定的になってしまうのは、彼の権威ある研究が、のちにトラウマ当事者に多大な害をもたらした、ということだけでなく、たぶん同族嫌悪的なところがあるんだと思います。

偉人と比較するのはおこがましいけれど、彼がもともと敏感な性質であったことや、もっともらしいストーリーを紡ぎ出すのがうまかったこと、そしてのちにその感受性の強さがために感覚が麻痺し、解離的になってしまったことは、わたしとよく似ています。またチャールズ・ダーウィンともよく似ています。フロイトもダーウィンも解離を起こして失感情症状態になっていたことはオリヴァー・サックスが指摘していました。

そしてフロイトやダーウィンは、ともに当時の一般通念に対して反旗を翻し、逆の概念を強力に推し進めたこともよく似ています。そして、二人とも逆の極端に走り過ぎてしまい、世の中を分裂させたことも非常によく似ている。フロイトは精神医学の祖になり、ダーウィンは進化と無神論の祖になった。でも、実際のところはこの二人はそこまで極端な考え方をしていなかった。もっと柔軟な人たちだったのに、彼らの権威についてきた人たちが極端な思想に走ってしまった。

フロイトの権威を利用した精神医学は、トラウマ当事者たちに対し、長きに渡りひどい扱いを繰り返してきたし、ダーウィンの進化論はナチス的な優生学思想に利用されてしまった。

確かにダーウィンの人間の由来(下)を読むと、彼がかなり優生学的な思想を抱いていたことがわかる。でもダーウィンの場合もフロイトと同様、もし現代に生きていれば、喜んで自分の考え方をアップデートしたに違いないとわたしは思う。

(哲学者アントニー・フルーは徹底的な無神論の旗手として知られていたが、晩年、科学的証拠を考慮して有神論に路線変更したという。ダーウィンが彼と同じ結論に至るかはわからないが、証拠があればいつでも考えを大きく変える用意のできた人だったのは確かだ)。

彼はいつも証拠に基づいて中立的に思考する人であり、当時の少ない手持ちの証拠からすれば、優生学的な答えが正しいと感じられただけだった。ダーウィンはいつでも柔軟に考えを変える人だったが、彼の信奉者たちはそうではなかったのだ。

ダーウィンはガラパゴス諸島からもどって以来ずっと悩まされていた謎の病気のせいで、40年ものあいだ病弱だった。一日中、嘔吐したり、ソファで寝て過ごしたりすることもあり、年を取るにつれ、心臓にも問題を抱えることになった。

しかし彼の知的エネルギーと創造力が衰えることはなかった。『種の起源』以降、合わせて10冊の本を書き、そのほとんどに大きな改定も加えた。何十本という論文や数えきれないほどの手紙は言うまでもない。彼は一生涯、さまざまな関心事を追いかけ続けた。(p28)

わたしはダーウィンにもフロイトにも親近感を感じるので、自分自身も彼らと同じようにずっと、さまざまな関心事を追い続けたいと思っています。同時に、既存の学問に不満を抱くあまり、逆の極端に走るという間違いを犯さないよう気をつけたいとも感じます。オリヴァー・サックスが明らかにしてくれたフロイトとダーウィンの素顔を読んで、いっそうそう思うようになりました。サックスが書いてくれている次の思考の仕方はぜひ押さえておきたいものです。

フロイトならこの疑問への答えとして、ことさら「抵抗」を押し出すことだろう。新しい考えはとても脅迫的あるいは不快であり、そのため小心にきちんと入り込むことができないのだ、と。

これが真実である場合が多いことはまちがいないが、すべてを精神力動(訳注:もっぱら性的欲動や攻撃欲動から人の心を解釈する手法のこと)と動機づけに単純化してしまうので、精神医学においてさえ十分な答えではない。

一瞬だけ何かを理解する、何かを「つかむ」だけでは足りない。心がそれを収容し、とどめておくことができなくてはならない。

最初の障壁は、新しい考えに遭遇したら、心にスペースというか、入る可能性のあるカテゴリーをつくれるかどうかであり、それからその考えをしっかりした意識にもち込み、概念の形を与えて、たとえそれが既存の概念、信念、カテゴリーと矛盾しても、心のなかに保つことである。

この収容のプロセス、心にスペースをつくるプロセスは、考えや発見が根づいて結実するか、それとも忘れられ、衰え、跡形もなく消えてしまうか、そこを分けるうえできわめて重要である。(p207)

時間感覚の障害

このサックスの本は、ほかにも興味深い話題がたくさんあり、特にドーパミンと時間感覚についての過去の考察のアップデートバージョンがとても参考になりました。

ドーパミンの感受性が増加した状態(たとえばトゥレット症候群)では、信じがたいほどのスピードと反応速度が生まれるのに対し、ドーパミンの感受性が低下した状態(たとえばパーキンソン病)では、凍りついたかのように動作や思考がにぶくなる。しかも、本人たちは自分の時間感覚が周囲とずれていることに気がついていない。

これは言うまでもなく、ADHDやトラウマ患者でもそのまま起こっていることで、周囲との時間感覚のずれの加速と減速は、ADHDでは多動型と不注意優勢型、トラウマではPTSDと解離に相当します。

とくにサックスが観察したドーパミンが枯渇した人たち(パーキンソン病や嗜眠性脳炎のパーキンソン症候群の事例)は、解離で時間感覚が変容し、凍りつき状態のままあっという間に時間が過ぎてしまうこととよく似ています。

その停止がとくにひどかったのが、ヘスター・Yだった。いちど私は病室に呼ばれた。ヘスターが浴槽に湯を入れ始めたのだが、浴室が水浸しになっているのだ。彼女は洪水のまっただなかで、ピクリとも動かずに立ちつくしていた。

私が彼女に触れると、彼女は跳び上がって言った。「どうしたんです?」

「それはこちらのセリフですよ」と私は応じた。

彼女が言うには、自分で浴槽に湯を張り始めて、三センチたまって……そこで私に触れられていきなり、浴槽から湯があふれて洪水を起こしたにちがいないと気づいた。浴槽に湯が三センチしかないことを知覚した瞬間に彼女は固まり、動けなくなったのだ。(p170-171)

(※このエピソードはレナードの朝のp222にも記録されている)

トラウマの解離の凍りつきでも、これと似たようなことはよく起こると思います。

興味深いことにサックスは、スピードが過剰な状態は「サル」に見えるのに対し、スピードが低下している状態は「爬虫類」に思えるという、ウィリアム・ジェイムズの言葉を引用しています。(p59)

これは非常に的を射た観察で、ヴァン・デア・コークが身体はトラウマを記録するの中で書いている次の説明と一致しています。

スタンとユートの脳スキャン画像で見たとおり、トラウマは闘争/逃走としてだけではなく、機能停止や現在への関与の停止としても表れる。それぞれの反応には、脳活動の異なる次元がかかわっている。

哺乳類の闘争/逃走系は私たちを保護し、私たちが機能停止に陥るのを防ぐ。爬虫類脳は虚脱反応を引き起こす。

これら二つの系の違いは、大きなペット店で目にすることができる。子猫や子犬、マウス、スナネズミは、絶えず遊び回っており、疲れるとぴったり身を寄せ合い、一塊になる。

それとは対照的に、ヘビやトカゲはケージの隅にじっと身を横たえ、環境に反応しない。爬虫類脳が引き起こす、この種の金縛り状態は、慢性的なトラウマを抱えた人の多くによく見られる。

哺乳類脳がパニックと憤激を引き起こし、トラウマを負ってからそれほど時を経ていない人々を心底おびえさせ、また他人をおびえさせる存在にしてしまうのとは対照的だ。(p137)

ウィリアム・ジェイムズが目ざとく観察していたように、スピードが上昇した過活動状態は哺乳類脳(交感神経系)によって引き起こされ、スピード低下の凍りつき状態は爬虫類脳(背側迷走神経系)によって引き起こされます。トラウマ障害の場合、前者はPTSDで、後者は解離です。

この二つの対照的状態の違いは、意識レベルの違いとしても現れます。交感神経系による過活動状態では、あらゆることに敏感になり「意識しすぎる」状態になります。他方、背側迷走神経の凍りつき状態では、「じっと身を横たえ、環境に反応しない」トカゲのように、意識がぼんやりとした解離状態になります。つまり、時間感覚の異常は、意識の異常でもある、ということになります。

意識の川をゆくでサックスはウィリアム・ジェイムズの「意識はほんとうに不連続なのか……〔それとも〕回転のぞき絵(ゾエトロープ)に似た錯覚によって、連続しているように見えるだけなのだろうか?」という言葉を引用して、時間感覚の変化とは、すなわち意識の生成速度の変化だと指摘しています。(p164)

バド・クレイグやアントニオ・ダマシオのような神経学者たちは、身体の内臓などから発せられる内受容情報が、脳の島皮質で処理されて、瞬間瞬間のスナップショットのような中核意識が生み出され、それが一続きにまとめられて、映画のような拡張意識が生まれる、と述べていました。

わたしたちの意識とは身体から生成されたパラパラ漫画のようなもので、本当はコマ割りの一枚絵からなっているけれども、連続しているせいでアニメーションに見えるのだと。

私はすでに死んでいるにはこう書かれていました。

これを説明してくれているのが、バド・クレイグの仮説モデルだ。

前部島皮質は、内受容と外受容の感覚、それに身体の活動状況を統合して、一秒に八回の割合で「包括的情動瞬間」をつくりだしている。ひとつひとつの瞬間は独立しているが、それがつながると連続性のある自己意識になるとクレイグは考える。

たとえるなら映画だ。スクリーンに映写されるのは毎秒24コマのフィルムなのに、私たちの目にはなめらかな動きに見える。

前部島皮質の過活動で情動の瞬間が生成される速度が上がると、時間の主観的な感覚も伸びていくことが考えられる。高速度カメラで毎秒数百~数万コマで撮影した映像がスローモーションに見えるのと似ている。

さらにクレイグは、前部島皮質には包括的情動瞬間のバッファ機能があるのではないかと考える。すぎたばかりの数個の瞬間、いまの瞬間、これから訪れる数個の瞬間を保持できるのだ。(p291)

この概念からすれば、時間感覚の変化とは、内臓からの内受容情報を処理する島皮質の機能の過活動および低下で説明できます。(実際には大脳基底核や小脳、そしてもちろんドーパミンなども関わっているらしい)

PTSDや、多動なADHDや、感受性の強いHSPの人たちの場合は、島皮質が活性化しているので、瞬間瞬間から生成される情動をより多く感じることができる。これによって時間感覚が濃密になり、意識が鮮明になる。要するにこれらの人たちはみな「意識しすぎる脳」を持っている。

逆に、解離の当事者や、不注意なADHD、そしておそらくは多くのアスペルガー症候群の人たちは、ぼーっとして時間が飛ぶのを頻繁に体験し、意識する力が弱い。これは島皮質の活動が低下して、包括的情動瞬間の生成が減り、意識の映画フィルムが飛び飛びになっている状態だといえる。極端な場合はヘスター・Yのように意識がしばらく抜け落ちる完全な凍りつきになる。

たいていのトラウマ当事者、HSP、ADHDの人たちは、どちらか寄りではあるけれど、ずっとどちらか片方ということはないはず。あるときは「意識しすぎる脳」で、あるときは「意識が飛ぶ脳」という不安定さを抱えていることが多い。

これがいわゆる、SEなどのトラウマ治療でいうところの耐性領域の狭さであり、ノーマルな普通の状態にとどまることができず、ちょっとしたことで島皮質が過活動になって思考が加速しすぎたり、逆に島皮質が活動低下して意識が飛んだりする。

サックスは、こうした両極端に至るアンバランスさを抱える障害(ドーパミンが多いでも少ないでもなく、また島皮質が過活動でも活動低下でもなく、それをうまく調節する機構のほうに問題を抱えている人たち)は昔からよく知られていて、「ダブルフォルムの障害」と呼ばれていたと述べている。

19世紀のフランスの用語を使えば、どれも「ダブルフォルムの」障害―一方の面や一方の状態から他方へと、即座に切り替わることがある二面性の障害―である。

そのような障害では、中間の状態や分断されていない状態、あるいは「正常性」が生じる可能性はとても低い。

だから想像してほしいのだが、この病気をたとえると、一種のダンベルや砂時計の形になるのであって、大きな両極端を結ぶわずかな細い首、というか峡部が中立状態なのだ。

…運動、テンポ、情緒、食欲、意識レベルなどを制御する皮質下部の調節系の病変は、制御力と安定性を弱めるので、患者は正常な回復力の広い基盤のとなる中間領域を失い、ほとんどなすすべもなく、あやつり人形のように一方の極端から他方へと押しやられるおそれがある。(p60-61)

ADHDのような発達障害であれ、トラウマ障害であれ、問題なのは「あやつり人形のように一方の極端から他方へと押しやられる」こと。こうした両極端を揺れ動く不安定なジェットコースター現象に悩まされるからこそ、トラウマ治療では、「耐性領域を拡大すること」、つまり、いかにして安定した状態に長くとどまれるようにするか、に焦点を当てているわけです。

わたしがSEでやってきたように、自己調節のスキルを訓練して、少しでもダブルフォルム状態を緩和し、中心部にとどまれるようにしていくのが目的。

解離というのは、トラウマをヨーガで克服するにも書かれているように時間感覚やリズムのズレ、脱同調状態です。周囲の人や環境の時間と切り離され、いつのまにか凍りついた別の時間軸を生きている。

複雑性トラウマを持つ人たちにとっての困難は、主として協調性の欠如と断絶にある。協調性とは、同調すること、足並みをそろえること、リズムに乗ることである。

同調しているものは、努力しなくても、共に動き、共に流れる。サバイバーには、「他の人たちと歩調が合わない」とか「自分自身とかみ合わない感じがする」と言う人が多い。

トラウマ・センシティブ・ヨーガのクラスでわれわれが携わっている多くのクライアントには、この協調性の欠如があるので、われわれは〈リズム〉というものに取り組んでいる。

〈解離〉には、自分の体や周囲の世界との断絶感がある。ある生徒は解離を、「煙でいぶしたガラスで隔てられて生きているような感じ」と表現した。…彼女は世界と切り離されていたのだ。

ジュディス・ハーマンが説明しているように、「トラウマは孤立している」のである。彼らの人生は、しばしばベールの向こう側―人間関係を特徴づけるリズミカルな舞踏や交流からトラウマ・サバイバーを切り離してしまうベールの向こう側で、送られる。(p82-83)

トラウマを抱えた人は周囲の普通の時間から切り離され、脱同調し、時間感覚が加速しすぎたり低下しすぎたりする両極端を揺れ動いている。

だから、自己調節の技術を身につけて耐性領域にとどまること、普通の時間軸から逸脱しにくくすることには効果があるに違いない。

これを続けていけば、自分でも気づいていないような周囲との時間感覚のズレが正常化されて、他人と足並みを合わせられるようになる、つまり他人と同じ時間を生きられるようになるはずだということです。

前々からトラウマ障害の時間感覚は一部の記事にまとめていたけれど、改めてこれはなかなか魅力的なトピックですね。

そうこう考えているうちに飛行機が着陸態勢にはいって、北海道の大地が見えてきました。そういえば修学旅行のときに、はじめて飛行機から北海道の大地を見たときには感動したな…。あんなに広い風景を見たのは初めてでしたから。今回は三回目なので、そのときほどの驚きはありませんでしたが、またここまでこれたことの喜びを感じていました。

メイヤーの「腸と脳」を読む

旭川空港からは、バスで旭川駅に。前回と違って晴れた空がすがすがしい。さすがに一度来た道のりなので、迷うことはありません。

道北の電車やバスは、連絡があまりよくなくて、1時間か2時間に一本しかないというのはザラなので、待ち時間が豊富にあります。海外や田舎に引っ越した人からは、この待ち時間に慣れるのが大変だよとよく言われてきたんですが、わたしは前回といい、今回といいまったくそこに苦痛がなかった。むしろゆったりしてていいなーと思っているくらいです。(乗り過ごしたり逆方向に乗ったりしたらおしまいなのでそこはうっかりミスが怖いですが)

前回の旅行のときは、とある何もない場所で雨の中バスを2,3時間待たなければいけませんでしたが、近くを散歩したりしながら、とても楽しい思い出になりました。

そもそもわたしは幼少期から持続的空想で生きてきた人なので、何もない時間をやり過ごすというのは大得意です。他の人が暇で退屈だと感じるようにな時間を作家エリナー・ファージョンがやっていたように魔法の時間に変えられる。わたしからしたら、こういう待ち時間だらけの生活のほうが、じっくり考える時間を取れて性分に合っているとさえ思える。

自分の頭の中に世界を持っていない人、外部の動力源に頼らなければいけないような人は、刺激の多い都市でなければ退屈してしまうんでしょうが、わたしみたいな内的動力源が豊富すぎる人にとっては、都会の刺激過多はうっとうしいだけで、好きなだけ自分の世界と向き合える田舎のほうが向いているのだとわかりました。

実際、都会にいても一時期ゲーム音楽コンサートめぐりをしていたくらいで、ほとんどイベントとか観光地に行かないままでしたし…。ゲーム音楽コンサートめぐりはもっと続けたかったけれど、サックスが書いていたフロイトやダーウィンの失感情症と同じで、音楽に対する感受性の麻痺が起こっているみたいで、心が思うほど揺さぶられないんですよね…。完全に麻痺しきっている感じではないので、うまく感受性を取り戻せたら、また聞きに行きたいな。

空港からバスで30分かけて旭川駅に向かい、そこで一時間くらい待ってから、名寄・稚内方面への気動車に乗ります。ワンマン一両編成の列車なので、それなりに満員になって混み合います。本来なら、気動車の車窓からゆっくり風景でも眺めてぼんやりしていたいのですが、そんなことができる座席ではなかったので、仕方なく持ってきた本の二冊目、エムラン・メイヤーの腸と脳を読むことに。

腸と脳の会話、つまりソマティック・マーカーやフェルトセンスに関係することを扱っている本だという触れ込みだったので楽しみにはしていたんですが、読んでみてびっくり。わたしがずっと探し求めていた、トラウマとマイクロバイオームをつなぐミッシングリンク的研究の本じゃないですか!

夢中になって読み進めてしまい、旅行の往路だけで、持っていていた本を二冊とも消費してしまいました。まあ帰りの復路は都会方面に向かうためか、どんどん体調が悪くなっていって、行きのように本を読みまくったりはできなかったから結果オーライだったんですけどね。

本の内容はもうすでにどこかにまとめてしまったので、わざわざここに詳しく書こうとは思いませんが、おもに以前から考えていたことの答え合わせ、という意味でとても役立ちました。

トラウマや愛着障害とは実はマイクロバイオームの問題かもしれない、というアイデアは、最初思いついたときには突拍子もなく思えたし、いつも偏見なく聞いてくれる主治医に話してみても判断つきかねるような顔をされていたんですが、今では仮説ではなく事実だと思っています。この概念でつなぐことによって、すべてがすっきりつながるので。

こういう概念の大転換(パラダイムシフト)があるときは、今までの常識そのものから変化させないといけないので、非常に受けいれにくいものですが、よくよく振り返ってみると、これまで「常識」とされていたもののほうがおかしかったんですよね。

なぜか精神疾患と身体疾患にばっさり二分されていて、「メンタルヘルスの問題」とかいうオカルト概念がまかり通っている医療界。だれもが「メンタルヘルスの病気」の存在を疑わずに受けいれていますが、医学以外の神経科学や生物学では、だれも身体を別にした心など信じていないでしょう。

有名なところではスティーブン・ホーキングは 「脳はコンピューターのようなもの。部品が壊れれば動作しなくなる。壊れたコンピューターには天国も来世もない。天国は、暗闇を恐れる人間のための架空の世界だよ」と語ったとか。脳をコンピュータに例えるのはもう時代遅れだと思いますが、言わんとしていることはよくわかる。この世界は有機物から構成されている以上、有機体を別にした心や思念が残るとは考えられない。アニメなどフィクションの世界を別にして、心の力で肉体を超越できたなどという話は一切ない。

医学の世界は、身体を別にした心という不可解な何かをフロイトの時代以降扱い続けていて、科学の隠れ蓑をかぶったオカルトを信奉し続けていたということになる。

また、人間という存在を、環境から切り離して特別視する不可解な見方も、ずっと「常識」として幅を利かせている。ダーウィンが明らかにしたように、あらゆる自然界の生き物は共生関係をもって発達してきたはずなのに、なぜか人間は環境要素の影響をそれほど受けないものとして、生態系から切り離しても問題ないものとして扱われている。

たとえばアマゾンの熱帯雨林で育ってきた植物を日本の都会の植木鉢で育てたら枯れることくらい、だれでもわかりそうなものだし、海の生き物を水族館で飼育するとすぐ死ぬこともみんな知っている。それなのに、人間だけは、生態系とまったく切り離された都市にいても、また自然界ではありえないような食品を食べつづけても、さほど問題ないかのように思われている。

ひとつに統合されたまとまったシステムから、特定の部品だけ切り離せば、うまくいかなくなるのは誰でも知っている。統合されて機能する人間の身体から内臓を取り除いたら機能しなくなる。生態系から動物を切り離して動物園に連れてきたら自己免疫疾患になったり繁殖できなかったりする。自然の景観から森林や草地をなくすと災害にもろくなる。すばらしく協調して動くよう設計された、統合されたシステムから一部だけを切り離すと持続不可能になる。

一部だけ切り離されてしまうと、うまくまわらなくなる。これは「解離」という概念の根底にあるものだと思う。トラウマのショックによって自己の一部が切り離されると、切り離された部分は死んだようになってしまう。生態系から切り離された動物も死んでしまう。なら、生態系とから切り離されたヒトという種族はどうなるのか? 

わたしたちが抱える問題というのは、統合されたシステムから解離されている、という同じような現象がフラクタル的に起こっているということで説明できるのではないか? 個人レベルでは身体的な五感の解離によって、文明レベルでは地球環境や生態系からの解離によって。そしてミクロのレベルでは、抗生物質や農薬の普及以来起こっている微生物の生態系からの解離によって。

いずれも絶妙なバランスのもとで協働する統合されたシステムから解離されることによっておかしくなってしまう。解決策はひとつしかない。自分が何から切り離され、解離してしまっているかに気づいて、もともとひとつだったものを統合しなおすことだ。

そのような視点を持っていたので、エムラン・メイヤーの腸と脳の科学的根拠のある解説はすべてしっくりきました。

現代の医学は、フロイトが懸念していた方向に突き進んでしまい、人間という存在を局在的なもの、機械的なものとして扱うようになってしまった。また、人間について語るとき、周囲の生態系が考慮されることはなくなってしまった。でも、本来はわたしたちの身体は環境から独立して存在しているものではなく、環境すべてがセットでひとつです。

この本を読んでいて特に印象に残ったのは次の文章でした。

数年前、ターニャ・ヤツネンコとマリア・グロリア・ドミンゲス=ベロ、およびワシントン大学のジェフリー・ゴードンが率いる研究チームは、ヤマノミ族と同じアマゾン川流域に住む民族グアイーボ族、南アフリカの国マラウイの農耕民族、そしてアメリカの都市住民の腸内微生物の構成を調査した。

…その結果、南米の原住民とマラウイの農耕民のマイクロバイオータは似た微生物構成だったが、アメリカの都市住民は、この二つの民族とは著しく異なる構成であることがわかった。

…しかし、三つのグループの相違は、特定の微生物種の多寡に限られるわけではない。気になるのは、彼らの発見によれば、典型的なアメリカの食生活が身についている人は、先史時代の生活様式を保持する人々に比べて、腸内微生物の多様性が最大で三分の一ほど失われていることだ。

それに関連するさらなる気がかりな事実がある。私たちの体内の生態系のこの劇的な変化は、ヤマノミ族が住むアマゾン川流域の熱帯雨林を中心に、地球の生物多様性が1970年以来30パーセントほど失われてきたという概算とほぼ同じ数値を示しているのだ。

世界中で指摘されている生物多様性の低下は、熱帯雨林の植物や動物にのみ当てはまるのではない。(p209-210)

どうやら、人類は外部の生態系を破壊してきたことによって、内部の生態系をもまったく同じ割合で損なってきたようです。わたしたちが外部の環境に対して無頓着であることは、自分の身体に対して無頓着であることとまったく同じなのです。比喩でも誇張でもなく、わたしたちの身体の内部環境は外部の地球環境すべてと完全に地続きになっています。冷静に考えてみればわかるのに、なぜかわたしたちはそれを失念している。

逆に言えば、わたしたちの内部の体調不良を正そうとする場合、心の働きや、脳の可塑性や、薬の効果だけに頼っていてはまったく不十分だということになります。わたしたちは個人として独立して存在している外界から切り離された生物ではない。外部と地続きになっているのだから、内部を変えるには外部も変えねばならない。自分で書いてても当たり前すぎて首をかしげるようなことなのに、なぜか医療ではこれがほとんど無視されています。

従来、医療システム(よりふさわしいいい方は疾病治療システムであろう)は、慢性疾患の症状の治療にほぼ焦点を絞り、高価なスクリーニング検査や同様に高くつく長期にわたる投薬を最大限行なってきた。

また、連邦政府から資金を受けた生物医学研究は、もっぱら疾病のメカニズムの解明を重視し、最適な健康の維持に寄与する生物学的、環境的要因の特定に焦点が置かれることはまずない。(p268)

だから、わたしたちが当たり前と思って受けいれてきた医療の常識は、根底から疑ってしかるべきです。これは医療がすべて間違っているという医療否定の立場をとる、ということでは決してなくて、根本の部分で環境要因や生態系とのつながりを軽視するというバイアスがかかっていることを考慮する、ということです。

(このあたりは最近家族に勧められたGO WILD 野生の体を取り戻せ! 科学が教えるトレイルラン、低炭水化物食、マインドフルネスでも書かれていた。言いたいことは似ているように思うのだが、あまりわたし好みではない自己啓発的な内容で、ある意味反面教師になるような本だった。

何が違うのだろう?と思ったが、わたしはたぶん自然と結びついた芸術的感性をもつレイチェル・カーソンのような人になりたいのであって、石器時代人のようにワイルドで動物的な人になりたいわけではないのだと思う。

興味深いことに、腸と脳によると、島皮質を基盤とするSEのセラピーなどで活性化される「気づき」の領域はほぼ人間特有のものであり、言うまでもなく動物は自己に気づけない。フェルトセンスを知覚するには、動物的な中核意識と人間的な拡張意識の両方が不可欠なので、気づきの訓練は動物的感性を呼び覚ますというより、人間特有の創造性を呼び覚ますのではないかと思う。これは感受性の強いHSPの人が決して動物的ではなく、より深く感じる人はより深く考えるようになり、より人間的な創造性を増していくのと同様。(p187)

また、この本はよくあるパレオダイエットの考え方に近い本だが、マイクロバイオームの研究では民族ごとに異なる腸内微生物が確認されているため、たいていパレオの路線を含め、特定の食事療法の普遍的な有効性は否定されている。身体に悪い食品が存在するのは事実だが、多様なマイクロバイオームを考慮に入れたもっと複雑なとらえ方が必要なはず。

要するにどうも着眼点はいいものの結論が短絡的で浅いがために、自己啓発的だと感じられたのだろう。自分もそうならないように気をつける必要がある。

というかわたしはそもそも健康の専門家になりたいわけではなく、学問をやりたいわけでもなくて、ただ単に死にかけているから活路を探しているだけで、本音は自然を楽しみながら絵や小説をかいていたい人なので、早く自分の居場所を見つけてこういう健康をめぐる不毛な論争に片足を突っ込んでいる現状から抜け出したいな、と思ってしまった。健康に関する本を読むのは手段であって目的ではないから、早く卒業したい)

バイアスによって解釈が歪まないために

医学的な研究のほとんどは証明された事実ですが、バイアスは事実の解釈を歪めるので、実験結果のデータは正しくとも、そこから導き出している結論が間違っていることがよくあります。

一例として、天動説の時代の人々は、占星術の影響から極めて正確に星を観測していましたが、天動説が正しいというバイアスが根底にあったので、データの解釈がゆがんでしまっていました。

考古学者が地面から掘り出した証拠を誤ったストーリーに当てはめてしまうように、また進化生物学者が化石を誤った進化のストーリーに当てはめてしまうように、先入観としてのバイアスがあると、中立的な証拠を自説を裏付ける仕方で解釈してしまう。

(一例として、ガリレオが太陽の黒点を観察するより前に、イエズス会の祭司クリストフ・シャイナーがそれを発見していたが、シャイナーは太陽は完全で不変のものだという当時の説を支持するあまり、それは黒点ではなく小惑星だと解釈していた。

神は数学者か?―ー数学の不可思議な歴史には、「完璧な宇宙像を求めるアリストテレス学派の偏見が、彼の判断を歪めてしまった。…天界が不変であるという思い込みによって、想像力を奪われ、黒点が見分けもつかないほど変化する可能性を排除してしまったのである。その結果、黒点は太陽の周囲を回る星でなければならないと結論付けた」と書かれている。対するガリレオは幾何学の幅広い知識を駆使して、それが小惑星ではありえないことを証明した。p112)

こうしたバイアスは、わたしたちが人間である以上、どうやっても絶対に避けられません。ちょうどサックスが意識の川をゆくで書いていたように、わたしたちの意識は身体から作られている時点で、何かしらの情動がぜったいに生まれるので、真に理性的で中立的な観察者になることは決してできない。

意識はつねに能動的で選択的であり、自分だけの感情と意味に満ちあふれ、自分の選択を告げていて、自分の知覚を浸透させている。したがって、私が見ているのはただの七番街ではなく、私自身の自我とアイデンティティをまとった私の七番街なのだ。

…自分が受け身の公平な観察者になれると想像するなら、それは思いちがいである。あらゆる知覚、あらゆる光景は私たちによってつくられるのであり、それを意図しているかいなか、知っているかいないかは関係ない。(p183)

わたしたちが見るもの聴くもの考えるものは、必ず自分の信念をまとった自分だけの色味を帯びるので、何事も公平かつ中立的に評価することはできない。だから、どうしてもバイアスが入り込んでしまい、証拠を都合よく解釈してしまうことは避けられない。

このバイアスを乗り越える方法はただ一つしかない。ダーウィンがダーウィン自伝で述べていたように、自分の見解に反する事実を見つけたら、それをスルーしないでちゃんと向き合うこと。

私はまた、多年にわたって、つぎの法則を遵守してきた。それは、公表された事実であれ、新しい観察や考えであれ、なんでも私の一般的な結論に反するものに気がついたときには、それを漏れなく、すぐに覚え書きにしておくということである。

というのは、このような事実や考えは、都合のよい事実や考えよりもずっと記憶から逃げてしまいやすいということを、私は経験で知っていたからである。

この習慣のおかげで、私がすでに気づいてそれに答えようとしたのでない異論が私の見解に向けて提起されるということは、ほとんど起こらなかった。(p154)

ひとつの狭い分野だけにとどまって、いびつな思考を繰り返すのではなく、あらゆる分野に目を向けること。権威者が勝手に作り出したテリトリーにすぎない、解離され切り離された学問領域に傾倒するのではなく、人間そして地球を統合された一体のものとしてとらえる横断的な視点をもつこと。

微に入り細をうがつ専門家ではなく、広い見識をもった博物学者であること。それが、意識の川をゆくの序文で書かれているように、わたしが敬愛するオリヴァー・サックスの特徴だったんですから。

その最終話で、六人の科学者―物理学者フリーマン・ダイソン、生物学者ルバート・シェルドレイク、古生物学者スティーヴン・ジェイ・グールド、科学史学者スティーヴン・トゥルーミン、哲学者ダニエル・デネット、そして医師のサックス―が一堂に会し、科学者が研究している最も重要な疑問、すなわち生命の起源、進化の意味、意識の本質について議論した。

その活発な議論のなかで、ひとつ明確なことがあった。サックスはあらゆる分野に柔軟に対応できたのだ。彼の科学に対する理解は神経科学や医学に限らず、あらゆる科学の論点、アイデア、そして疑問への興味は尽きることがなかった。その幅広い専門知識と熱意が本書全体の特徴であり、人間の体験だけでなく(植物も含めた)あらゆる生きものの本質が探究されている。(p10)

このような幅広い視野を持っていれば、たとえどこかでバイアスによって間違った解釈をしてしまっていたとしても、視野を広げるうちに、自分が間違っていたことに思い当たる機会が訪れる。わたしは何度もそうした経験を繰り返してきたので、どんどん考えはアップデートされています。

最近もひとつアップデートしなければならないポイントが見つかったので、次回あたり書ければいいかな。この体験記でもけっこう書いてきた解離と島皮質の関係についてのことなんですが、前々からピースがはまらないおかしなところがあって、どうも自分の理解が間違っていたことがわかってきました。いまだにうまく整理できていないので、改めてしっかり考えたい。

プラセボなのかそうでないのか

エムラン・メイヤーの腸と脳は、行きの汽車の中でだいたい読み終えて、ようやく名寄市に到着。汽車から降りると澄んだ大空が広がっていました。

名寄市はそれなりに都会なので、すっかり気持ちいいとまではいきませんが、さっきも書いたように、不思議と身体が軽くて元気なのに気づきました。前回来たときは市内では体調は悪いままだったんですが、今回はそのときより幾分ましな感じ。

家を出発するときは死にかけていたのに、自然の多い場所に行くにつれて体力が回復して元気になってきたのは、前回と同じ。名寄市からさらにバスに乗って目的地へと向かい、だいたい18時前くらいに現地に到着しました。家を出たのが朝の9時だったので9時間の旅。

目的地に着いてバスを降りて山々に囲まれた景色を見回すと、ふと夢を見ているような心地になりました。また再びここに帰ってこれたのが信じられない、まるで夢みたいだ、と感じました。

もう日も暮れかけていましたが、わたしは元気でした。宿泊場所に重い荷物を下ろすと、その日は自転車で近隣を走り回り、公園に行って遊びました。9時間も旅行してきたのに! しかも今回だけでなく、前回の旅行のときも同じだったので、偶然ではない。

これはプラセボ効果なのでしょうか? 目新しいところ、好きなところにきて気分が高揚しているだけなのでしょうか?

10年以上もの闘病生活の中で、あれだけ漢方薬や鍼灸治療や食事療法や薬物療法を試していながら、プラセボ効果などほぼ皆無だったわたしが、ここではプラセボで元気になるなどありうるのか?

前に書いたように、わたしは超強力なベンゾジアゼピン系睡眠薬や統合失調症用の抗精神病薬を飲んでも眠くならず何も感じない体質でした。あとで知ったことが、そうした体質はトラウマ患者には多い。

今回読んだの腸と脳には、それは幼少期の脳のプログラミングに由来すると書かれていました。要するに、わたしみたいな小児期トラウマ当事者にはよくあることなのです。

悪影響を受けたマウスの脳を研究することで、脳内に構造や分子の劇的な変化が生じている事実が明らかになったのだ。母親の行動の相違によって脳全体にわたる神経回路の構成や結合が異なった様相で発達し、またそれに関与するいくつかの神経伝達物質システムも変化していた。

十分な養育を受けなかった個体は、ストレス分子CRFの分泌量が多く、神経伝達物質ガンマアミノ酪酸(GABA)とそのレセプターを含めたシグナル神経回路など、ストレス反応をコントロールするシステムの効率が低下していた。

このような変化のためにバリウム(ジアゼパムの商標名)のような強力な抗不安薬でさえ、ほとんど効かなくなる。(p120)

わたしの場合、特にGABA受容体に作用して眠気をもよおすベンゾジアゼピン系睡眠薬がまったく効かなかったので、この種の変化が起きていることは確実でしょう。ベンゾジアゼピン系はいろいろとまずい依存作用が報告されているので、うんともすんとも効かなかったのは不幸中の幸いだったといえるのかも。

逆に、わたしの知り合いの慢性疲労症候群の人たちは、ハルシオンやマイスリー(非ベンゾだがGABAに作用)が普通に効くみたいで、しかもいろんな薬に反応して体調が変化すると言っているので、どうもその人たちとは脳そのものが違うようです。強力な薬でさえうんともすんとも効かないし副作用も出ないことは、わたしが単なる慢性疲労症候群などではなく、明らかに発達性トラウマの当事者であることを有無を言わさず物語っているのだと知りました。

そんなわたしでももしプラセボが効くのなら、何かの治療に反応したでしょうが、あれこれやってみたものの、ほとんどの治療法に反応しませんでした。藁にもすがる思いで絶対効くと信じて取り組んだ治療でも、ほとんど手応えがないというのはザラでした。

逆に、発達性トラウマ障害のメカニズムからして効きそうなもの(脳幹部の爬虫類脳や中枢神経系に作用するカタプレスやコンサータ)は、よくも悪くも劇的に効きました。プラセボ・ノセボは起こりにくく、本当に効くものだけに反応する正直な身体らしい。

とすると、前に書いたように、自然の中にいけばリタリン(コンサータと同成分)と同様の効果があり、退役軍人は荒野に行くことが多いと言われている以上、論理的に考えれば、自然の多い環境にも反応するはず。

こうした推論からすれば、道北に行ったときの、わたしの体調の変化はプラセボではなく、本当に脳幹などの反応を変えているのではないか、と思えます。

プラセボは、脳はいかに治癒をもたらすかに書かれているように、よく言われるような「気のせい」「思い込み」ではなく、れっきとした生物学的根拠のある現象なので、プラセボ=偽物ということにはなりません。 

プラシーボは疼痛、抑うつ、関節炎、過敏性腸、潰瘍など後半な疾病の治療に適用できる。しかしあらゆる疾病に効くわけではなく、がん、ウイルス性の病気、統合失調症などには効き目がない。

…最近の脳画像研究によれば、疼痛や抑うつを抱える患者にプラシーボ効果が生じた際の脳の変化は、投薬によって改善が得られた場合の変化とほぼ同一である。

心身医療を実践もしくは研究する臨床医や科学者は、プラシーボ効果の基盤をなす脳の神経回路を系統的に活性化する方法を考案できれば、劇的な医学的進歩を遂げられると主張する。

…神経可塑性の発見以前、研究者は、プラシーボ効果を経験する患者の多くが、心理的に不安定、気まぐれ、未成熟、困窮者、女性であると見なしていた(のちにこれらはすべて誤りであることが判明している)。

脳画像研究によって、プラシーボ効果が生じると脳の構造が変化することが示されている。プラシーボ効果による治癒は、投薬による治療より「非現実的」というわけではない。それは、心が脳の構造を変えるという、神経可塑性の作用の一例なのである。(p58)

こうした研究を読むと、プラセボ効果も案外悪くないし、もし治るならプラセボでも構わないのでは?ということになりますが、残念ながら、プラセボ効果は脳を変えるとはいえ、プラセボ(ラテン語で「私は喜ばせるでしょう」の意味)を引き起こす期待が減れば、効果も減ってしまうようです。

プラシーボ効果は概して長く続かないという彼の断言は、数々のプラシーボ研究に基づくコンセンサスを反映する。急速な反応はプラシーボ効果である可能性が高いが、数週間効果が続く場合もあることを示す研究も存在するとはいえ、症状は再発しやすい。(p68)

プラセボ効果の場合、すぐに目覚ましい変化が現れ、効果は短期間で失われるのに対し、本物の変化は、身体的なスキルのトレーニングと同様、最初はあまり効果が現れず、徐々に変化していくといいます。

私は、神経可塑性テクニックを用いて脳を再配線し、学習障害、脳卒中、外傷性脳損傷などから回復した人たちにそれと同じパターンを見いだしてきた。

これらのケースでは、症状はすぐに消えなかった。モスコヴィッツの患者における変化のパターンも、楽器の演奏や言語の習得などで脳が新たな技能を学ぶときに生じるものと一致する。

この時間的な経緯は、重要な神経可塑的変化が起こる際には典型的に見られるもので、変化は数週間(しばしば6~8週間)にわたって生じ、日々の心的実践を必要とする。それは決して楽な作業ではない。(p60-61)

このことは、わたしがよく書いている、SEのセラピーなどの効果は、アスリートのトレーニングと同じ手続き学習障によるスキルの習得だという点と一致しています。

では、今回のわたしの変化はどうか。自然の多いところに行くとすぐに変化するというのは、一見プラセボの定義のほうに近いのですが、そもそも、もともとわたしに一定の効果があったリタリン、コンサータやモディオダールがそういう効き方をするので、すぐに効くかどうかは問題ではありません。

コンサータとモディオダールは、劇的な即効性がありますが、パーキンソン病に用いるL-DOPAや糖尿病に用いるインシュリンと同様、プラセボではなく明らかに生物学的作用として効いています。同時に、わたしが最初に服用して以来、これらの薬はいまだにずっと効果も副作用も健在です。自然の中に行くことが、それらの薬と似た効果をもたらすのであれば、即効性があるのは当然でしょう。問題は長続きするかどうかです。

今回の旅行ではそれなりに長く向こうに滞在しましたが、ずっと一定以上の体調が確保されていました。同時に、元気になりきったわけでは決してなく、体調不良も明確に残っていました。たとえば、手足の凍りつきは明確に減少しましたが、内臓の凍りつきは改善しませんでした。(本当にリラックスできたときにかすかに空腹の感覚を数年ぶりに感じたりはした)

わたしの印象としては、滞在中の体調は、初めてコンサータを飲み、身体の疲労感が和らぎ、かなり活動できていた3年前くらいの体調によく似ていました。当時は比較的副作用もなく服用できていましたが、徐々に過緊張が悪化して痛みや違和感が噴出してきたので、徐々にコンサータを減薬せねばならず、のちにより穏やかなモディオダールに変え、今では週に数日しか服用していません。服用しない日は、一日中ぐったりして慢性疲労状態のままです。

ところが、道北の環境に行くと、まったく薬なしで、コンサータを服用していた最初のころの体調に戻れます。それは二週間弱の滞在期間中、ずっと同じでした。完全に健康になるわけではないものの、近年現れていた手足の凍りつきや疼痛はなくなり、慢性的な眠さやだるさのような解離症状もありませんでした。

コンサータ(リタリン)と自然環境が似たような効果をもたらすのは、どちらも耐性領域を拡大して解離しにくくするからだと思います。コンサータ(リタリン)は中枢神経系を刺激し、前頭前野の活動をブーストさせることで、刺激過多をさばけるようにします。

それに対して自然環境は、NATURE FIXに書かれているカプラン夫妻の注意回復理論(ART)からすると、中枢神経系への過剰すぎる刺激の負荷を減らすことで、オーバーワークになっていた前頭前野の働きが回復し、耐性領域が拡大します。(p74)

コンサータを服用し続けていたときは、都会の強烈なストレス環境はそのまま無理やりブーストしていたようなものなので、反動としてさまざまな身体症状が悪化するのは今思えば当然のことでした。では、強烈なストレス環境のほうを減らして、前頭前野の過負荷を減らすことで機能を回復するという手法だとどうなるか。

そもそも解離とは、過剰な負荷に耐えきれなくなりブレーカーが落ちる反応なので、薬で耐性領域を拡大する方法は一時しのぎにしかなっていません。しかし自然環境のなかで負荷を減らすことで前頭前野の機能を回復させるというアプローチは、解離の凍りつきを防ぐ正当なアプローチであるように思えます。

自然の多いところに行ったときのわたしの体調の変化、つまりあたかもコンサータを飲んだときのように眠くなくなり元気が回復すること、身体の痛み(つまり凍りつきの収縮)が取れて活動的になることは、しっかり理論的に説明できるので、プラセボではないように思います。

自然の多いところに行っても、わたしの体調は十分によくなったわけではなく、コンサータを飲んでなんとか動いている状態に近い、というのは、逆にプラセボ効果が“起こっていない”ことを意味しているように思えます。「症状はすぐに消えなかった」のです。

もしプラセボ効果なら、もっと劇的に改善するでしょうが、ちょうどコンサータを飲んだときに近い部分的な効果があるというのは、今書いたようなメカニズムが起こっている証拠です。

では、それ以上の効果は期待できないのか、というと、そこはさっき書かれていた本格的な脳の変化が生じるだけの時間を過ごしてみなければわからないでしょう。興味深いことに、NATURE FIXでは、解離症状があるような重度うつ病の患者に対してスウェーデンで行なわれている自然療法では「基本的なセラピーのプログラムは12週間で、…参加者は一回につき3時間、週に4回をここですごす」とありました。(p222)

同様に、戦争トラウマを抱えたPTSD患者たちを対象にした荒々しい自然のただ中に出ていくセラピーも、即効的な手ごたえはある程度あるものの、長期間取り組まなければ本物にはならないことが示唆されていました。

[戦場で] 脳が爆発するようすを目の当たりにした看護師カタリーナ・ロペスは、[アイダホでの激流川下りセラピーについて] 役に立たなかったと回答した。…あんな短期間じゃ足りない、と不満を言ったのだ。

あれっぽっちじゃ、悪夢の息の根をとめられない。睡眠薬を飲んだあと車に乗り、夜中に刈り入れが終わったトウモロコシ畑を突っ走るのをやめられない。あれっぽっちじゃ、また人を信じるようにはなれない。急流を泳ぎきる自信もつかない。

たしかに問題を抱えたティーンエージャーを対象にした自然のなかでのセラピーは、たいていは数週間、ときには数ヶ月にわたって実施されている。(p294-295)

この女性は自然セラピーが本当に役に立たなかったとは思っていませんでした。手ごたえはあったからこそ、「あれっぽっちじゃ足りない」という感想になりました。

わたしの感想も、これとよく似ていて、確かに自然のなかに行くと元気になるものの、たった一週間か二週間では全然足りない、と思いました。確かに短期間でも手ごたえはある。でも、何ヶ月も、あるいは何年も滞在し、全身で感じる体験を繰り返さなければ、「楽器の演奏や言語の習得などで脳が新たな技能を学ぶときに生じるものと一致する」ような本物の変化は起こらないと感じました。

そういった意味で、わたしは前回の旅行での体験も、今回の旅行での体験も、これまでの人生でプラセボが起こらなかったように、やはりプラセボではなかった、と思っています。プラセボではないからこそ、部分的な手ごたえと、今後の長期的な課題を認識できたのではないかと。

わたしの直感、そして推論が正しいかどうかは、おいおい答えが明らかになるはずです。まだ引越し先が確定してはいないものの、自然の多いところで生きていく、という目標そのものはもう決めたんですから。

今回の記事はここまで。続きはこちら。


Categories: 5章。2018.09.18