地図にない世界を探検しにいったセラピー体験記(3)

SEを受けに行った体験記の3番目です。

前回の二回目の記事は、セラピーの話はまったく書けずに、自分の体調の考察で終わっていまいましたが、今回はちゃんと二回目のセラピーの内容が書けそうです。といっても、相変わらずセラピー外の考察も多めですが。

今回からタイトルを変更しましたが、理由は最後のほうにて。

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なぜ記憶があいまいなのか

初回のセラピーから二週間。二回目のセラピーの日付になりました。相変わらず計画性も何もないし、前回の記憶がかなり抜け落ちているので、当日になって慌ててルートを調べました。なんとなく場所はわかったので、前回と違う、もう少し運賃の安いルートで行ってみることに。

途中で、郵便局に寄って手紙を出そうとしたところで財布を忘れたことに気づく。財布を持っていくために用意したところまでは覚えているのに、持ってくるのを忘れるという情けなさ。しかもこれだけじゃない。

ざっくり言うと、図書館に取り置きしてあった資料を取りに行くのを2日連続で忘れてムダにしてしまうわ、友人とのスカイプの予定をすっぽかしてしまうわ。ぜんぶ直前までは覚えてるのに、時間がワープしてしまい、気づいたら時間や日にちがすぎていました。財布のときと一緒。最初から忘れてるのは誰にでもある普通ことなので納得もいくんですが、意識していて覚えていたのに時間が飛んでしまうのは凹みます。

前回の記事で書いたように、中枢神経刺激薬を飲むのをやめたとたんこれですよ。もともとわたしは時間感覚が壊滅していて、寝る時間も起きる時間も一定でなく、今が何時かもまったくわからないんですが、中枢神経刺激薬を飲めば時間感覚が戻るし、物忘れも減るんです。しかし飲まなくなるとこの状態に。たぶんドーパミンが足りないと時間感覚やワーキングメモリが働かないんだと思う。

わたしの記憶障害はほとんど記憶喪失と言っていいレベルで起こるので、たぶん脳は奇跡を起こすに書かれているこの現象が起こってるんだろうな、と思います。ちょうど解離について書かれている章の説明ですが、

最近になって幼い頃のトラウマによって海馬に大きな可塑的変化が生じて、海馬が縮み、長期の顕在記憶が形成されなくなることがわかっている。

動物も母親から引き離されると、悲しい叫び声をあげ、それからスイッチオフの状態に入る。こうした動物には、グルココルチコイドというストレスホルモンが分泌される。グルココルチコイドは、海馬の細胞を損傷させ、学習や長期記憶のニューロン・ネットワークにおけるシナプス結合を作らせないようにする。

…海馬が縮むというのも、神経可塑性についての大きな発見である。Lに思春期の顕在記憶がほとんどなかった理由は、これで説明できるかもしれない。うつや過度のストレス、子ども時代のトラウマなどはグルココルチコイドの放出につながり、海馬の細胞を損傷させ、記憶が失われる。(p285)

前に書いたように、わたしは子どものときから自伝的記憶が全然ありません。それが普通だったので、みんなこんなものだろう、と思っていましたが、どうやら違うらしい。「私だって子どものころのことなんて忘れちゃったよ」と言う人でさえ、わたしよりはるかに多くを覚えていることを知り、普通の人とはレベルが違うのか、と思い知りました。

わたしは本に書かれていることを色々と思い出せるから記憶がしっかりしてるじゃないか、と思われそうですが、わたしと同じ慢性疲労や解離を抱えていたと思われるダーウィンがダーウィン自伝でこう言っています。

私の記憶力はぼんやりしているけれども範囲は広い。

その記憶力は、私が引きだしつつある結論に反する、あるいは逆にそれと一致する何かを、私が観察したり読んだりしたことがあるということを漠然と私に告げることによって、私を用心深くさせるのには たりている。

そしていっときとして、私はふつう、どこに私の出典を探すべきかを思いだすことができるのである。(p173)

ダーウィンも子ども時代の母親と過ごした記憶がぜんぶ抜け落ちていると書いていて、続くところでは「ひとつの日付けや一行の詩さえも、数日以上おぼえていられたことがなかった」と嘆いていました。

わたしも本の内容を思い出すとき、正確な内容や言葉遣いはまったく思い出せません。いわゆる普通の人がテスト勉強などに使っている長期的な「意味記憶」のシステムはかなり弱いようです。

でもダーウィンの場合もわたしの場合も、どうやら大半の人と異なる種類の記憶によって、本に書かれていることや、観察した内容などを覚えているらしい。

わたしは、ダーウィンと同じく、漠然と情報の出典のありかを思い出せます。そのとき「こんな雰囲気のことがあの本のこのあたりにあったな…」という印象や場所の記憶に頼っています。これは「手続き記憶」(空間や感覚、運動についての記憶)です。たぶんダーウィンもそうだったんでしょう。だから彼は日付けや詩は覚えられなくても、実際に手で触れ目で観察した動物たちの特徴は覚えていられました。

秤にかけてみて好ましいほうの側についていえば、私は容易に見のがされてしまうような事物に気づいたり、それらを注意深く観察したりすることにかけては、世間なみの人たちよりもすぐれていると思う。

…私はごく若いときから、観察したものは何でも理解しあるいは説明したいというーすべての事実を、なんらかの一般的な法則のもとにまとめたいというー非常に強い欲望をもっていた。

これらの原因が結合して、まだ解明されけていない何かの問題を何年でもよく考え、あるいは考えつづける忍耐強さを私に与えた。(p175)

ダーウィンもわたしも、通常の「意味記憶」が弱い代わりに、体を使って空間や感覚を記憶する「手続き記憶」が強いようです。もちろん、すべてを手続き記憶に頼っているという意味ではなく、比較的手続き記憶が優位だという意味においてです。

わたしたちが赤ちゃんのころのことをまったく覚えていないのは、その時期にはまだ「意味記憶」をつかさどる海馬が発達していないからです。

でも、赤ちゃんも、身の回りの感覚や空間は記憶しています。「手続き記憶」のほうは海馬に依存しておらず、生まれる前から機能している右脳に保存されてるらしい。このタイプの記憶はアルツハイマー病などでも損傷を受けにくいと言われています。

音楽嗜好症の中でオリヴァー・サックスは七秒しか記憶がもたない男 脳損傷から奇跡の回復を遂げるまでで有名なクライヴ・ウェアリンのことを書いています。クライヴは深刻なヘルペス脳炎の結果、脳の記憶領域を損傷し、長期記憶がまったくなくなってしまいましたが、自分の妻に対する深い愛情や、ピアノを弾いたりする能力は残っていました。それらは海馬の「意味記憶」ではなく、もっと広範な「手続き記憶」に保存されていました。

エピソード記憶や顕在記憶は、子ども時代の比較的遅い時期に発達し、海馬と側頭葉の組織がかかわる複雑な脳システムに依存していることがわかっている。深刻な記憶障害者ではその脳システムが傷ついていて、クライヴの場合はほとんど消失している。

手続き記憶や潜在記憶はそれほど簡単に範囲を限定できないが、脳のもっと広い未発達の部位ー基底核や小脳のような大脳皮質下の組織、その組織どうしの接続、大脳皮質との接続がかかわっていることはたしかだ。

このシステムの規模と多様性が、手続き記憶の強さを保証するのであり、エピソード記憶とちがって手続き記憶は、海馬と内側側頭葉の構造が広範囲に損なわれても、おおむね無傷で残る傾向がある。(p280)

わたしやダーウィンみたいな解離が強い人は、たぶん子ども時代のトラウマによって海馬が発達遅滞を起こしていて「意味記憶」のほうは人並みに機能していないんでしょう。

しかし海馬が発達する前から、言い換えれば幼少期トラウマを経験する以前から存在している「手続き記憶」の広範囲のシステムのほうは しっかり機能している。さらに海馬の意味記憶が十分発達しなかったぶん、手続き記憶が「世間なみの人たちよりもすぐれて」発達することになる。

幼少期から目の見えない人が並外れた聴覚や触覚を発達させるように、幼少期から海馬記憶が機能不全を起こしている人は、代償的にもう一つの記憶システムである手続き記憶を発達させ、言葉の字句通りの意味やエピソードを記憶する代わりに、空間や感覚を頼りに記憶することで適応してきたと考えるのは道理にかなっているように思います。わたし自身の感覚から言っても納得がいく。

ある意味で、ダーウィンがあれほど偉大な業績を挙げられたのは、「意味記憶」が貧弱で、「手続き記憶」が強力である、という大半の人とは異なる記憶システムを有していたからでしょう。字面通りに丸暗記するのが苦手だからこそ、柔軟にものを考えるのが得意だったというか。以前書いたように、忘れっぽい人のほうが創造性豊かなのはそのせいだと思います。

記憶力の良すぎる人が芸術家になれないのはなぜか―忘れっぽさと感性の意外な関係
完璧な記憶力の持ち主が芸術的な感性を持っていなかった理由

「記憶する自己」と「経験する自己」

なんだかまたセラピーの話に入らず脱線してますが、ここを飛ばすと思考の流れが飛躍してしまい、セラピーの感想につながらないので、順番どおりに書かないといけません。

この記憶システムの違いについて考えていたとき、「あっそういえば…」と思い出したのが、むかーし、ダニエル・カーネマンのファスト&スローの下巻で読んだ「記憶する自己」と「経験する自己」についてのエピソードでした。

もう一つの思考実験では、麻酔の効かない苦痛に満ちた手術を受けると想像する。あなたは手術中に泣き叫び、やめてくれと医師に懇願するだろう、と事前に言われる。ただし手術が終わったら手術中の記憶を消す薬を飲んでよいので、いやな思い出は完全に消し去ることができる。あなたはこれについてどう感じるだろうか。(p282)

人々が記憶と経験どちらを重視しているのか調査した話。痛みの伴う手術を受けるけれど記憶は残らないなら、あなたは手術を受けるか?というもの。

どちらのほうがいい?と聞いたら、ほとんどの人は別らかまわないと答えるとのことでした。これは「経験する自己」をないがしろにして、「記憶する自己」を優先していることを示しているといいます。

私の非公式の調査によると、ほとんどの人は経験する自己が感じる苦痛に無関心だった。なかには、記憶に残らないなら全然気にしないと言う人もいた。一方、苦痛に苛まれる自分をかわいそうには思うが、それはせいぜい痛がっている他人への同情と同程度だと言う人もいる。

私もこちらである。これはいくぶん奇妙である。つまり私は記憶する自己なのであって、実際に場面に直面している経験する自己は、私にとって他人のようなものだということになるのだから。(p282)

わたしがこの話を覚えているのは、そんなバカなと思ったから。わたしの価値観から言ったら、どう考えてもありえないですから。読んだ当時は、文章を読み違えたのかと思って、何度も読み返してみたものです。

あまりに不思議だったので印象に残っていたんですが、今になって、そういうことか、とわかました。ほとんどの人は、わたしなんかよりよっぽど記憶が鮮明なんです。もちろん本人たちは他の人の感覚と比較したことなんてないから「私って忘れっぽいのよー」なんて笑うかもしれませんが、それはわたしみたいな記憶がほとんど欠落している人の感覚がわからないから。

「私は忘れっぽい」と言う人と話してみても、たいていよく覚えてるものだし、しゃべりだしたら昨日のことから噂話までいくらでも出てくる。それに対してわたしは、「過去のこと」は話せないんです。覚えてないから。わたしが話せるのは、今現在リアルタイムで考えていることだけ。

わたしがこんなに大量の文章を書くのはなぜか。それは、リアルタイムの体験から人の10倍も20倍も考えているからです。わたしはカーネマンの言う「経験する自己」がものすごく強い。学校の読書感想文で苦労したのは、書く内容が思いつかないことではなく、どうやって用紙に収めるかということ。今現在の「経験」の感想なら、際限なく書けますし話せます。わたしの頭は「経験する自己」が雄弁なのです。

ところが大半の人は、疑問の余地なく文章を書くのが苦手だし、読書感想文となると何を書いていいかわからないと言う。大学には論文代行業者なんてものまであるらしい! 論文なんて頑張れば一日一本書けるでしょ! わたしはそういう、書くことが思いつかない系の人たちは想像力が欠如しているのだと思ってましたが違いました。たいていの人は「記憶する自己」は雄弁なので、他人の言ったことや読んだマンガやアニメのストーリーなどは覚えている。しかし「経験する自己」が弱く、リアルタイムでの感想がほとんどない。自分の経験から引き出せるオリジナルなものがないのです。

この「記憶する自己」と「経験する自己」の話は、カーネマンがTEDでも話していました。

ノーベル経済学賞・ダニエル・カーネマン氏が語る、幸福を妨げる“3つの罠” – ログミー

この話から我々は自らを2つの自己として考えているらしいとわかります。「経験の自己」―これは現在を生き、現在を経験し、過去にも戻れる自己です。でも基本的には現在しかありません。例えば、医師が「ここを触ったら痛みますか?」と尋ねる相手は患者の経験の自己です。

もうひとつは「記憶の自己」というのがあります。記憶の自己とは、記録を残し、人生の物語を紡ぎます。例に出すと 「最近の調子はどうですか?」「旅行はいかがでしたか?」なんていう質問です。このふたつは まったく異なるもので「経験の自己」と「記憶の自己」を混同してしまうのは幸福の観念に見られる混乱なのです。

このカーネマンの比較はとてもわかりやすい。

わたしは「最近の調子はどうですか?」「旅行はいかがでしたか?」タイプの質問はまったく答えられません。過去のことは思い出せないからです。たとえ昨日のことでさえ思い出せません。セラピーのとき、今朝は何時に起きたか聞かれたけど、まったく思い出せませんでした。数時間前のことですら霧の中。「記憶する自己」はほとんど沈黙しているも同然です。

しかし「経験の自己」は違う。「ここを触ったら痛みますか?」と尋ねられたら、とても雄弁に、自分を観察して説明できます。過去の記憶は説明できないけれど、今現在の感覚は、非常に細かに描写できる。

ここまで書くとわかるとおり、これはさっきのダーウィンの記憶の話と同じことを言っています。ダーウィンはわたしと同じく「記憶する自己」が弱く「経験する自己」強いタイプだった。だから、長期の正確な意味記憶はほとんど覚えていませんでしたが、リアルタイムで経験することについては人一倍観察力が鋭く、他の人が気づかないようなことまで意識していました。その結果、空間や感覚からなる強力な手続き記憶が形成されました。

そして、この「記憶する自己」が優位か、「経験する自己」が優位かという違いは、どうやら、どんなタイプのセラピーが向いているか、ということにもつながっているようです。

「記憶する自己」と「経験する自己」の違いは、過去の記憶を尋ねて傾聴する普通の形式のカウンセリングと、今現在のリアルタイムの感覚に注意を向けるソマティックなボディワークの違いでもある。

初回のセラピーの記事で書いたように、わたしは言語を用いたカウンセリングは何の役にも立たなかったけど、SEはかなり向いているようでした。その理由は、この「経験する自己」と「記憶する自己」の話から説明できます。

ほとんどの人にとっては、自分の子ども時代とか、過去にあった出来事を聞かれたほうが話しやすいんです。一般的なPTSDのような大人になってから発症したトラウマ障害もそう。過去にあったことをこまごまとく記憶してしまい、忘れることができない障害ですから。世の中のほとんどの人は「記憶する自己」優位だから、「記憶する自己」にとって取り組みやすい対話によるカウンセリングがこんなにももてはやされている。

ところが、わたしみたいな解離の人はまったく逆。PTSDと違って解離は幼少期のトラウマでしか発症しないので、そもそも海馬の発達遅滞とセットなんです。過去の記憶はすべて霧の中であいまいなので、手がかりというと、現在の感覚しかない。まだ海馬が発達していない子どもと同じく、感覚だけの世界に生きている。

解離性障害の人は、不思議な主観的体験や、全身さまざまな不快感について訴えては、医者から「ヒステリーです」なんて一笑に付されるけど、それは間違ってます。それはぜんぶ「経験する自己」によるリアルタイムの感覚なのです。

普通の人と違って、一瞬一瞬の体験から、「経験する自己」が10倍も20倍も何かを感じ取っている。それを言葉にしてるだけなんです。でも医者は嘆かわしいことに「記憶する自己」が優位の普通の人間ばかりだから、会話が成り立たないわけです。

彼らは「記憶する自己」が優位で「経験する自己」が弱すぎる人たちばかりなので、そもそもわたしたち解離の当事者が感じるような体験をしたことがない。海馬記憶が弱いと大学に進んだり医師の国家試験に受かったりするのが難しいから、システム的にふるい落とされているともいえます。医者や政治家というのは、「記憶する自己」が強い人間、言い換えれば幼少期にトラウマを経験せず、海馬が萎縮するような体験はしなかった人たちが寄り集まるようバイアスをかけられた集団だということ。

もう少し別の言い方をすれば、「経験する自己」が優位な人は、遺伝的な素因のせいか、それともトラウマによる海馬の発達遅滞かは人それぞれながら、総じて子どものような感覚を残している人だといえます。対する「記憶する自己」が優位な人は、子どもの感覚を失い、頭でっかちに成長しきった大人です。

とすると、大学教育や丸暗記のペーパーテスト重視で、偏差値の高い人たちしか資格を取れないような職業は、「記憶する自己」偏重の、子どもの感性を失った人たち中心で成り立っているということ。彼らは「経験する自己」が退化してるので、弱い人たちの苦痛を感じ取ることができません。

HSPと「経験する自己」の優位性

この「経験する自己」と「記憶する自己」の区別から考えると、もしかするとHSPみたいな概念って不十分なのかな、って思いますよね。HSPの人は、敏感だというより「経験する自己」が強すぎるのではないか。対する大多数の人は鈍感なのではなく「記憶する自己」が強いのではないか。

初回の記事に書いた、HSPの人にはSEのようなボディワークが向いている、という話は、「経験する自己」が優位の人はボディワークが向いている、と言い換えたほうが良いかもしれない、さらに言い換えると、子どもの感性を残している「手続き記憶」優位な人にボディワークが向いているとも表現できる。

初回のセラピーのとき、セラピストの方に驚かれたんですが、わたしは自分の感覚を観察して言葉で説明するとき、とても繊細な分析ができます。わたしの文章読んでる方ならよくわかるかもしれないけど、些細な体験から、普通の人は気づかないような非常に多くの情報を引き出すことができる。

わたしが経験しているのはまったく特別なものではないはずです。たぶん生まれつき感受性の強い人や、子ども時代にトラウマを負った人の多くが経験していること。わたしが思っている以上に、わたしと同じ経験をしている人は多いでしょう。

しかし、わたしが特別であるとすれば、それは「経験する自己」が雄弁であるだけでなく、自分の体験が意味するところをしっかり言葉で説明でき、他の人が引き出せない情報を一般的な体験から引き出しているというところです。

「経験する自己」が優位な人はそこそこいるとしても、「経験する自己」が感じたことを文章にまとめる編集能力や表現できる語彙がある人は少数だと思うので。わたしはたまたま幸運にもそれができる人、一種のバイリンガルだったということだと思います。

オリヴァー・サックスは、わたしと同じかそれ以上に「経験する自己」が強かった人ですが、彼は左足をとりもどすまでの中でこう書いていました。

私とおなじような経験をした者がおおぜいいるのは明らかだった。しかし、だれひとりそれをうまく外科医につたえることはできなかった。

外科医に話そうとしても、私とおなじく一笑にふされたという。ほとんどの人たちは控えめに沈黙をまもっていた。なんとか理解してもらえた者は1人もいない。

ひどく怯えている者もいれば、すこし恐いと思っているだけの者もいた。鈍感なのか禁欲的なのか。ごく少数は無関心で、彼らは「いいえ、心配なんかしませんでした。そういうものなんですよ」と言うばかりだった。

たとえ私がほんとうに「特別の変わり者」だったとしても、特別だったのは経験そのものではなく、それを始終考えつづけたことだ。(p198)

「私とおなじような経験をした者がおおぜいいるのは明らか」。でも「特別だったのは経験そのものではなく、それを始終考えつづけたこと」。まさにわたしが今言っていることです。

オリヴァー・サックスもまた、過去の記憶があやふやで、記憶が大雑把すぎることに悩んでいました。けれど彼もまた記憶力が弱いのではなく「記憶する自己」が弱く、その代わりに「経験する自己」が強い人だったんでしょう。だから、他の人と同じ経験をしても、大多数の人以上の情報を経験から引き出すことができました。

「意識の座」

この「経験する自己」の強さとは脳科学的に言えば何なのか。それはたぶん、脳の島皮質と呼ばれる場所の強さでしょう。HSPについての本であるひといちばい敏感な子にこう書かれています。

HSPは非HSPよりも精巧な認知処理をしているだけでなく、脳内の「島」と呼ばれる部位が活発に働いていることがわかりました

(この部位は、その時々の内面状態や感情、体の位置、外部の出来事といった情報を統合して現状を認識するので「意識の座(seat of consciousness)」と呼ばれることもあります)。

HSCが自分の内や外で起こっていることを、人よりよくわかっているとしたら、その時は、脳のこの部分が特に活発に働いているのでしょう。(p427)

HSPとはすなわち、脳の島皮質「意識の座」が明るい人たちです。これは、今現在のリアルタイムの感覚を認識する場所なので、島皮質が強いほど、「経験する自己」が強くなります。ひとつの経験から普通の人の10倍も20倍も感想が引き出せるということ。

この島皮質は、解離の研究だと、逆に活動が低下していて、時には活動停止していることが知られている部位でもあります。でも、それは矛盾しているわけじゃなくて、HSPの人は感受性が強すぎるから解離を起こしやすいという意味にすぎません。島皮質が強すぎて、大量の情報を得てしまうために、限界を超える負荷がかかってブレーカーが落ちて逆に活動停止しやすいということです。

わたしの場合も、もともと「経験する自己」が強すぎて、リアルタイムの経験からあまりに多くの情報を感じ取ってしまうがために、生きていることに耐えられなくなってしまった。だから「経験する自己」が受け取る情報量を少しでも制限するために慢性的に解離が起こっている、ということになるでしょう。

そうすると、わたしがダニエル・カーネマンの調査に違和感を覚えたのは当然なわけです。痛みを伴う手術を受けても記憶が残らないほうがいい、と述べた大多数の人たちは、わたしとは逆に「記憶する自己」が優位な人たちだった。けれども、わたしはというと「経験する自己」のリアルタイムの感受性があまりに強く、「記憶する自己」があまりに弱いので、記憶は残ってもリアルタイムの痛みが少ないほうがマシ、と判断したわけです。

正直なところ、このことを知るとやるせない気持ちになります。わたしの感覚が、周りの大多数の人と どれほどかけ離れているかがよくわかるからです。だって、わたしの「記憶する自己」が弱いのと同じだけ、一般の人たちは「経験する自己」が弱いってことでしょう? 

わたしはほんの半日前のできごとすら思い出せないほど「記憶する自己」が役立たずですが、ほとんどの人は、それと同じことが「経験する自己」に起こっている。自分の意見を尋ねられてもほとんど主張できない、気持ちを繊細に表現できない、読書感想文を書けと言われても何も思いつかない、そればかりか、こっちがたくさん考えていることを神経質だとか考え過ぎだとか批判までしてくる。深く感じてみる能力というのがない。絵が描けない、詩が描けない、歌うことができない。こうした表現力の欠如は、子どものときは誰でも持っていたはずの「経験する自己」を喪失した大人たちの特徴です。

島皮質という「意識の座」が明るくない人には、「意識の座」が明るい人がどんな景色を見ているか想像することさえできないでしょう。彼らからしてみれば、わたしとかダーウィンとかサックスもみたいな人は、さっき書かれていたように「特別の変わり者」としか映らないわけです。

おそらく言葉で話してわかりあうことなんてできません。理解してくれない人や医者に、なんとか分かってもらおうと説明を試みるのは、永久に時間のムダなのです。言葉が足りないわけでも、説明の仕方が悪いからでもありません。それはあたかも、白黒の世界に生きている人に、色とは何かを説明するようなものだからです。光が足りないと色が見えないように、意識の座が暗い人はリアルタイムの経験が伝える色とりどりの情報を識別できない。そうした人でもオープンモニタリング型の瞑想に取り組むなどして、子どものような感性を取り戻すために訓練すれば、島皮質が明るくなる可能性はあるでしょうが、たいていはそんなことに興味を持つことさえしない。

なんて不毛な、生きる気力を吸い取られるような話なのか…。もちろん、それら普通の大人たちにとっては当たり前の、「記憶する自己」が雄弁に語るという状態は、わたしにはまるでわからないので理解できないのはお互い様なのですが。

でも、ぜんぶの人がそうではない。特別強いHSPの人が人口の何割かいることを思えば、「意識の座」が明るく、経験に対して敏感な人は、少数派ながら存在しています。わたしが話すことをわかってくれる人は間違いなく存在する。大多数の人には伝わらなくても、同じく「意識の座」が明るい人には伝わる。

そして、そうした少数派のために生み出されたセラピーが、「経験の自己」の言葉に耳を傾けるSEのようなボディワークです。

ラヴィーンが身体に閉じ込められたトラウマ で書いているように、SEとは、ブレーカーが落ちて停止しまった島皮質の機能にアクセスし、圧倒されずに感受性を発揮できるようにすることを目指しています。

この繊細なプロセスで重要なのは、強烈だったりわずかだったりする、身体感覚と感情を安全に感じ取ることである。まさにこの働きをしていると思われる一対の脳の構造の存在が明らかになっている。

大脳辺縁系と前頭葉皮質の間に位置する島(insula)(より辺縁系に近いところにある)と帯状回(cingulate)(より大脳皮質に近いところにある)である。

簡単に言うと、島は筋肉や関節、内臓を含むからだの内部構造からの情報を受け取る。島と帯状回はともにこれらの原始的感覚を、微妙な感覚や知覚、認知に生成して私たちにわかるように伝えているのである。

この機能にアクセスすることが、次章以降で述べる、トラウマと激しい情動を変容させるアプローチの鍵である。(p89)

別の本で読んだところによると、どうも島皮質は、内部と外部の感覚のバランスをコントロールしているようなので、初回のセラピーのときに書いた感覚の振り子運動のリズム(ペンデュレーション)と密接に関わっているんじゃないかと思います。

わたしが思うに、トラウマ障害になる人はもともと島皮質の機能が強く、感受性に秀でた人が多いんじゃないでしょうか。例えばサイコパスは島皮質の機能が生まれつき停止していますが、サイコパスはPTSDにならないことが知られています。サイコパスと言わないまでも、「意識の座」が明るくなく、「経験する自己」が弱い人ほど、ショッキングな体験をしてもトラウマを抱えないのでは?と思います。

つまり、解離を抱える人や、SEなどのセラピーに興味を持つ人は、セラピスト側もクライエント側も、子どもの時から島皮質の機能が強い人が多いのではないか、ということになります。

医学や政治の世界とは逆に、人類の中では少数派である「経験する自己」の強い人間が寄り集まって作った学問領域だから、そうでない大半の人たちや主流派からは価値を理解されないのかもしれません。子ども時代の名残りである共感覚を失った大多数の大人たちには、共感覚の研究の価値がわからないのと同じように。

あなたも共感覚者?―詩人・小説家・芸術家の3人に1人がもつ創造性の源
文字や数字に色がついて見えたりする共感覚と創造性

二回目のセラピーへ

とかなんとか考えているうちに、セラピールームにつきました。余裕をもって出たはずなのに、財布を忘れて取りに行っていたタイムロスのせいで、10分遅れでヨロヨロと到着。セラピストの方は心配してそろそろ携帯電話に連絡入れようかと思っていた、と言ってましたが、その携帯電話も忘れたなんて言えない…(-_-;)

セラピーは、まず前回のやり取りを思い返すところから。ここで注視していたのは、初回の感想に書いたとおり、しっかり前回の内容や、そのときお願いしたことを覚えてくれているかどうか。それによって、長期のセラピーを申し込むかどうかを判断する心づもりでした。有り体に言えば、セラピストを「試す」ために布石を打っといたんですね。

なぜそうしたかというと、前も書いたとおり、質の悪い医者やセラピストは、前回に話した内容を覚えていないことが多いから。当然忙しすぎるからという理由もあるとは思うけど、前回の内容を忘れていたら、また同じことを話さないといけなくて、いつまでも治療の積み重ねが起こらず、不毛な時間になってしまいます。

わたしみたいな記憶力がない人が言えることじゃないかもしれませんが、そんなわたしでもこうやって覚えているうちに記録に残すことで、積み重ねていこうと努力しているんです。「記憶する自己」が強いか弱いかの問題ではなく、誠実な関心を抱いているかどうかの問題です。

また、こちらの話したことを覚えておらず、自分の治療方針だけ話すような医者やセラピストは、クライアントより自分の考えを優先しているということ。柔軟な対応が期待できない上に役に立たない信念を押し付けてくる可能性が高い。

今回のセラピストはどうなのか。前回とても印象がよかったのできっと…とは思っていましたが、これまで期待を裏切られたこと経験も多いので、かなりドキドキしていました。

すると。

まず前回お願いしたことはしっかり覚えてくれていて、早々に話題にしてくれました。絶版になっているラヴィーンの本についての話だったんですが、他のセラピストの方にも情報を聞いてくれた結果、図書館に依頼してみたらどうかと提案してくれました。わたしも実は同じ結論に至っていて、この二週間のうちにすでに本を借りることができていました。何より、しっかり覚えてくれていたのがよかった。一安心して胸をなでおろしました

それから、前回のセラピーの感想を聞かれたので、初回記事に書いたようなことを話しました。わたしはついはっきりした変化を求めてしまい、強い効果をもたらすセラピーを希望していたけれど、帰り道でSEの理論を思い出し、小さな刺激によって安全に治療するという方針を徹底してくれていたことに感謝したこと。

そう話すと、セラピストの方は、うまく動機が伝わってよかったと話してくれました。そして、初回のセラピーが終わった後になって、もしかすると「強い刺激を与えてしまうと普段起こっている解離反応が出てしまうので、かえって弱い刺激のほうが効果がある」と説明したほうがよかったかもしれない、と思ったとのこと。

トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際に書いてあるこの説明のとおりです。

しかし、あまりに早く、あまりに多くの感覚にアクセスすることは実際には解離を増やし、症状を悪化させます。クライエントはまず自分の体験を観察して、その内容と情動を脇に置くことができるようになる必要があります。したがって、セラピストは各々のクライエントのペースと統合能力にそって進まなければなりません。(p219)

確かに、それならわたしにとって非常にわかりやすい説明でした。トラウマのある人は、強い刺激だとかえって鈍感になり、弱い刺激だと鋭い反応を見せる、ということを、さまざまな本を通してよく知っていたからです。

刺激は小さいほど効果がある

たとえばラヴィーンは身体に閉じ込められたトラウマの中で、トラウマを抱えた人は小さな刺激には敏感に反応するのに、大きな刺激には鈍感だと書いています。また日本の杉山登志郎先生も、発達障害の薬物療法にて、薬は驚くほど少量のときに効果が出るのに、増やすと効かなくなる逆U字現象があると報告してました。

いずれも小さい刺激だと効果が高いのに、大きな刺激では鈍感になってしまうという共通性がある。これはつまり、トラウマを負うとPTSDが生じて、ささいな刺激に敏感になると同時に、大きすぎる刺激には解離が起こって麻痺する、ということで説明できます。

セラピーにおいても、暴露療法みたいにカタルシスをもたらす大きな刺激を与えると解離が悪化するだけなので、小さな刺激から反応を引き出すほうが効果がある、というのがSEの考え方なわけです。身体に閉じ込められたトラウマ でもこんな例がありました。

私は彼に「少しの間、その感覚にただ気づいてみましょう」と言った。

アダムは自分の言葉に驚いて、突然、目を開けた。彼は、「これは危ない感じがするぞ」と言ったのだ。

「ええ」と私は同意し、「そうかもしれません。だから一度にほんの少しずつ気づいていくというやり方を身につけることが大切なのです。あなたのからだはもう随分長い間、凍りついていたのです。もうそろそろ解かしてあげてもいい頃ではないでしょうか」と付け加えた。(p225)

わたしみたいな人は、強い感覚に圧倒されてしまうと、簡単に「危ない感じ」に圧倒されてしまうので、「一度にほんの少しずつ気づいていくというやり方を身につけることが大切なのです」。

ところで、いま挙げた、大きな刺激は危険で小さな刺激のほうが効果的だという二つの例、すなわちラヴィーンのセラピーについての話と、杉山登志郎先生の薬についての話。これらは一見別物に思えるかもしれません。かたや心理療法、かたや薬物療法ではないのか。

そうした疑念は、前回書いたような、心と体を二分して考える有害極まりない医学の伝統の影響を受けています。セラピーは心を変化させるのではありません。すでに脳科学の画像研究で証明されているように、セラピーは脳を神経生理学的に変化させることで成果を上げています。

ラヴィーンが身体に閉じ込められたトラウマ で書いているとおり、今では「身体的痛みを司る領域および神経路と情動的痛みを司るそれらとがほとんど同一である」ということがわかっています。(p407)

前回書きましたが、わたしの場合、体の激痛が解離によってマスクされているだけでなく、精神的苦痛もほとんど感じず、めったに落ち込みません。でも高熱が出て、解離のマスクが外れたとき、わたしの体には激痛が現れ、同時にとても生きてはいられないような精神的苦痛も生じました。これは身体的苦痛と精神的苦痛が同一の経路で起こるものだということを知れば何も不思議はありません。どちらも神経の感覚によって生じている同じものなのです。

解離とは前回も書いたように、オピオイドの噴出によって痛みを麻痺させる防衛機制ですが、生物にとっては、体の痛みと心の痛みなどという区分はないので、解離が起こればどちらの痛みもマスクされます。わたしが嫌なこと(精神的苦痛)をすぐ忘れるのであれば、肉体的苦痛も同じようにマスクされているはずです。

であれば、暴露療法のような危険なセラピーで感じる過剰な刺激も、大量の薬物がもたらす刺激も、わたしたちの脳は心理的か身体的かを区別しないのです。どちらの場合も、大量の刺激を浴びれば解離が起こって感覚鈍麻します。少量の刺激を与えるセラピー、少量の刺激を与える薬物のときにのみ、体は解離を起こさず効果を実感できます。

このことは、ラヴィーンが 子どものトラウマ・セラピーで書いているこの一文からもよくわかります。

私たちは場合によっては、生物学上、凍りつく(または元気がなくなる)ようにできているのです。

逃げることも闘うこともままならないか、それらが不可能であると認識されたときの最後の奮戦として、たとえそれが血中に入った病原菌だとしても硬直や衰弱が起こります。(p18-19)

解離とはつまり、生物学的な凍りつきや麻痺の反応のことですが、それは生体の危機が迫れば、精神的痛みか肉体的痛みかの区別なく引き起こされます。診察室の暴露療法という逃げ場のない苦痛であっても、体内に入った病原菌や薬物という逃げ場の苦痛であっても、体は同じように危機を認識し、凍りつき反応によって感覚を鈍麻させるのです。

トラウマを負った人の体は、この危機に対する認知が鋭いので、ちょっとした刺激でも解離を起こして鈍麻しやすくなっています。だからこそ、一般よりも少量の薬、少量の刺激でしか正常な反応を返さず、少しでも刺激が多いと感じられれば、感覚が麻痺してしまい、効果が出なくなってしまいます。

わたしはこうした知識があったので、セラピストの説明がよくわかりました。小さな刺激ほど効果がある、という意味がすぐに理解できました。

こういう知識は、本当は、医者がもっと活発に発信して人々に知らせておくべきことです。それなのに、医者たちはいまだに心と体を分けて論じるので、何も知らない一般の人たちは惑わされてしまい、精神疾患と身体疾患は別物だと思いこんでいます。そのせいで、たとえば慢性疲労症候群は心の病気ではなく体の病気だなどと主張する患者団体さえ生まれています。こうした人たちは、自分の問題は「身体的」なものだと思いこむので、トラウマ研究など「心理的」だと思われている分野の研究の恩恵を受けられなくなってしまいます。

これは患者が悪いのではなく、科学が明らかにした真実をしっかり一般に知らせず、覆い隠してきた医者たちの責任です。それはちょうど災害や病気は神からの罰であると教えたり、死後に魂が生き残って、火の燃える地獄で永遠に焼かれると教えたりして、人々を惑わし怖がらせてきた宗教家たちと同じほど有害で悪質だと思います。ダーウィンも自伝の中で、「そんなものは、いまいましい教理だ」と言い捨てていました。(p104)

しかし、宗教家や医者たちがいかに言葉巧みに惑わそうとも、わたしたち人間は肉体と心(魂)のような相反するものの奇妙な継ぎ接ぎなどではありません。プルーストの記憶、セザンヌの眼―脳科学を先取りした芸術家たちの中で、幻肢痛の発見者となった聡明な医師サイラス・ウェイア・ミッチェルと、その親友であった詩人ウォルト・ホイットマンが科学的観察の結果として書いているように、人間は決して分けることのできない奇跡的な一個の存在なのです。

この短編 [注:「ジョージ・デッドローの場合」という幻肢痛を描いた小説]で、ウェイア・ミッチェルはホイットマン的な生理学を想像している。魂は身体であり、身体は魂なのであるから、身体の一部を失うことは、魂の一部を失うことである。

ホイットマンが「ぼく自身の歌」に書いているように、「一つが欠ければ、どちらも欠ける」。精神を身体から分離させることはできない。

なぜなら、精神と身体とは、見かけこそ似ても似つかないが、どうしようもなく絡み合っているからだ。ホイットマンは『草の葉』の第一ページで、…人間は統一体であることを明らかにしている。(p32)

彼が推測していたのは、もちろん、魂は肉体でできているということである。(p44)

興味深いことに、宗教家たちが「魂」と訳出してきたヘブライ語「ネフェシュ」は、もともと精神体ではなく人の肉体を含めた存在そのものを指す言葉だったらしく、古代ユダヤ文化では、魂と身体を分けて考える概念はなかったようです。ホイットマンとミッチェルは何も新しいことを言っているわけではなく、宗教家や哲学者が頭でっかちな机上の空論を積み上げて事実を捻じ曲げる以前の、純粋な観察と経験に基づく概念に立ち戻っているだけなのです。

ことわっておくと、わたしは目に見えない力とか、未知なる霊的なものを否定しているわけではありません。そもそも重力だって目に見えない力ですし、何より命という目に見えない力はいまだに解明されていません。死んだ有機体に謎めいた力を入れて復活させることは科学にはできません。量子力学では直感に反する現象がたくさん確認されています。ダーウィンもまた自伝でこう書いています。

神の存在への信念へのもう一つの源泉は、感情にではなく理性に結びついたものだが、それは、もっとずっと重みをもつもののように、私は印象づけられている。

これは、遠い過去やはるかな未来までも見る能力をもつ人間を含めて、この広大で不思議な宇宙を盲目的な偶然や必然の結果として考えるのが極度に困難である、むしろ不可能であるということからの結論である。

このように考えたときには、人間とある程度似た知性的な心をもった第一原因に目を向けることを余儀なくされるように感じる。この場合、私は有神論者と呼ばれてもいい。(p110)

わたしはただ、すでに明らかになった科学的事実を無視し、人々の不利益になるような情報を奥面なく広める人たちを、医学や宗教を問わず非難しているだけです。

立ってセラピーを受けるということ

話を戻すと、この二つのできごと、つまり前回のお願いを覚えていて代案を出してくれたことと、前回のセラピーの説明を補ってくれたことがまずあったので、この時点で長期のセラピーをお願いすることに決めました。これなら、絶対に積み重ねが期待できると確信しました。

それから、この日のセラピーの本題に入りました。まず、前回と同じくセルフタッチを試みてみよう、ということになりましたが、座る場所を変えてみるなど、何かやってみたいことはあるか、と提案されました。こうして意見を尋ねて選ばせてくれる姿勢はいいですね。少し悩みましたが、立った姿勢でやってみたいと答えました。

なぜ立った姿勢でセラピーをしようと思ったのか。それは、ラヴィーンの身体に閉じ込められたトラウマ に、そうした例が幾つか出ていたのが印象に残っていたからです。

大半の心理セラピストが、双方とも椅子に座ってクライアントに接する。座るということは、直立した姿勢を維持するためら固有受容情報や運動感覚情報がほとんど必要でないため、からだは容易に持ち主から姿を消して空っぽになる。

ラニウスとホッパーのfMRI研究を思い出してみよう。解離状態の患者には、身体感覚を制御する脳領域(島および帯状回)の大幅な活動低下が認められた。

これに対して、立位の場合、固有受容、運動感覚の統合を介してバランスを維持するために、少なくとも何らかの内受容感覚と気づきが必要となる。

この単純な姿勢の変化が、クライアントが困難な感覚や感情を処理しながら からだの中にとどまっていられるかどうかの相違を生むことが多い。(p139)

簡単に要約すれば、解離しやすい人は、座っていると意識が飛びやすいので、立った状態のほうが島皮質が活性化し、セラピーから気づきを得やすくなる、ということです。

ちょっと前に出てきた、「これは危ない感じがするぞ」と述べたアダムも、立った状態でセラピーを受けていました。彼は解離がひどくて慢性的に凍りついていましたが、立った状態でセラピーを受けることで、いつもは気づかないはずの内面の変化を感じ取れました。

私は彼に虚脱状態に陥ってほしくなかったので、膝を少し曲げて立ってみるようにと言った。立つことには固有受容的で感覚運動的なシステムの活性化と協調が必要とされる。

このことは神経系の覚醒系に作用して、アダムの意識を常にオンラインにしておくという効果があった。(p224)

わたしの場合はどうかというと、初回のセラピーを受けたとき、座った状態だと頻繁にぼーっとして意識が飛びかけて眠くなっていました。途中までまったく心が動かなかったのも、たぶん座った姿勢が影響していたはずです。

感想にも書いたように、わたしは家では、ラヴィーンの提案にしたがって、バランスボールを椅子代わりにしています。ラヴィーンは立つことの効果についての文脈の続きで「もう一つの効果的なバリエーションは、クライアントに適切なサイズのバランスボールの上に座ってもらうことである」と書いていました。(p139)

ずっと前から気づいていたことですが、わたしは「椅子に座れない」人です。椅子に座ると猛烈に眠気が出てきて、意識をつなぎとめるのに苦労するので、椅子に座って勉強することができません。文章を書くときも、座椅子だったりバランスボールだったりベッドの上だったりでしか書けず、とにかく椅子に座ると解離しきってしまいます。学生のときなんか座ると集中できないのでシャワーを浴びて意識をつなぎとめながら勉強していたくらいです。

どうして椅子に座ると集中できないのか、ずっと謎でしたが、トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際を読んだとき、これぞという答えを見つけました。

学習困難になりつつあると気がついてセラピーにやってきた大学生は、勉強しようと座ったら、すぐに「ボーッとして」集中できなくなると訴えました。

セラピーで、このパターンを観察すると、長い間静かに座っているときに彼女が体験している身体感覚は、固まってやり過ごす防衛反応に似ていると気がつきました。小さい頃、性的ないたずらをされたときの残骸だったのです。

彼女の感覚と過去のトラウマとの相互関係を理解し、勉強するときにしょっちゅう「動く」ようにすると、彼女の覚醒レベルは耐性領域の中にとどまるようになり、より効果的に学習できるようになりました。(p304)

まさしくこれでした。もしも彼女がバランスボールを使うことを知っていれば、しょっちゅう動くような休憩を取らずとも意識をつなぎとめられたと思います。

敏感なHSPの子は、学校で座っているだけでぼーっとして解離しやすく、不注意なADHDと診断されやすいですが、たぶんHSP比率が高そうな北欧で、学校の椅子にバランスボールが導入されているというニュースを見たとき、これは絶対効果的だろうなと思いましたよ。一部の学校だと、立って授業を受けるという取り組みも導入されていますが、さすがにそれは体力のない子にきついので、バランスボールのほうがいい選択肢ではないかと。発達障害の子がいたら即席の感覚運動療法にもなりますしね。バランスボールが危険だという人がいたら、座面部分だけバランスボール化してある椅子とかもありますし。

さて、セラピーを始めると、まず立っているときの体の感覚を聞かれたので、足が重力に引っ張られすぎて苦しいと答えました。また、膝がガクガクして姿勢がまったく定まらないとも伝えました。

膝の位置が決まらない症状は、子どものときから軽くあったのですが、ここ数年特に悪化していて、まともに立っていられないほどです。知識のない医者だと、引きこもりをやっているせいで廃用症候群(デコンディショニング)が起こって筋力が低下しているなどと言うんですが、それは違うでしょう。歩いているときは全然大丈夫だからです。

膝だけでなく肘の関節も決まらない現象が、すでに10代のころからありました。19歳くらいのときに一日だけ受けたセラピーのとき、うつぶして膝をつく姿勢を取ったとき、肘がまったく決まらなくてガクガクと震え、セラピストに心配されたのを覚えています。しかし不思議なことに、より安定性が悪いはずの腕立て伏せの姿勢だと大丈夫なのです。

ずっと理由がわかりませんでしたが、今ならこれもわかります。どちらの場合も、より負荷のかかる姿勢のほうが、膝や肘が安定したのは、ただ立っている姿勢とか、膝をついてうつぶしている姿勢では、まだ低覚醒状態にあって、体の凍りつきが起こっているからです。

生き物は凍りつき・擬死状態になると、腰が抜けたり、全身の関節がぐんにゃりして脱力してしまいます。凶悪犯罪や事故の被害に遭った人にもよくみられる症状です。わたしは立ったまま解離してしまうので、ただ立っている姿勢だと、膝が脱力したままだということです。

昔っからわたしが一番体調がましなのは、座っているときでも立っているときでもなく、歩いているときだという不思議な現象がありました。もしただの慢性疲労だったら、歩いているときが一番しんどいはずなのに!  でもこれは、常に解離状態にあって、歩いているときだけ体を覚醒させるのに十分な刺激が送られているからだと考えれば納得がいきます。

今回も、立った状態で足が震えていると伝えると、セラピストは意識を目に集中させ窓のほうを見つめてみるように言いました。そうやってみると膝の安定感がましになりました。これは、外部の視覚刺激に注意を集中することで低覚醒が和らいだ、ということなのでしょう。なるほど、わたしは自分の問題に気づいていながら、こういった対処法があることは思いつきませんでした。良いセラピストです。

ちなみに、筋肉が働かない原因を廃用症候群(デコンディショニング)だけで説明しようとする人は、筋肉を動かしているのは脳と中枢神経だということを理解していません。たとえば、体操選手の体が柔らかいのは、筋肉が柔らかいからだと誤解している人が大半ですが、それは間違いです。詳しくは脳はいかに治癒をもたらすか 神経可塑性研究の最前線を読むとわかりますが、特定の筋肉を緊張させ、別の筋肉は弛緩させる適切な指示を送る手続き記憶を脳が持っているゆえに、体操選手は柔軟に動けるようになるのです。筋肉というハード側の問題ではなく、ハードを柔軟に動かせるプログラムがソフト側にあるかどうか、ということですね。

運動前にストレッチするのも、筋肉というハード自体をほぐして、柔らかくしているわけではありません。筋肉の感覚受容器を通して、これから運動をすることを脳に伝えることで、脳の手続き記憶というソフトのプログラムを活性化させ、ハードである筋肉に柔軟な命令を出せるようにしているのです。これもまた、体と心(脳)を切り離して考えることができない一例です。

このあたりのことは豚足に憑依された腕 – 高次脳機能障害の治療 –の「運動器の障害の本質─そして脳との関係性 」という項に詳しいです。たびたび引用しているサックスの左足をとりもどすまで の話も出てきます。著者の本田先生は、わたしと同じく思春期ごろから金縛りに遭いまくる体質の人だったとか。そんな人でもないとこういう分野に興味持たないですよね(笑) (p2,507)

左右のセルフタッチを比較する

さて、次に、セラピストは、今回はどちらか片方の手だけでセルフタッチをやってみようと提案しました。わたしは左手を選びました。

前回と同じように、左手を腰の腎臓があるあたりの位置にそえました。そして目を閉じて内的感覚に集中しました。前回は、腰のセルフタッチによって、リラックスした感覚が引き起こされましたが、今回はそれとは違い、立っている姿勢なのにぼーっとしてきて意識が薄れ、眠くなってきました。また左手の二の腕がしびれてきて感覚がなくなってきました。

それを伝えると、セラピストは目を開けて、もう一度窓のほうに視線を集中させるように言いました。目の焦点がまったく合わず、窓のずっと外のはるか遠くの空間を眺めているような状態でした。左手のしびれは治ってきました。

そのあと、室内のものを見回してみるよう言われましたが、奇妙なことに気づきました。左目だけがはっきり冴えていて、右目は眠くてぼーっとしているのです。左目に映る像だけとても鮮明なのに、右目の視界はいつもどおりのぼんやりしたままです。セラピストにそう話すと、しばらく経てばもとに戻ると言われました。実際、数分経つと元に戻りました。

このときの左目の視野の鮮明さは、初回のセラピーのとき、セルフタッチのあとに目を開けたら、ふと注意が鋭敏になっていて、観葉植物の色のグラデーションに気づいたのと同じ感覚です。あのときは両目でしたが、今回は左目だけでした。それはきっと、前回は両手によるセルフタッチ、今回は片手によるセルフタッチだったからでしょう。左手と左目はどちらも右脳でコントロールされているので、左手によるセッションが左目に強い影響をもたらすのは当然です。

続いて、少し座って休んでから、今度は反対側で試してみることにしました。同じく立っている姿勢から始め、右手を腰のあたりに添え、内部の感覚に集中します。今度もやはり、頭がぼーっとしてきましたが、それを伝えるとセラピストは前回より早めに目を開けて窓のほうを見るよう促しました。

やってみると、ぼーっとした視界はそのままだったものの、先ほどよりかはましでした。というより、普段どおりの視界というのか。初回の感想にも書いたとおり、わたしが人の顔を見分けられない相貌失認なのは、常に解離状態で視界がぼんやりしているからです。

脳は奇跡を起こすに書かれているルネ・スピッツの古典的な観察が物語っているように、幼少期のトラウマによって引き起こされる解離の症状のひとつは、目の焦点が合わなくなり、親を含め、他人の顔を識別するのをやめてしまうことなのですから。

第二次世界大戦のさなか、ルネ・スピッツが刑務所で母親によって育てられた幼児と、孤児院で育てられた幼児を比較した。孤児院では、ひとりの看護師が七人の幼児の世話をしていたが、幼児は知的な発達が止まり、感情をコントロールすることができなかった。

そして、ひっきりなしに体を前後にゆすり、意味もなく手を動かしていた。また、その幼児たちは世間に関心がなく、ほかの人が抱こうとしたり、あやそうとしても反応しなかった。

写真で見ると、幼児たちはどこか遠くを見つめるような目をしている。こうした「スイッチオフ」の麻痺状態は、子どもたちが親を捜すことをあきらめたときに生じる。(p269)

そういえば、去年、解離の専門家に相貌失認のことを話したとき、鏡の自分の顔が分かるかと聞かれたんですが、一応見分けはつくものの、意識して眺めたことがないですね。そう言われて始めて、鏡に映る自分を観察してみたんですが、わたしと同じ相貌失認だったオリヴァー・サックスがオアハカ日誌に書いているのと同じように思いました。

わたしは時々、自分の顔はいくらか間が抜けていると思うのだが、まわりのひとは、人のよさそうな顔だと思っているようだ。

だがこれも、不意に鏡や窓にうつった自分を見て「あの気がよさそうでぼんやりした顔の男はだれだ?」と思うことがあるせいで(それも一度や二度ではない)、自分でそう思い込んでいるにすぎない。(p111)

鏡で自分の顔を見ていると毎回、誰だこれは?となるので、まじまじ見るのをやめて、今までどおり焦点を合わせないことにしました。深く考えると怖くなってしまいそうで。

セラピーの話に戻すと、その後、わたしは相変わらずぼんやりしていたものの、不思議と悪くない気分になっていました。意識は鮮明ではありませんでしたが、わたしにとっては日常の慣れ親しんだ心地良いレベルの覚醒度、半分夢心地の状態です。最初に左側のセッションをしたときは、すごく疲れたので一度座りましたが、次の右側のセッションでは、そのまましばらく立っていてもいいように思いました。膝が完全には定まっていませんでしたが、最初ほど不安定ではありませんでした。

少し会話してから座ると、なんだか夢の中にいるような心地になりました。時間がワープしたかのような、さっきまでは別次元にいたような、時間と空間の不連続性を味わいました。わたしは、まるで小旅行したかのようだ、とセラピストに伝えました。すると、ご自身も、SEの訓練をしていたとき、そうした感覚を味わったことがあると話してくれました。

耐性領域の狭さを知る

これで、今回のセッション部分は終了。前回よりもさらに濃密な体験だったので、量は少なかったものの、わたしはとても満足していました。残った10分ほどは、セラピストと今回のセッションの意味を話し合いました。

まず、わたしの意見を聞かれたので、一度目の二度目の体験の左右差について話しました。二回とも感覚に圧倒されて解離し、頭がぼーっとしてしまいました。左手のときは交感神経が興奮しすぎて、強い解離状態が引き起こされ、目を開けたあとも交感神経の興奮が残っていたため、左目だけ冴えた状態になりました。

しかし右手のときは、同じように解離しかけたものの、早い段階で目を開けるよう言われたので、それほど強い解離は引き起こされず、交感神経の興奮が目に残るということもありませんでした。

そう話すと、セラピストは、最初の左手のときに、わたしが左手のしびれを訴えていたのを思い出させてくれました。しびれは背側迷走神経の凍りつきに特有の現象です。そういえばわたしは子供のころから頻繁にそこかしこがしびれるんです。正座をしているとかでなく、ちょっと気分が悪くなったり動揺したりすると、謎のしびれが体のあちこちに起こるわ、しゃっくりが簡単に誘発されるわ。いずれも内臓にはりめぐらされた迷走神経の凍りつき症状だったのだなーと今になってわかりました。

それからセラピストが、今回観察したことを説明してくれました。それによると、左手のセッションのとき、わたしは強い内的刺激にさらされて交感神経の興奮が限界に達し、反作用として背側迷走神経が働きだして意識の解離や手のしびれが引き起こされたように思われました。しかし目を開けて現実に注意を引き戻すことで副交感神経のブレーキが働き、少しずつ落ち着きました。しかしまだ交感神経の興奮の名残が残っていたので、左目だけが覚醒していました。

続く右手のほうのセッションは、わたしが考えていたように、早めに切り上げたことで、左手のときほどの強い反応が生じなかったのだろう、とのことでした。(あるいは、トラウマは主に右脳に保存されているので、右脳と直接つながっている左側のほうが反応が強い、という可能性も考えられますが)

セラピストが、今回のセラピーのまとめとして話してくれたのは、わたしの耐性領域がとても狭い、ということでした。薄々そうだとは思っていましたが、ちょっとした刺激ですぐに閾値を超えて解離状態になってしまうようです。やはり「小さな刺激」で進めていくのがよいだろうとのことで、わたしも完全に同意しました。

前回のセラピーのときは、腰へのセルフタッチで心地よい感覚が引き出されましたが、それはたぶん座ったままだったことが関係しているのでしょう。座った状態ではわたしはかなり低覚醒なので、安心感を感じたときに副交感神経が活性化して、ちょうどよいレベルに調節されたということです。

しかし今回は立った姿勢を選びました。立った姿勢では、もともと負荷がかかっていて低覚醒が和らいでいるので、内的感覚に集中したとき、ちょうどいいレベルを飛び越えて神経系が圧倒されてしまったのかもしれない。膝が定まっていなかったことからすると、立っていた状態でも低覚醒ではあったはずですが、それでも低覚醒から過覚醒、さらに解離まで一気に進んでしまったあたりに、わたしの耐性領域の狭さがよく現れています。

表にしてみるとこんな感じだろうか。(個人的な内容なので、人によってカッコ内の対応する行動が代わるはずです)

超限界段階 (恐れや恥や焦りなど強い刺激を受けてここに至ると反転してシャットダウンする)
       ↑
軽い過覚醒  (歩いている時など)
————————
       ↑
ほどよい覚醒 (一番リラックスしている段階。めったにない。この状態だと視界がはっきりする)
耐性領域 
       ↓
————————
軽い低覚醒   (ただ立ってる時など。いつものレベル)
       ↓
解離状態 (座っているとき、シャットダウンしたとき)

普通の人は、耐性領域が広いので、解離などめったに起こさないのですが、わたしは耐性領域が狭すぎるので、しょっちゅう超限界段階に達しては解離に反転して凍りつきやしびれを起こしているということになります。そして、シャットダウンを防ぐためにあらかじめ慢性的に低覚醒にとどまるように適応してきたともいえます。低覚醒にとどまっておくことで、刺激を受けても超限界段階まで上がってシャットダウンしてしまうのを幾らか予防できるからです。

このあたりの耐性領域の理論については、さっき引用した トラウマと身体 センサリーモーター・サイコセラピー(SP)の理論と実際の第二章「耐性領域(Window of Tolerance):覚醒の調整能力」を参照。(p35-52)

それにしても、もともとわかってはいたことだはいえ、自分の耐性領域がどれほど狭いかを知るのは少しショックですね…。自分の耐性領域の狭さに勘付いていながら、それをまったくと言っていいほどコントロールできていない、ということなので。

だからわたしは、さっきの座ったら解離してしまう女子大学生のエピソードのすぐ後に書いてあった、この能力を学ばねばなりません。

セラピーにおいて、クライエントは、調節不全の覚醒状態に先立つ不快な感覚を「あ、きたな」と認識するよう学びます。麻痺させたり、行動化したり、避けたりするのではありません。覚醒亢進や覚醒低下の身体的な前兆を早期に見きわめることを学びます。

そしてトラウマを思い出し引き金を引く感覚と、トラウマ的でない今ここでの体験に結びついた感覚を区別します。感覚への気づきと新しい身体的動きへの学びを通して、覚醒状態の調節と反射的で自己破壊的な行動のコントロールを育成します。

…緊張や寒気、重さ、しびれやぞくぞくするなどの身体内部の感覚をキャッチし、どのように見きわめるかを学び、クライエントはトラウマ的な覚醒状態の前兆を認識し、代替的な対処戦略を計画できるようになります。(p304)

ここで言われているのはセンサリーモーターサイコセラピー(SP)の取り組みですが、まあSEも似たようなものなので、セラピーの目指すところはここなのでしょう。

本音を言えば、わたしはこれができるようになる自信がまったくありません。はっきり言って、無理だと思っています。でもダメ元でも、やってみたいと思うんです。9割方は学習性無力感によってあきらめてはいるけれど、最後の1割ほどは防衛的悲観主義のような、ダメそうだけど、万が一にはなんとかなるかもしれないという望みは持っている感じです。

地図にない世界へ

こうして、二回目のセラピーも終わりました。初回と今回の経験を通して、セラピストとともに頑張っていこうという決意が定まったので、長期のセラピーをお願いして、料金も前払いしておきました。

毎回お金を払っていると、わたしの性格からして、絶対安心できません。もしあまり成果が感じられない回があったら、今回はこの金額分の価値を経験できただろうか…とくよくよしてしまいそう。しかしあらかじめ払っておいたら、まだ何回もあるから急がなくていい、と心の余裕を持てるはず。それに、あらかじめ長期のセラピーをお願いしておいたら、セラピストの側もわたしの本気を理解して、計画的に取り組みやすいでしょうし。

あらゆることを試してきた今、わたしにはもう見えている道が何もありません。わたしは今、道なき道に来ています。地図にない場所、知識など何の役にも立たない場所です。この地で物を言うのは、知識では語れない経験だけであり、それはこの道を自分の足で一度踏破した者にしか得られないものです。

オリヴァー・サックスが左足をとりもどすまでの中で書いていた言葉を思い出します。

博物学者、冒険家を自認していた私は、それまでも、神経心理学におけるかずかずの不思議を探検していた。神経にかかわる不調という大きな世界、その極地から熱帯までを探求してきた。

しかしいま、私は地図のない人跡未踏の地を探検しようと心に決めたのである。もっとも、決めざるをえなかったのかもしれない。目の前に広がっているのは、存在するはずのない土地、「何処にもない国」だった。

これまで、神経学のさまざまな領域を探求するのに役だった、認識力、知性、想像力。それらはすべて、この「何処にもない国」ではまったく役にただず、無意味なものだった。私は地図から、認識可能な世界からころげ落ちてしまったのである。(p130)

この表現はまさにわたしの心境にぴったりです。サックスが書いているのは、感覚の身体的解離の体験談であり、回復した方法もソマティックなアプローチだったので、わたしが抱えている問題と本質的に同じなのでしょう。今わたしは、かつてサックスが旅したのと同じ世界を旅している。でも、そこは地図にない土地、既存の知識が何の役にも立たない世界なので、わたしもまた自分自身の足で旅をするしかないのです。

地図にない土地から生還できる自信はないですし、この一連のシリーズの記事が完結するまで頑張れるのかもわからない。だけど、もう帰ってこれなくたっていいじゃない。ほかに行くあてなど どこにもないんだし。サックスと同じく、わたしも、すべてを失った今、こうする以外にどうしようもないんですから。

知性、理性、感覚。そんなものはなんの意味ももたない。記憶、想像力、希望もおなじだ。私は以前の足場をすべて失ってしまった。いやおうなしに、魂の暗い夜にはいりこんでしまっていた。(p130)

もう前に進むしかないのなら、わたしはそうしよう。コナン・ドイルのチャレンジャー教授が失われた世界を旅したように。そして、この世界を経験した者だけが書ける探検記を残そう。ダーウィンがその稀有な体験をビーグル号航海記に書き残したように。読む人がいるかいないかは関係ない。今までも、そしてこれからも、わたしはただ自分自身のために書いているだけなんだ。

というわけで、この一連の記事のタイトルはオリヴァー・サックスの表現にあやかって、ちょっと変更してみました。SE体験記なんて味も素っ気もないタイトルより、こっちのほうがわたしらしい。

次回のセラピーは一週間後。どのくらいのペースで書くかは、どれくらい発見があったかによりますが、何か感じることがあれば、また忘れないうちに記録に残していきたいと思います。

続きはこちら。


Categories: 4章。2018.03.24