[推理小説] アドミラム・A・ポロット最初の事件

その沈黙を破ったのは、別の刑事だった。

「警部、ポール・シェパードに任意同行を求めたところ、応じてくれました」

 ジョージ・ソーン警部は、救われたように、その刑事に、強い口調で応えた。

「それで? 彼はなんと言っている……罪を認めたのか?」

「いえ、確かに歳暮としてクッキーの菓子缶を贈ったことは認めましたが、その中にホスゲンを混入したことは認めませんでした。それに、彼の周辺を調べた結果、彼がホスゲンを手に入れられるようには思えません……」

 その言葉に、これまで自分の推理にはっきりと自信を持ち、強気になっていたソーン警部は、考え込んで、黙りこくってしまった。

現場が……そして、捜査が沈黙してしまった。

しかし、その時、私はポロット氏に目を移して、自分の目を疑った。

ソーン警部が……彼が『先生』と呼んでいた毒物学、細菌学の権威アドミラム・Aポロット博士は、その眸に、いよいよ輝きを増しているように見えたのだ。

 そして、意外なことに、彼は、私を部屋の脇へと引っ張っていって、言った。

「ちょっと外に出ましょう」

 そこで私は、ポロット氏に連れられて、訳も分からず、部屋の外、冷たい外気の中へと出て行った。

彼はなぜ、私を連れて、こんな寒いところへ出たがったのだ? 私がその理由を問うと、彼はこう答えた。

「いや、あなたとは以前面識がありますし、私が見たところ、あなたは無実です。とにかく私は、ある程度自分で推理してみて、この事件の真相が見抜けたようなのですが、ソーン警部は、考えが凝り固まっていて、私を相手にしません。ですから、あなたを相手に、ちょっと事件を整理してみようと思ったのです。おつきあい願えますか?」

 あの悲愴的な状況を抜け出したく思っていた私は「もちろん」と言った。そして同時に驚きもしていた。彼は、『真相が見抜けた』と言ったのだ。私が驚いていると、彼は

「メルシィ」と礼を言って、話をはじめた。

「まず、あなたと、アッシャー博士、エリザベス・コールの三人がほぼ同時に、物置の入り口で窓のほうを向いて倒れ、痙攣しているマシュ教授を発見した、そうですね?」

「はい、アッシャー博士が真実を言っていれば、彼がマシュ教授を発見したというのは、私とほぼ同時でしょうし、コール婦人も、直前に自宅からマシュ教授に電話を入れていたそうですから、マシュ教授宅に来てすぐ、私達と同時に彼を発見したとみて間違いなさそうです。二人が、私以前に、マシュ教授を発見していたということは無いでしょう」

「よろしい。では尋ねますが、誰がガラスを割って最初に現場に入りましたか?」

「私です」

「その後、何をしましたか?」

「すぐ、居間の受話器を手にとって病院に電話しました。警察へはしませんでした。まだ、殺人未遂事件ということを知らなかったので」

「そうですか。じゃあ、あなたは以前、現場に踏み込んだ時、菓子缶はただ蓋が開いているだけのようだった、と述べましたが、あれは確かですか」

「さっきも言いましたように、恐らく、そうだった、としか言いようがありません。しかし、私の記憶ではそうです。菓子類は散らかっていなかったと思います」

「なるほど。では、あなたが電話等をしているとき、一連の騒動の間に、あとの二人――つまり、アッシャー博士とコール婦人が現場の状況を変えた可能性はありますね」

「まあ、あるといえばあるでしょうね。ごたごたしていましたから……」

「ほほぅ……」

 それきり、ポロット氏は黙ってしまった。

一秒、二秒、三秒……。

あまりに沈黙が長いので、私は彼に尋ねた。

「どうしたんです? ポロット博……いや、ポロット?」

すると彼は、爛爛と輝く目をして、はっきりと私に言った。

「あと三つ……いや、四つ事実を確かめれば、私には真相がわかります。私はもう殆ど、左右対称なことと、左右非対称なことを調べ終えました。後二つ、左右対称なこと、そして同じく、あと二つ、左右非対称なことが残っています、あなた。私は今からそれを調べます」

「その四つのこと……二つの左右対称なことと、同じく二つの左右非対称なこととは、いったい何なのですか……?」

「分かりませんか、あなた。それならば、私についてきてください。教えましょう!」

投稿日2003.12.23