切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(4)

SEのセラピーを受けに行った体験記の第二期の4回目。前回の記事までは、三回にわたって、畏怖の念とか健常な解離についての考察をやってきましたが、いつもの路線に戻ります。今回はおもに近況と10回目のセラピーの内容について。

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ジョン・ハルの自伝を読んで

最近、宗教学者ジョン・M・ハルが、自分の失明体験を記した光と闇を越えて―失明についての一つの体験を読みました。オリヴァー・サックスがよく著書で引用している本で、わたし自身も、かねてから目の見えない人の体験世界に関心があるので読んでみた次第。

残念なことに翻訳が非常に読みづらく、不自然な日本語のせいで、著者の言いたいことがつかめず読み飛ばした場所も多いんですが、共感できる内容や発見もいくつかありました。

たとえば、目の見える人には見えない人の体験世界がわからないせいで、的外れなサポートを与えられること。良かれと思って手をつかまれたり、あれこれとアドバイスされたりして、目の見えない人の「目」である杖を使えなくなったり、音の反響定位(エコーロケーション)での空間把握を利用できなくなったりして、歩行に支障をきたしてしまう。(p53,130,186)

また、同情心から「こんな美しい景色を見れないなんて辛いわねぇ」と再三再四言われると、どうにもできない無力感や、目の見える人とは違うという疎外感を思い知らされるだけだという話も。(p187,243)

わたしもそんな経験はよくありますが、大半の普通の人たちは、自分たちを「健常者」だと考えていて、目の見えない人やわたしのような人を何かが欠けた「障害者」だと考えているので、あれこれができなくて辛いね、しんどいね、気の毒だ、などといった言葉を善意から頻繁に言ってくることがあります。そして、善意から上から目線の態度でサポートしてあげようとしてくることもある。でも的外れなことが多い。(もちろんわたし自身も、自分とは違うハンディのある人に対して的外れになりがちです)

本当は、普通の人たちが「健常者」で、わたしたちが「障害者」だという認識が間違っているんだと思います。目の見えない人にせよ、トラウマ当事者にせよ、確かに何か欠けているかもしれない。しかしそのぶん、それを補うために、普通の人たちが持っていない能力を発達させ、異なる経験を積んできました。目の見える人は、見えない人ほどに聴覚や触覚を研ぎとませて、雨の音の美しさに驚嘆したり手触りを味わったりすることはない。トラウマを負ったこともない人は、解離の当事者ほどに、当たり前の物事を疑ったり、本質についてじっくり考えたりすることはない。

聴覚や触覚、哲学的思考の点でいえば、「健常者」こそが盲目で、「障害者」のほうがはるかによく見えているかもしれないことに彼らは気づいていない。自分たちもまたある種の障害を負っていて、何かが欠けているのだ、という認識がないからこそ、上から目線でサポートしたり、同情したりできる。

結局、この世界には完全に健康な人などいないので、だれもが何か欠けたところがあると同時に、だれもが何か長所を兼ね備えていて、それぞれの経験が異なるだけだとわたしは思います。すべての人が異なる経験を有していて、だれもが互いから学べるのだと。だからわたしはだれかの伝記を読むのが大好きです。

ジョン・ハルの伝記を読んでいて興味深く思ったのは、人の顔がわからないことや、鮮やかな夢の体験がわたしとよく似ていること。

まず、当たり前ですが、目が見えなくなると人の顔がわからなくなってイメージもできなくなる、ということが書かれています。

見えなくなってから二、三年間、知っている人のことを思う時、二つに分かれた。顔が出てくる人と出てこない人がある。それは、国立肖像画陳列館を歩き回っているようである。こちらには肖像画が並んでいるが、あちらにはなにもない。

…時がたつにつれて顔の分からない人の割合が増えた。全室にわたり、今では肖像画の陳列がなくなり、以前からの肖像画は埃にまみれている。(p31)

ハルは目の見えていたころに知り合った人は顔を思い浮かべられるのだけど、それ以降に知り合った人は顔がわからないと述べている。そして、次第に以前からの知り合いの顔のイメージもわかなくなってきて、自分の顔のイメージさえわからなくなり、そのことが自分のアイデンティティが損なわれていくのと関係しているのでは?と書く。

だけど、わたしは奇妙に思った。わたしは相貌失認なので、普段から、ほぼハルの目が見えなくなったあとの認識に近い。目は見えているはずだけど、もともと頭の中の国立肖像画陳列館には、顔のイメージというのがほとんどない。まったく見分けられないわけではないので、ぼんやりとはわかるんですが、埃をかぶっているかのように不鮮明。

そもそも顔のイメージがない他人との付き合いは、今の時代そんなに珍しくもない。自分が読んでいるブログや本の著者、好きな作家さん、SNSで知り合った人たちなどは一度も顔を見たこともない人がほとんどですから。

だから、頭の中の国立肖像画陳列館に顔のない他人がいること自体は、そんなに気にすることではない。問題は自分の顔のイメージのほうです。わたしは鏡を見るたびに、自分はこんな顔をしてたっけ?と思います。よく引用している記述ですが、オリヴァー・サックスがオアハカ日誌の中で書いているこのエピソードに近い。

わたしは時々、自分の顔はいくらか間が抜けていると思うのだが、まわりのひとは、人のよさそうな顔だと思っているようだ。

だがこれも、不意に鏡や窓にうつった自分を見て「あの気がよさそうでぼんやりした顔の男はだれだ?」と思うことがあるせいで(それも一度や二度ではない)、自分でそう思い込んでいるにすぎない。(p111)

わたしは鏡を見るとき、自分の髪型が違うだけで違和感を覚えてしまう。だから、わたしは失明するまでもなく、ハルと似たような体験をしている。ハルが自分の顔を忘れることで自己イメージが欠けたと言うのであれば、わたしはもともと、ある程度自己イメージが欠けているということになる。

わたしの体験が目の見えない人の体験に近い、というのは、ハルが失明してからやたらと鮮やかな夢を見るようになったことからもいえる。もう一度た光と闇を越えて―失明についての一つの体験からの引用。

わたしが楽しむためにどんなに夢に頼るようになったか、それは不思議だ。勇壮な映画を見ることによって、心が引きつけられるように、わたしはこのような夢に夢中になっている。外部の世界は、わたしにこれほど痛切に感じさせることは滅多にない。(p153)

わたしは、夜の動物になって行くのであろうか? 夢を見ている状態に近いのではないか? 目が見えないことは、わたしに暗黒との類似を与えないか? (p203)

この本の翻訳者は、訳者あとがきの中で、ハルの夢がリアルで詳細なことに驚いているけれども、わたしはまったく驚きもしない。ハルは目が見えなくなってから、夢に頼るようになったけれども、前に書いたように、わたしは子どものころから夢依存症になっている。毎晩毎晩、鮮やかでリアルな夢を見るのが楽しみでならない。できることならずっと夢から覚めないでいてほしいと思うことすらある。そしてわたしは、概日リズム睡眠障害のせいで、もともと「夜の動物」でもある。夜は昔からわたしの時間だった。

アーレンの当事者・専門家の集まりに参加して感じた夜の世界の役割

前に夢依存症について書いたときに考察したように、リアルな夢というのは、外的感覚がシャットアウトされて、相対的に内的感覚が増加することで起こると思われる。だから、文字どおり目が見えなくなって視覚がシャットアウトされようが、わたしみたいに解離で視覚鈍麻が起ころうが、外的感覚が減るのは同じなので、当然の帰結としてわたしもハルもリアルな夢を見るようになったのだと考えられる。

前にも書いた気がしますが、わたしは自分の過去の出来事について、現実にあったことなのか、夢の中で見たものなのか、本気で区別がつかないことがよくあります。確かに現実の体験だった、と思っているようなことでも、よくよく思い返してみようとすると、妙なデジャヴュを覚えて、あれっこれって現実の記憶だったかなと思うことがあります。

そうした記憶は、おそらく解離がひどいときに体験したことに多いように思います。現実の記憶が非常にぼんやりしているだけでなく、夢の中の感覚がとてもリアルだからでしょうか。

たとえばわたしは、10代のころ、免許を取る練習という名目で、父親に近くの敷地で無免許で車の運転をさせられた記憶があります。かなり運転してちょっとした接触を起こして怖くなってやめた記憶もある。直感的には現実の記憶だったと思っていたんですが、そんな変なことを本当にしたんだろうか、とふと感じて、細部を思い出そうとしてみると、夢の中の話だったようにも思える。考え始めると混乱してまったくわけが分からなくなる。そういう記憶が他にも多くあります。

恐ろしい光景の悪夢

ハルはこの本の中で夢の具体的なエピソードをたくさん書いていますが、特に印象に残ったのはこれでした。

目が覚めることと、目が見えなくなることの経験が、同時発生するのが印象的である。リフトのドアのかたわらに立っていた。小さな灯りがついたパネルが下がるのを、マイケルと家族がちらっと見ている。

狼狽と落胆の一瞬に、目が覚めて視力を失うことに気づいた時、それは消え始める。わたしは目を開き、心は暗くなる。意識が戻る時はいつも再び視力を失う。(p229)

簡単に言うと、夢の中では目が見えているのに、起きると見えなくなるという逆説的な体験です。わたしはなぜか、このエピソードを読んだとき、「自分もこれだ」と感じました。すごく似ていると思った。でも何が似ているのかわからなかったので、一瞬読むのをやめて考えた。わたしはハルのように起きたら目が見えなくなるわけではない。だけどこのエピソードにすごく共感した。それはなぜか。

気づいたのは、わたしの場合、夢の中では心の目が見えているのに、起きると同時に心の目が見えなくなってしまう、ということでした。具体的に言えば、夢の中ではリアルな感覚や感情を感じるのに、起きるとそれらが麻痺してしまい、何も「見えなく」なってしまうのだと。

夢の中では、単に色鮮やかで感覚がリアルなだけではなく、生き生きとした感情を感じられます。ふだんは失感情症ぎみなのに、夢の中のわたしは大冒険にスリリングな興奮を感じたり、信じがたいほどの喜びに満たされたりする。わりとトラウマ的な悪夢も見ますが、そうした夢でさえ、感じられることの喜びがある。芯からの孤独感に打ちのめされて全力で泣き叫んだり、恐ろしい敵に追われて今まさに死のうとしている恐怖を感じたりする。でも、そうした感覚は必ずしも悪いものとは言えない。わたしはそのときだけ、自分が「生きている」と感じられるからです。

しかし、目が覚めると、そうした感覚は消える。あのスリリングな興奮も恐怖もぜんぶ麻痺してしまう、いつもの失感情症が戻ってくる。脳科学的に言えば、レム睡眠で夢を見ているときは前頭葉の抑制が解除されるので、ふだんは解離されている感情が戻ってくる。しかし起きると前頭葉が働きはじめ、いつものように強力な抑制をかけるので、何も感じられなくなる。

だからわたしは、夢から覚めると、いつも喪失感を感じたり、ほっとしたりします。異常に楽しい夢を見たあとは、あれがただの夢で現実ではなかったのか…という残念すぎる喪失感を。トラウマチックな夢を見たあとは、あの恐ろしい体験が夢にすぎなかったという安堵を。どちらの場合も、生き生きとした感情が失われてしまったという実感という意味では同じです。こうしてわたしはハルと同じように、夢の中では見えるのに、起きると見えなくなるという体験を繰り返していた、だからハルの記述に親近感を覚えたわけでした。

気になるのは最近、どうもトラウマチックな夢が増えてきているように思えることです。ここ何日か、立て続けに見たのは、恐ろしい光景を目撃しそうになるものの、見ないですむという夢。たとえば、夢の中にいるわたしはカーテンの裏側とか、押入れの中に、グロテスクな惨殺死体があることに直感的に気づきます。そして目をそむけて逃げ出します。わたしが目を背けた瞬間、別のだれかがカーテンの裏側や押入れの中をのぞき、衝撃的なものを見て悲鳴を上げます。わたしは身も凍る思いで目を背けつづけています。

こういう夢は、一度や二度ではなく、何度もシチュエーションを変えて出てきます。あるときは、不登校の子どもが投身自殺して頭が割れるのを見ずにすむ(しかし頭がコンクリートに直撃して割れる瞬間の音は聞こえる)夢として、あるときは校庭のグラウンドの隅に何か恐ろしくグロテスクなものがあるだろうことに気づいて、恐怖に襲われて立ち尽くす夢として。こうした夢を見たときは、目が覚めると同時にあれが夢だったと気づいて心底ほっとします。

わたしが見る悪夢にはかなりの種類があるので、これまでことさらこのタイプの夢を意識したことはありませんでした。ほかには例えば、足が鉛の固まりのようになって動けなくなる夢、霧の深い街でひとりぼっちになって泣きわめく夢、取り返しのつかない体験をして意識を飛ばしてタイムワープする夢、地震で地面が割れてかろうじて助かる夢、追跡者に追われて殺されそうになる夢など。これらも場面や配役はさまざまながら、いつも似たようなシチュエーションで繰り返される夢です。これらに加えて、純粋に楽しい冒険の夢や、あまりに美しすぎる景色の夢もたびたび見る。だから、特にさっきのタイプの夢だけを気にしていたことはありませんでした。

しかし、ここ最近、立て続けに何か衝撃的なものを見そうになるタイプの悪夢を見るので、そういえばこれって、今のわたしの症状のトラウマ記憶の断片なのでは?と思い当たりました。この一連のセラピー体験記で書いてきたように、わたしは視覚過敏が強すぎて逆に鈍麻していて、過去に強烈な視覚的トラウマを負った痕跡がある。また、眼球をえぐり出したいほどの不快感が常にあり、何かから目を背けたいという衝動に常に悩まされている。

改めて考えてみると、これは夢の中のシチュエーションに近い症状です。夢の中でわたしはいつも、まずグロテスクな光景があることに直前に気づく。そして自分は目を背けて隠れる。その直後に別のだれかがそれを目撃して悲鳴を上げる、というパターンが見られます。これはつまり、今のわたし(意識している自己)は、その光景を見ていないのに、内なる別のだれかは、その光景を見た記憶を抱えている、ということを示しているように思えます。しかも、その瞬間の音(悲鳴や頭が割れる音)は聞いているのは、今のわたしが聴覚過敏になっているのと一致する。

解離性同一性障害の人に多いのは、トラウマ記憶を経験した自己(犠牲者人格)と、トラウマ記憶を経験せずに切り放されて逃れさせられた自己(生存者人格)に分離すること。そして生存者人格は、失感情症ぎみになって冷静で理性的になることが知られている。

ということは、今のわたし(意識している自己)は、衝撃的なものを見ないですんだ(しかし音は聞いた)生存者人格なのではないだろうか。しかし、わたしの中には実際にそれを見てしまった犠牲者人格がいて、それがトラウマ記憶を抱え込んでいるのではないか。その人格が視覚を担っているがために、生存者人格であるわたしは視覚機能を利用できず、視覚鈍麻してしまっているのではないか。そういうことなら、わたしの状態はこのニュースの例に近いように思う。

多重人格を患った盲目の独女性 別人格に切り替わると視覚が戻る – ライブドアニュース

このニュースはDIDのことをよく知らないままに書かれた記事なので、説明部分は適当ですが、たぶんこの女性は幼少期に強烈な視覚的体験をしてしまい、視覚機能が切り放されてしまったんでしょう。そのために、ふだん生活をとりしきっている生存者人格は盲目になってしまったが、トラウマを目撃した犠牲者人格は目が見えると同時に正常な視覚機能を有している。

解離とは自分の衝撃的な体験を他人の体験として処理することで脳を保護する手段なので、この女性とわたしはどちらも、自分が見た衝撃的光景は、他人が見たものだと処理することで安定性を保っている可能性が高い。だからわたしの夢の中では、いつも衝撃的な光景を見るのはだれか他人で、わたしはその光景を見ないで目を背けていられるわけです。

この女性の場合は盲目になり、わたしの場合は視覚鈍麻ですんでいるのは、解離の度合いの違いによるんでしょうが、起こっているのはたぶんかなり似ています。視覚機能すべてが切り離されているか、一部が切り離されているかだけの違いなので。

前に書いたように、視力は目の微細な運動であるマイクロサッケードによって生み出されている。マイクロサッケードが停止すれば、目の構造は健康なままでも視力が失われることがありうる。これは、目に「凍りつき」が起これば、視力がなくなることを意味している。脳はいかに治癒をもたらすには実際にそうした例が載っている。わたしの視覚鈍麻は、目が少しだけ凍りついてマイクロサッケードが減少している状態、さっきの女性の盲目は、目が完全に凍りついている状態だと解釈できる。

恐ろしい光景というのが何なのかはよくわかりませんが、たとえば前に書いたように、性的虐待の被害者の多くで視覚鈍麻が起こることはマーチン・タイチャーらの脳スキャン研究でわかっていて、その恐ろしい光景を見ないように脳が適応したためだと言われている。しかし視覚機能を解離しなければならないような恐ろしい光景というのは、もっと多種多様なものなので、これだけで過去に何があったかを憶測すべきではない。ここで推測しすぎると虚偽記憶が生まれてしまうので、わたしはこれ以上、夢の意味について考えようとは思いません。ラヴィーンが身体に閉じ込められたトラウマで書いているこのことを肝に銘ずる必要がある。

あなたは、何が起こってるかを理解しようとするかもしれないし、過去の記憶だと思っていることを思い出そうとするかもしれない。大切なのは、抑え込まれている何かや別の何かを「思い出」そうとしないことだ。ある種のよみがえりが自然に起こる可能性はもちろんある。…よくある傾向は「よみがえり」に引き寄せられることだ。特に、トラウマ的な要素が含まれているときはそうなりやすい。(p352)

ラヴィーンは心と身体をつなぐトラウマ・セラピーでもこのように書いている。

私たちはまた、トラウマ的な体験を、感情や感覚の強烈さを和らげるためにばらばらに切り離してしまうことがよくあります。その結果、完全に正確なのはトラウマの断片的な記憶のみということもあります。

…トラウマにともなう感情は激しいため、いわゆる「記憶」が人生そのものよりもリアルに思えることがあります。さらに、そこにもしグループのメンバーやセラピスト、本や他のマスメディアからの圧力があれば、感情的苦痛を体験している人はその苦痛の原因を探し、この種の記憶のでっち上げを起こしやすくなります。いわゆる虚偽の記憶は、このようにして作られます。(p241)

夢の中で現れる記憶の断片はおそらく真実のもの。確かにわたしは何かを見た。そしてそこから自己を解離させることで逃れた。だけど、そうした記憶の断片から何があったのか、というストーリーを推測することはできない。断片から全体を想像しようとすると、考古学者や古生物学者がするように誤ったストーリーを作り出してしまう。どれだけもっともらしく思えようと、それは創作であり、事実ではない。断片から虚偽記憶のストーリーを作り出してしまう過ちに陥るわけにはいかない。

動き出した振り子

悪夢の内容からして、わたしは今はまだ、自分が何かを見たというトラウマ記憶から切り離されているのは確からなようです。わたしはまだ犠牲者人格と統合されていないので、何を見たのか、トラウマの核心は思い出していない。そのことによってわたしは保護されていることからしても、悪夢の意味を無理に知ろうとすべきではないはずです。

わたしが衝撃的な視覚的体験から切り離され、今もまだ思い出していないのは、それに耐えられないからのはずです。もしも自己が統合され、その何かを思い出してしまうと、わたしは起きているときに絶え間なく衝撃的な視覚的フラッシュバックに苦しめられるようになってしまう。わたしが今生きていられるのは解離によって逃れさせてもらったおかげだということを思えば、解離した衝撃的記憶は、今はまだ凍結したままにしておくべきです。

とはいえ、治療が進むにつれ、今まで解離されていた感覚に触れようとしているわけなので、ラヴィーンが言っていたように、記憶の「よみがえり」を経験しやすくなることは確かだと思います。解離されていた記憶がよみがえり、一時的に症状が悪化することは、解離の治療においては避けられない道です。SEはそのプロセスをできるだけ穏便に慎重に進めるように考慮された治療法ではあるけれど、いずれ通るかもしれない道であることに変わりはない。

わたしの今の状態を思うとき、オルガが私の中のわたしたちで書いている治療の初期段階に似ている気がします。オルガはもともと線維筋痛症などの身体症状だけを感じていた。過去の記憶はなかった。しかしいきなりパニックが起こり、何かトラウマがあるらしいことがわかったのでサマー医師にかかり、はじめて自分が解離していることを知った。そして自我状態療法の治療をはじめると、悪夢が増えてきた。

サマー医師はしばらく私を見つめ、困惑したり、苛立ったりしているかと尋ねた。私は、そうだと答えた。何か月も治療に通い、いまは週に三回通っているのに、治療を始めたときよりも悪化しているように感じていた。「この状態が改善に役立つのでしょうか」

サマー医師は、私が成長過程で受けた虐待の記憶を思い出そうとしているのであり、そして私の思いや考えは解離によって時間をかけて凍結された記憶であるとと、再度説明してくれた。記憶のあるべき場所、つまり過去に記憶をおさめるために、私に何が起こったのか、明確な絵になるようにつなぎあわせようとしていた。痛みは起こったことに対する身体的な記憶であるとサマー医師は説明した。(p203)

わたしは今、セラピーを始めてから三ヶ月と少しになります。この数ヶ月で、わたしの体調は大きく変わった。以前はずっと凍りついていて変化のない「慢性疲労」状態だったのに、妙に調子のいい改善する時期と、ひどく調子の悪い悪化する時期を繰り返すようになってきた。止まっていた振り子が動き出した。

安心できる感覚を感じられるようになったのと同時に、足にほぼ線維筋痛症と言っても差し支えないような奇怪な痛みが現れだした。前からときどき、ひねられたり、ねじられてたりするような感覚はあったものの、この一ヶ月くらいは、それが明らかに痛みといえるレベルにまで強くなってきた。最近は、歩き疲れたわけでもないのに、かかとがヒリヒリして焼け付くような痛みまで出てきた。靴ずれに似ているが、歩いているときは症状が出ず、ベッドにいるときだけ起こるので、実際の皮膚の症状ではなく、身体的フラッシュバックだろうと思う。

身体の内部の異物感はすでに数年前から悪化してきていたが、ここ最近は悪化したり消失したりする。ふだんは、自分のおなかの中に、巨大な固まりが凍りついているかのような異物感があり、下腹部の筋肉が左右非対称にねじれて座っているのが難しいほどの痛みになる。そのせいで、数年前から座っているのが難しくなった。この異物感はあまりにリアルなので、わたしは絶対に内臓の腫瘍か何かがあるのだと思って、さまざまな病院に行ったが何もなく、ひどく困惑した。

しかし最近になって、 私はすでに死んでいるを読んで考察した結果、体内の異物感は解離に伴う一般的な症状であり、脳科学的に説明できることを理解した。いや、以前からそういう症状があることは解離の本を読んで知っていたんだけど、わたしがひどく勘違いしていたのは、解離による「幻覚の」体感異常と、「本物の」腫瘍の異物感は、理性的に区別できるものだと思いこんでいたこと。自分は理性的だから、まさか解離性の体感異常を器質的な病気だと取り違えたりはしない、といった思い違いをしていた。

今では理解したけれども、解離の体感異常は、身体的フラッシュバックであり、フラッシュバックは現実の身体症状でもある。それは記憶が再現されたものなので、身体そのものに器質的異常が出るわけではなくても、本人にとっては、現実そのものと何の違いもない症状だと認知される。現実ではないのに、現実としか思えないほどリアルであることは、フラッシュバックの主要な特徴。だから、わたしの体内の異物感も、たとえ身体的フラッシュバックだったとしても、現実の身体疾患としか思えないくらいリアルに感じられる。

現実の身体疾患が起こったとき、たとえば内臓に腫瘍ができたとき、わたしたちが異常を自覚できるのは、腫瘍そのものを自覚しているからではない。

脳は常に自分の身体全体の内受容信号をモニタリングしているが、腫瘍ができた部分は、今までと異なる内受容信号を発信するようになるので、脳はエラーを感知する。身体の内部に、異なる内受容信号を発信している部分があると、脳はそれを健全な「自己」の一部ではなく、何かおかしい「非自己」だと判定する。こうして腫瘍のできた人は自分の身体の違和感を自覚でき、病院に行く。

しかし、解離ではこれとまったく同じことが起こる。トラウマを負った人は、自分の身体を「他人」とみなすことで生き延びる。たとえばわたしたちはひどい苦痛を感じると、まず内臓がそれに反応する。(「断腸の思い」などと表現されるように)。それがあまりに耐えがたいと、脳は内臓からの内受容信号を「非自己」として錯覚させ、それによって痛みを一時的に麻痺させる。これが解離。しかしずっとそこが「非自己」のままになっていると、脳は身体の内部に異物があると認識してしまう。

だから、実際に身体の腫瘍ができた人と、解離によって内臓の感覚を切り離して自己を麻痺させた人が感じる体内の異物感は、脳の処理からすると、どちらも最終的には同じことをやっていることになる。だから、感覚としては同じになる。

(このことは、自分の身体の違和感を感じて手術を受けたいと言い出すミュンヒハウゼン症候群が、実は詐病ではないことを意味しているように思える。ミュンヒハウゼン症候群の人たちは、文字どおりの身体には器質的異常はないが、脳が作り出す身体イメージの段階では身体に本物の異物感を感じているのではないか。おそらくミュンヒハウゼン症候群は妄想ではなく、身体同一性障害(BIID)に近い病気ではないのだろうか。手足の感覚が自分のものと思えないせいで切り離したくなるのがBIIDであれば、内臓の感覚が自分のものとは思えないせいで手術を求めるのがミュンヒハウゼン症候群だ。もちろん全部がそうではないのかもしれないが、妄想ではなく脳が作り出す身体イメージの障害である可能性が高い)

とまあ、わたしの場合はこうした信じがたいほどのリアルな異物感を感じていたわけだけれど、SEをはじめてから、安心できる感覚に集中すれば、なんとその異物感が消失することに気づいて愕然としました。あれほどリアルな現実の疾患に思えた異物感が、これだけのことで消失してしまうとは! わたしは自分の異物感が解離が引き起こす内臓感覚のエラーであることを認めざるをえなかった。

とすると、そのほかのさまざまな感覚、目の裏や手足をはいまわる虫のようなむずむず感にしても、足をもじられたりひねられたりするような痛みにしても、これらは文字どおりの肉体の問題ではなく、パーキンソン病やALSの徴候のようなものでもなく、記憶によって再生されるリアルすぎる身体性フラッシュバックであることはもはや疑いようはない。そして、セラピーを始めてから、こうした身体イメージの症状についても変動性が出てきたということは、凝り固まった身体の凍りつき反応が溶け始めたことを意味している。

しかし凍りつきが溶け出したということは、凍結してあった記憶が変化しはじめた、つまり解離が部分的に解除され始めたという意味でもある。今起こっている奇怪な身体症状は、サマー医師がオルガに説明したように「起こったことに対する身体的な記憶である」。少し頻度を増している悪夢も、これまで無意識下に封印されていた記憶が活性化していることを示唆している。

セラピーを始めてからの別の変化は、あまりに物騒な表現だけれど、ときどき「殺したい」という衝動を感じるようになったことかもしれない。特にだれを、ということはないのだけど。これについてはラヴィーンが身体に閉じ込められたトラウマで書いている。

トラウマを受けた人が不動状態から抜け出てくくるとき、強烈な怒りや憤怒の爆発を経験することがある。しかし実際に自分が誰かを(もしくは自分自身を)傷つけるかもしれないことを恐れ、そうした激しい怒りを感じとる前に、気をそらしてそれらを抑圧しようと彼らは多大な努力を払うのである。(p82)

(このことは心と身体をつなぐトラウマ・セラピーのp122でも書かれている)

こうした反応は、動物が凍りつき/擬態死から復帰するときにも見られるようで、簡単に言えば、凍りつきが溶け始め、麻痺していた感情が戻ってきたことの現れとして起こる。トラウマを負った際の強烈な情動は、解離によって隔離されていますが、解離が和らぎはじめるとよみがえってくるということ。

幸い、SEはこの過程を慎重に進めて、徐々に強い感情を取り戻せるように、耐えられるペースでゆっくり進んでいくという治療法なので、わたしは、時々「殺したい」という感情を自覚することはあっても、それに振り回されることはありません。ラヴィーン自身が、身体に閉じ込められたトラウマのp278で自分のトラウマ的な事故の経験の中でも、こういう感情を一時的に体験したと書いているので、読んでいる人は変に心配しないでくださいね。凍りつきが溶けていく過程では普通の反応ですし、単にわたしの経過として記しておこうと思っただけなので。

前回のシリーズの記事の最後で引用したように、ミルトン・エリクソンは、「いったん丸太を蹴れば流れ出す(丸太がたくさん川につかえているときに、これという丸太を一本見つけて蹴飛ばせば、丸太はみな流れていく、という意味)」と述べました。動き出した時間はもう止められない。溶け始めた記憶は、もう再度凍結することはできない。わたしは望むと望まざるとにかかわらず、もう丸太を蹴り出してしまった。どれくらいの速度かはわからないけれど、もう丸太は流れ出してしまった。だから、こうなってしまった以上、これからも様々な変動が起こっていくんだろうと思います。

10回目のセラピー

体調の近況報告はこれくらいにして、セラピーの話を。10回目のセラピーの日は、前回から二週間後ということもあって、ちょうど睡眠リズムが反転していました。前回のときは完全に夜型で昼夜逆転していましたが、今回は例のごとく周期的にリズムがずれていったせいで、完全な朝型になっていました。

ふだんは、夜型の時期より朝型の時期のほうが、おそらく社会のリズムに合うために体調が楽な気がしているんですが、今回はそうでもなく過敏性が強い。ここでも、リラックスを自覚できるようになった反作用として過敏性も強く自覚するようになる傾向が出てきています。私の中のわたしたちでサマー医師がオルガに語ったこの言葉を思い出します。

「いまはすべてが恐ろしいかもしれませんが、やがて人生のよい部分を感じられるようになります。ずっと深い感情に近づければ、スペクトラムの両端、つまり善悪両方をより深く感じられるようになるのです」(p280)

凍りつきが溶け、解離されていた感覚が戻ってくるというのは、良くも悪くも麻痺していたものが感じられるようになるということ。今まで向き合えなかった不快感が表面すると同時に、人生の喜びを感じる能力が戻ってくることをも意味している。リラックスした感覚を感じられるようになるのと、不快感を感じるようになるのとは、同じコインの表裏であり、麻痺させてきた感覚が敏感になっていくプロセスの良い面と悪い面にすぎない。

わたしは一応、知識としてはこのことを知っているので、いま過敏性が強くなってきて、以前より内圧が強まってきていることにも驚いてはいません。でも、知っているからといって耐えやすいかどうかはまったく別のことです。オルガはこのあと、死んでしまいたいと思うほどに苦痛が悪化しました。わたしもそうなってしまうのだろうか。

少なくとも、現時点ではあまり具合はよくない。わたしは部屋を片付けるのが苦手で、いろんな作業に没頭しているとどんどん散らかっていきます。だけどここ数週間ほどは全然部屋が散らからない。整理整頓できるからではなく、何も手に付かないからです。新しい記事や絵などを書きたいと思っても、そうするだけの余裕がない。

けれども、ペンデュレーションの振り子運動についての知識もあるので、今のこの苦痛がずっと続くとは思っていません。悪い方向に振れたら、そのあと必ず良い方向にも振れるはず。それがここ数ヶ月のあいだにSEから学んだ経験による知識です。

この日は、セラピールームについたときも、やはり過敏状態で落ちつかない感じでした。最初にまず近況を尋ねられましたが、いつも以上にうまく説明できない。まずセラピストが何を言っているのかがよくわからない。耳で聞いた言葉の意味がうまくつかめません。説明しようとしても、頭のなかの単語がつながらない。何を言おうとしているのか、言っている最中に忘れてしまう。セラピストがまだ話している最中に、何度も心ここにあらずになって、フリーズしては気づき、ぼーっとしては意識を引き戻しを繰り返して、まともにコミュニケーションできていませんでした。

(ふと思い出したのだけど、そういえば中学生のとき、すでにこうした体験をしていた。クラスの子が掃除のときにわたしに何かを指示してくれたんだけど、わたしは言っている意味がまったくつかめず、もう一度言ってくれるように頼んだ。だけどまたわからないので、三回くらいこれを繰り返した。相手の子は決して難しい内容を言っていたわけではないので、わたしの反応に戸惑っていた気がする。この傾向は高校生以降ひどくなって頻繁に起こるようになった。今でもときどき会話している最中に意味がつかめなくなることがある)

そこで、まず会話する前に、前回のようにリラックスするセッションを始めることになりました。今回は、前回とは逆に右手を左肩に置いてみて、安心できる感覚に集中します。もともとの過敏状態のためか、セラピストの「今は何を感じていますか?」という問いかけに気を取られてしまい、いつもより集中しづらく感じました。

しかし次第に上半身がリラックスして弛緩し、興奮が落ち着いてきました。しかし、足の凍りつきや、下腹部の緊張感はなかなか溶けませんでした。上半分はクラゲのように柔らかいのに、下半分は甲殻類のように硬く、その境目である横隔膜のあたりがギザギザして不快でした。

下半身の凍りつきはあまり変化がありませんでしたが、視覚的イメージのほうは変動してきて、最初はギラついていたのが、少しずつ落ち着き、赤紫色のイメージへと変化していきました。前回の深い青色とは違っていましたが、思わず、「美しい」と感じるような色合いでした。そして、ふと「美しい」と感じたことがきっかけで、より深いリラックスへと入っていきました。

凍りつきが溶けるときというのは、たいてい、こうした不意打ちの感覚がともなうものです。自分からリラックスしようと思っていても、いつまでたってもリラックスできませんが、おのずとひとりでに美しさや感動を感じると、凍りつきが解けます。オリヴァー・サックスは、母親を亡くしたとき、音楽によって凍りつきが溶けるのを経験しましたが、その効果は不意打ちでなければならなかったと、音楽嗜好症で述べている。

喜びをもたらす力であれ、カタルシスを起こす力であれ、音楽のパワーは、こっそり不意打ちを食らわせるものであり、幸運や神の恵みとして、期せずして現れるものでなくてはならない ―シューベルトが地下室の窓からこっそり近づいてきたときのように、あるいはゼレンカの『哀歌』の雄弁な悲嘆によって心を無理やりこじ開けられたときのように

(「芸術は薬ではない」とE・M・フォースターは書いている。「効き目があるという保証はない。創造への衝動と同じくらい、不可解で気まぐれな何かが解き放たれなければ効かない」)(p407)

わたしの場合も、無理にリラックスしようとするのではなく、ふとまぶたの裏側に映る色合いの美しさに気づいたときに、よりリラックスが深まりました。これがたぶん、前回も書いた、中動態の感覚、解離した人にしばしば失われている、自然に、おのずと、ひとりでに身体が反応するという感覚なんでしょう。凍りついた人は中からいかにあがいても(能動的)、だれかに外から無理やり溶かそうとされていも(受動的)、凍りつきは溶けませんが、不意打ちのような驚きや気づきがあれば、自然に、おのずと(中動的)、凍りつきが溶けるのを経験します。

その後はそれ以上リラックスが深まることはなく、我に帰ってしまうと緊張が強まり、再び没頭できるとリラックスが強まるという状態を揺れ動きました。その様子を見ていたセラピストは、いったん注意を外に引き戻すことにし、肩に当てた手はそのままで、目を開けるように促しました。

目を開けたわたしは、視界の強い刺激をかなり不快に感じました。せっかくある程度リラックスしていたのに、現実に引き戻されたのが苦痛でした。目をまともに開けていられなかったので、目はいったん閉じて、まず聴覚を外に向けることにしました。まずは聴覚を外に向け、それから視覚を外に向けることで段階的に感覚に慣らします。数分間そうしているうちに、ようやく気持ちが落ち着いてきて、わたしは話せるようになりました。

失体感症

気持ちが落ち着いて、冷静になったことで、わたしはいつものように自分を分析できるようになりました。さっきまで起こっていた奇妙な状態は、たぶん、時間や空間が断片化していたせいだと思う、とセラピストに言いました。

セラピストの言っていることが理解できなくて返答に窮したのは、文章がひとつながりのものとして把握できなかったからです。たとえばこうして書いている文章でも、単語だけにぶつ切りにされてしまったら何を書いているのか意味がつかめなくなります。さっきまでのわたしは、時間や空間の認知の連続性がおかしくなっていたせいで、何を言っているのかわからなくなり、意識を今につなぎとめておくのにも苦労していました。

思い出したのは、解離において、時間や空間の変容が見られ、連続性がおかしくなるというのは、柴山先生の解離性障害のことがよくわかる本に詳しく書かれていたこと。だけど、この症状は、実際に経験している本人からすると、「時間と空間の変容」だとはわかりにくい。ただ頭が働いていないとか、感覚がおかしいとか、気持ち悪いといったかたちで認知されやすいんじゃないか、と思います。

もしかしたらわたしの自己観察力が弱いだけかもしれませんが、わたしは昔からよく自分の認知がおかしくなることに悩まされていたのに、頭に霧がかかっているとか、混乱してぼーっとするとか、意味がつかめなくなる、といったふうにしかとらえていなかった。解離の本を読んではじめて、ああそうか、これって、空間や時間が断片化して、全体像がつかめなくなってしまうせいでおこっているのか、と気づくことができました。

それと似ているのが、おなかが苦しい、という感覚。以前からよく、おなかの内部が真空パックで圧縮されたような押しつぶされる感覚に悩まされる日があって、なんと表現していいのかわからず、どうすれば治るのかもわからないまま困っていました。でも、最近になって、その感覚が、腹部の筋肉の凍りつきによって引き起こされていることに気づきました。圧縮されてぺたんこになっていたのではなく、ガチガチに凍りついて締め付けられていたわけです。真空パックのようになっている、と思っている段階では対処法がなかったんですが、凍りつきだとわかってからは、カタプレスのような交感神経を下げる薬を飲んだり、安心できる感覚に集中してリラックスしたりすることで対処できることがわかりました。

どっちの場合も、自分の身に起こっている奇妙で不快な症状が、いったいなんなのか、うまく理解できず、言葉で表現できないことが問題でした。気持ち悪かったり不快だったりするのはわかる、だけど、それを表現する的確な言葉が見当たらないので、いったいこれがなんなのかわからない、という状態。こうした問題は、わたしの自己認識の弱さによるのかもしれませんが、おそらく決してまれなものではない。トラウマと身体の中に書かれていた、この話そのものだからです。

多くのクライエントが失体感症、つまり、身体感覚を言葉であらわせないことに苦しんでいます。…Sollierは、クライエントが身体の感覚に適切な言葉をみつけられるよう援助しなさい、と強調しています。

…クライエントは、Sollierがしたように、「じとじとする」、「電気みたい」、「固い」、「麻痺する」、「ヒリヒリする」、「振動する」などの、身体感覚の語彙を教えてもらいます。例えば、クライエントは身体の痛みを、ただ「痛むんです」とだけ言うかもしれません。でも、それでは、その特定の痛みを他の痛みと区別できていません。

…感覚のための詳細な語彙が育成されると、クライエントの身体感覚の知覚と処理が広がります。(p305-306)

失体感症は、基本的には自分の身体的苦痛を、感情的苦痛と誤認してしまうことをいいますが、自分の身体感覚を適切な語彙で表現できないことも、一種の失体感症だと思います。最近、わたしの知り合いのトラウマサバイバーの人と話していて、とても奇妙なことがありました。ふだんからよく話しているので、わたしはその人がさまざまな凍りつきの症状を抱えていることを知っていました。ところがその人は、自分は凍りついてなどない、と思い込んでいました。自分の身体に起こっている症状が、凍りつきの過緊張からきていることを識別できていなかった。

でもこれは、わたし自身もそうでした。さっきの話もそうですが、おなかに感じる気持ち悪さが、周辺の筋肉が過緊張して凍りついていることで生じているものだと結びつけることができていなかった。気持ち悪さや不快感は感じるものの、それが何なのか、適切に表現できない。思考の不全感を、ただ頭が働かない状態だと思っているだけで、時間や空間の連続性が途切れることで起こっているものだと認識できていなかったころのわたしもそうです。

たとえば子どもが、「しびれ」という語彙がどんな感覚を意味しているかを理解できるのは、正座していて足の感覚がなくなって立てなくなったとき、「それがしびれだよ」と教えてもらえるからです。もしだれからも教えてもらえなければ、あの奇妙な感覚をどう言葉で表現していいのか、永久にわからないでしょう。

解離のさまざまな症状にしても、自分では言葉にできない奇妙な感覚を、「それが時間と空間の変容だよ」とか、「それが凍りつきだよ」と教えてもらわない限り、その奇妙さがなんなのか、うまく言葉に変換できません。そして変換できなければ、それが解離の兆候だと気づけないので、永遠に治療に結びつかず、精神科医や内科医のところに行って、いわゆる「不定愁訴」を延々と訴えつづけるだけで終わってしまい、医者から相手にされなくなります。

だから、ラヴィーンは、心と身体をつなぐトラウマ・セラピーの中で、「解離がどんなものかを感じていただくためのエクササイズ」なるものを提案しています。まず解離とは何か気づけるようにならなければ、治療もなにもないからです。

解離が起こったときにそれに気づく能力を高めるため、エクササイズをもう一度やってみましょう。エクササイズの目的は、解離が起こるのを防ぐことではなく、解離が起きたときにそれに気づくことであることを忘れないでください。(p162)

奇妙な不快感が起こったときに、「ああこれが解離なのか」とわかるようになるまでが一苦労です。この日のわたしの場合も、もし解離について知らなかったら、「さっきまでなんか集中力がなくて…」といったあいまいな言い方でしか、自分の不快感を表現できなかったはずです。でも解離についてよく知っていたおかげで、時間や空間が断片化してつながりが切り放されているせいで、物事を部分的にしか認知できず、全体像が把握できなくなっていたのだ、とわかりました。

解離をコントロールする

こうして、少なくとも自分を客観視できるくらいには冷静になったわたしですが、それでも過敏性が強くて、まだ頭がくらくらしていて、あたりをキョロキョロ見回しているような落ち着きのなさがありました。

そこで残りの時間は、もう一度、さっきと同じようにリラックスするために身体感覚に集中していくことになりました。はじめの段階では、さっきと同程度のリラックスまではすぐに入れた感じ。上半身はしっかりリラックスして、おなかより下の凍りつきが取れない。

セラピストは、不快な感覚のほうに注目するのではなく、すでにリラックスできている感覚を味わうようにアドバイスしてくれました。ちょうど川の流れを眺めるときのように、たまに流れてくるゴミのような不快感ではなく、穏やかな水面のほうに集中するようにと。(ラヴィーンは、心と身体をつなぐトラウマ・セラピーのp89などで川の比喩を使っている。そういえば、これと似た比喩は、デビッド・アレンが有名な仕事術であるGTDの本はじめてのGTD ストレスフリーの整理術で言ってたような気がする)

セラピストが言うには、不快感のほうに集中して、リラックスしようと意識してしまうと、余計にリラックスできなくなりがちだとか。それはわたしも自律訓練法をやっていたときによく陥っていた問題でした。本来の自律訓練法は、手足の自然な重さをただ感じることで、自然にリラックスしていくというマインドフルネス寄りの技法だと思うんですが、「感じる」ということに慣れてなかった当時のわたしは、自分に無理に暗示をかけようとして失敗していたように思う。

それに対して、SEで安心できる感覚に集中する技法のほうは、なぜか百発百中でリラックスできます。もともとこのイメージを使って、百発百中でしゃっくりを止められるようになっていたのと同じ。今回も、下半身のリラックスまでは今ひとつうまくいかなかったものの、上半身は十分緩んでいましたし、かなり心地よい落ち着きがありました。(百発百中な理由については後ほど書く)

その後は、もうセラピーの残り時間が少なかったので、注意を外に引き戻すことになりました。まず聴覚に意識を向け、ついで目を開けて、最後に手を肩から離す、という順序で、段階的にタイトレーションしながら注意を外に戻しました。このとき、せっかくさっきまでゆったりリラックスしていたのに、また外の感覚にわずらわされるようになるのがとても不快だと感じました。まるで気持ちよく眠っていたのを起こされたかのような…。

最後に、右手を左肩に乗せたまま、しばらくセラピストと話していたんですが、そこでまた前に書いたあの感覚を感じました。自分の手が、自分のものだと思えない。いや、今回ははっきりと、あきらかに他人の手でした。自分の手のように「思えない」ではなく、間違いなく自分の手「ではない」。わたしは内心動揺しました。

それこそ、前から何度も書いている左足をとりもどすまでに出てきたある男性が、目覚めたとき、自分の足が他人のように思えたせいで、自分の身体に解剖用の死体の足がついていると錯覚してパニックになったような。自分で手を肩に乗せたことを知っているからかろうじて混乱しないですんでいますが、もし朝起きたときにいきなりこの感覚だったら、ぎょっとして一瞬パニックになるかもしれません。

前からうすうす勘づいていたことではあるけど…、わたしのこのリラックスする安心できる感覚って、もう間違いなく解離の応用ですよね。今さら書くようなことでもないんだけど。単純に副交感神経を活性化させてリラックスしているのではなく、解離の背側迷走神経を活性化させて交感神経を抑え込むことで、擬態死の弛緩状態に持ち込んでいるんじゃないかと思います。その点は前にセラピストにも指摘されました。セラピストが言うには、わたしのリラックスはあまりに反応が早すぎるので、副交感神経だとは思えないと。背側迷走神経の「急ブレーキ」ではないかと。

ということは、最近やっている一連の安心できる感覚に集中するための訓練は、自分で意識的に解離を引き起こすようにしている訓練だということになります。それってどうなの?と思う向きもありますが、たぶんそれほどおかしな話ではない…はず。トラウマと身体に書かれているように、安心できる感覚というソマティック・リソースは「セラピストが注意を向けるよう導くまでは、気づくことなく使ってきた」もので、サバイバルするために無意識のうちに使ってきた技術ですが、そういうのって間違いなく身を守るための解離ですよね。(p289)

わたしが今やっているのは、自分の自律神経を耐性領域に収めるための訓練です。そのために、まず凍りつきを解除することを覚えた。しかしそれだけだと、今まで無理やり封じ込めていた交感神経のアクセルが活性化してしまうので、安心できる感覚に集中して、ブレーキを働かせることを身体で覚えねばならない。

普通の人は、このブレーキとして副交感神経の穏やかなブレーキを使える。自動車でいうしアクセルとフットブレーキで普通に運転してる状態。しかし、わたしみたいな人はそういうフットブレーキがそもそも発達していない。だったら、できることはというと、交感神経のアクセルと、背側迷走神経の急ブレーキを駆使してバランスをとることだ、ということになる。(普通の車の運転ではそんなことはありえないが、ゲーマーとしてはマリオカートの最高速200ccで急ブレーキを多用しないとカーブを曲がれないのと似ていると思う 笑)

今までは急ブレーキが常にかかりっぱなしで低覚醒の無活動状態になっていたのを、適度にアクセルをふかして、ときどき急ブレーキで速度を落とすことによってちょうどいいレベルら保つことを訓練している。今までは無意識のうちにずっとフル稼働だった解離という急ブレーキを、うまくコントロールして適度に使いこなすことを学んでいるということ。

わたしが前々から書いていた、セラピーの目的は解離を治すことではなく、解離をコントロールできるようになることだ、というのを、今まさにやっているんだと思います。さっきラヴィーンが書いていたように、「エクササイズの目的は、解離が起こるのを防ぐことではなく、解離が起きたときにそれに気づくこと」なのだから。

ここまでセラピーをやってきた自分の感覚としても、このアクセルと急ブレーキで調節している状態、というのは、実感と合っています。セラピストが言っていたように、ひとたびソマティック・リソースに集中すると急速にリラックスしてしまうことからもそういえるし、目を開けるといきなり現実に引き戻されて、ちょうどいい状態を維持しにくいのもそう。百発百中なのも、使い慣れていないフットブレーキを活性化させているのではなく、使い慣れた急ブレーキを活用しているから。

このことから思い出すのは、岡野先生が書いていた、解離の当事者は人差し指でタイピングしてる人みたいなもの、という比喩。本来の理想的なタイピング(タッチタイピング)とは違うナマクラだけど、それでもわりかしうまくいくなら、別にいいんじゃないの?という。わたし自身、これだけ文章を書いていながら、タッチタイピングができなくて、人差し指一本とは言わないまでもかなりナマクラなタイピングの人です。でも快適に文章は書けている。

だから、本来はアクセル(交感神経)とフットブレーキ(副交感神経)で自律神経を調節するのが一番いいのだけど、生育歴の中で解離という急ブレーキ(背側迷走神経)を多用してきた人の場合は、もうアクセルと急ブレーキをメインに自己調節できるようになっていっても、まあそれでうまくいくなら別にいいんじゃないか、ということになる。

少なくとも、急ブレーキを意識的に使いこなせるようになっていれば、今後、セラピーを進める中で不意に交感神経が過度に活性化してパニックになるようなことがあっても、うまく封じ込めて落ち着きを取り戻せるはず。しかも副交感神経の活性化よりも即効性がありますし。

わたしみたいな発達を遂げた人は、もう普通の発達を遂げた人と同じようなやり方を目指すのは不可能なので、普通と違うなりのやり方をつきつめてバランスを取れるようになっていったほうがいいんじゃないかと思います。目標とすべきは、解離を取り除いて普通の人のようになることではなく、どうせ解離を使ってきたのなら、いっそ解離を自在にコントロールできるようになって適応していったほうがいい、という方向性なのではないか。

解離の舞台の中に引用されているブロンバーグのこの言葉を思い出します。

できるだけ簡潔に言うと、ひとつの統合された自己―「現実のあなた」というものは存在しない。自己表現と人間関係は必然的な衝突するだろう〔…〕しかし健康とは統合することではない。健康とは、さまざまな現実のあいだの空間に、それらのうちどれをも失うことなく立つ能力である。

これこそ私が考える自己受容の意味であり、創造性は実際にすべてこのことと関連している。すなわち多数でありながら一人の自己であるかのように感じる能力である。(p250-251)

続けて柴山先生はこう書いていた。

統合が治療の最終目標ではない。患者にとって回復とは、「いま・ここ」の「私」が断片化した自己を切り離すことなく包み込む場所、大地、基盤として生成することである。(p251)

だから、今回のシリーズのタイトルともなっている、切り離された自分の身体を取り戻すというのは、必ずしもバラバラになった自分の身体感覚をひとつに撚り合わせること、すなわち解離を解除して統合することとは限らない、ということになります。

そうではなく、SEのソマティック・リソースの訓練や、あるいは大自然との関わりを通じて、それら断片化してしまった部分をすべて包み込んで安定化させられるだけの能力を身につければ、それでいいということ。

解離の治療というと、さっきサマー医師がオルガに言っていたような、バラバラになった断片をジグソーパズルのように適切なところにはめこんでひとつの全体像を回復することだと思いがちだけど、そうでなくてもいいのかもしれない。前回書いたように、自然界の中で畏怖の念を感じるような経験をした人は、たとえ自分のトラウマ的な過去の全体像を思い出さなくても、なぜそうなったのか理由がわからなくてもトラウマから回復してしまえる。ぜんぶのピースを入れることのできる袋のような自己、すべてを包み込んで安定させられる自己を発達させることができれば、全体像がわからなくでもいいのかもしれない。

実際、サマー医師は自我状態療法を使っていたようだけど、図解臨床ガイド トラウマと解離症状の治療には「治療を受けても、なにが起きたか明確にはわからないままの人もいますし、充分わかったと感じるようになる人もいます」と書かれていたので、統合されなくても安定化できる人もいるんだと思う。(p78)

それが、もしかすると、解離したまま解離をコントロールして生きるということ、人差し指のタイピングでも問題なくやっていけるということ、アクセルと急ブレーキで耐性領域にとどまること、「多数でありながら一人の自己であるかのように感じる」つまり断片化されたまま、一人の自己のように機能するようになる、ということなのかもしれない。だから、いまわたしの症状が変動しはじめていて、何かしら過去の記憶の断片が呼び覚まされているのだとしても、これからどういう経過をたどるのか、そしてどう安定化していくのかは未知数なのだと思う。

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Categories: 5章。2018.06.26