切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(終)

セラピーの体験記(とは名ばかりのごった煮考察集)の第二期も、今回で終わりです。

前回はおもにオプトメトリーによる光過敏の対策のその後について書きましたが、予告したとおり、今回取り上げるのは、オリヴァー・サックスの最も代表的な著書レナードの朝、最初の執筆以来、何度も増補改訂を繰り返され、サックスの長年の考察の集大成のひとつといえる本です。

セラピーの総括そのものは、13回目にやってしまったので、この最終回の内容は、セラピーと直接関係はありませんが、わたしの抱えている症状と密接に関連する「凍りつき/擬態死」の考察であり、セラピーの本質そのものと深く関わっていると思います。

引用文が多いため、今までで最長の分量(ふだんの2-3倍)になってしまいましたが、もし興味のある人がいたら、お付き合いください。

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切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(14)

北海道への引っ越しを挟んでのセラピー体験記第二期14回目。前回は、東京でのセラピーの総括や、新しくプリズム入りメガネを購入したことなどを書きました。

今回の14回目では、まずわたしの眼球運動障害について、またプリズム入りメガネに変えたことの感想、そしてそれに関連して、おそらくは眼球運動異常と迷走神経の凍りつき/麻痺反応が関連しているということなどを書きたいと思います。考えていたことを前部書ききれなかったので、次回の最終回の記事との前後編のような関係になる予定です。

ここ一週間ほど引っ越しでバタバタしているだけでなく、環境が変化した恩恵か、以前では考えられないほど活発に動いているので、記事内容が遅れていますが、今回と次回の内容は、引っ越し前の今月(10月)はじめごろの考察です。

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切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(13)

前回の体験記は北海道旅行のときに考えたことの後編部分でした。

今回は、こちらに帰ってきてからの出来事。最後のSEセラピー、主治医への報告、そしてオプトメトリストのところでプリズム入りメガネを作ったことなどを書きます。

もうこの第二期の体験記も13回目になりました。わざわざ読んでくれているような奇特な方がいるのかはわかりませんが、第一期と同様、15回で締めくくりたいと思っています。こちらに滞在中に受けるSEセラピーは今回が最終回なので、わりといい区切りになりそうですね。

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切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(10)

前回の記事では、最近読んだトラウマをヨーガで克服する をもとに得た気づきや、主治医との話を通して考えたことについて書きました。

今回は12回目のセラピーの内容を中心に、最近考えたことや実践したことについて書きたいと思います。

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切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(9)

前回の第8回はサックス先生の片頭痛の本から得た気づきについて書きました。そろそろ次のセラピーなのですが、それまでの間の出来事をまとめておいたほうがいいかなと思い、9回目を書くことにしました。

今回はおもに、日常生活の中でのボディワークのトレーニングが、ある本をきっかけに大きく前進したことについて。そして主治医と話したことのメモなど。

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切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(8)

SEのセラピーの体験記の第二期の8回目。前回は、反動のせいか激しく落ち込んだ話を書きましたが、幸いそちらのほうはすでに落ち着いています。

それよりも、考察面でものすごい進展がありまして、それをどう記事にまとめたらいいのか迷いに迷っていました。あまりに多くのことが一度にわかったもので、整理しきれる自信がないというか。でもためらっていても仕方ないし、ここの体験記はそうした錬成途中の考えを書く場所でもあるので、頑張って書き出してみます。

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切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(7)

自分の身体を取り戻すためのセラピーの体験記の7回目。前回は大自然のさなかに旅行に行った、即席の自然セラピーのような体験について書きました。

今回はその続きを書こうかと思っていたんですが、同じ内容を別々の記事に前後編に分けて書くのが好きじゃないので、けっきょく、後編に書くつもりだった内容は、前回の記事に追加してしまいました。

今回は、話はそちらの話いったん置いといて、近況を中心に書きたいと思います。

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切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(6)

SEのセラピー体験記の第二期の6番目。前回は、学習された不使用の研究などを参考に、自分の感覚が萎縮していることを考えました。今回は…

前回の流れで、道北まで行ってきました。

いや、広い世界を経験せねば、と言い出して、そのまま道北に行くとか、単純すぎるんですが、想像力が萎縮しているのか、それくらいしかまともに思いつかなかったもので(笑)

というわけで、今回は、なぜいきなり旅行に行ってきたのか、そして、初めて日本の最北のほうまで行って、広い自然を満喫してきたなかで感じたことを書きます。

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切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(3)

前回は、一連の畏怖の念の話題の続きとして、土地への愛着が人を形作るという話を書きました。セラピーの話からずいぶんそれているように思いますが、今後のわたしにとってとても重要な部分だと思うので、この話題についてもう少し書いておきたい。考察ばかり続いているけれど、9回目のセラピーを通して感じたこと、考えたことは、一応今回で一区切りになると思います。

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切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(2)

SEのセラピーを受けに行った体験談の第二期の二回目。前回は、9回目のセラピーの内容と、そこから感じたこと、考えたことを書きました。SEの本来の意味は「身体的な経験」であり、現代人がトラウマに脆弱になったのは、自然界の中での身体的経験から切り離されたからだ、という話でした。しかし長くなりすぎて全部は書ききれなかったので、今回その続きを書きます。というわけでセラピーそのものの話ではなく考察回です。

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切り離された自分の身体を取り戻すセラピー体験記(1)

前回までで、15回にわたって書いてきたSEのセラピー体験記は一区切りとしました。今回からはタイトルも新たに、また改めて、セラピーの中で感じたこと、考えたことをつらつらと書いていきたいと思います。個人的なメモとして書いているので、相変わらずごった煮状態で読みにくいのは仕様です。もし読んでくださっている方がいたらすみません。

タイトルは、前回のシリーズの中で、ひとつのキーワードのようなものとして浮上してきた「切り離された身体を取り戻す」という言葉を当ててみました。セラピーの進展の中で他にふさわしい表現が出てきたら途中で変えるかもしれませんが、今のところは、前回の8回目9回目で書いたようにSEとはバラバラ死体になった自分を修復していくようなものだと思っているのでこの題名がいいと思っています。

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