「無駄を省く」なら創造性が省かれる。シダ植物を愛してオアハカまで行ったっていい


私は自分のことを、必ずしも特別に創造的だとは思っていませんが、創造性は大いに無駄を含むプロセスだと思っています。

そしてその精神的な回り道、精神の放浪というようなものは、欠くことのできないプロセスなのです。(p112)

これは、クリエイティヴィティ―フロー体験と創造性の心理学に引用されていた心理学者ドナルド・キャンベルの言葉です。

わたしがつとに思うのは、社会でやたらと敵視され、目のかたきにされ、諸悪の根源のように叩かれまくっている「無駄な時間」とは、本当に無駄なのだろうか?ということです。そんなとき、このドナルド・キャンベルの言葉を見て、「無駄な時間」とは無駄どころか、じつは創造性そのものなのではないか、と確信しました。

インターネットを見ていても、町を歩いていても、怒涛のごとく飛び込んでくるメッセージは、いかにして無駄を省くか、時短するか、効率化するか、最適化するか。そんな情報ばかりです。短時間睡眠法をマスターしようとか、スキマ時間を活用して英会話を学ぼうとか、サービスを連携させるライフハックTIPSとか、もう飽き飽きしてしまいます。

わたしが普段やっていることは、それとはまったく逆です。だれが見るわけでもない絵を描いてこのサイトに載せたり、お金になるわけでもないこんな記事を書いたり、ベストセラーどころか図書館にも入っていないようなマイナーな本を探してきて読んだり、疲れた日には一日中ぐったり寝たり。

もちろん働いて収入は得ていますが、不登校になったせいで大学にも行っていないので、“まともな社会人”からは、なんて無駄な人生を過ごしているんだ! とお叱りを受けそうです。

けれども、わたしが過ごしてきた時間はまったく無駄ではないと思っています。かえってそのおかげで、大半の人たちよりは、ほんの少しでもクリエイティブな人生を送れている、そんなふうに自負してさえいます。ドナルド・キャンベルの言うとおり、「創造性は大いに無駄を含むプロセス」で、「回り道」とか「放浪」がつきものだからです。

こんなことをふと思ったのは、ちょうど今読んでいた本が、盛大に無駄な時間を楽しんでいる、とんでもなく愉快な本だったからです。いえ、世の中の人たちからすれば無駄な時間かもしれないけれど、本人たちはいたって大真面目で楽しんでいて、むしろそのおかげで、本当に人間らしく生きることができている、そんなことを感じさせてくれる本でした。

その本というのは、わたしの好きな作家オリヴァー・サックスが、メキシコ南部のオアハカ州にシダ植物を愛でに行ったときに書いた、オアハカ日誌です。

“ああ、胸がときめくよ” 

オリヴァー・サックスというのは、医学エッセイで有名な作家で、このサイトの絵の考察の過去記事でもたびたび著作から引用しています。たとえば、ミクロネシアの色のない島へ行った探訪記とか、故郷トスカーナの幻覚を絵に描き続けている作家など、創作という観点からしても面白いエピソードばかり。

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けれども、今回読んだ オアハカ日誌はというと、医学でもなく、脳科学でもなく、ただ熱狂的なシダ植物マニアの同好会と一緒に、はるばるメキシコの奥地までシダ植物を観察しに行った日記なのです。たぶん、サックスの作品は数あれど、めったに読まれることがなく、存在さえほとんど知られていない“無駄な”一冊かと思います。タイトルも地味すぎて、作家としてのオリヴァー・サックスのファンか、シダ植物のファンしか読んでないでしょう。

わたしはというと、世の中の作家の中で一番好きなのはオリヴァー・サックスだとはばからず言いますし、小学校のころの遠足で、一人シダ植物の葉っぱを裏返しにして胞子嚢を見て悦に入って、いまでも植物園に行ってビカクシダを見るのが楽しみなタイプの人です。けれど、そんなわたしでもこの本を読むのは後回しになってしまっていたという、やっぱり目立たない本です。

言ってみれば、他の作品は色とりどりの花をつける顕花植物みたいに派手で人目を引くけれど、この作品は隠花植物のシダみたいに、花はつけないし緑一色で目立たないし、だけど、裏返して中身を見れば、びっしり並んでいる胞子嚢のようなおもしろさに感動して奇声を上げてしまう、そんな一冊でした。

ここで、そんなエピソードをひとつ引用してみましょう。

シダ観察の楽しみのひとつは胞子葉をひっくり返して胞子嚢を見ることである。

ジョン・ミッケルは、シダの生殖や胞子嚢が大好きだ。

「おおっ!」 エラフォグロッスム(アツイタ属)を見ていう。

「葉の裏にびっしりついている胞子嚢、なんてすばらしいんだ」。

ポリュスティクム・スペキオシッシムムを見れば 「この鱗片や湾曲した葉縁を見てくれ!」

そして、森で見つけたばかりのドリオプテリス(オシダ属)の胞子嚢を眺めては 「ヘラジカみたいな繁殖力だ!」

ロビンがおかしそうにわたしに耳打ちする。“シダのオーガズム状態”ですね。

こういう光景は、土曜日の会合でもよく目にする。いまに声が高くなり、両手をふりまわして、突拍子もないことをいいだすだろう。(時々胞子をキャビアにたとえている)。

“ああ、胸がときめくよ” (p63)

この無駄なテンションの高さを「なんだか意味不明だけど面白すぎる!」 と思っていただけたら、たぶんわたしと同類です。わたし自身、シダ植物は好きだけれど、今日食べた朝ごはんとか鎌倉幕府を作った人さえ忘れる壊滅的な記憶力のせいで、固有名詞はまったくわかりません。興味のないことを覚えられないのは普通のことですが、興味のあることも覚えられないのがわたしです。以前、自分の記憶力のなさを擁護する記事を書いたことは覚えていますが。

記憶力の良すぎる人が芸術家になれないのはなぜか―忘れっぽさと感性の意外な関係
完璧な記憶力の持ち主が芸術的な感性を持っていなかった理由

面白いと思えなかった人は… そうですね、人生には時としてこんな無駄な時間が必要だし、それこそが創造性にとって大事なんじゃないかなー、ということをこの記事を書くつもりです。いちおう絵の考察カテゴリの記事なので、ちゃんと創造性とか芸術の話につなげていくはずなのでご安心を。

競争心のない世界―あるのはただ愛

ことの起こりは1993年、オリヴァー・サックスと友だちのアンドリューがニューヨーク植物園を散歩していたとき、たまたまアメリカシダ協会の集まりの看板を発見します。迷路のような建物の中を歩き回って見つけたのは、19世紀にタイムスリップしたかのような植物愛好家たちのレトロなグループでした。

アンドリューが小声でいった。

「きみと同じ人種みたいだな」 

いつもながら、アンドリューのいうことは正しかった。たしかにわたしと同じ人種だった。―そしてみんなも、わたしをシダ好きの人間と見抜いて歓迎してくれた。(p29)

そこにいた人々は年配者もいれば、20代の若者や、医師や、教師や、主婦や、バスの運転手や、「世間一般のカテゴリに関係なくあらゆる年代の人々」がいました。何もかもばらばらな人たちのたった一つの共通点は、みんな「シダ熱」におかされているということだけ、でもそれが一番重要な共通点であり、遠く離れたアメリカ各地に散らばる人たちを結びつけていました。

そのアメリカシダ協会(AFS)は1890年に4人のアマチュア植物研究家によって創設されたという長い歴史があり、今でもほとんどの会員が、本業とは別のアマチュアなのだそうです。95歳で亡くなるまで自宅の温室で胞子からシダを育て続けたニューヨーク支部長のおばあちゃんエス・ウイリアムズを筆頭に、シダの野外観察をこよなく愛する、これでもかと濃いメンバーが集まっていました。

本職とは別の趣味だから、プロの専門家や学者に比べたら、たいしたことのないお遊び程度なのだろう、などと思うなかれ。この本でたびたび書かれているのは、アマチュアだからこそ、かえってプロよりも自由で、もっと高度に研究できるのだ、という逆説的な話です。

「題材はいくらでもありますよ」彼がいう。

「わたしたちは、そこらへんによくいる変人の集まりですから」

とんでもない、すばらしいグループだ、と思う―ひたむきで、純粋で、競争心がなく、シダへの愛情で結ばれている。アマチュア―ほんとうの意味での愛好家―でありながら、メンバーの多くがプロ以上の知識や深い教養を持っている。(p18)

ここで書かれているような、アマチュアでありながら、プロ以上の知識や深い教養を持っている、というのは、矛盾しているようでいて、実はとてもよくあることだと思います。この記事のテーマである、無駄を省けば創造性が省かれる、とはまさにこのことではないかと。

プロというのは、より洗練されて無駄のない、組織的で高度な専門家集団だと思われがちです。確かにそれはそうなのだけど、かえってプロになればなるほど創造性とはかけ離れていくことが多いのもまた、確かだと思います。

オリヴァー・サックスは、有名なフンボルトをはじめ、19世紀の探検家たちの日記に影響されてオアハカ日誌を書いたそうですが、その当時の探検家は、学会や大学には所属していないアマチュア集団でした。そしてアマチュアだからこそ、競争意識から解放されて、すばらしい冒険記を残せたのではないか、と書かれています。

わたしはときおり思うのだが、彼らはみなある意味アマチュア―どこにも所属せず、独学し、自ら行動した―で、プロ化していく世界にまもなく蔓延してくる殺伐とした競争意識とは無縁の、混乱もトラブルもないエデンの園のようなのどかな世界に生きていたのではないだろうか(そのあたりの競争意識については、H・G・ウェルズの『蛾』に生き生きと描かれている)(p7-8)

わたしは大学に行ったことがないので、学会をはじめ、専門家の世界はまったく知らないのですが、それでもかねてから同じようなことを思っていました。

たとえばわたしは、このサイトの絵の考察で、自分が思ったことを色々と好き勝手に書いています。しがらみも拘束もなく、自由に楽しく書いているのですが、もしわたしが大学で心理学や美術を研究している学生だったら、そうはいかなかったんじゃないかな、と思うのです。

昔の同級生の中には有名大学に行った人もいます。研究室に入って、あまりに細分化された分野を研究して、ときには自分のやりたい研究ではなく、教授や学部が研究するテーマに携わるひとつの歯車のようになって、何年も何年もデータとにらめっこしている。偏見かもしれないけれど、わたしにとってはそんなイメージです。ひとつの論文を書いて発表するには、それくらい綿密に辛抱強くやらないといけない。

わたしのほうはというと、このサイトに何か書いたところで、だれかに評価されるわけでも、有名になれるわけでもない。でも、友人がデータとにらめっこしている数年間に、はるかに多いテーマを考えてあれこれ思考をめぐらしているし、その間に創った作品も書いた文章も膨大なものになりました。

何年も時間をかけて狭い学会にいくつかの発表をするのと、その間に好き放題に書きまくってインターネットの広い世界に作品を積み重ねるのとでは、どちらかいいかと言えば、わたしとしては自分のやっていることのほうが楽しいです。もちろん人それぞれなのはわかっていますが、「楽しい」というのは実はとても大切なことではないか、と思います。

今引用したところのなかで、サックスは、プロとアマチュアの大きな違いとして、競争意識の有無を挙げていました。わたしがこれまでの記事でもよく書いていることの中に、競争意識は創造性を妨げやすい、というのがあります。

絵の上達には競争主義が本当に必要? スポーツが苦手な子の支援から学べること
楽しさを重視するという価値観が絵やスポーツにもたらすもの

よきライバルに刺激を受けて切磋琢磨するような競争はもちろん素敵なことです。けれども、実際に世の中にはびこっているのはそのたぐいの競争ではなくて、いかにライバルを蹴落とすか、いかに自分がのし上がってライバルの上を行くか、そんな競争ばかりです。

クリエイティヴィティ―フロー体験と創造性の心理学には、いち早く殺虫剤や放射性廃棄物の危険に気づいたことで知られる生化学者バリー・コモナーのこんな言葉がありました。

学問的な仕事は学問分野によって決定づけられ、方向づけられていましたが、私にはそれが、とてもつまらないことのように思えました。

ですから、私たちが行ってきた仕事は、現在の学術的な分仕事の一般的な方向性からますます疎遠なものとなっていきました。

なぜなら、大学にいるほとんどの人は、同僚の賞賛を求めて仕事をするからです。(p331)

大学にいるほとんどの人、つまりプロの専門家やそのタマゴたちは、「同僚の賞賛を求めて仕事をする」ことがほとんどです。教授や学会に認められるクオリティのものを仕上げなければならない。だから研究テーマは学会の仲間に好まれるような狭い範囲のものになるし、ライバルからの攻撃に備えて、細部まで盤石なデータとりが必要になります。

この本には「時が経つにつれて、それぞれの分野の場は気づかないうちに組織の拡大と保存に優先順位をずらしていく」とも書かれていましたが、大学院に進んでより専門的な研究に携わるようになった友人を見るとなおさらそう思います。いつのまにか人が変わってしまい、「友人」から「学者」になりました。(p440)

研究に自分を捧げて小さな積み重ねをいとわないことこそが研究だと言われればそれまでですが、わたしにはとてもできそうもありません。少しでもプロとして成功するために神経をすり減らして闘うより、わたしは競争意識のないアマチュア集団の中で、気の向くままに好きなように創作していたい。いつもそう思っています。

アマチュアなら楽しくのびのびやれるのに、プロになるとシビアに競争にさらされる、それは絵の世界でも同じでしょう。自分が描きたい絵ではなく、求められる絵を描かなければならないし、他のイラストレーターは同好の士ではなくライバルになっていきます。だからわたしは、「得意なこと」を仕事にして、本当に「好きなこと」 (わたしの場合は絵を描くこと) は趣味にしておいたほうがいいのではないか、とよく書いています。

創作活動が好きだけど将来に不安しかない不登校,引きこもり,発達障害の人に伝えたいこと

今回、オアハカ日誌を読んだとき、そんな自分の立場は、このアメリカシダ協会の人たちとよく似ているんだ、と氣づきました。

このシダ好きな人たちは、ほとんどみんな、本職ではなく趣味として活動しています。その人たちの中には、医者もいるし、画家もいるし、物理学者や教師や、バスの運転手だっている。みんな得意なことで生計を立てています。

けれど、一番好きなシダについては、趣味として活動しています。プロの植物学者や学会の専門家に劣るどころか、それ以上の知識とマニアックさで、心底楽しそうにシダのことを語り合っています。クリエイティブな活動に必要なのは、プロとしての肩書きや競争主義ではなく、心底楽しくやれるかどうかなんだ、ということを実例をもって教えてもらった気がしました。

鉱物学でもアマチュアの存在は欠かせない―彼らは、援助金や専門家の支援なしで、プロが行きそうもない場所に足を踏み入れ、新種の鉱物を毎年報告している。化石ハンターやバードウォッチャーにもおなじことがいえる。

どの分野でもいちばん大切なのは、かならずしもプロとしての訓練ではなく、もって生まれた資質や、すべての生命に対する愛や、経験や情熱によって研ぎ澄まされた博物学者の目だ。

すぐれたアマチュアは、まさにそれを持っている―対象への情熱、愛、そして、ときには生涯にわたるひたむきな観察でつちかったその分野での経験。(p33)

わたしは、言ってみれば絵の世界ではこのアマチュアみたいなものです。それでもこのサイトでは、いわば「援助金や専門家の支援なしで、プロが行きそうもない場所に足を踏み入れ、新種の鉱物を毎年報告している」的なことをやっている気がします。つまり、ブロの絵描きや、専門の心理学者がやらないようなことを、自由なアマチュアだからこそずっと続けられているな、と思います。

むろん、プロの絵描きさんになれる人は本当に尊敬しています。プロにならなければ手に入らないもの―たとえば名声や経歴や収入もあります。けれど、わたしはそれらには全然興味がないので、ただ好きな創作ができるだけで、この上なく満足しています。

この本を読んでみて思ったのは、少なくとも「楽しさ」という意味では、アマチュアがプロより損をすることはひとつもない、ということです。

よく考えてみると、近ごろは楽しむということがほとんど、“許されて”いない―だが、人生とは本来楽しむべきものではないのだろうか?

「それは幸福感だったのだと、ふと気がついた」

話をオアハカ日誌に戻しましょう。ひょんなことからアメリカシダ協会に入会することになったオリヴァー・サックスは、その心地よい雰囲気に惹かれて、毎月の会合に足を運ぶようになります。

わたしは、神経科医や神経科学者との仕事上の会合によく出席する。だが、シダ協会の会合は、まったく雰囲気がちがっていた。仕事の会合ではついぞ味わったことがない自由でくつろいだ空気が流れ、競争心のかけらもなかった。

おそらくこの居心地のよさや親しみやすさ、みんなが共有している植物への真摯な熱い思い、それに、仕事としての責任を感じずにすむ気楽さに惹かれて、毎月決まって会合に足を運ぶようになったのだろう。それまでわたしは、あるグループや社会に積極的に属したことがなかった。(p30)

このときすでに50代半ばを過ぎていたオリヴァー・サックス。それまで特定のグループや団体に積極的に属したことがなかったのに、この競争心のないアマチュア団体はたいそう居心地がよく感じました。1993年にアメリカシダ協会と出会ってからずっと活動に参加しつづけ、2000年、66歳のときに会の主催するオアハカ・ツアーに参加したときのエピソードが、この本の内容です。

シダ植物観察ツアーと言っても、メキシコのオアハカ州のいろいろな話題が次々に出てきて、一緒に旅行に行っている気になれます。

地元の店に20種類もの色とりどりのトウガラシがうず高く積まれていたり、カカオノキの白い果肉はアイスクリームみたいになめらかだったり、種(豆)のほうは乾燥させてグラインダーで粉砕すると摩擦熱で温かくなったチョコレートの液体が出て来ること、はじめて食べたイナゴが意外にもポリポリしてナッツのようで美味しいとか、手や足「以外」の部分を使ってゴムボールをパスし合う伝統競技が行われていたモンテ・アルバンの競技場など。

本来の目的であるプラントハンターの話題のほうはもっと濃くて、聞いたこともなければ発音すらできそうもない学名がバンバン飛び交うのですが、図鑑の説明みたいに堅苦しいところはいっさいなく、まるで錬金術の呪文のような怪しい魅力に満ち満ちています。

検索機能付きバイザーでも身につけているのかと思うほど、道を歩くだけであらゆるシダ植物を同定していくアメリカシダ協会のアマチュア集団には舌を巻かずにはいられません。なんでもコスタリカには確認されているだけで1200種ものシダ植物があるとか。シダ植物は同じような色や形をしているものばかりなので、花屋さんの花さえちゃんと区別して名前を言えないわたしにとっては、未知の、超人的な領域です。

シダというと、わたしは植物園の熱帯雨林温室のようなとんでもない湿度のジャングルを想像してしまうのですが、シダ植物の中には砂漠に適応した種類もたくさんあって、水をかければインスタントラーメンのように葉っぱが開いて元気になる復活シダの話などとてもおもしろい。

アメリカ人中心の集団なので、それなりに体の大きな人も多いのですが、シダ植物を見つけるやいなや驚異のフットワークを披露し、崖を這い上がり、木の枝の先まで登って命がけで珍しいシダの葉っぱを見つけてくる。その様子を見た他のメンバーから呪文のような学名が飛び交ったり、だれかがそれを絵に描いて記録したり、などなど、どこまでいっても愉快すぎる旅行記です。

そういえば、今これを書きながら、10年くらい前だったか、植物園で見かけたボタニカル・ツアーの会報に興味を惹かれ、ツアーカタログを長い間購読していたおぼろげな記憶をふと思い出しました。体が弱いせいで一度も行けなかったけれども、カタログに出てくる世界各地の秘境の植物をめぐるツアーを見ているだけでワクワクしていました。もしも、あのとき、ツアーに参加できるだけの体力があったら、今ごろわたしもサックスみたいにナントカ植物協会に参加していたのでしょうか? そんな人生があってもよかったのに、と少し残念な気がします。

さて、そんな破天荒な面々との旅行のなかで、オリヴァー・サックスは、ふとある感覚に気づきます。

独身者はわたしひとりかもしれない。わたしはいままでずっと独身で、ひとりものだ。

だがここでは、それもまったく問題ではない。自分がグループの一員であることや、コミュニティーの仲間に対する親しみを強く感じる―こんな気持ちになるのはこれまでほとんどなかったことで、このところ感じていた奇妙な“症状”の原因のひとつなのかもしれない。

この不可解な感情は、病名を診断するのがむずかしかったので、はじめは標高のせいだと思っていた。だが、それは幸福感だったのだと、あとで気がついた。めったにないことなので、なかなかわからなかったのだ。(p131)

そこで感じたのは、今までほとんど感じたことのなかった感情。

あまりに異質すぎて、最初は何かの病気の症状かもしれない、とまで感じられたその感情とは、幸福感でした。

彼は子どものころ、第2次世界大戦で疎開を経験するなど、孤独で辛い子ども時代を送りました。どこかのグループや社会に積極的に所属しようとしなかったのも、複雑な生い立ちからくる心の壁だったのかもしれません。そんな彼が、65歳になってようやくみつけた居場所が、この競争心もなく、ただシダ愛で結ばれたアマチュア集団だったのでした。

この話を読んでいて思い当たったのは、わたしにとって、この前書いた絵の交流もこれと似ていたなーと、いうこと。それまでわたしは、同好の士というのを持ったことがなかった。学校の友だちはたくさんいましたが、たまたま同じクラスだったから友だちになっただけで、やっぱり本質的には違うのです。だから、わたしが不登校になってからはすっかり疎遠になってしまった。

そんなわたしが、ふらふらーっと立ち寄って中を覗いてみたのが絵心教室コミュニティ。アメリカシダ協会のメンバーほどマニアックではないかもしれないけれど、「きみと同じ人種みたいだな」という言葉がそっくり当てはまるような、アマチュアのお絵描き仲間と出会えたのは、すばらしいひとときでした。アメリカシダ協会で、競争意識や上下関係がなかったように、あのコミュニティは、絵を描きたい人、絵を楽しみたい人なら誰もが仲良く楽しめる土壌がありました。

その延長線上に、この数年間積み重ねてきたこのサイトの絵と文章のすべてがあるので、わたしはここに特別な愛着を持っています。ほかの場所では感じられない感覚、ここにいると安心できる、ゆったりと包まれているような感覚。わたしもそれが何なのか、今の今までよくわかっていなかったのですが、言われてみれば、「幸福感」でした。

わたしにとって、仕事で何かを作るのと、このサイトで絵や文章を書くのとでは、幸福感が全然違います。

時間をかけてこのサイトを運営するのは、世間一般からしてみれば「無駄な時間」だと思います。ひとつふたつアフィリエイト広告を載せたりしていますが、せいぜい年間サーバー代になるかどうかの収入だと白状しておきます。

でも、そんなことどうだっていいくらい、わたしはここで絵や文章をかくのが好きです。疲れたときほど特にそうです。どんなに嫌気がさしても、ここに戻ってくると安心して、ほっとします。この空間の中でだけ、自分を取り戻せるような気がします。

それもこれも、このサイトは、本業ではなくただ趣味として、アメリカシダ協会のオアハカ・ツアーみたいな気持ちで作っている場所だから、ということに尽きると思うのです。競争や成功や評価といった殺伐とした世の中すべてから解放されて、好きなことをただひたすら書いていられる場所だから、本当の楽しさと幸福感を感じられるのでしょう。

サックスが、オアハカ・ツアーのかたわら、日誌を片手にこう書いている気持ちそのものです。

わたしは、感じたことをこんなふうに気ままに書いているのが好きだ。苦労しながら化学の本を延々と書きつづけるのは、もう飽きた! 

ちょっとした物語やエッセイを書くことに専念したほうがいいのかもしれない。あるいは、文芸欄でも、脚注でも、余談でも、概要でも……(p107)

わたしも仕事に疲れて、飽きて、嫌気がさしたときはこちらに専念します。

今がそうです。

「怠けることがとても大事なこと」

では、こうやって、自分の居場所に帰ってきて、わたしの「オアハカ・ツアー」に出かけるのは、結局は無駄な時間にすぎないのか。

近視眼的な見方をすればそうでしょう。無駄な記事や絵をかいている時間があれば、アルバイトでもしたらもっと生活が潤うのに。その時間を使って、資格を取得すればいい仕事につけるのに。効率化や最適化を信条とする人たちからすれば、そうなのかもしれません。

子どもがピアノを習いたいと言ったり、絵の道に進みたいと言ったりすると、決まって「そんなものじゃ食っていけないから、もっと安定した仕事に就くために…云々」と言い出す親の話をよく聞きますが、それも同じ考え方でしょう。

けれど、わたしはそれはまったく違うと思っています。クリエイティヴィティ―フロー体験と創造性の心理学にはこう書かれていました。

どの領域と相性が良いのかを前もってわかっている人はほとんどいない。

天才児とは幼くしてある方向に明白な才能を示す子どもたちのことであるが、私たちのほとんどは天才児ではなく、自分が何に向いているのかを見出すために、数十年の試行錯誤を必要とする。

私たちの研究協力者たちのなかにさえ、中年期になるまでみずからの天職が何であるのかがわからなかった人々がいる。(p419)

今回読んだ本の作者オリヴァー・サックスはまさにこのとおりの人です。

少年時代は化学少年として実験や薬品に夢中でした。でもその後、両親と同じ仕事に進み医者になりました。けれど、医学界が肌に合わずドラッグに走って廃人寸前になって、そこでようやく自分のしたいことを見つけ、40歳ごろの医学エッセイで一躍有名になりました。そして50歳を過ぎてから、アメリカシダ協会にふらふらと迷い込んでようやっと自分の居場所を見つけました。

この回り道に次ぐ回り道が無駄な時間だったかというと、わたしはそうは思いません。作家オリヴァー・サックスを好きな人はみんなそうだと思いますが、わたしが彼の作品が大好きなのは、回り道しまくって寄り道もしまくって、話があちこちに飛んで脚注で脱線しまくって、ついにはとんでもないアイデアに結びついて誰も想像もしなかった場所に伸身の新月面で着地するからです。つまり、彼の作家としての創造性は人生の寄り道の豊富さの上に成り立っていると思っています。

同じようなことを言っているのが物理学者のフリーマン・ダイソンです。彼もじつは子ども時代に学校でいじめられて、化学に逃げ場所を見つけた経緯があるらしいのですが、先ほどの本の中で、こんなことを言っていました。

私は現在、何もせずにぶらぶらと過ごしています。もちろん後にならないとわからないことですが、おそらく創造的な段階に入っているのだと思います。

怠けることがとても大事なことだと思っているのです。

シェイクスピアは一つの作品を完成させた後、次の作品に取り組むまで、怠惰であったと言われています。自分をシェイクスピアと比べているわけではありませんが、一般的に、いつも忙しくしている人は創造的ではないような気がします。

ですから、怠けることを恥ずかしいことだとは思っていません。(p111)

実に堂々とした言葉です。「怠けることがとても大事なことだと思っているのです」とか、「怠けることを恥ずかしいことだとは思っていません」なんて言ったら、開き直っているのかと思われそうですね(笑)

だけど、わたしが過去記事でも書いたように、クリエイティブな人にとって、「怠けること」のような期間は、無駄な時間どころか必要経費ではないかと思います。

たとえば、スランプで何もできない時期というのは、「プラトー効果」や「三年鳴かず飛ばず」のような準備期間であり、ちょうど食べたもの(インプットした材料)を咀嚼して消化する期間のようです。

そもそも、アイデアが降ってくるのは、集中している時ではなく、休んでいるとき、つまり脳がデフォルト・モード・ネットワークのときなので、ぼーっとできる時間をとらないことにはアイデアは形になりません。

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冒頭で引用した、「創造性は大いに無駄を含むプロセス」だと言っていたドナルド・キャンベルはこうも言っています。

歩いて通勤することが有意義である理由の一つは、精神的な回り道にあります。

あるいは運転をしているときにラジオをつけないことをその一つです。(p112)

アイデアが湧くのは、スキマ時間を活用して英会話のポッドキャストを聞いているときではなく、スキマ時間を活用せずにぼーっと休憩しているときです。

わたしはよく、歩いたり自転車で行ったりできる距離であれば、車で送ってあげよう、と言われても断ることがあります。確かに車で送ってもらえたら時間や体力の節約にはなります。でも、わたしは自分独りになって淡々と歩いたリ自転車に乗ったりしているときにふと聞こえる心の声や、湧き上がってくるとりとめのないアイデアの断片が好きです。その「回り道」はわたしにとって無駄な時間ではなく貴重な時間です。

もし、創造性など必要ない、というのなら、スキマ時間をぎりぎりまで有効活用するのも、ひたすら時短するのも、効率化するのも、最適化するのも、すべて正しいことです。工場の流れ作業のように、創造性のまったくいらない単純作業を繰り返すことや、学会や組織の歯車の一つとして、ただデータを収集し解析することを目的とするのなら。

けれども、少しでも創造的でありたいなら、極端な効率化や最適化は、まったくの逆効果です。カカオ豆をグラインダーで挽いたら、おいしいチョコレートが流れ出てきます。けれども、グラインダーに限界までカカオ豆を詰め込んだら?  グラインダーが動かなくなって、チョコレートは味わえません。

ぼーっと休んだり、歩いて通勤したり、趣味で絵や文章を書いたり、サイトを運営したり、シダ植物を探しにオアハカ・ツアーに行ったりすることは、どれも、すぐには何の役にも立たず、効率化や最適化を目指す人からしたら人生の無駄かもしれません。だけど、無駄な時間だからこそ、思いもよらない結果、すなわち創造性が生まれます。

考えてみれば、創造性というのは、意外で驚きに満ちた、だれも想像だにしなかったような結果のことではないでしょうか。そんな化学反応は、「無駄のない時間」からは生まれません。無駄のない実験で生まれるのは、予想どおりの、面白みのないデータだけです。わたしの友人は、教授の意向に沿った論文を裏打ちするために、予想外の創造的なデータではなく、予想通りの妥当なデータを求めて、日夜時間を費やしているのです。

それに対し、オリヴァー・サックスは、いつも出版するために文章を書いているわけではありません。彼は、収入のために、出版社に要請されてオアハカ日誌を書いたわけではありません。ただ、自分のために、「無駄な時間」を費やして日誌を書きました。

わたしはなぜ日誌を書くのだろう? わからない。頭を整理し、感じたことを文章の形にまとめ、自叙伝や小説のように思い起こしたり創作したりするのではなく、“リアルタイム”でこの作業をすることがいちばんの目的なのかもしれない。

出版するために書いたものではないのだ(カナダとアラバマで書いた日誌は、30年もたってからたまたま《アンタイオス》誌に掲載された)(p9)

出版するために書いたものではないオアハカ日誌は、今や太平洋を越えて日本でも読まれていて、サックスと一度も出会ったことのないわたしが触発されて、なんだかよくわからない文章を書くまでになっています。もし出版されなかったとしても、オアハカ・ツアーの経験は、彼の作家としての創造性のストックに、隠し味を利かせるスパイスになったことでしょう。

無駄な時間とは、自分を創造する時間

この記事では、ふたつのグループの考え方を比較してきました。

ひとつは「無駄な時間」を省き、効率化・最適化した人生を生きようとする人たち。そうすることで、競争社会で勝ち抜き、よりよい仕事についたり、名声を得られたりする、と考える人たち。

もうひとつは「無駄な時間」を楽しみ、趣味として好きなことに熱中したり、怠けたり、回り道したりする時間をとる人たち。収入や名声や成功につながらないことでも、気がねなく全力投球します。その結果得られるのは、自分の居場所や幸福感でした。

「無駄な時間」を省く人たちは言います。芸術をやっても食べていけないから、そんな無駄なことじゃなくて、将来役立つことをするように。

一見正しい言葉に思えますが、それはあくまで、現時点でそう思えるだけです。その時代に安定した職業だと思われているものが、子どもが大人になったときに残っているとは限りません。写真やコピー機やコンピュータが開発されたことで、どれだけの「安定した職」が失われたことか。

それに比べて、子ども時代に回り道して養われた創造性は嘘をつきません。どんな時代になっても、創造性を生かせる場所はあります。たとえやりたかった芸術そのものを仕事にできなかったとしても、そこでの経験は間違いなく別の分野に役立ちます。オリヴァー・サックスは子ども時代に熱中した化学を仕事にすることはできませんでしたが、そこで培った創造性によって作家になりました。

わたしは、子どものころから、断続的ではあるもののずっと絵を描いています。しかし絵で仕事はできていません。ずっと趣味でしかありません。けれども、絵を描ける、というのはわたしのアイデンティティであり、わたしのユニークな個性です。

仕事でなんだか虚しくなったり、自分よりも才能のある人と比べられたりするとよく落ち込みます。わたしは学歴もなければ、優れた記憶力もないし、落ち度のない文章を書けるわけでもない。賢い人や有能な人は世の中にいくらでもいるので、上を見たらキリがありません。

でも、そんなとき、わたしには絵が描けて、わたしにしか創れない世界がある、と思うと、ものすごくほっとします。ちゃんと自分には居場所があり、疲れたらそこに帰ってこればいいのだ、とわかるからです。「無駄な時間」を過ごし、回り道してきたからこそ、自分だけのユニークなアイデンティティ、他の人たちと決定的に違うアイデンティティがあり、それが居場所を作ってくれています。

ではもし、自分らしい創造性がなかったら? 「無駄な時間」を省いて、好きなこともやりたいことも後回しにして、名声や収入や成功のためだけに子どものときからひたすら頑張っていたら?

もし自分の生きがいをただ仕事にしか見いだせなかったら、仕事を失うことは自分の存在意義の喪失を意味することになります。たとえ組織の歯車としての仕事であろうと、会社の手駒のひとつにすぎなかろうと、延々と自分を費やし尽くすしかありません。それ以外に自分の居場所がないからです。

ときどきバリバリの仕事人間が、退職やリストラをきっかけに、生きがいを失って毎日パチンコに通ったりアル中になったりする話を聞きます。無駄な時間を楽しんでこなかった人は、組織や肩書きや仕事や権威にしか自分の居場所がないので、それらを失ったらどうしようもなくなってしまいます。最悪、仕事しか生きる意味がないので、過労死に追い込まれる危険さえあります。

「無駄な時間」とは、すなわち自分の居場所を、自分だけの生きる意味を創る時間なのです。自分という人間の、自分にだけしかないアイデンティティを創る時間、いわば、自分を創造する時間なのです。

世間でいうところの「無駄な時間」とは、正確に言えば、「社会から見て無駄な時間」です。仕事以外のことをやる、趣味にかまける、収入につながらないことをやる、どれも、社会全体から見れば無駄な時間である、という意味です。

「社会から見て無駄な時間」とは、裏返せば、「自分のために使う時間」です。無駄な時間を省くというのは、自分のために使う時間を省く、ということに他なりません。無駄な時間を省いた人は、社会の歯車のひとつになるために時間を使っているのであり、その代わりに自分を創造するための時間を犠牲にしているのです。

オリヴァー・サックスは、オアハカ州までシダ植物を愛でに行く、というある意味究極の「無駄な時間」を取り分けたことで何を得たのでしょうか。

それは、今まで味わったことがないような感情、「幸福感」でした。

オアハカ・ツアーに行った究極の「無駄な時間」とは、裏返せば、究極の「自分のための時間」でした。だから、今までにないほど、充実した自分を創造することができ、湧き上がる幸福感に満たされたのでした。

結局、この記事で考えてきた話は、無駄な時間を省くか省かないか、という議論ではなかったのです。

それは、どちらのために時間を費やすか。社会のためか、それとも自分のためか、という問題だったのです。

社会からすれば、人々に会社や組織の歯車となってもらったほうが利益が上がるので、「われわれ社会のために働くのは有意義な時間で、自分の趣味のために活動するのは無駄な時間だ」というメッセージを流します。でも、社会から独立した独りの人間として生きる創造性を育むには、社会の歯車となって働く時間こそが無駄な時間で、自分の趣味に費やす時間のほうこそ有意義な時間です。

わたしたちはもちろん、社会の中で生きているので、社会か自分か、どちらか片方に偏りすぎるのはよくないでしょう。けれども、社会の言う「無駄な時間」というメッセージにだまされて、自分だけの幸福感を育てるはずの時間を省いてしまわないように気をつけなければなりません。創造性とは、まず創造的な自分を創ることから生まれるのですから。

だから、ときには社会が求める価値観をかなぐり捨てて、「究極の犠牲」を払ってでも、自分の愛するムダなことのために、たとえばシダ植物を探すことに全身全霊をかけたっていいのです。

「アストロレピス・ペイデリーだ!」 ジョンが興奮して叫ぶ(アストロレピス属の一種で、わたしたちのリストにもなかったものだ)

ジョンのシダ熱に火がついている。じつは、わたしたちがモンテ・アルバンを見てまわり、そのすばらしさに感嘆の声をあげているあいだも、三人の小さな姿が遠くに見えていた。

J・Dとデイヴィッドとスコットは、前屈みになったりしゃがみこんだりうつ伏せになったりしながら、虫眼鏡を使ってこのあたり一帯の小さな植物を調べている。

彼らは、究極の犠牲―壮大で神秘的で歴史的意義のあるモンテ・アルバン―をはらってまでも、控えめだが有無をいわせぬ隠花植物の呼び声にしたがっているのだ。(p171)

わたしも、自分の「モンテ・アルバン」をわきに置いてでも、大好きな絵と文章の呼び声にしたがって創作しているときが最高に幸せです。

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