地図にない世界を探検しにいったセラピー体験記(6)


SEの感想記事の六番目。今回は4回目のセラピーの内容を書きます。

前回は3回目のセラピーの内容でしたが、途中、唐突に量子論がどうのこうのと書いていた部分は全面改訂して、文脈にそった話題の掘り下げに差し替えました。文章構成としてさすがに飛躍しすぎてましたね。本来なら、別の記事を立てて、段階的に書くべき内容でした。

最近、セラピーの記事ばかり書いていて、他のブログたちの更新が滞ってますが、ようやく新作の絵を一枚描けたので、今回はそれを冒頭のサムネイルにしておきます。考えること、感じること、書きたいこと、創りたいものに対して、圧倒的に体力と時間が足りないのが辛いです。

「凍りつき」と「擬態死」

前回のセラピーからの体調は、相変わらずよくありません。中枢神経刺激薬を飲んでいないこともあり、夕方ごろまでひたすら寝てしまったり、やっと起きるときは金縛りに遭って無理やり起きざるを得なかったり、という状態です。起きたときに体中が痛くて凍りついていることも多いです。

その一方で、少しだけ、よい兆候が見られることもあります。

先週のセラピーの翌日、主治医の病院に通っている途中、空を見上げて歩いていたら、突如空を巨大な魚が横切っているように錯覚しました。ほんとはただの飛行機だったんですが、最近の飛行機のデザインって鳥よりも魚ぽかったりするんですね。かなり低空を飛んでいたのと、デザインの特徴とで、一瞬空飛ぶ魚に見えました。それがなんだか楽しくって、その一瞬、感情が戻ってきました。全身の凍りつきがほぐれて、とてもはしゃいだ気持ちになれたというか。すぐにまた凍りついてしまいましたが、心底楽しめる感情が消えたわけじゃないんだな、と実感できました。

また、ここ数ヶ月、横になると死んだように眠ることが多くて、昔から親しんでいた寝る前の持続的空想が現れないという異常事態に陥っていました。エリナー・ファージョン伝―夜は明けそめたにも書いてあるやつです。

「寝つきが悪くて、明け方まで眼を閉じられないことがよくあった。午前1時か2時まで寝つけなければ、眠る努力は諦めて、底知れない深淵から、私の世界を呼び出すのだ。

するとギリシア神話の神々や、エリザベス朝の人々がごたまぜになって飛び出してきて、勝手に動き出す。彼らを自分で操っていた意識はなかった。

その連中に今度は広大なニーベルング伝説の場面が加わって、そこで私の音楽に対する情熱と神話に対する情熱が、融合されることになった。私はラインの乙女たちとともに水浴し、ローゲとともに憤怒し、ブリュンヒルデとともに剣を鍛えた。

実生活において、闇の中の私の世界のスケールに届くものは何もなかった」(p80)

わたしの場合の神話はドラクエとかの世界だったりしましたが、背景は違えど、内容は同じようなものでした。今もやはり現れにくくはあるんですが、この一、二週間ほどは、少しずつストーリーが進むこともありました。

芸術が得意な人の持続的空想―独自の世界観とオリジナリティの源
国語や美術が得意な人は子ども時代から空想傾向を持っている

持続的空想が現れない、というのはどういうことなのか。ファージョン自伝―わたしの子供時代では、とても嫌な思いをして気が立っている日は空想が現れなかったと書かれていました。

わたしは想像の世界に没頭することに気持ちを集中しようとした。けれども、今夜はそれもうまくはいかない。アポロでさえもちゃんと姿を現してくれないのだ。

心の画面にアポロのイメージを持ってくることはできた。けれども、それはまるで人形をテーブルの上にもってきたのと同じで、自分の力では動いたりしゃべったりしてはくれないのだった。こんな具合では想像に没頭することなどできなかった。(p446)

ふだんなら自動的に空想が現れ、自分で意識などしなくてもストーリーは勝手に進んでいくものです。なのに、ここ最近は、空想が現れないどころか、無理やりイメージしても、まったく進まない。自分で一言ずつセリフを考えて台本を作っているような不自然さ。人生の中で一番の楽しみともいえる物語が見れなくなるのは本当に辛いことでした。

なぜ空想が現れないのか。こうした空想が現れるのは脳がデフォルトモード・ネットワークの状態にある時だということはわかっています。これは安静時のリラックスした脳の状態です。

解離がやたら強い人の場合、ふつうの人のデフォルトモード・ネットワークとはちょっと違うのかもしれない。起きながらにして夢を見ているような状態は、白昼夢とか体外離脱、走馬灯のような強い解離現象の特徴なので、たぶん背側迷走神経のブレーキが強い人特有のものなんでしょう。

解離を起こしているのはブレーキである背側迷走神経ですが、これがどの程度強いかによって、状態が変わります。

第一段階は、交感神経のアクセルとブレーキが拮抗状態にある「凍りつき」。この状態では筋肉が硬くなって、思考もフリーズします。

小児期トラウマがもたらす病によれば、トラウマ障害では、思考が凍りついてフリーズし、デフォルトモード・ネットワークの状態にならないことが観察されている。

「脳スキャンでデフォルトモード・ネットワークが正常に機能していない脳の画像を見ると衝撃を受けます。ある意味では、デフォルトモード・ネットワークが結ばれていないと、人間はいわゆる自意識に欠けると言えるかもしれません」

「脳の2つの回路が正反対の目的を持って動いている。子どもは両方を同時には実行できない。この2つの回路が一緒に機能して結合しようとするが、不可能なので、子どもの頭が寸断されるのです」(p194)

でも、背側迷走神経の力が強い人は、第一段階の「凍りつき」を超えて、第二段階の「擬態死」状態になる。ブレーキがとても強いので、アクセルを完全に抑え込んでしまう。トラウマと身体に書かれているように、「擬態死」状態になると、筋肉は逆に弛緩し、自己催眠がかかる。

この固まり防衛反応の変形においては、凍りつきのように筋肉が緊張し硬くなるのではなく、むしろ柔らかくなります。また、これは「ぐったり動かないこと(floppy immobility)と呼ばれ、この虚脱状態で「凍りつき反応でおこるアドレナリンの爆発とはちょうど反対に、筋肉は弱くなり、生気のない、とろんとした目つきになり、そして、心拍数はゆっくりと下降します」。呼吸は浅いかもしれません。

クライエントは「トランスのような」と、この状態を説明します。この反応は、内因性オピオイド(訳注:いわゆる脳内モルヒネ)のレベル増加が関連しているようです。(p133)

身体の痛みを感じなくなる麻痺とか、身体を外から見守っているような体外離脱が起こるのは凍りつきではなく、こちらの擬態死になったときです。前に書いたように、わたしが慢性疼痛ではなく、慢性疲労の症状なのも、基本的に凍りつきよりも擬態死に近い状態で、内因性オピオイドの痛み止めがかかっているからだと思っています。

この擬態死状態は半トランス状態なので、不思議な空想が現れることもある。それがわたしやエリナー・ファージョンが経験していた自律性のある持続的空想だと思います。

だけど、前に書いたように、背側迷走神経のブレーキの力が低下すると、もともと過覚醒で踏み込まれていた交感神経のアクセルと拮抗状態になる。そうすると、反対方向に引っ張られるせいで、フリーズして、頭が真っ白になり、デフォルト・モードネットワークが失われます。これまで「擬態死」になっていたのが、「凍りつき」まで一段階浅くなってしまう。

エリナー・ファージョンも、もともとものすごく解離が強くて、30歳ごろまで催眠状態で生きていたような人だった。けれど、嫌なことがあって、交感神経の緊張が強まった日には、空想が現れなかった。思考が凍りついてしまい、空想に没頭できなかった。

だから、わたしの場合、持続的空想が勝手に現れるうちは、まだブレーキが強くてアクセルを十分抑え込めているんだと思います。だけど、空想が現れなかったり、失神するように寝てしまったりするなら、きっとブレーキが弱まるかアクセルが強まるかして、綱引きが拮抗状態になってしまっている、ということを意味してるんでしょう。

できればわたしは、「擬態死」状態のままがいいんだけど、前回のセラピーのときに書いたような、外出時に意識か途切れてフリーズするような現象は、明らかに「凍りつき」側の現象なんです。トランス状態の自己催眠が解けかかっていて、筋肉も弛緩から緊張に変化して痛みが表面化しかかっている危険な兆候です。

だけど、この一、二週間ほどは、また少しずつ戻ってきている気もする。一過性のものなのか、それとも中枢神経刺激薬をやめた恩恵か、さらに別の理由によるものかはわからないけど、できれば、これが続いてほしいものです。

とはいっても、擬態死とは、いわゆる「死んだふり」。つねに擬死状態で過ごしているのは、ある意味、過去のトラウマという怪物に対して、「死んだふり」をしてやり過ごしているようなものなのかもしれません。基本的に、解離の治療をしようとすると、「死んだふり」をやめざるを得ないので、最初は悪化してしまうものです。SEはそうした危険を最低限にとどめるセラピーですが、やはり不安ではあります。

島皮質と凍りつきの解除

不思議なことに、今回、四回目のセラピーの日は体調が少しましでした。この日は、セラピー前に知人が家に来る予定があり、無謀にも一日に二つの予定を入れていた上、前日はあまりにしんどくて一日の大半を寝ていたというのに。ここ最近では比較的落ち着いた気候だったからでしょうか。それとも前日の体調の悪さが、結果的に積極的安静のような効果をもたらしたということなのか。

起きたときはまた凍りつきを起こしていましたが、SEのセラピーで習った、外部の感覚に集中するという方法を使ってみると、凍りつきが和らいで、手応えが感じられました。

私はすでに死んでいるによると、離人症などの解離状態では、あらゆやる感覚をシャットアウトしているというよりも、感覚の内外のバランスが崩れているようです。

別の患者はメドフォードにこう言った。「私にはまったく感情がないーそれが悲しくて」

「矛盾してますよね」メドフォードは言う。「ですが患者の話を分析すると、内面に苦悩や動揺を抱えるいっぽう、外部への情動反応性がなくなっていることがわかります」

離人症性障害になると、情動が抑え込まれ、身体感覚や現実感覚が変質する。これはまちがいない。脳が身体の状態を感じとる仕組みがどこかでおかしくなっているのだ。

また自己反芻(self-rumination)にも陥りやすいー変質した状態にばかり思考が向かい、外部への注意が極端に減るのだ(外的自覚と内的自覚にはそれぞれネットワークがあって、逆相関になっているというスティーヴン・ローレイズの説を思い出してほしい)。(p180)

わたしの場合も、こうやって書いている体験記のほとんどが、自己の内省に充てられています。解離の当事者がやたらと内部の感覚異常を訴えるのは、あらゆる面で感覚が麻痺しているというより、変質した内的感覚のほうに注意が向きすぎているからのようです。

だから、解離の当事者は、自分が何者であるのか、普通の人にはありえないほど執拗に考え続けます。

離人症性障害に関する著作を二冊出版しているジェフ・エイブゲルは、私にニコラスを紹介してくれた人でもあり、自己反芻のこともよく知っている。10代後半から一過的な離人症を何度も経験してきたエイブゲルは、「自分の人生を構成する精神的な要素が、ほぼすべて消えたように感じる」と言った。

「あとに残るのは、自分の何がおかしいのか答えを見つけようとするノンストップの衝動だけです。いったいどうした? なんでこんな感覚なのか? 何が起こっている? そんなことを全身全霊で考えているんです」(p180-181)

わたしはまさに、自分の内的感覚の奇妙さについて、全身全霊で考えてる人ですね。なかなかここまで考えてる人はいないかもしれませんが、それはたぶん、解離の程度にある程度比例しているはずです。とくに哲学者のなかには、解離が強い人がやたらと多いはずです。ウィトゲンシュタインやショーペンハウアーあたりはまさに、解離が強いせいで自己反芻しまくった人じゃないかと思います。

なんで解離の当事者は、外部に対して感覚が麻痺するいっぽう、内面の異質さに対して、こんなに注意深くなってしまうのか。それは、最近くりかえし書いている「島皮質」の働きの低下と関係しているらしい。

カギは、かなり前に読んだゲオルク・ノルトフの、脳はいかに意識をつくるのかに書かれていました。

島皮質は、身体全体から入力された内受容信号を処理する皮質下領域と強く結合し、そこから多量の入力信号を受け取る。

それに加え、環境に由来する入力刺激を処理する五つの感覚領域(聴覚、視覚、味覚、感覚運動、嗅覚)からも直接信号を受け取る。

ゆえに島皮質の神経活動は、身体からの刺激のみならず、内受容と外受容のバランスをも反映するのである。(p165)

この本によれば、島皮質の活動が強くなるほどわたしたちは外部に感覚に注意が向き、低下すると逆に内部の活動に注意が向く、と書かれていました。

これを読んだときは、意味がちゃんとわからなかった。島皮質の活動が低下すると、身体の不定愁訴をいろいろ感じやすいのだろう、というところまではわかってたんですが、その意味を知るにはさらに情報が必要だった。

今回読んだ私はすでに死んでいるでわかったのは、島皮質は、身体の内外の感覚を「自己」と「非自己」にタグ分けする機能に関与している (※必ずしも島皮質だけが担っているわけではないはず)、ということでした。わたしたちは、島皮質が「自己」と分類した感覚は違和感なく受け入れ、「非自己」と分類した感覚は異質とみなして注意を向けたり警戒したりするようになっている。

島皮質の活動が高いときは、外部からの感覚に注意が向くのは、外部からの感覚を「非自己」と分類しているからです。逆に内部からの感覚、たとえば内臓感覚など体性感覚は、「自己」と分類している。だから、ふつうの人は、自分の身体に違和感を感じない。なんてったって「自己」の一部なんですから。

しかし、解離状態だと、島皮質の活動が低下して、内部の体性感覚を「非自己」と分類してしまう。普通の人が気に留めないような、身体の内部の体性感覚が異質なものだと感じられるようになる。そのせいで、今まで意識していなかったものに注意が向いてしまい、あれこれ不定愁訴を訴えるようになる。

あくまで推測だと前置きしたうえで、セスはこうしたエラーが、解離を引き起こすのではないかと言う。

自分の身体と情動に現実感が失われ、身体が分離したり、自分自身が他人みたいな感覚に襲われるのだ。

エラーに見舞われている脳が、それでもがんばって予測を行なった結果、内受容信号の発信源は自己ではなく非自己だと仮定するのだろうか。(p193)

今までは疑問なく受け入れていた、自分の身体を「非自己」とみなすがために、自分の身体に対して警戒している状態、それが解離だというわけです。

これはたぶん、危機に直面して、感覚を解離させて身を守ったことの副産物なんでしょう。解離の当事者は、危機に直面したとき、自分の身体や感情が自分じゃないかのように脳を錯覚させることで身を守っています。たとえば殴られているとき、殴られているのは自分じゃなくて別のだれかだと思い込むことでショックを和らげるのが解離です。恐怖や悲しみを麻痺させ、あたかも自分じゃなくて他の誰かの感情だとみなすことで圧倒されないようにする。これはつまり、ほんとは「自己」のタグを貼るべき感覚や感情に、強制的に「非自己」のタグを貼ることで身を守っているといえる。

だけど、当座はそれでショックを和らげられるとしても、危機が去ったあとも、自分の感情が「非自己」のままになっていると失感情症になるし、同じく自分の体性感覚が「非自己」のままになっていると、身体のあちこちに不快感を感じるというわけです。

だから、島皮質の活動が低下すると、内部の感覚に注意が向くようになってしまう。解離の当事者が、自分の身体の違和感について、徹底的に考え続けてしまうのは、自分の身体が「非自己」になっていて、よくわからない何かに変質してしまっているから。

とはいえ、マイクロバイオームの研究からすると、あなたの体は9割が細菌という本があったりする。不思議に思うべきは、解離性障害の人が自分の身体を異質だと感じることではなく、健康な人が、90%も細菌という「非自己」でできている自分の身体を「自己」だと認識できていることのほうでしょう。つまり、わたしたちの身体は気づかないうちに奇跡的なほど精密な敵味方識別をやってのけているはずです。

話をもとに戻しますが、SEのセラピーで、解離の兆候が出たときは、注意を外部に集中するよう言われてたのは、この変質した内部の経験に向いていた注意を、外部の刺激にそらすためだったでした。注意を外部に集中すれば、島皮質の活動を少し高められるから、解離症状が和らぐというわけ。もちろん、PTSDみたいになってるときは、逆に島皮質の活動が過剰すぎて外部に過敏になっているので、その逆をしなきゃいけないんですが。

今回、わたしは朝起きたとき、身体が凍りついて解離を起こしていていたので、あえて視覚に注意を集中させて、部屋の壁紙をじっと見つめました。すると、少し動きやすくなりました。ちょうど、二回目のセラピーで立って膝がガクガクしていたとき、視覚に集中することで、症状がましになるのを教えてもらったことの応用です。

もちろんこれは必ずしも視覚でなくてもいいはず。いわゆる「グラウンディング」というテクニックの一種なので、地に足がついているという触覚とか、何かしら外部の安定した感覚に意識を集中してやれば、島皮質の活動を活性化させて、凍りつきや擬態死状態から抜け出すことができるはずです。なんだか、ものすごく単純なことを言うのに、超回り道した感じですね(笑)

この凍りつきと擬態死の違いとか、島皮質の役割とか、以前に書いた記事では理解が浅かったから、ちょっと間違ったことを書いてしまってるんですよね…。また過去記事を修正してまわらなければ…(-_-;) 理解はどんどん新しくなるし、書きたいテーマは山ほどあるんだけど、ほんと追いつかない。描きたい絵なども溜まっているというのに…。

いつもより視界がはっきりしていた

この日は、セラピーに向かう道中も、不思議と体調が安定していました。電車の駅で意識が飛ぶこともなかったし、まわりにも配慮が行き届いていました。少し早くついてしまったので、近くの公園で本を読んでいましたが、心に余裕があるように感じました。

電車の駅で意識が途切れ途切れにならなかったことからすると、まあわかっていたことではありますが、たとえば広場恐怖症みたいなパニック障害ではない、ということですね。

前回セラピーに行ったとき、突然見当識障害のパニックになりそうになったのは、外的要因によるものではなく、自分自身の体調のせいで、いつもなら問題ないはずの刺激に圧倒されかかった、ということでしょう。

もともと体調が比較的安定していたこの日は、セラピールームに着いて、椅子に座ったとき、意外なことに気づきました。

狭い部屋の中なんですが、初めて、部屋の端に炊事場があることに気づいた。毎回飲み物を入れてもらっているので、気づかないはずはないと思うんですが、今まで、何も見えていなくて、信じられないことにまったく存在に気づいていませんでした。初めて部屋の中の家具を確認しました。

今までだと、セラピーの中で、視覚に注意を向けるよう指示されたときに見えたものしか視界に入っていませんでした。自分がどれほど何も見えていないか意識した瞬間でした。参考までに言っておくと、わたしは両目とも視力は1.0近くあります。だけど、視力とは関係なしに、わたしの目には、何も見えていなかった。

今回のセラピーでは、わたしの希望で、視覚に関するセラピーをやることになりました。前回のセラピーで、わたしはセラピストが左斜め前の近くに座ったとき、ひどく不安定になってしまった。それが、左斜め前という特定の空間的位置に関係していたのか、それともただ単に、人が近くにいるということに関係していたのか知りたいと思いました。

言い換えれば、これが特定のトラウマによるものだったのか、それともパーソナルスペースの問題だったのか、ということ。前回書いたように、右脳はトラウマの空間的位置を記憶しています。ピーター・ラヴィーンはセラピーの中で、目の動きによって、トラウマを見た方向を特定していました。ヴァン・デア・コークもPBSP療法を受けたとき、特定の空間的位置に馴染み深い人を配置しました。わたしが前回気持ち悪くなったのも、左斜め前という特定の位置が関係していのか。それとも場所に関わりなく、人が近くにいるだけで不快に感じる、パーソナルスペースの広さの問題だったのか。

まずは、前回と同じ位置に座ってみました。すると、どうもその位置に座るだけで少し緊張する。何かしら廊下の風景そのものが、わたしの記憶に何か訴えかけているんでしょうか。

そこでセラピストは、まず視覚か聴覚に注意を向けるよう促してくれました。このときは、視覚のほうは過敏になっていたせいか、落ち着きませんでした。しかし、聴覚に注意を向けると、安定してきました。近くの道路を車が走る音、鳥のさえずりなど、いつもなら意識すると音過敏でうるさく感じそうなものですが、このときはそれに注意を向けることで意識が安定しました。過敏性もまた相対的なものであり、いつも過敏だとは限らないわけです。それに、わたしの場合、視覚が壊滅的な過敏なのに対し、聴覚のほうは鋭敏、あるいは感受性が強いというレベルなのかもしれません。これは次回の記事で書くことになりそう。

逃げ場所を探している?

さて、落ち着いたところで実験開始。セラピストが、さまざまに座る位置を変え、わたしはその時々の身体の状態を観察します。

まずセラピストは、わたしの右斜め前の遠い位置に座り、段階的に近づいてきました。わたしはセラピストが少し近づくごとに身体の緊張を感じ、セラピストが立ち止まって座るとホッとしました。まるで、だるまさんがころんだ、です。

このとき、わたしは、自分の左下の足元に目をそらしたいという衝動があることに気づきました。セラピストに促されて、実際にその衝動に従って視線をそらしてみると、身体の緊張が和らぎました。

続いて、セラピストは、逆方向、つまり前回と同じく、わたしの左側に座り、徐々に近づいてきました。このときもやはり、セラピストが近づいてくるたびに、少し身体がびくっと緊張するように感じました。そしてセラピストが立ち止まると、ゆっくり落ち着きを取り戻しました。

そして、今回もまた、わたしは目をそらしたいという衝動を感じました。ところが今回は左の足元ではなく、右斜め前の廊下の奥へと目をそらそうとしました。

このときわかったのは、わたしにとって、左か右かの空間的位置はあまり関係なかったということです。セラピストが右にいるときは左足元に、セラピストが左にいるときは右斜め奥に視線をそらしたい衝動を感じました。

なぜかたや足元で、かたや廊下の奥だったのか。それはただ単に、視界のスペースの広さと関係しているようでした。部屋の中は、さまざまな家具がありましたが、左側に空いていたスペースは足元だけでした。右側のほうは、すぐ近くに観葉植物が置かれていたため、足元にはスペースはなく、代わりに奥のほうに空間がありました。

どうやら、わたしはだれかが目の前にいるとき、それから逃れるための空間を探しているようでした。別の言葉で言えば「逃げ場所」を探しているのではないか、と思えました。

リソースの確保

それから、セラピストは、こんどはわたしの正面に座りました。セラピストが言うには、正面に座ると誰でも緊張するものなので、ふだんはあえて、少しずらして座っているそうです。

このたびは、わたしはセラピストが廊下の真ん中に座っているので、右にも左にも空間を確保できないようでした。そこで、わたしの身体は、首をねじって真横の足元を向くことを選びました。そして、不思議なことに、そうやって完全に目をそらして首を曲げて床を凝視していると、とても身体が楽になることに気づきました。普段なかなか経験しないような心地よさです。

そのことをセラピストに話すと、そのままその心地よさをしばらく感じてみてほしい、と言われました。わたしはじっと床を見つめ、身体に安心感が湧き上がってくるのを感じ続けました。

セラピストは、それが、SEで言う「リソースの確保」だと教えてくれました。

二回目のセラピーのときに書いたように、わたしはかなり耐性領域が狭いようです。SEでは、振り子運動を通して、徐々に耐性領域を広げていくことで、圧倒されるような感覚にも安全に向き合えるようにします。

このとき、どうやって耐性領域を広げるのかというと、不快な感覚を感じても、それが永遠に続くことはなく、感覚には振り子のような波がある、ということを体験することによってでした。SEの振り子運動は、いきなり海に飛び込まずに、徐々に陸地と波打ち際を行き来して少しずつ見ずに入っていくようなものですが、このときの陸地で感じる安心感のようなものが「リソース」です。

子どものトラウマ・セラピーにはこう書かれていました。

はじめは身体感覚に意識を向けるのは難しいと感じるでしょう。しかし、回を重ねるごとに、少しずつ簡単になっていきます。大切なのは、感覚が間違いなく変化するので、その時点まで、不快な感覚に耐えることができるようになることです。

そして増幅してくる喜びや楽しさを感じることも等しく重要です。練習をするうちに、身体がもっと様々な感覚を保持する(そして“受け入れる”)ことができるようになります。(p29)

言ってみれば、トラウマを負った人は、最初から海に入ることをあきらめているようなものです。それをいきなり海に突き落とすのが暴露療法の「再体験」ですが、SEではそんな手荒なまねはしません。

セラピストが手を引いて砂浜に連れて行ってくれて、ちょっとずつ、足先を海につけられるよう促してくれます。少し足先を濡らしては砂浜に戻る、という体験、つまり「再交渉」をするうちに、恐怖や不安は一時的なもので、陸地に戻るたびに安心感をを感じられる、という経験を積み重ねることができます。この、陸地で感じる安心感こそが「リソース」です。

わたしの場合、さっきまでセラピストから目をそらしたい、と思っていた部分が、徐々に足のつま先を海につけているようなものでした。しかし、今、完全に目をそらして、安心感を感じている状態が、陸地で安心している体験です。

SEでは、この安心感を感じる能力を伸ばすことを重視しています。それが、耐性領域を広げていくのに不可欠なリソースになるからです。そしてこの安心感を成長させるというプロセスが、暴露療法には決定的に欠けている部分です。

私たちの内側の状態は、不快な感覚・感情・イメージから心地よいものに行ったり来たりして、一瞬一瞬が新鮮です。不快な感覚が容易に去っていかなかったら、それはふつうストレスやトラウマと関係していると言えます。絶望の中で困惑し凍りついたりすると自然の振り子の力が弱まります。

今一度振り子のリズムを取り戻すには、少しの助けが必要になってくるでしょう。自然な回復の力が衰えたときには、徐々に再生されなくてはならないのです。

気分、活力、健康を調整するメカニズムはこのリズムをもとに成り立っているので、リズムが復活すると少しずつ快-不快の両方にバランスよく耐えられるようになっていきます。

たとえある特定の感覚に困難があっても、変化は必ず起こることを知っていれば無力感と絶望から抜け出せるでしょう。(p38)

わたしは、初回のセラピーでも、少しだけ安心感を感じる瞬間がありましたが、今回のセラピーでは、完全に目をそらし、首を曲げて床をじっと眺めていることで、かなりしっかり安心感を抱けました。

それから次にわたしの希望でやってみたのは、セラピストが背後にいるときはどう感じるか、ということでした。セラピストが言うには、人間はふつう、だれかが背後にいると緊張するものなので、今までのようにはっきりと感覚を観察するのは難しいかもしれない、とのことでした。

確かに、実際にやってみると、セラピストが目の前にいなくても、いくらか緊張していました。そこまでは予想通りです。たとえ視界に入らなくても、背後にいることはわかっているわけですから。

ところが、この次の出来事が不可解でした。わたしが振り返ってセラピストのほうを見ると、セラピストのほうを向いているにもかかわらず、なぜかリラックスしているように感じました。そして、びっくりしたのは、その瞬間、はじめて、セラピストの顔が認識できたことでした。四回もセラピーを受けていながら、はじめてセラピストの顔を「見た」と思いました。

ちょうど初回のセラピーのとき、副交感神経が活性化して解離状態が一時的に解除されて、はじめて観葉植物の模様が「見えた」ように。また今回セラピールームに入ってきたとき、はじめて炊事場がそこにあることが「見えた」ように。ふだんははっきり認識できていなかった顔が、はじめて顔として認識されたように思いました。もちろん、顔を見ていると、それはそれで緊張してくるのですが(笑)

これはいったいどういうことなのか。

今のところ、はっきりした答えは出ていません。

さっき書いたように、今回わたしは、特定の方向に人がいることがストレスになるのか、それとも近くにだれかいることをパーソナルスペースの侵害ととらえているのかを知りたいと思っていました。

セラピーの最初に、右側と左側の比較をやってみたときは特に変化がなかったので、一度は方向が影響しているのではなく、視界のどこかに人が入っているだけでダメなのだ、と結論しそうになりました。パーソナルスペースが広すぎて、ちょっとでも接近されることが怖いのではないかと。

ところが、セラピストに後ろに座ってもらうというプロセスをやってみて、どうも違うらしいことがわかりました。斜め後ろにいるセラピストを振り返っても比較的安心していたからです。

ということは、やっぱり空間的な方向が関係しているんです。右とか左とかではなく、正面全域にわたってストレスが強く、目をそらして床を見るか、後ろを振り返りたい、と思っているということです。

もう少し言うと、これによって、セラピスト個人に対して不快感を抱いているわけではないことも確認されました。セラピストが前にいるときは目をそらしたいと思っても、後ろにいるときは振り返って顔をちゃんと認識できるほどリラックスするんですから。

なんで正面全域にわたって人がいることがストレスなのか。短絡的に考えたら、学校の授業がトラウマになってるんじゃないか、という気がします。学校では座って正面全域のどこかを見るよう強制されます。これは、何回か前に書いた、座っている姿勢で解離が強くなる、という体験とも一致します。

もちろん、これが正しいかはわかりません。それに、他のさまざまな症状を説明しているかというと十分でない気はします。前に書いたように、過去のトラウマが一種類だけだとは思っていません。

だけど、わたしは少なくとも、学校の授業が非常に強烈なストレスで、先生から当てられることに異常ともいえる恐怖を持っていましたから、これは納得のいく説明です。わたしはそのせいで「学校過労死」した不登校児なんですから。

だから顔がわからなかったのだ

今回のセラピーはここて終了でした。

最後に、わたしは今回気づいたことをセラピストに伝えました。

わたしは、自分の正面全体にわたり、人の顔を見ることへの不快感がある。だから、そこから目をそらしたいという感覚があり、それが前回書いたような、衝動的に目を背けたいようなぞわぞわする不快感として認識されていた。しかし、マナー的にも状況的にも、目をそらさずに正面を見ていなければならなかった。だから、目をそらす代わりに、目の焦点をぼやけさせ、視界を鮮明でなくならせること、つまり解離によって対処してきた。そのせいで、人の顔がわからないのだ。

セラピストもわたしを観察していて同様の結論に達したようで、うまくまとめられていると言ってくれました。

しかしながら、前回の考察、目をそらしたいのにそらせないことがムズムズ感として認識されている、という部分は、少し補完する必要がありそうです。

前回の記事で、量子力学がどうのこうのと脱線していた部分を新たに書き直しましたが、そこで書いたのは、島皮質の活動が高い「フロー状態」ではムズムズ感は感じられず、島皮質の活動が低下している注意力散漫な状態ではムズムズ感が強くなるのではないか、ということでした。

それは今回の考察とも一致していて、島皮質の活動が低下しているときは自分の体性感覚に「非自己」のタグがつけられるので、身体のさまざまな不定愁訴を感じやすくなる、と書きました。

これらを総合すると、たしかにわたしの目のムズムズ感は、目を背けたいのにできなかった、というトラウマが身体感覚として記憶されているものでしょう。目の症状が強いとはいえ、同じようなムズムズ感は全身の筋肉に生じるので、逃げたかったのに逃げられなかった、ということとも関係しているはずです。

しかし、それを意識しやすいときと、意識しにくいときがあるのは、島皮質の活動の度合いが関係しているとみてよさそうです。しっかり集中してフロー状態になっているときは島皮質が活発になって、注意が外に向いているので、トラウマ性の体性感覚は感じない。だけど、島皮質の活動が低下して、いるときは、注意が内側に向いてしまうので、その不快感や違和感を強烈に感じる、ということでしょう。

いずれにしても、この逃げたかったのに逃げられなかった、目を背けたかったのに背けられなかった、という葛藤が、逃げる代わりに解離して対処する、というやり方につながったんだと思います。目をそらす代わりに、視覚情報を飛ばして、見ているのに見ていないかのように視覚を鈍麻させていたせいで、人の顔が見分けられないばかりか、部屋の中にあるものに気づけないほど、視覚認知が低下していたわけです。

以前にIQテストを受けたときに、「絵の完成」だけがやたらと苦手だったのもそれですね。絵の中の足りないパーツを見つけるというテストです。

ちなみに、解離が起こると、なぜ見ているはずなのに何も見えていない状態になってしまうのか、わたしみたいに両目視力1.0もある人が、人の顔も部屋の中の家具も見えなくなってしまうのか、という点は、もしかすると、脳はいかに治癒をもたらすか に書かれている説明が当てはまるかもしれません。

わたしたちの目の視力は、目のレンズだけではなく、マイクロサッケードと呼ばれる微小な眼球の動きによって生じています。こんな説明がありました。

薬物によって眼筋が麻痺した場合など、マイクロサッケードが抑制されると、その人は視力を失ってしまう。

…私たちが一つの物体をじっと凝視していると思っているときでも、目はマイクロサッケードを行ない、複数のバージョンのイメージを送って、脳に新たな情報を供給しているのである。

(私たちは触覚に関してもこの種の刺激の衰退を経験する。服を着たり眼鏡をかけたりすると、私たちは皮膚にそれらが接触するのを感じる。

しかし時間が経つにつれ、動いて新たな接触を感じない限り、その感覚は薄れていく。衣服の手触りを感じるには、その上で指を這わせて止め、それから再度動かしてそれを「精査」(スキャン)しなければならない)。(p316-317)

つまり、ただ漠然とまっすぐ同じ空間を見つめているだけでは、視覚には何も見えません。眼球がすばやくマイクロサッケードで動いて、ほんの少しずつ異なる視野を認識してはじめて、視覚が生まれます。もしも、視力が1.0とか2.0ある人でも、目のマイクロサッケードが停止してしまうと、何も見えなくなってしまいます。

ということは、わたしみたいに、解離によって、目が「凍りついて」いる人が、何も認識できなくなるのは当然なんです。凍りつきをもたらす背側迷走神経は、いわば急ブレーキのようなものですが、眼球を動かす筋肉に急ブレーキがかかり、凍りついた状態になれば、マイクロサッケードも減るでしょう。

すると、検査のときに測る視力そのものはよくても、凍りつきが起こっているときは、何も見えなくなってしまいます。このあたりは、眼科ではなく、検眼学(オプトメトリー)の分野ですね。眼科の医者は、視力検査ですべての視力がわかるかのように誤解していますが、この本に書いてあるように、視力はそのときのコンディション、つまり緊張度によって変化します。

ベイツはコロンビア大学とコーネル大学で訓練を受け、輝かしい生涯の第一歩を踏み出した。1894年には、ストレスや脅威に満ちた状況下で生じる闘争/逃走反応によって分泌されるホルモン、アドレナリンの医療への適用の実現を手助けしている。

それを通じて彼は、ストレスが身体、筋肉、筋緊張、および目に及ぼす影響の大きさについて同僚よりもよく心得ていた(アドレナリンの働きによって瞳孔は拡大し、血液循環は影響を受け、眼圧は高まる)。

ベイツは何万もの人々の視力を測定し、とりわけストレスを受けているあいだは、視野の明瞭度が変動することを見出した。(p314)

考えてみれば当たり前の話です。たとえばわたしたちの血圧は、いつも病院で測った値そのままではなく、一日中変化しつづけています。「白衣高血圧」の例からわかるように、ストレスの度合いによっても検査結果は変動します。であれば、目の動きや筋肉の調整が関わっている視力も、検査室の外では一日中変動しているはずです。

とくに、マイクロサッケードのような微細な動きが視力と関わっていることからすれば、筋肉が緊張して眼筋の動きが悪くなれば、視力もまた低下して、一時的に「見えなく」なってしまうことはありえます。

盲目は一般に、受動的な感覚の欠落に尽きるものではない。視覚は感覚刺激を受け取るだけではなく、感覚と運動に関わる活動だからだ。したがって盲目は、運動障害に一因があるケースも多い。(p318)

 視覚という感覚が、「感覚刺激を受け取るだけではなく、感覚と運動に関わる活動」だというのは、じつはすごく大事なことを言っています。視覚だけじゃなくて、さっき引用した布の手触りについての話が示しているように、わたしたちの感覚というのは全部動きから生じています。

何回か前に書いた、行動経済学のプロスペクト理論では、人は「状態」ではなく「変化」に反応するということがわかっていました。大金持ちだから嬉しい、貧しいから悲しい、というわけじゃなくて、大金持ちはずっと大金持ちのままなら反応しなくなるし、貧しい人もずっと貧しいままなら麻痺してしまう。それと同じように、あらゆる感覚は、ずっと同じままで動きがないと麻痺してしまいます。

だから、身体に「急ブレーキ」をかける背側迷走神経は、感覚の麻痺、つまり解離を引き起こすというわけです。わたしたちの感覚というものは、突き詰めれば動きから生じている、だから身体の動きを止めて凍りつかせれば、感覚を感じなくなくなっていくということです。

これは当たり前のようなことを言っているようで、ぜんぜんそうではありません。

たとえばデカルトは、有名な言葉のとおり「我思う故に我あり」と述べました。動きとか感覚がなくても、思考することができれば、自分自身を感じられると考えました。

でもそれは正しくありません。わたしたちの動きが感覚を作り出し、感覚が意識を作り出すわけなので、ピータ・ラヴィーンが  身体に閉じ込められたトラウマの中で書いているこっちの言葉のほうが正しいということになります。

これはフロイトの自我とデカルトのcogito ergo sum(我思う故に我あり)への別れのあいさつなのだろうか?

この新しい信条「我思う故に我あり」は硬直した教会の教義から人々を解放する重要な開始点だったが、改定の必要性が高まっている。

現代の信条はむしろ、「我動く、我準備する、我行動する、我五感で感じる、我感情を感じる、我知覚する、我思考する。そして故に我存在する」のようなものであるべきだ。(p376)

「我動く…我五感で感じる、…我思考する。そして故に我存在する」なのです。

解離によって意識が飛ぶのは、意識を切り離してるからではないんです。

解離とは背側迷走神経によって、急ブレーキをかける、つまり身体を凍りつかせて「我動く」を抑制するシステムです。

「我動く」が抑制されると、身体の動きによって生じる感覚がなくなるので、次の「我感じる」がなくなります。感覚がなくなると、感覚が生みだす思考がなくなり、こうして「我存在する」という意識が切り放されます。

オリヴァー・サックスも、左足が麻痺したときに、左足をとりもどすまでのなかでそのことを指摘していました。

ジョンソンとウィトゲンシュタインは完全に意見が一致していた。

人は行動するがゆえに存在し、その存在を示すことができる。つまり人は石を持ちあげたり、蹴ったりできるから存在を示すことができるのである。(p100)

人は動くことで感覚を感じ、感覚を感じることで自己の存在を意識している。

だとすれば、背側迷走神経の急ブレーキで凍りつきが起きると、そこから生まれる感覚は少なくなり、自己意識もまた減ってしまう。

わたしが、目の視力がいいのに、何も見えていないのは、つまりこういうことじゃないかと思います。背側迷走神経のブレーキにより目を凍りつかせている、すると目のマイクロサッケードが減って「変化」がなくなるので、視界が不鮮明になる。目から入ってくる刺激が減ると、意識もぼーっとする。だから、顔が認識できないし、部屋の中にあるものが見えていないし、覚えてさえいないのだ。

そうだ、ソマティックなセラピーは初めてじゃなかった

この経験を通して思ったのは、そうだ、わたしがソマティックなセラピーを受けるのは今回が初めてじゃなかったんだ、ということでした。

前にハコミセラピーをちょっとだけ体験したことがあるとか、そういう意味じゃありません。

この少しずつ環境や条件を変えて、その都度身体の感覚に微細な変化が生じるのを観察しているプロセスって、この一連の自分のルーツを探る旅の、いちばん最初に体験した、アーレンレンズのフィッティングそのものじゃないですか。

明るさ過敏や目の疲れの正体を探りに筑波大学に行ってきた話(1)
幼少期からの明るさ過敏の原因を知るまでの苦労話

アーレンレンズのフィッティングは、わたしにとって、とても斬新な初めての体験だった。なぜなら、レンズをほんのちょっとずつ変えながら、わずかに変わる自分の見え方を評価し、思ったことをそのまま、解釈したり理由づけしたりせず、感覚のとおりにフィッティングしてくれる人に伝える、という検査だったからです。自分の感覚をニュートラルな視点から観察して表現するって、ものすごく疲れるだけでなく、気づきもたくさんある。

今思ってみれば、あのやり方は、ソマティック心理学のセラピーのやり方そのものなんです。あのとき、視覚の明るさ過敏について、ソマティックな仕方で体験して気づいていったプロセスを、今回は全身の他の感覚を対象にやっている、それだけだったんです。

もっとさかのぼれば、10代のころに一日だけ受けた箱庭セラピーも少し似てはいますが、あのときはあくまで、言葉や感情という考えの変化に気づくことを目的としていました。それに対し、アーレンレンズのフィッティングと、今回のSEは、どちらもリアルタイムで生じる微細な感覚の変化を観察して、言葉で表現する、まったく同じ構造をしていることがわかりました。

なんだ、わたしは最初から、SEをやって、自分のルーツをたどりはじめていたんだ。だから、不思議と、初回のセラピーのときから、ソマティックなやり方がしっくりきたんだ。

わたしはいまだに、あのときフィッティングしたアーレンレンズに心底お世話になっています。何時間もかけて色選びをしましたが、あれから一年も経っているのに、その色に違和感はない。あのとき感覚をたよりに判断し、気づいていった微妙な色あいは、いっときの気分で選んだようなものでも、状況に流されて適当に選んでしまったものでもなかった。わたしの感覚は、信頼できる導き手だった。それなら、今回もまたそうなるでしょう。

(※注 : アーレンレンズの色は、本人の感覚過敏の状態が変わると変化するので、たとえ適切な色を選べていても、のちにフィッティングし直さないといけないことはあります。とくに子どもの場合は成長とともに色が変動しやすいらしい)

感覚を頼りに、地図のない世界を探索していく、というのは確かにおもしろい。そして、きっとこれからも意外な発見が待ち受けているに違いない。そう思った四回目のセラピーでした。

続きはこちら。