地図にない世界を探検しにいったセラピー体験記(13)


SEの体験記の13回目。前回はセラピーの合間にあった安心できるリソースの確保についての出来事を書いたので今回は…と言いながら、また今回もセラピーの合間の雑多な考察の寄せ集めです。

おもに、最近、主治医と話し合ったことからインスピレーションした内容になります。診察室のなかでは話しきれなかったこと、伝えきれなかったことのメモになっています。複数の話題の詰め合わせなので、この前の10回目の記事と同じく番号を振って区別しておきます。

最近ちょっと書いていた、SEの分野に欠けている人格の多重化についての研究を、SEの理論と統合させるミッシングリンク的な考察じゃないかな、と思います。

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1.モード切り替えのための三段階の手法

まず1つ目の話題は、以前から何度も書いていたことではありますが、トラウマを抱える人は、不快な感覚から注意をそらすために、必ず何らかの代償行為を活用している、ということについて。

主治医との話を通じて、このモード切り替えの手法は、少なくとも3つの段階に分けて考える必要がある、ということに気づきました。

(1)依存症、中毒タイプ
まず一つ目は、依存症や中毒と呼ばれるタイプ。ヴァン・デア・コークが身体はトラウマを記録するに書いているような仕方で、外的刺激に集中し、トラウマの苦痛から注意をそらしている。

彼らは肥満になったかと思うと拒食したり、あるいは運動や仕事に過度に熱中したりすることもある。トラウマを負った人の少なくとも半数は、自分の内面世界の耐え難さを薬物やアルコールで紛らわせようとする。

麻痺させることと表裏一体になっているのは、刺激を追い求めることだ。自分の体を切ることによって麻痺した感覚を追いやろうとする人も多いし、バンジージャンプをしてみたり、売春やギャンブルのような危険な行動を試したりする人もいる。(p438-439)

基本的にトラウマを負った人に一番多いのはこのタイプだと思います。リストカットにせよ、アルコール、ギャンブル、ゲーム、セックス依存にせよ、家庭を顧みない仕事人間にせよ、病的といえるまでに熱中して中毒状態になる場合は、別のものから逃避するためにそうやっている代償行為と考えるべき。

こうした代償行為の目的は、ただひとつ、外部から強い刺激を与えてやることで、注意のスイッチを切り替える、ということです。

興奮しすぎたり、機能停止に陥ったりすると、注意力や集中力を維持できなくなる。彼らは緊張を解くために、自慰や、身体を揺り動かすこと(ロッキング)、自傷行為(自分の体に噛みついたり、切り傷や火傷を負わせたり、自分を叩いたり、髪を引き抜いたり、血が出るまで皮膚を引っ掻いたり剥がしたりすること)に慢性的に耽る。(p264)

トラウマを負った人が抱える最大の問題は、自分の覚醒状態のレベルをうまく切り替えられないこと。「興奮しすぎたり、機能停止に陥ったり」つまり過覚醒か低覚醒のまま凍りついてしまい、そこから抜け出すことができない。

唯一できるのは、外部から刺激を与えて、スイッチを切り替えること。自傷行為でも暴飲暴食でもゲームでもなんでもいいので、外部からの強い刺激を与えることで、凍りついている過覚醒や低覚醒モードのスイッチを切り替え、覚醒状態を引き上げたり、引き下げたりして、気分を転換します。

健康な人は、このモード切り替えが自分である程度調節できますが、トラウマを負った人は生育過程の中で凍りついてしまったために、内部からコントロールできなくなっていて、何か外部の刺激がないとモード切り替えできない。

この十分に育っていないモード切り替え能力を訓練によって身につけ、自分でうまくコントロールできるようにするのが、SEの「ペンデュレーション」(振り子運動)の目的です。

(2)フロー状態タイプ
2番目は仕事をしているときだけ苦痛を忘れられる、趣味に没頭しているときだけ痛みが忘れられる、といったタイプ。

メカニズムとしては1番目と似ていて、一種の中毒や依存症ということもできますが、建設的な活動に熱中することでポジティブな効果がもたらされることが多いので、分けて考えるべきだと思います。例えば、タングステンおじさん:化学と過ごした私の少年時代に書かれているように、少年時代に辛い体験をしたオリヴァー・サックスやフリーマン・ダイソンは、数学や科学に逃れ場を見いだし、後に偉大な業績を挙げました。

お仕置きとひもじさといじめが続くうちに、それでも学校に居させられた私たちはますます極端な心理的救済策へと追い立てられていった。自分を一番いじめる相手を人と思わなかったり、実在しないと考えたりするようになった。…自分に「あいつはただの原子の集まりなんだ」と言い聞かせたのである。そしてだんだんと「ただの原子の集まり」の世界がいいと思うようになった。

…そんな状況でできることといえば、ひとりきりになって、だれにも邪魔されず自分のことだけを考え、多少なりとも心のぬくもりや落ち着きが得られるような、秘密の逃げ場を探すことくらいだった。私の置かれた立場は、理論物理学者のフリーマン・ダイソンが自伝的エッセイ「教えるべきか教えざるべきか」のなかで書いているのと似ているかもしれない。

[以下ダイソンの本からの引用] 私は、体力も運動能力もない数少ない少年の集団に属していて……[意地悪な校長といじめっ子たちという]ふた手からさいなまれて押しつぶされそうになっていた。……そこで私たちは、ラテン語に取りつかれた校長にもサッカーに取りつかれた同級生たちにも近づけない領域に逃げ場を見出したのだ。……圧制と敵意のなかにあって、科学は自由と友好が支配する領域だと知ったのである。(p42-43)

彼らは、やがて、科学や数学の大好きな領域に没頭しているときだけは、現実世界の苦痛を忘れられるようになっていきました。それゆえに他の人よりはるかに優れた業績を上げることもできた。これは心理学者チクセントミハイが言うところの「フロー状態」を活用して注意を苦痛からそらす方法といえる。

子ども時代にトラウマを負った人が、ときに極めて創造的な業績を上げられるのは、このおかげです。前々から書いている創作しないと死んでしまう、という現象もこれと同じもの。他の人にとってはただの趣味や仕事にすぎないものが、生きるために必須の避難所となっているので、それなしには生きていけないことがかえって優れた業績につながる。

フロー状態では、島皮質の活動が強く活性化して、外的刺激に完全に集中している状態になるらしい。ふだん内的刺激と外的刺激がシーソー状態になってバランスをとってますが、完全に外部の刺激に没頭する状態になる。(詳しくは五回目の記事で書いた)

わたしたちが自己意識を感じるのは、内的刺激のおかげなので、外的刺激に没頭しているフロー状態では「我を忘れる」ことになる。フロー状態になって集中している人や、ゾーンに入って没頭しているスポーツ選手は、自分のことをまったく意識しなくなり、行為と一体化する。それが、外的刺激に完全に集中するということです。

自己意識がなくなる、ということはつまり、自分の身体の違和感を意識しなくなるということなので、トラウマの苦痛も忘れる。ときどきサッカー選手などが、足を骨折していたのに最後までプレーしていたなんて伝説があるのも、このフロー状態のからくりのおかげ。がんや慢性疼痛を抱える人も、趣味などに没頭してフロー状態に入ると苦痛を忘れられるという。

ヴァン・デア・コークがトラウマティック・ストレスで書いているように、これは一種の解離能力であり、解離のもたらす望ましい側面だといえる。

解離能力によって、このような患者の多くは、人生のいくつかの局面においてかなりの成功を収めることを可能にするような有能な領域を発達させることができるが、一方で、解離した自己の断片のある面は、トラウマに関する記憶をもっており、親密さや攻撃性に関係する問題を調整する能力に壊滅的な軌跡を残してしまう。(p216-217)

病的な解離(凍りつき状態)は、外部の刺激を完全に切り離して内部の刺激に集中してしまう状態。しかし、フロー状態のような解離はその真逆で内部の不快感を完全に切り離して、外部の刺激に集中することで苦痛を麻痺させる。解離はあくまで「切り離し」なので、外部を切り離す場合もあれば、内部を切り離す場合もあるということ。解離の隔離能力によって、凍りつきを一部のみにとどめることで、優秀な能力を発達させることができる。

とはいえ、ヴァン・デア・コークが言っているように、外部の刺激を利用しているだけなので、内側から自分で「調整する能力」に関しては改善されません。

(1)と(2)は、どちらも、内部からモード切り替えできないために、強い外部の刺激に頼ってモード切り替えしているという点は同じです。しかし(1)は完全に有害な活動にはまりこんでいるのに対し、(2)は少なくとも有益な活動を選ぶことはできている。つまり(2)のタイプは、自分でモード切り替えできないなりに、うまく適応しているといえる。

似たような例でいうと、ADHDの人は整理整頓が苦手だけど、まったく片づけられなくて汚部屋になってしまう人と、片づけられないことをよくわかっているために物を持たないようにしてシンプルライフを送るようにしている人がいる。前者のような完全に振り回されてしまっているのが(1)の中毒や依存症のタイプで、後者のような上手くできないなりにある程度適応できているのが(2)のフロー状態タイプだといえる。

でもどちらの場合も、結局自分でモード切り替えできないのは同じなので、できることなら、ペンデュレーションの訓練などを通して、自己コントロールを身につけるのが一番だと、ということになる。

(3)安全基地タイプ
こうしたトラウマの不快感から注意をそらす活動のうち、最もよく組織されていて、望ましいのは、最後の安全基地タイプ。

安全基地とは、愛着障害の研究をしたメアリー・エインズワースが作った言葉ですが、望ましい養育環境で育った子どもは、たいてい母親のイメージを安全基地として内在化する。そして、くじけそうなこと、辛いことがあっても、温かい安全基地のイメージを思い浮かべることで、自分をリラックスさせることができる。

安全基地も、スイッチを切り替えるという意味では同じ。しかし、異なっているのは、内在化されたスイッチであり、副交感神経系を活性化させて、自分で自分をリラックスさせることができる、ということ。

つまり、(1)のような自傷行為や依存症、あるいは(2)のような没頭できる活動など、外部の刺激によってわざわざスイッチを変えなくても、自分の内部の資源によってスイッチをスムーズに切り替え、自己調整できる、ということです。

そして、SEで目指すのは、この安全基地の構築だと言うことができる。トラウマを負った人は、安全基地が不安定で、自分に内在化することができていません。外部の何かを頼りにして、自己調節したり、リラックスしたりしている。そのままだと、その外部の何かが失われてしまうと、とたんに安定を失い、破滅へと急落してしまいかねない。

たとえば、作家ウィリアム・スタイロンは、 見える暗闇で60歳のときに発症した恐ろしいうつ病体験を振り返っていますが、子供の頃に母親を早くに無くしたため、安全基地のイメージが不十分なところを、ずっとアルコール依存でまぎらわしていたようです。ところが、肝臓に問題が生じて、断酒せざるをえなくなったときに、ひどい鬱病が出現しました。それまで頼りにしていた外部の何かが失われるととたんに崩壊する一例です。

酒を飲んでいるあいだは実際にそれで気分が沈みこんだことは決してなく、かえって不安感に対する罰として働いていた。

長いあいだ魔物を追いつめていた大きな盟友が突然姿を消し、その魔物たちが潜在意識の中に群がってくるのをもう防げなくなったのだ。わたしは情緒的に身を剥がれ、これほど傷つきやすい姿になったことはなかった。

長年にわたって鬱病が身辺を飛びまわり、襲いかかろうと待ちかまえていたことは疑いない。(p68)

前回書いた、わたしが10代の頃に別人格を消し去ろうとしたときに自殺願望が強くなったのもこれと同じですね。支えにしてきた何かを失いかけると突然トラウマに呑まれそうになるわけです。

SEでは、まず、少しでも安心できる身体の感覚(リソース)を見つけ出し、それを強化していつでも利用できるようにしていくことで、大人になってから安全基地の構築を目指すといえます。

わたし自身の場合を振り返ってみると、(1)の自傷行為や依存症は、それなりに抱えていました。特に学生のころは、自分の肌を突き刺すことで、低覚醒から逃れる習慣をもっていました。またゲーマーとして、ゲームに熱中しているときだけは苦痛が和らぐ、というのをいまだに体験しています。

(2)のフロー状態のほうは、(ゲームも一種のフロー状態といえるのでこっちに含めることもできますが)、文章を書いているときの没頭ぶりは間違いなくこちらです。その気になれば、一日中でも、苦痛を忘れて没頭しています。数万字の文章を1日で書いてしまうことも少なくない。骨折を忘れてプレーしつづけるサッカー選手と同じです。

(3)の安全基地については、構築が不十分なのは自覚しているものの、空想世界の存在がそれに該当するでしょう。文字どおりの安全基地ほど組織化されていないため、前回の体験記で書いたように、このイメージをもとに安心できる感覚のリソースを抽出し、ペンデュレーションによってそれを活用する訓練を重ねていく必要がある、とわかっています。それに気づいてから、外出時に何度も練習していますが、かなりコツをつかんできたようです。

2.モード切り替えとして考える人格の多重化

2つ目の話題は人格の多重化というのは結局なんなのか、という話。

まず、多重人格は極めて特殊で異常なもの、ときにはオカルト的なものだと思われがちですが、実際には全然そうではない普通の現象。身体はトラウマを記録するに書かれているように、近年の脳科学によると、わたしたちの意識は、本来複数の部分から成り立っているのに、大半の人たちは、自分はひとつの意識だと錯覚しているだけです。

分離脳に関する先駆的な研究を主導したマイケル・ガザニザは、心は半自律的な機能モジュールで構成され、各モジュールには特有の役割があると結論した。彼は1985年の著書『社会的脳―心のネットワークの発見』に、次のように書いている。

「だが、自己とは統一された存在ではなく、私たちの内部には、いくつもの意識領域が存在しうるという説についてはどうだろう……私たちの[分離脳の]研究から新たに浮上したのは、文字どおり複数の自己が存在し、しかもそうした自己は、必ずしも内面で相互に『対話』してはいないという見方だ」。(p463)

本来、人格は複数なのに、ほとんどの人は脳の統合機能のおかげで巧妙にパッチワークされているため、一つだと思い込んでいるだけ。だから、何かしらの理由で統合機能が弱ると、複数の人格にわかれたように感じる。むしろそちらのほうが、ありのままの状態を感じているともいえる。

大半の人の場合、自分の人格が複数だと思わないのは、さまざまな人格のモードになめらかに切り替わっていて、継ぎ目がないように感じられるからでしょう。たとえば、一人の男性でも、父親として子どもに接しているとき、会社の上司として部下に接しているとき、自分の趣味仲間と付き合っているときは、それぞれ雰囲気が変わるはず。でも、本人からすれば、なめらかに、連続性をもってモードを切り替えているので、自分は統合されたひとつの人格だと感じることができる。

対照的に、自分の人格が複数だと感じられる人は、このモード切り替えがガタガタで、断続的になっていると解釈できる。父親としての自分から、仕事人間としての自分へ滑らかに移行するのではなく、車のギアチェンジするかのように、ガクンといきなり切り替わってしまう。そのせいで、落差やギャップが激しく、自分でも違和感を感じることになる。それが、トラウマを負った人に多い「スイッチング」です。

そうした変化は臨床現場では「スイッチング」と呼ばれており、トラウマを負った人にしばしば見られる。

患者は話題が変わるたびに、まったく違う情緒的状態と生理的状態に入る。スイッチングは声のパターンのはなはだしい変化としてだけでなく、表情や体の動きの変化としても表れる。

臆病な人から強引で攻撃的な人へ、心配症で他人の言いなりになる人からいかにも魅惑的な人へと、人格が変わるようにさえ見える患者もいる。(p396-397)

場面ごとにまったく別の自分になってしまう、という違和感を、本人もまわりの人も感じているでしょうが、単なる気まぐれと見なされがちです。しかし実際には、人格モードがの切り替えがスムーズではなく、外的要因によって振り回されていることを意味しています。

さらに、多重人格と診断されるような人の場合は、その切り替えが、自分の意思で行なっているわけではなく勝手に起こるので、もっと違和感が強くなる。本来、人格のモード切り替えは、自分の意思で滑らかに行えるはずなのに、多重人格の場合は、外部からの刺激に応じて、勝手に切り替わってしまう、ということです。(このあたりの健常者におけるスムーズな人格モード切り替えと、多重人格の問題がスペクトラム的に連続しているという話は岡野憲一郎先生の多重人格者 あの人の二面性は病気か、ただの性格か でも触れられている)

ここで、読んでいて、あれっと思う人もいるかもしれません。なんだか、さっき読んだ話とよく似ているな、と。じっさい、1つ目の話題と、この2つ目の話題は、結局のところ同じことを言っているんです。

トラウマを抱える人は、自分で自分のモード切り替えをする能力を失ってしまう。内部から自分の状態をコントロールすることができなくなって、外部の刺激によって振り回されるようになってしまう、それがトラウマの「凍りつき」です。

内部のスイッチによって能動的に自分をコントロールすることができなくなってしまう。その代わり、外部からの刺激があれば、変動することができる。これは初回のセラピーのときに書いたパーキンソン病やトゥレット症候群の話ととてもよく似ているので、おそらくドーパミン系の経路が阻害されているのだと思います。パーキンソン病の人も、自分からは能動的にボールを投げられないのに、ボールが飛んできたらキャッチできる、というような受動的な反射が保たれている。

トラウマで凍りついている人の場合も、自分の内部から自分をコントロールすることはできないのに、外部からの刺激には、条件反射的に反応してしまう。トラウマの凍りつき・擬態死反応というのは、たぶんドーパミンやアドレナリンの自己遮断だと思われるので、内部から自分をうまく操作できなくなってしまうんでしょう。

多重人格とは結局何かというと、普通の人は内部から自在に人格モードを滑らかに切り替えられるのに、凍りつきによってその切り替え能力を失ってしまい、代わりに外部からの刺激によって、予期しないときに条件反射的に別の人格モードに切り替わってしまっている現象だとみなすことができます。自分でコントロールできず、外的要因にコントロールを奪われている状態です。

なんでそんなことが起こるのかというと、それは幼少期からの習慣による。多重人格になる人は、子どものころに無秩序型の愛着を抱えていることがほとんど。無秩序型の愛着とは、予期しえない支離滅裂なストレスにさらされて育った子に典型的な現象であり、場面場面に応じて、モードを切り替えて対処するのが特徴。ひとつの秩序だった人格を軸とするのではなく、ある場面では回避的に、ある場面では積極的に、というように、状況に応じてモードを使い分けるという生存戦略をとる。

それが成長すると、こんどは過剰同調性に発展する。これは、場面ごとに、カメレオンのように自分の色を変えて、コミュニケーションするという性質。ある人に対してはこの人格で、別の人に対してはこの人格で、というように色を使い分ける。しかも、これは自分でコントロールしているわけではなく、場面ごとに異なる自分が勝手に出てくるようになる。この時点で人格の多重化を意識することになる。

その上さらにトラウマを経験して、解離が起こって記憶が断裂すると、自分でも自覚しないままに、外的要因に条件反射的に反応して、別々の人格に切り替わりまくることになる。これが最終的な多重人格だということです。

だから、多重人格というのは、ぜんぜん特殊な現象ではないわけです。ヴァン・デア・コークが書いているように、健康な一般人からスペクトラム状に分布している、モード切り替え能力の障害なんです。

解離性同一性障害に見受けられる内部分裂や異なる人格の出現は、幅広い精神生活の領域の極端な例にすぎない。

自分の中に相容れない衝動や部分がいくつもあるという感覚は誰しも抱いているが、トラウマを負い、生き延びるために極端な手段に頼らざるを得なかった人々には、とりわけ顕著なのだ。(p457)

このスペクトラム的な人格の多重化の問題を、脳科学的に分析しようとすると、おそらく少なくとも、次の3つの要素を考慮する必要があると思います。

(1)右脳の手続き記憶のパターン生成能力の高さ
本当は人格は複数なのに、大半の人が自己はひとりだと錯覚していると書きましたが、それは引用したように、マイケル・ガザニガの分離脳研究からの知見です。分離脳研究では、てんかん発作のために左右の脳半球をつなぐ脳梁を切断した患者たちが、まるで複数の人格に分離するかのような現象が観察されました。

詳細は省きますが、いろいろな実験の結果わかったのは、どうやら、わたしたちの意識的な自己は左半球に宿っていて、無意識のさまざまな人格(内なる他人たち)は右半球に宿っているらしい、ということ。これは、ほとんどの人で、言語中枢が左半球にあることによります。わたしたちは、自分を意識するとき、左半球の言語機能を介して考えているからです。だから、左半球の言語機能が発達する前の赤ちゃんは、自我をまだ意識できない。(このあたりの話は、岡野憲一郎のブログ Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: 第10章 右脳は無意識なのか? (1) を参照)

では、右半球の自己に宿る複数の自己とはいったい何なのか、というと、さまざまな種類の手続き記憶のパターンだと思います。手続き記憶という表現を使ってしまうと、なんだかただの運動パターンだけを意味しているような感じがしてしまいますが、実際には、右脳が処理しているのは、もっと複雑で多様な手続き的パターンであり、人格というのもそのパターンのひとつです。

というのは、さっき書いたように、多重人格はもともとをたどれば、無秩序型の愛着の複数のモードの使い分けに行きつくわけですが、この「愛着」という機能自体が一種の手続き記憶だとトラウマと身体に書かれている。

愛着パターンは、早期の愛着を反映した長期にわたる身体的傾向(physical tendencies)の中にもあらわれます。

手続き記憶としてコード化されて、これらの愛着パターンは、親近さを求める行動(proximity-seeking)、社会的関わり行動(微笑む、相手に向かって動く、手を伸ばす、アイ・コンタクト)、防衛的表現(身体を引く、緊張のパターン、過覚醒あるいは低覚醒)としてあらわれます。(p63)

わたしたちが「人格」だと認識しているのは、この社会的関わり行動とか、対人関係のパターン、さらには思考や認知のパターンなどの集合体です。さまざまな場面で学んだ、手続き的なパターンの集合体が、ひとつの「人格」になります。

そして、わたしたちは、このような手続き記憶を普通、必要なときにうまく使い分けている。それが、さっき書いたような、子どもの前と部下の前、さらには一人でいるときなどに、行動のパターンを変えるということ。その場その場に応じた手続き記憶の集合体を、うまく適切に切り替えられること、これが健康な人の、滑らかな人格モード切り替えの正体なわけです。

そのようなわけで、複数の人格モードを抱える人の場合、手続き記憶を処理する右脳の能力というのをまず考慮しないといけない。右脳の感受性が強く、手続き記憶を処理する能力が高い人ほど、たくさんの人格モードのストックを蓄えやすいはずです。

そして、ひといちばい敏感な子によると、人一倍感受性が強いHSPの研究では、右脳の活性化が高く、感覚的な記憶の処理に長けている言われている。

このシステムは、脳の右半球(前頭部皮質という思考をつかさどる部分)と関係しており、右脳の電気活動が活発な赤ん坊が、HSCになりやすいといわれています。(p52)

HSPの人が、さまざまな人に自分を同調させるのが得意で、ときには過剰同調性に陥りやすく、ひどい場合は多重人格にまでなりやすいのは、ひとえに、右脳に手続き記憶のパターンをたくさん生成して、複数の人格モードを作り出す能力が高いことによるわけです。だから、人格の多重化を感じやすい人は、まず右脳の感受性が強いHSP傾向があるのでは?という可能性を考慮できる。

(2)左脳と右脳の連携
次に、そうやって生成した複数の人格モードの使い分けがうまくできるかどうか、という部分。

さっき書いたように、わたしたちの意識が宿っているのは、言語中枢がある左半球だと思われる。(一部の左利きの人などは右脳に言語中枢があるので話はぜんぶ逆になります。両方の脳にある人も少数ながらいる) 

とすると、人格を滑らかに切り替えて使い分けられる人というのは、左半球の意識的な脳で、右半球に蓄えられた手続き記憶のパターンをうまく選択して切り替えている、ということになる。言い換えれば、脳の左右の連携が緊密なほど、人格の切り替えがスムーズにいくだろう、ということ。

マイケル・ガザニガの分離脳研究では、左右脳の連携が物理的に切断されると、まるで複数の人格を持つかのように振る舞いだしました。とすると、文字どおり左右脳の連携が切断されるわけではなくても、何らかの理由で、左右脳の連携が悪くなれば、人格のモード切り替えの能力が損なわれて、多重人格になりやすくなるのではないか、ということになる。

この点に関しては、そのものずばりな研究がすでに出ていて、子ども虐待という第四の発達障害に書いてあるように、トラウマを負った子どもは、左右の脳をつなぐ脳梁のサイズが小さいことがわかっている。

ド・ベリスらの研究では、脳梁体部から脳梁膨大部にかけての脳梁4~7の体積が、被虐待児では健常な対照群に比べて小さかったのである。

さらに脳梁の体積と子どもの解離症状とは負の相関を示していた。つまり脳梁の体積が小さいほど、強い解離症状が認められたのである。

脳梁という右脳と左脳をつなぐ橋の体積が小さければ、右脳と左脳の共同作業が滞り、別々に働く傾向が強くなると予想される。従って、そのような脳の状態において、解離症状が強くなることは当然考えられることである。(p104-105)

おそらく左右の脳のつなぐ脳梁が発達不良を起こすせいで、分離脳患者ほどではないものの、左右の脳の連携がとりづらく、右脳の保存されている多数の手続き記憶のパターンを意識的にコントロールするのが難しいのではないかと思います。

(どうして脳梁が発達不良を起こすのか、という点は不明だが、普通に考えれば、両方の脳をつなぐと都合が悪いため、接続を弱くするように適応してきた、ということだろう。それは、人格モードをあえて自分から意識的に切り替えず、無意識のまま状況ごとに勝手に切り替わる過剰同調性を保って生活するほうが都合がいい、ということかもしれないし、右脳に保存されたトラウマ記憶に左脳の意識が圧倒されないように、接続をしぼっている、という適応かもしれない。いくつか可能性は考えられます)

興味深いのは、意識と無意識のあいだによると、この脳梁のサイズが小さい人は創造性が高い、という研究があること。

しかし驚いたことに、創造的な人間は脳梁が小さいという。この研究に携わった研究者たちは、小さな脳梁は脳の各半球により大きな独立性を与えるのではないかと述べている。ことによると創造性は枠組みにとらわれないことより、二つの枠組みで思考することにかかわりがあるのかもしれない。(p182)

トラウマのサバイバーには、アーティストとして創造性を発揮する人がかなり多いですが、それは、左右の脳の連携が悪いせいで、複数の思考パターンを意識できるからではないか、と考えられる。しかしながら、逆に創造性が高い人は脳梁が太い、という研究もあるので、創造性の高さには2パターンあるとみなすべき。

たとえば、書きたがる脳 に書かれているように、作家の創作というのは、主観モードと客観モードの切り替えによって成り立っていて、いわば複数の人間の立場から見れる能力のおかげだといえる。

実験では、創造性には右脳の活動だけでなく左右の半球のバランスのとれた相互作用が必要であることが示されている。…このような考え方はすべて、二つの思考法あるいは二つの半球の相互作用あるいは交替が創造性を強化するはずだという予想につながっていく。この説はまた、創造的な作家は作品を生み出してはそれを編集するという仕事を繰り返す、といいう標準的な文学モデルに該当する。(p98)

「相互作用あるいは交替」という言葉からすると、創造性の高い作家は二通りいる可能性があることが示唆されている。両方の脳をうまく協働させられる自己コントロールに極めて長けた天才型の才能を持つ人と、トラウマのせいで両方の脳が分離してしまい別々に思考するようになってしまったような逆境に適応した結果として二次的な能力をもつ人。才能と適応は紙一重です。

オリヴァー・サックスも解離の強い人でしたが、オアハカ日誌でこう書いていました。

わたしのなかには、たいていふたりの自分ー当事者と傍観者ーがいる。まるで生命の人類学者、地球上の生命の人類学者、ホモ=サピエンスという種の人類学者のようだ(『火星の人類学者』というテンプル・グランディンの言葉を本の題名に使ったのは、自分もテンプルと同じように、人類学者つまり“アウトサイダー”だと感じていたからかもしれない)。だが、物書きというのは、みんなそんなものではないだろうか?(p24)

シェイクスピアのような、実は一人ではなくて複数人がひとつの名義を使っていたのではないか、と真面目に議論されるような創造的な作家たちがいることは、創作とは、いくらか多重人格ぎみな人のほうが向いている、ということを意味しているように思えます。

また、解離の当事者が演劇などの分野で活躍しやすいのも、複数の自己の人格パターンを保持できるからだといえる。

演劇は、舞台という外的刺激によって人格モードを切り替えてもらえる場なので、別に自分で人格を切り替えられる能力は必要なく、舞台に上がれば神降ろし状態になって人格モードが勝手に変わるような人のほうが向いているわけです。かえって、自分で人格モードを切り替えられる普通の人は、舞台の上で我に返ってしまう可能性があるので、なまじコントロールできるがために役者に向いていない、ということが起こるはずです。

(3)スイッチング能力
この人格モード切り替え能力は、もちろん、単に左右の脳の接続だけでなく、切り替えそのものをコントロールしている領域にも依存しているはず。

確定的ではないですが、岡野先生は、続解離性障害の中で、それが言語のバイリンガル能力を制御している場所ではないか、としていました。

このバイリンガリズムの例は、DIDの際の人格交代のアナロジーとしても有用である。なぜなら異なる人格は、幼児語や大人のしゃべり方、独特のアクセントなどを個別に備え、また時には別の言語で話し、通常はその混同が見られないからである。そこで人格間の統御と、バイリンガリズムにおける言語のコントロールについては同様の脳の部位が関与している可能性が示唆されるのである。

ちなみに最近のバイリンガリズムの研究によれば、異なる言語はしばしば言語野の同じ部位が重複して用いられ、それらの使い分けや移行には優位(左)半球の尾状核の頭部が深く関与しているとされる。(p144)

複数の言語を操る人は、場面ごとに適切な言語モードに労せずして切り替えられます。そのとき、しゃべる言葉だけでなく、思考パターンや概念の捉え方まで変化しているので、これは一種の意識的な人格交代とみなせる。外国語を話せない人でも、自分が生まれ育った方言と、標準語を切り替えるときに同じことをやっています。

この切り替え機能のレバーが、自分でコントロールできず、外的要因によってコロコロと切り替わってしまうようになったのが過剰同調性や多重人格ではないか、というわけです。多重人格でも言語が切り替わるとありますが、方言になったり、アクセントが変わったり、幼児語になったりします。例えば私の中のわたしたちのオルガは自分がまだ多重人格だと気づいていないころから、自分の思考がときどきスペイン語になることの違和感を感じていました。

さらに、ときどき鏡を見て、私だと思わない自分を見るときがあると彼に話した。「ときどき自分で思っているより年上に見えるの。手は思っているより大きいし、背も自分の想定より高いの」

いつとはなしに、スペイン語で考えることもあった。父が死んで家でも英語が使えるようになってから、普段はスペイン語で話したことがなかったので、とりわけ奇妙だった。(p177-178)

虐待を受けたときの幼い彼女は、スペイン語を話していて、そのときの人格モードが独立して多重人格になっていた、ということを知ったのはあとになってからでした。

興味深いことに、脳は奇跡を起こすによると、このバイリンガル能力の切り替えに使われている尾状核は、強迫性障害にも関係しているらしい。強迫性障害は逆にモード切り替えがまったくできなくなり、ひとつのモードに固執してしまう状態だといえる。

尾状核が自動的にギアチェンジをしないために、眼窩前頭皮質と帯状回がずっと信号を発しつづけ、まちがったという感情と不安がどんどん強くなってしまう。(p200)

また自閉症は津軽弁を話さないによれば、自閉症の子どもは方言を話さない、という傾向がみられる。ということは、自閉症の人が「空気が読めない」と言われるのは、自由自在にモード切り替えができず、外的刺激によっても切り替わらないためではないか、ということになる。変幻自在に他の人に合わせて過剰同調しやすいHSPの人とは真逆。事実、自閉症の人は強迫性障害にもなりやすいので、モード切り替えが固定化することによる障害という一面があるとみなせると思います。

というわけで、多重人格とは何か、ということを考えるとき、少なくともこの3点(1)右脳の手続き記憶のパターン生成能力、(2)左脳と右脳の連携、(3)スイッチング能力、という3つを押さえておけば、ある程度理解できると思います。

まず複数の人格パターンを作り出せる右脳の感受性の強さがあり、幼少期のトラウマで脳梁のサイズが減少し、そして過剰同調性によって場面に応じて人格パターンが勝手に切り替わるようになってしまう、この3点を満たしたときに、スイッチングやその先の多重人格という病態が出現するとみなせる。

本当を言えば、(4)左脳の解釈システム というのも考えないと解離型の自閉スペクトラム症の問題が説明できないし、複数の人格が同時に意識される現象とかも入れるともっとややこしくなるんですが、複雑になりすぎるので、この記事ではここらへんにしときます。(本当はこの記事はSEの体験記だったはずだし)

▽いつかやるメモ
ところでトラウマのスイッチングがバイリンガルと同様だというのは、実はかなり強力な傍証がある。それは以前に書いたこの話。

サックスの本によると、言語の習得は、音声言語であれ、手話のような視覚言語であれ、最初の練習中は右脳に依存している技能なのが、完全に体得して「モノにする」と左脳の管理下に置かれることがわかっている。これは言語のみならず、手続き記憶を使っていると思われる他の達人技能のスキルも同じらしい。

そして注目すべきなのは、トラウマ研究でも、未処理のトラウマ記憶は完全に右脳依存なのに、トラウマが治癒するにつれ、左脳寄りになっていく、ということがわかっている。ということは、トラウマ治療というのは、上の記事に書いたような言語習得やスキル習得のプロセスと同じなのではないか? ということになる。

おそらくは、言語習得、スキル習得、トラウマ治療はみな、まず右脳に手続き記憶のパターンが生成され、それをいかにして左脳のコントロール下に置くか、という作業なのだと思う。たとえば言語習得において本で勉強するだけでは身につかず、現地に言って、経験から学んではじめて身につくのは、トラウマ治療において言葉のカウンセリングだけでなく、ソマティックな経験が必要なのとまったく同じ構造をしている。言葉や知識だけで学んでも使いこなせないが、経験で学ぶことにより「モノにする」ことができる。

トラウマ治療と、言語習得のプロセスが類似しているのはおそらくかなり大事なことで、一般に多い、トラウマの物語を語れば治療できるという誤解を正すのに不可欠なはず。ただ単に物語を語るのは、言語習得における学校の授業みたいなものにすぎない。ただ語るだけでは経験が伴わないので、左脳で右脳の手続き記憶をコントロールできるようにはならない。そうではなく、現地で実際にコミュニケーションをするときのような、身体で経験するということが必要なのだ。たぶん左脳的な認知だけ、右脳的な行為だけではだめで、行為をしながら認知するという体験を通してのみ、その二つが脳内で結びついて「Aha!体験」が起こり、スキルが習得されるのだと思う。

上の記事を書いた去年11月にはそのことをもう思いついていて、どこかにしっかりまとめなければと思っているのだけど、なかなかやる気がでなくて、後回しになっている現状。まさしくスイッチングがうまくいっていない(笑)

▽もうひとつ
まだ深く考えてはないのだけど、おそらく、多重人格の問題は、覚醒状態のモード切り替え不全と連動している。同じ人でも、過覚醒のときと低覚醒のときは別人のような振る舞いを見せるように、覚醒状態の程度と人格はある程度紐付けられているように思う。

そもそも、トラウマを抱えた人は自分で覚醒レベルをスイッチングできないというのが、SEのおける耐性領域の理論の前提条件になっている。自分でほどよい覚醒レベルに戻れないから、自傷行為などで外から調整するしかないし、過覚醒状態になってなかなか寝付けない。

そして多重人格の人は、人格間を移行するときに、一度とろんとした目つきになって催眠に入り、それから目が覚めると別の人格に交代している。これは一度、擬態死状態になって覚醒状態をリセットしているんだと思う。だから、覚醒モードの切り替え障害と、人格の予期せぬスイッチングは本質的に関連性があると思う。(一応、これを支持する文献がどこにあったかは幾つか思い当たっているがまだ確かめていない)

3.音楽が持つモード切り替えの力

このモード切り替えについて、もうひとつ考えておきたいことが音楽の力です。これが3番目の話題。

世の中には、多重人格とまではいかなくても、何かしらの理由(幼少期のトラウマか、あるいはADHDのような先天的な問題か)で、スイッチ切り替えが苦手な人が、かなりの程度いるとはず。そうした人たちが、ほぼもれなく活用しているのが、音楽を用いたスイッチ切り替えだと思います。

さまざまな外的刺激は数あれど、音楽がとくにこのスイッチングのメカニズムに対して有用な外的刺激である、ということには多くの傍証があります。おそらく、自分でモードをコントロールできない人の場合、音楽は外的刺激によるリズムを与えて、ペースメーカーのような働きで同調させることができるんでしょう。幾つか具体例を。

(1)凍りつきを溶かす
まず、音楽がモードを切り替える最も顕著でよく知られた例は、トラウマ性の凍りつき状態を溶かす力がある、ということ。凍りつきとはさっきから見ているように、自分で内部からモード切り替えができなくなってしまう現象ですが、そんな状態に陥った人の多くが、音楽によって凍りつきが溶けるのを経験している。まずは身体はトラウマを記録するの例を。

私は無力感というおなじみの感覚を味わい、虚脱状態の人々に囲まれて、自分自身も精神的に虚脱するのを感じた。そのとき一人の女性が、体をそっと前後に揺らしながらハミングをし始めた。ゆっくりとリズムが生まれてきた。他の女性たちも少しずつ加わっていく。

まもなくグループ全体が歌い、動き、立ち上がって踊りだした。それは驚くべき変化だった。人々は生命を取り戻し、表情は同調し始め、生気が体に蘇った。私は、ここで目にしているものを応用すること、そして、リズムと歌と動きがトラウマの治療にどのように役立ちうるかを研究することを誓った。(p350)

重篤なトラウマの凍りつきでも、音楽を用いたサウンドセラピーによってスイッチが切り替わり、ふたたび動き始めることができる。

次は、さっき出てきた作家ウィリアム・スタイロンが、 見える暗闇で書いている、重篤な鬱病の凍りつき状態のときの経験談。

あるひどく寒い夜、あすはとても生きのびてゆけないと悟りながら、わたしは家のいまに腰をおろし、毛布にくるまって寒さをしのいでいた。…わたしは仕方なく映画のビデオを見ていた。…登場人物たちが音楽学校の廊下を通って行くとき、壁の向こうから見えない音楽家の歌うコントラルトが聞こえてきた。ブラームスの『アルト狂詩曲』からの突然空を舞うような一節だ。

すべての音楽、いや実際すべての快楽に対して何ヶ月も麻痺して反応を示さなかった心を、この歌声は短剣のように突き刺した。そして急速にみちあふれてくる回想にひたりながら、わたしはこの家が熟知している喜びのすべてを思った。…わたしは最後のかすかな正気の光を引き寄せて、自分がおちいった死の窮地の恐るべき広がりを認識した。(p102-104)

オリヴァー・サックスは音楽嗜好症の中で、このスタイロンの記述に言及したあと、自身の体験談を記しています。

私自身も同じように、ほかの何にも心が動かなかったとき、スタイロンの言葉を借りれば、音楽が「心に突き刺さった」経験がある。

私は母の姉のレンおばさんが大好きだった。子どものころ、戦時中にロンドンから疎開させられたとき、彼女のおかげで命を救われたとは言わないまでも、正気を失わずにいられると何度も感じた。彼女の死は私の人生に突然ぽっかり大きな穴をあけたが、なぜか、私は嘆き悲しむことができなかった。機械的に動いて仕事に出かけ、日常生活を送ったが、内側は無快感の状態で、どんな楽しみにも―そして同じように悲しみにも―何も感じず、反応が起こらない。

ある晩、音楽が自分を立ち直らせてくれるかもしれないというはかない望みを抱いて、私はコンサートに出かけたが、効果はなかった。コンサートはずっと退屈だった―最後の曲が演奏されるまでは。最後の曲は聞いたことのない作曲家の聞いたことのない曲、ヤン・ディスマス・ゼレンカ(バッハと同時代のあまり知られていないチェコの作曲家だと、あとで知った)の『エレミアの哀歌』だった。

その曲を聴いているとき、突然、自分の目が涙で濡れているのに気づいた。何週間も凍りついていた感情が再び流れ出している。ゼレンカの哀歌が私の心のなかのダムを決壊させ、せき止められていた感情を放出させたのだ。(p404)

サックスの悲嘆反応の凍りつきは、コンサートで聞いたエレミアの哀歌によって溶かされました。(英語で「jan dismas zelenka The Lamentations of Jeremiah」で検索してみるとやっと何件か動画がありました。かなりマイナーなようですが、サックスが心動かされたのもわかる気がするメロディーです)

後に母の死を経験したとき、またサックスは凍りつきます。(サックスは幼少期のトラウマのサバイバーなので、ショックを受けるたび解離しやすいということなんでしょう)

しかしその一週間が終わり、ニューヨークの誰もいない冷え冷えとしたアパートに戻ったとき、私の感情は「凍りつき」、鬱という言葉では表現しきれない状態に陥った。何週間も、起きて、服を着て、職場に行って、患者を診て、外見はふつうに見えるようにと努力した。しかし内面は死んでいて、ゾンビのように生気がなかった。

ある日、ブロンクス・パーク・イーストを歩いていると、突然すっと気持ちが軽くなるのを感じた。気分が高揚し、命の、喜びの、ささやきか予感のようなものが感じられる。そのときはじめて、心象か記憶とまちがえるくらいかすかではあったが、音楽が聞こえていることに気づいた。歩き続けるとだんだん音楽は大きくなり。とうとうその源までたどり着き、地下室の開いた窓から流れるラジオのシューベルトだとわかった。

その音楽が私を突き刺し、さまざまな心象や感情を次々と解き放ったー子どものころの思い出、一緒に過ごした夏休み、母がシューベルトが好きだったこと(彼女はよく、すこし調子はずれの声で『夜の歌』を歌っていた)。私は数週間ぶりに笑みを浮かべたばかりか、声を出して笑った。そして生気を取り戻した。(p405-406)

この場合も、サックスの凍りつきは、音楽によって溶かされ、生気を取り戻しました。とはいえ、この効果は一時的にすぎなかった。同じ効果を期待して、シューベルトのコンサートに行ってみると、こんどは効き目がありませんでした。

しかしフィッシャー=ディースカウが最初の曲を歌おうと口を開いたとき、私は何かがとんでもなくおかしいと気づいた。彼はいつもどおり技術的には完璧だったが、なぜかその歌はまったく平板で、恐ろしいほど完全に精彩を欠いているように思える。

…もちろん自分が完全にまちがっていたことを、あとになって知った。翌日、評論家たちは口をそろえて、フィッシャー=ディースカウはこれまでで最高だったとほめたたえた。またもや生気を失い、閉じ込められ、凍りついてたのは、私のほうだった。あまりにも硬く凍りついていたので、今回はシューベルトさえも私の心に届かなかったのだ。(p406)

結局、サックスの悲嘆と凍りつきが癒えるには、数年の歳月がかかりました。音楽は確かに凍りつきを溶かす力をもっていますが、重篤な凍りつきを溶かせるとは限らず、さらには効果は一時的でしかない。音楽がもたらすのは一種のフロー状態としての変化なので、音楽が鳴り止むと、またモード切り替えができない凍りつき状態に戻ってしまう。音楽は内在化された安全基地の代わりにはなりません。

(ちなみにこのサックスの経験は、凍りつきが生じているときは、音楽において情緒表現を担う高周波帯域が聞こえなくなり、低周波帯域だけになって平板に聞こえてしまうという、トマティスやポージェスの理論の説明と一致している。ポリヴェーガル理論では、音を取捨選択する能力は副交感神経で制御されている中耳の筋肉によるとされているが、闘争/逃走や凍りつきが生じると、副交感神経が抑制されるので、適切な音を取捨選択できなくなる。

自閉症の子どもは、感覚過敏のためにこれがずっと起こっていて、日常会話さえも平板に聞こえてしまい、平板な声ばかり聞くせいでそれが普通だと認識してしまい、結果として、感情表現と読み取りが苦手になるのではないか、と言われている。このあたりのことは第七回に書いた)

(2)パーキンソン病の歩行リズムの回復
こうした音楽の一時的な効果を示している例が他にもあります。ひとつは、パーキンソン病の歩行です。引用するのは省きますが、サックスの音楽嗜好症をはじめ、幾つかの本では、音楽が流れているときだけ、パーキンソン病様症状が軽快する例が出てきます。この話はパーキンソン病の当事者や支援者にとっては常識なので、わざわざ文献から引用するまでもないでしょう。

パーキンソン病の当事者は、たとえば、外出時はリズミカルな音楽をイヤホンで聞きながら歩くといった工夫により、歩行の問題を軽減することができます。パーキンソン病では、自分から動き出しリズムを刻み始めるという能力が失われていますが、音楽はその代用としての役割を果たし、ペースメーカーのようにリズムを生み出してくれるようです。

(3)ADHDの集中力の切り替え
これまた当事者には常識なので文献は省きますが、ADHDの人たちも、音楽をかけていないと集中できない人が多くいる。ADHDもパーキンソン病と少し経路は違うものの、ドーパミン系の問題なので、自分でモード切り替えができないところがよく似ている。音楽はペースメーカーの役割を果たします。

しかし、注目すべきなのは、サックスが音楽嗜好症で指摘しているように、逆に音楽があると集中できなくなる、という正反対のタイプの人がいること。

実際、音楽によって抗えない感情が引き起こされる人も多い。私の友人にも、音楽にとても敏感で仕事中にBGMをかけられない人が大勢いる。そういう人は、完全に音楽に耳を傾けるか、それとも消すか、どちらかしかしない。音楽のもつ力が強すぎて、ほかの精神活動に集中できないのだ。(p397)

音楽が外的刺激によって、半強制的にリズムを与え、モードを切り替えさせるものだと考えれば、これはよくわかります。自分でモード切り替えがしにくい人の中には、音楽のもつモード切り替え力に引きずられてしまい、望まないモードになってしまうため、かえって集中を妨げられてしまう人がいるということ。

わたし自身この両方の特徴をもっていて、たとえば絵を描くときには、描きたい絵の雰囲気にあった曲を流して、モードを固定する必要に駆られます。しかし文章を書くときは、無音にしないと集中できない。今も音楽をかけずに書いています。(これは、わたしの脳がデフォルトでは文章的な思考モードになっていて、音楽の力を借りないと芸術的思考のモードに移行しにくいことを示している?)

パーキンソン病の場合は、リズムを作り出すドーパミンそのものが枯渇しているため、そもそも音楽がなければ、動きはじめることが困難です。しかしADHDの場合は、リズムを作り出すドーパミンそのものはあるのに、ドーパミンが作り出したリズムを、内部から切り替えることができません。

パーキンソン病をそもそもレコードが存在しない状態に例えるなら、レコードをセットしてやることで音楽が流れ始めます。しかしADHDは、特定のレコードがかかったままになって、入れ替えられなくなる障害です。だれかが外からレコードを入れ替えることでリズムを変更できますが、そのせいでもともとかかっていたレコードのリズムが失われてしまい、かえって集中できなくなることもあるわけです。

(4)脳機能障害による感情表現能力の回復
最後に挙げるのは、脳に障害を負って、文字どおり感情が失われてしまい、凍りついてしまった人の例。これも音楽嗜好症でオリヴァー・サックスが書いていますが、文字どおりの脳の損傷で、モード切り替えができなくなってしまった場合でも、音楽がリズムを与えて補ってくれることを示している。

脳動脈瘤の破裂で前頭葉にひどい損傷を負ったハリー・Sは、生気がなく、平板で無関心になりましたが、歌い出すと突然変化しました。

しかしハリーが歌うと、突然、状況が一変した。彼はきれいなテノールの声をもっていて、アイルランドの歌が大好きだった。歌うときの彼は曲にふさわしいあらゆる感情―快活さ、物思い、悲痛、気品―を示す。

これには愕然とするほど驚かされた。というのも、ほかのときにはそんな兆しはまったく見られず、彼の情緒的能力は完全にだめになっていると考えられていたのだ。

音楽が、音楽のもつ意図や感情が、彼を「解放する」、つまり前頭葉の代用品か人工器官のような働きをして、彼に欠けていると思われる感情のメカニズムを提供しているかのようだった。歌っているあいだは人が変わったかのように見えるが、歌が終わると数秒で元に戻り、再びうつろで無関心で生気のない状態になる。(p415)

音楽が外部からリズムを与えて、本来の生気をよみがえらせるという、外部バッテリー効果のような現象は、認知症とか自閉症でも起こる。音楽がなっているときだけ、本来の人格がよみがえるような効果が現れ、音楽が鳴り止むと、本来の人格は姿を消します。

このことは、人格というのが、特定のリズムを刻むパターンから成り立っている手続き記憶の集合体であり、音楽は外部から手続き記憶を半強制的に呼び出す効果をもつ、ということを示唆していると思います。

芸術にはさまざまな形態があり、どの芸術も一定の効果を持ってはいますが、とりわけ音楽に強力な力があるのは、サックスが指摘しているように、音楽と手続き記憶が同じ構造をしている、というところにあるんでしょう。

私たちがメロディーを「思い出す」とき、それは頭のなかで鳴る。新たに生き返るのだ。過去の出来事や場面を再現したり思い出したりしようとするときのように、呼び起こし、想像し、組み立て、整理しなおし、つくりなおすプロセスはない。

私たちは一度に一つの音を呼び起こし、それぞれの音が完全に意識を満たすが、それと同時に、その音は全体と結びついている。それは歩いたり走ったり泳いだりするのに似ている。

…記憶障害のせいで出来事を記憶したり予想したりすることができないクライヴが、音楽を歌い、演奏し、指揮することができるのは、音楽の記憶がごく普通の意味の記憶ではないからだ。(p284)

音楽は、「ごく普通の意味の記憶」つまり宣言的記憶ではなく、「歩いたり走ったり泳いだりするのに似ている」手続き記憶です。

モード切り替えの障害というのは、自分から意識的に必要な手続き記憶を呼び出してスイッチングする能力の障害でした。音楽はそれ自体が手続き記憶なので、外部から聞こえるだけで、必要な手続き記憶を呼び覚まし、スイッチングするのを助けてくれるんでしょう。それによって、本人でも自分からは切り替えることのできなかった、特定の手続き記憶の集合体という、眠っていた「人格」が呼び覚まされる。その結果、凍りついた人が生気を取り戻すかのように見える。

ちなみに、人はなぜ悲しい音楽を愛するのか | ライフハッカー[日本版]によると 物悲しい曲が好きな人は『「共感的配慮」のレベルや、他者の感情への共感能力が高く、他者に慈愛、思いやり、同情の気持ちを感じやすい』とされていますが、これは共感力の強い人は日常的に軽度の凍りつきを起こしやすく、サックスが経験したように、哀歌のような情緒的な音楽にはそうした状態を溶かす力がある、ということなんでしょう。

音楽は種類によってどんな手続き記憶を引き出すかが違うので、悲しみさえ麻痺して凍り付いている人の場合は、哀歌のような物悲しい曲が役立ちますし、意欲を奮い立たせたい人はアップテンポな音楽が役立ちます。感情とは体の情動から生まれる一種のリズムであり、音楽はリズムを与えることでモード切り替えを促しているといえます。

4.現代の医学はモード切り替えを扱えない

4番目の話題は、現代の医学は、こうしたスイッチング的な病理を扱うのに向いていないという話。

主治医と話しているときに、今の医学では意識とは何かを解明できない、という話になったんですが、それはまさに、現在の医学が、こうしたモード切り替えの病理を扱えない、ということを意味していると思います。身体はトラウマを記録するでは、さっきのスイッチングについての説明のあとに、こう書かれていました。

そうしたまったく異なる状態を示す患者が、仮病として扱われたり、気まぐれに迷惑行動をとるのをやめるように言われたりしたなら、口を閉ざしてしまいやすい。

彼らはおそらく助けを求め続けるだろうが、黙らされたあとでは、助けを求める叫びを、言葉ではなく行動によって伝えることになる。それが、自殺企図や、抑うつ状態や、憤激の発作だ。

第17章で見るように、本人が生き延びるためにこうした異なる状態が果たしてきた役割を、患者とセラピストの両者が認めたとき初めて、患者は改善に向かう。(p398)

現代の医学は、こうしたスイッチングの病理を「仮病」や「気まぐれ」としか判断できません。なぜなら、医者は検査によって症状を定量化しようとするからです。スイッチングのように、場面ごとにコロコロと変化するような状態は、定量化されず検査にも現れないので、仮病扱いされてしまっているということ。

これは、気まぐれに変化するように見える精神症状の場合も、身体症状の場合もいえる。前者でいうと、不登校とか新型うつと呼ばれている病気。学校に行っていないときは元気、仕事に行っていないときは遊びにいける、といった理由で医者たちからさえ仮病扱いされています。しかし、これは(引用は省きますが)岡野先生がよく言っているように、どっちも解離寄りの病態です。特定の状況でだけスイッチングして、凍りついてしまうせいで、ある活動ができなくなる条件反射の問題だということです。しかし検査に現れないがために、いまだに権威ある医者たちからさえ仮病のように扱われている。

後者でいえば、線維筋痛症、慢性疲労症候群、化学物質過敏症などが当てはまる、変動する身体症状のせいで、患者は仮病や思い込みだとみなされてしまう。しかしモード切り替えの病態であり、特定の状況という外的要因がトリガーとなって、異なる手続き記憶が呼び覚まされていて、しかも自分では内部からコントロールできない状態だから場面によって症状が変わるとみなせば、何の不思議もないわけです。こちらも、検査で定量化できないために、いまだに権威ある医者たちから仮病とみなされている。痛みや疲労を定量化しようとしている医者たちもいますが、それらを定量化したところで、変動する奇妙な症状の理由を説明することはできない。

いったい何が欠けているのかというと、ひとことでいえば、医学の進歩が、科学の進歩に対して、優に100年以上遅れているということです。科学は、もう1世紀以上前に、ニュートン力学から、相対性理論へと進歩しました。つまり、物事は絶対値ではなく、相対的に判断しなければならないことを知った。さらに、もう一歩先に進んで、量子力学のように、膨大な数の量子の相互関係において把握しなければならないことも突き止めた。

それなのに、医学の世界の概念は、現場レベルでは、まだニュートン力学時代にとどまっているんです。Aという力を加えれば、Bという運動が起きる、みたいなことをずっとやっている。患者の中にAという病変があるから、Bという症状が起こる、ということばかり探している。

実際にはそうじゃないはずです。病気や障害とは、関係性の上に成り立っているもので、相対的な変化に注目しなければならない。今回みてきたように、外部の刺激と内的状態とが、互いにフィードバックしあって、相対性をもって絶えず変化していると視点が抜けている。

たとえば、病院で測った血圧が本当の血圧を示しているわけではなく、白衣高血圧などの現象が起こるのもこのためです。人間は感受性をもつ生き物なので、場面ごとに生理的反応は変化します。実験室のなか、検査室のなかだけで取ったデータは、現実を正確に反映できません。それはあくまで、その状況においてみられる相対的な結果でしかない。例えば、ある症状が学校や家庭と条件付けされているなら、それは病院の診察室では現れないので測定できない。本当は、さまざまに状況を変えて、どう変動するかを見なければならない。それがSEでやっていることだし、わたしがアーレンシンドロームのフィッティングのときにやったことでもある。

そのような、相対的な検査を導入してはじめて、医学は、ニュートン力学から、相対性理論のステップへと進むことができる。もう100年以上も遅れている科学の進歩の階段を登れる。もうずっと以前に科学が乗り越えたはずのハードルを超えないかぎり、医学は「科学」を名乗る資格などなくて、(ちょうどニュートンが科学者であると同時に最後の錬金術士だったように)一種の「宗教」や「錬金術」から抜け出せはしない。

前々からたまに言っているように、意識や人格の問題を説明するには、どうしても量子的視点が必要です。それはおそらく、今研究が進みはじめているマイクロバイオームの研究によって明らかにされるはず。人間の身体というのは、ミクロの世界の無数の微生物の活動の信じがたいほど複雑な相互作用によってなりたっている一種の生態系だ、ということがわかってきているからです。

もっとも、最近読んでいたペンローズの“量子脳”理論では、量子論ではまだ足りないので、もう一つ上のステップが必要みたいなんですが(笑)

私が見るところでは、意識は、量子力学の収縮過程と関係していると思います。時々、量子的な状態が、他の量子的な状態へとジャンプするわけです。もし、十分に大きな量子的な状態があって、それが、十分に複雑な外部のシステムと関係するならば、そこに意識が生じると思うのです。もちろん、その際にニューロンが重要な役割を果たすことは間違いありません。

…私自身のアイデアの中心になるのは「計算不可能性」(non-computability)です。現在知られている物理法則は、すべて計算可能なタイプです。つまり、私たちは、現在の物理学の描像の外側に行かなければならないのです。(p71-72)

ともかく、科学のほうはまっとうに進歩していっているのに、医学の現場がいまだにニュートン力学的考え方にとどまっているがために、病気は個人の精神や身体の異変だとみなされてしまっている。不登校や新型うつ、多重人格のような、感受性や関係性によって成り立っている病気は、医学的な相対性理論を踏まえてはじめて理解できるものだから、そこについていっていない医者たちにとっては、いつまでも仮病や思い込み、オカルトのままになっている。

マイクロバイオームの研究のような重要な進歩も、なぜかニュートン力学的思考で止まっている現場の医者たちにかかれば、特定の腸内細菌を補ってやれば、問題が解決するみたいな短絡的な発想に落とし込まれ、水素水を飲んだら疲労が回復するみたいな、怪しげなサプリメント療法と変わらなくなってしまう。本当は、本人の感受性、そして無数の自律性をもった細菌たちが織りなす、複雑かつカオスな相互関係として考えなければならないのに。

5.飛躍的な気づきが不可欠

今引用した文中で、ペンローズが「現在の物理学の描像の外側に行かなければならない」と言っていましたが、それと似たようなことは個人の気づきにもいえます。

トラウマを癒やすというのは、いわばこれまで生きてきた常識すべての外側に出ることに等しい。まずは、自分の人生が凍りついていることに気づかねばなりません。

簡単なことを言っているようでありながら、これは非常に難しい。難しいどころか、大半の人は気づけないまま終わる。というのも生まれ育った自分のからだ以外のものを体験したことがないので、たとえ自分が凍りついていたとしても気づくことができないからです。

それは、色覚異常の人が、どうすれば自分は色覚異常だと気づけるのか、という話と似ている。生まれたときから緑が青にみえるのが当たり前で、それ以外に感覚を体験したことがないせいで、自分の感覚が他の人と違うかもしれない、と気づくことができない。たいていの色覚異常は、日常生活に困難をきたすので、どこかで気づかれるわけですが、もし特に困難をもたらさない色覚異常があったら、もはや一生気づくことはできないわけです。

これは哲学的にいえば、「クオリア」の問題です。わたしが見ている「赤色」と、あなたが見ている「赤色」が同じだとどうしていえるのか、という。実をいえば、これはもう確かめるすべがない。他の人の主観になって、クオリアを体験してみることはどうやってもできない。自分の感覚とは違う世界があるかもしれない、と思い当たることは、非常に難しい。子どものころから、凍りついた身体がデフォルトの人も、身体とはそんなものだと思いこんでいる。そうではない自分を、ほとんど、あるいはまったく知らないので、健康な人の場合、自分の身体をどう感じているのかがイメージできないからです。

だから、トラウマから脱出する人は、必ずどこかで、もしかすると別の世界があるのかもしれない、と気づくことが不可欠になってくる。今まで当たり前だと感じていた自分が、じつはトラウマに支配されていて、普通の状態ではなかったのだ、ということに内部から気づかねばならない。内部から見れば、地球はどう考えても静止しているように思えるのに、じつは太陽のまわりを公転しており、その太陽系そのものも巨大な銀河の中で動いている、というような、自己認識のパラダイム・シフトが必要になってくる。たとえば、小児期トラウマがもたらす病の中で書かれているジョージアが得たような気づきです。

離婚を経験してから、ジョージアは両親が示したものとはまったく異なる愛し方や生き方があるにちがいないという「直感めいた確信」を持つようになった。「そのことに気づかなかったら、人生に生きがいを見出していなかったかもしれません。体と心の回復を目指して前に進むか、そのまま何もかも抱え込んで生きるか、どちらかを選ぶしかなかったから」(p119)

ジョージアは感受性が強く、その性質のせいでつらい幼少期を送ったが、創造的な感受性のおかげで、人生はもっと違うものだという「直感めいた確信」を持つことができた。そして、大人になってから人生を変える回復への道のりに足を踏み出すことになる。(p120-121)

自分が生まれてこのかたずっと当たり前だと思っていたものが、じつは違うのではないか、と気づく必要があります。自分が見ている「赤色」は、他の人が見ている「赤色」とは違うのではないか、という気づきが。

もちろん、トラウマを抱えている人は、自分は他の人と違う、ということくらいはわかっているものです。それを発達障害とか、何かの診断名で説明しようとする。しかし、自分のクオリアが人と違うことに気づくのと、表面的な症状が人と違うことに気づくのとはまったく別です。単に何らかの症状に気づくだけでは、天動説から地動説に変化するような自己意識のパラダイム・シフトは起こらない。自分のクオリア、つまり常識となっていた感覚を疑ってはじめて、世界の枠組みそのものが異なっていることに気づくという大転換が生じる。ペンローズは、さっきのペンローズの“量子脳”理論で人間にはそのような能力があるがために、コンピューターとは異なると語っていました。

しばしばゲーデルの定理は、人間には証明できない定理があることを意味すると考えられていますが、そうではないんです。ゲーデルの定理が証明していることは、私たちは常に新しいタイプの理屈を探し続けなければならず、ある一定の、固定したルールの集合に頼ることはできないということだけです。

「洞察力」さえあれば、すでに存在しているルールの外に出て、新しいルールを見いだすことは可能なんです。そして、このような「洞察力」を、実際私たち人間は持ち合わせています。(p74)

たぶんアスペルガーのだったと思われる天才的な数学者また論理学者クルト・ゲーデルが導いた不完全性定理は、どんな理論体系も、それ自身では決して証明できない命題を抱えていて、その証明のためには別の理論体系が必要になる、ということを実証しました。つまり、ある一定のルールの枠組みの中で考えている限り、どうしても説明できない事象が出てくる。だから、それを説明するには、ルールの枠組みを超えて、新しい理論体系を構築せねばならないと。もちろんその新しい理論体系にも説明できないことが生じるので、これは無限ループします。

でも人間は少なくとも、コンピューターとは違って、自分がそれまでのっとってきた信念体系を疑い、その外に出ることができる。これが、気づきの瞬間です。たんに自分にはおかしなところがあると気づいているだけの状態ではなく、今まで自分の常識だった理論体系そのものの不備のせいで説明することができなかったのだ、という新しい理論体系へとジャンプするかのような変化。これが人生を変えるような気づきであり、人間にしかなしえないことです。

トラウマから抜け出すには、こうしたジャンプがどうしても必要になる。今まで自分が住んでいた世界の枠組みの外に出てはじめて、自分がいかに巨大な問題を抱えていたかに気づく。それが、オリヴァー・サックスが左足をとりもどすまでで書いていたこと、彼が凍り付いた解離状態からの回復過程で気づいたことです。

一段あがるごとに、水平線がひろがる。狭い世界から外へふみだす。それまでいた世界が、ひどく狭く、縮んでいたことにはじめて気づく。生理学的にも。実存的な意味においても、あらゆる面でそうだった。(p188)

下の段階ではその上を想像することはできない。生理機能、すくなくともより高次の生理機能は、経験と行為に依存している、いや記憶にとどめられているからである。だから、経験と行為が可能にならなければ、神経系、生命体は成熟することも、癒えることもないだろう。(p222)

わたしの場合、この気づきがいつだったかというと、日にちまでは覚えていない(日記を探せば特定できる可能性はある)ですが、2016年の終わりごろだったと記憶しています。そのとき何があったかというと、ヴァン・デア・コークの身体はトラウマを記録するの邦訳が10月に発売されて読みはじめていたんです。

2016年のわたしは、アーレンシンドロームの検査を受けに行って、自分でもまったく気づいていなかった、とんでもない過敏性をもっていることを発見しました。アーレンシンドロームのフィッティングテストという、一種のソマティック的な過程を通じて、自分が今まで当たり前だと考えていたクオリアがどうもまったく普通ではないぞ、ということに気づいた。同時期にHSPについて学んでいましたが、それだけで説明がつきそうにもなかった。「それまでいた世界が、ひどく狭く、縮んでいたことにはじめて気づ」きはじめた。

だけど、そのときはまだ、意味がわからなかった。何かおかしい、というだけで、どうしておかしいのかまでは思い当たらなかった。そんなとき身体はトラウマを記録するを読み始めて、この本が他のトラウマ関係の本とはまったく違うとてつもなく踏み込んだ本だと気づいた。さっきのたとえで言えば、これまでニュートン力学的な医学のトラウマの本しか読んでいなかったのが、はじめて出会った相対性理論的な本でした。しかしそれでも、ただ読んでいるだけでは、その意味にまで気づくことができなかった。

ところが、ある寒い夜、自転車に乗って家に向かっていた途中でした。駅の裏の、まっくらな路地裏を通っているときに、突如、身が震えるような洞察に打たれた。「ちょっと待てよ…もしかして」というように、今まで学んだ断片がすべてひとつになり、自分のあらゆる症状は、これで説明がつくのではないか、と気づきました。頭の中に、今までたくさんの本で学んできた断片的知識がよぎり、それが、ヴァン・デア・コークの本の理論のもと、すべてのピースがあるべき場所におさまり、全体像が直感的に見えた。

人格の多重化が起こった年齢、それまでの家庭の特殊性、学生時代の記憶喪失、バラバラに散らばっている断片的な原因不明の身体感覚、カタプレスやコンサータのような一部の薬だけ極めてよく効いたこと、そのほかの薬は、強力な抗精神病薬や睡眠薬でさえ何一つ効かないほど脳が過緊張状態だったこと、自分では意識できないほど強い過敏性、わたしの芸術的な才能…そうした多数の要素が、一瞬で、すべて結び合わさって、わたしという人間が何者なのか、そしてわたしの過去に何があったのか、たった一つの答えを指し示していた。

そのときわたしは、いわば自分のそれまでの信念体系の外に出て、宇宙から地球を眺めるかのような体験をした。はじめて、自分の全体像を、外から眺めることができたんです。地球の表面に立って考えているだけでは絶対にわからなかったであろう、全体像を目の当たりにした瞬間でした。

むろん、そのときにすべてを理解したわけではありません。天啓を得て真理を理解したわけではないんですから。わたしが得たのは、ただ新しい思考の枠組みの着想でした。だから、その新しいルールにのっとって、自分とは何者かを詳細に整理していく作業が必要だった。フェルマーの最終定理を証明したアンドリュー・ワイルズにしても、あきらめかけていたところで突然ビビッと証明の仕方を直感したそうですが、それが本当に正しいか証明に書き起こして検証することが必要でした。古来から創造的なインスピレーションとはそういうものです。

「神さまが降りてくる」現象の正体―芸術は本当に「わたし」が作るのか
小説・マンガ・音楽などは脳のデフォルト・モード・ネットワークが創っていた

わたしのインスピレーションのきっかけをたどれば、さまざまな学びが関係しているのは確かですが、一番大きなきっかけは、たぶんアーレンシンドロームのソマティックなフィッティングテストだったんじゃないかと思います。そこで得た気づきを中核に、他のさまざまな知識のピースがまとまったのではないかと。

だから、たぶん、この種の既成概念を超える発想の飛躍には、サックスが言うように「経験と行為」が不可欠なんです。ただ知識があるだけでは何の役にもたたず、自分で何かの行為を経験してはじめて、すべてのキーワードがつながっていることに気づきます。死んだ知識に命を吹き込むソマティックな経験がなければ、次のステップには進めない、ということです。身体に閉じ込められたトラウマのまえがきでガボール・マテが書いているように、ソマティックなセラピーというのは、何度も気づき(Aha体験)を繰り返すことによって、別の体系へと進んでいく体験だからです。

本書を読みながら、トラウマ被害を受けて、多くは依存の問題を持つ人々との経験からの観察を思い起こし、何度も「アハ」体験の瞬間を経験し、感銘を受けた。これらの観察を―私の臨床観察だけでなく、個人的経験も―今では新しい方法で理解し、解釈することができる。(p xiv)

今回はいろいろな考察の寄せ集めになりましたが、案外、一本の線に導かれた考察でしたね。これはここに書くより、「スイッチングの病理についての考察」みたいに独立させるべき内容かもしれません。

自分で内部からモード切り替えできないことが凍りつきであり、依存や中毒の問題である。しかし外部からの条件反射的なモード切り替えは保たれているので、予期せぬ多重人格や、音楽による凍りつきの解除が起こる。しかしこの予期せぬ変化のせいで、医者から詐病とみなされることもある。そしてその自分から切り替えができない凍りつきから抜け出すには、パラダイム・シフト的な「Aha体験」が必要だと。

こうした考察もまた、ソマティックな体験に支えられていて、インスピレーションを言葉にまとめて整理する機会だといえます。こんなふうに気づいたことを整理する機会をもつために、セラピーを隔週にして余裕をもたせたんでした。身体的な気づきと理知的な考察とは、両輪になって進んでいくので、どちらが欠けても不十分だと最近強く感じています。

というか目下の課題は、どうすれば絵を描くモードに自分を切り替えられるのか、ということなんですが、なんとかならないかな…。ここで得た気づきによれば、音楽を使ってモード切替すればいいみたいな気はしますね。

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