[推理小説] アドミラム・A・ポロット最初の事件

 そして、解決の時はやってきた。

「さて……犯人であるお方がいまだ自首せぬようなので、私が、皆の前で真相を明かしましょう……」と、ポロット氏は言った。彼は、少し悲しそうな顔をしていた。彼はきっと犯人に自首してほしかったのだろう……。だが、結局犯人である人物は、ポロット氏の解決を待った……。

 そして、ポロット氏の決心は変わらなかった。

アドミラムA・ポロットは遂に立ち上がった。

 彼は、ポール・シェパードを除く、全ての関係者が集まっている居間へと戻った。

 そして言った。

「私には真相がわかりました。犯人がいまだ自首せぬようなら、今ここで真実を明かしましょう」と。彼に対する返答は誰からもなかった……。

「よろしい……。では、私が真相を述べましょう。

まず、ソーン警部、あなたの考えた推理は根本から間違っていました」

「どういうことです!」

そうソーン警部が言ったが、ポロット氏は平然としていた。そして先程、私に説明したと同じように、缶の蓋を持ってきて、そこの破れず、きちんと剥がされたテープに注意を喚起した。そして、それが破れなかったことゆえ、ポール・シェパードは、事件に無関係だと言った。沸点八度の液体ホスゲンがその中に入っていたなら、缶は部屋に持ち込まれてすぐに弾け飛び、テープは剥がされず、破れただろう、と説明したのだ。ソーン警部は、ポロット氏の論理に納得するしかなかった。

「しかし」と、ポロット氏は言った。

「しかし、ある人物が、私達がソーン警部のような誤った推理に逸れることを予期して、この犯行を計画したのです」と。

 では、犯人は、ポール・シェパードが、だいたいこの日辺りに、マシュ教授にその贈り物をしてくることをあらかじめ知っていた人物のはずだ。そしてまた、マシュ教授の家の近くに住んでいて、マシュ教授のところにその品が届いた頃に、マシュ教授にホスゲンを吸飲させることのできる人物でなければならない……。

 となると、犯人は……まさか……。

「そう」ポロット氏は言った。

「オードウェイ・デ・マシュ教授に瀕死の重症を負わせた人物はあなたです、コール婦人!」

 そう、犯人は彼女だった。

 更にポロット氏は説明した。

「あなたなら、ポール・シェパードが、恐らく、今日の朝頃にマシュ教授に贈り物をしてくるだろうと知っていた。そして、実際、マシュ教授の家に、配達員が缶を持っていくのを見た。あなたはそれを見てから、マシュ教授に電話したのです。この部屋の隣、つまり、一年近く誰も踏み入れていなかった、死の物置部屋に入るように、と……」

 その時、コール婦人は泣き出した。マシュ教授の重態を知らされたときにも増して、泣き出した。しかし、ポロット氏は非情にも聞こえる声で、推理を続けた。

「あなたは恐らく、一年以上前、どこかで、大量のクロロホルムを手に入れたのでしょう。薬店で買い込んだのかもしれません。かなり簡単に手に入るものです。化学式CHCl3 クロロホルムは着色瓶に保存しておかないと日光分解します。そして、塩酸、塩素、何よりもホスゲンを徐々に徐々に発生します。だから、あの小部屋は死の部屋だった。あなたはきっと一年前にマシュ教授の家を訪れた時にあの小部屋に、マシュ教授に知られずに、クロロホルム入りのバケツを置き去りにした! 違いますか!? マドモアゼル・コール!!」

 彼女は尚も泣きつづけている。ポロット氏の声など聞こえぬかのように泣きつづけている。そして、大粒の涙で、もはやハンカチをぐしゃぐしゃにしている! しかし、ポロット氏は続けた! 無情にも推理を続けた!

「違いますか!?マドモアゼル・コール!! あなたはあの小さな物置小屋にクロロホルムを置き去りにした! マシュ教授の杜撰な、あの部屋を滅多に開けず、掃除もしない性格を知ってのことだった!! あなたは彼の性格を利用したんです! 自らの悪事のために!! 違いますか!? マドモアゼル・コール!!」

 もはや、部屋は二人の声しか聞こえていなかった。一人の叫ぶ声と、もう一人の泣き叫ぶ声しか!

「そうして、あの部屋に残されたクロロホルムは、長い年月をかけて、毎日毎日、密閉された部屋の中で毒素を出した! 一年間! 一年間もかけて! あなたはその間、ずっとマシュ教授を憎みつづけていた! 違いますか! その通りでしょう! そしてあなたは遂に今朝、電話をかけた! ポール・シェパードの菓子缶が届いて、教授がそれを開けたと思われる頃に!! そうやってあなたは彼が死の部屋に入るよういざなったのだ!! 全てその通りでしょう! 答えてください!マドモアゼル・コール!!」

そのときだった。

「あなたなんかに分かりません!!」

 突然コール婦人が叫んだ。

「あなたなんかに何がわかると言うんです!! あなたなんかに、父を奪われた娘の心の、何が分かるって言うんです!!」

…………。

 それからは静かだった……。

沈黙が部屋を……この家を……いや、ここにいる全ての人々の世界を包んだ。

 静かだった。全くの静寂だった。

 もはや、誰の、叫ぶ声も、泣き叫ぶ声もなかった……。

 ただ、静かな……静かな時が、ゆっくりと、ゆっくりと流れていった……。

そして、時は、一瞬止まって、また流れ出した。

 次に聞こえたのは、ポロット氏の、これ以上なく優しい、穏やかな声だった。

「でも……あなたは、今になって犯行を悔いている……そうですね、マドモアゼル・コール」

それに対して応えた声も、穏やかで、また淑やかな声だった。

「はい……」

 ポロット氏は限りなく優しい声で続けた。

「あなたは、彼を……マシュ教授を殺そうと思えば、もっと発見を遅らせれば良かった。アッシャー博士が発見せず、またあなた自らも、『窓に回ってみてみよう』などとムッシュー・明石に提案しなければ、恐らく、もう、今ごろは、マシュ教授は死んでいた……」

 ポロット氏は更に優しい声で続けた。

「どんな時も、人を殺そうと思う想いほど、愚かで、虚しいものはありません……。あなたは今朝、それを学んだはずだ……。だから、マシュ教授が重態だと知らせられたとき、あなたは泣いたのでしょう、マドモアゼル・コール……」

「はい……」

「ならば、今あなたは正常な人間だ……。あなたはもう、愚かで虚しい想いは捨てたのです……。あなたは、もう、自ら殺そうとした人のために行動し、そして涙を流した時、正常な人間に戻ったのですよ……。マドモアゼル・コール、あなたは今からでも遅くない……罪の償いをできますね…………」

 その時、彼女は、父親のように優しく語りかけるポロット氏にはっきりと、こう返答したのだった。

「はい……」と。

投稿日2003.12.23