地図にない世界を探検しにいったSE体験記(8)


ソマティック・エクスペリエンスを受けに行った体験記の第八回。今回は6回目のセラピーの話題を中心に書きたいと思います。

前回のセラピーでは、おもに視覚と聴覚の関係の気づきが得られましたが、今回は、セルフタッチを通して、さまざまな自分の感覚に気づくことができました。

なぜ視覚が鈍麻したのか

セラピールームについて、前回からの出来事を聞かれたので、まずは感想記事に書いた、視覚と聴覚の関係性についての気づきの話をしました。わたしの場合、本当に過敏なのは視覚のほうで、それを鈍麻させてしまったから、代償的に聴覚が鋭敏に発達しているんだろう、という話。セラピスト視点から見ても説得力のある説明だと思えたようで、納得しておられました。

とはいえ、自分で説明していながら、実際にはもう少し複雑な関係があるんじゃないかなーとは思っていたり。

いやされない傷―児童虐待と傷ついていく脳に載ってる脳画像研究によると、こうした感覚鈍麻は、受けたトラウマの種類に応じて引き起こされるんですよね。

まず視覚野についてはこう書かれている。

フリーサーファーで得られた結果は、性的虐待を受けた群が健常群に比べて左半球の視覚野の容積が8%も減少していた。

その詳細は視覚野を構成する紡錘状回(fusiform gyrus)の容積が18%、中後頭回(middle occipital gyrus)の容積が9.5%減少していた。その理由は視覚野を構成する舌状回(lingual gyrus)の容積が8.9%減少していたからである。

興味深いことに、とくに紡錘状回は顔の認知と密接に関連していると考えられている。

これらの結果から、2つの異なる画像解析手法を用いても同様な結果、つまり子ども時代に性的虐待を受けると、視覚野の発達に影響を与えるということがわかったわけである。(p74)

ここでは性的虐待の研究として挙げられていますが、DV目撃などでも似たような傾向があるそうです。これは何を意味しているかというと、こんな説明が。

このとき、左の一次視覚野はlocalへのattentionに関与していることがRobertson(ロバートソン)やLamb(ラム)らにより報告されている。またFink(フィンク)は、右の視覚野は全体像をとらえるために働き、左の視覚野は細かい詳細な像をとらえるために働くことを突き止めた。

これらの事実から、性的虐待を受けた被虐待児の脳、とくに視覚野の部分は細かい詳細な像を無意識下に“視ない”ようにするように“適応”していったのではないかと私は推測している。(p76)

つまり、幼少期に見るに耐えない光景にさらされたがために、細部を見る機能に感覚鈍麻が生じて、その結果が左の視覚野の萎縮として出ているらしい。わたしはまさに細部が見えない人なので、たぶんこの説明どおりのことが起こっているんでしょう。できたら脳画像撮る機会があればと打診してみたものの無理だったので確証はないですが。

それに対し、暴言虐待のほうでは、聴覚野の灰白質が増加して、心因性難聴が起こることがわかっているらしい。

興味深いことに、言葉による虐待を受けた群では健常群に比べて、左半球の上側頭回灰白質の容積が14.1%も有意に増加していた。(p82)

心因性難聴群で左前頭前野の一部(内側前頭回灰白質)に有意に容量増加を認めた。平均で27.9%大きかった。また右聴覚野の一部(上側頭回灰白質)にも心因性難聴で容積増加を認めた。平均で14.4%大きかった。(p103)

この場合、なぜか萎縮ではなく容量増加となっていますが、これは思春期の正常なシナプス刈り込みが起こらなかった結果ではないかと説明されている。(p104)

それが正しいのかどうかはわかりませんが、こちらもやはり、聞くに堪えない言葉を聞かされたせいで、聴覚野との結び付きが切れて、聴覚鈍麻に陥ったとみていいでしょう。

つまり、幼少期に視覚的なトラウマが起これば視覚が鈍麻し、聴覚的トラウマが起これば聴覚が鈍麻する。これは、受けたトラウマに応じた解離が働くことを意味している。わたしがよく書いてるように解離は適応だから、受けたトラウマの形に応じて解離の形も変わるんです。わたしが視覚に解離が強く出てるとしたら、幼少期に視覚的トラウマを負った可能性が高い。

逆に心因性難聴は起こってないので、聴覚的トラウマを受けた可能性は低い。前回描いたように、幼少期に強すぎる刺激があれば感覚は鈍麻するはずなので、鈍麻が起こってないということは強すぎる刺激はなかった、と類推できます。

ずっと昔の記事で書きましたが、わたしは絵を描いていながら、視覚イメージ力がかなり欠けている。うまく心の中でイメージを生成できず、ぼんやりとしか形が見えません。だから、それを絵にすることで鮮明にしたいという気持ちも強い。

絵に表れる視覚優位と聴覚優位の特徴―色と線の見え方
生まれつきの脳の認知特性が絵の描き方にも関わっているという話

だけど、この視覚イメージの弱さは、先天的なものというより、たぶん発達が抑制されたものだと思うんですよね。幼い頃に視覚的に強いトラウマを受けたから、脳があえて視覚イメージによってトラウマを想起しないように、言い換えればフラッシュバックが起こらないように、適応してくれた結果なんじゃないかと。

だから、前回書いた視覚の過敏性とその結果起こった感覚鈍麻については、生まれつきのものではなかったと考えるべきだと思います。現に、わたしの家族の中にこれほど極端に視覚の鈍麻と聴覚の鋭敏さが出ている人はいない。何かしら後天的な影響、それも幼少期のまだ脳が発達途上にあるころに、やたらと強い視覚的トラウマを受けたせいで、この極端な感覚鈍麻へと発達していった、とみなすのが一番筋が通っています。

まあせっかく脳がそうなるよう適応してくれたのだとしたら、何があったのかをわざわざ掘り返す必要はないと思うんですけどね。セラピーの中で思いだしてしまう可能性はなきにしもあらず、ですが、記憶を取り戻す系のセラピーならともかく、ソマティック・エクスペリエンスみたいな記憶にこだわらないタイプのセラピーなら多分大丈夫でしょう。

しかしながら一応補足しておくと、この細部を見ないように全体を見る視覚に適応した、という説明は、ほかの可能性もあるかもしれません。芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察によると、全体像を把握するという視覚認知は、そもそもが危機に対応するためのシステムらしい。

皮質下視覚システムは、全体的な特徴に対して感受性が強く、環境内の要素に焦点を当てる細部の知覚は得意ではない。皮質下のシステムは、突然生じた不規則な運動や明暗の変化、危険の接近を伝えると思われる運動など、視覚世界に生じた出来事をいち早く検出することができるようにできているのである。

このように全体的な刺激布置は生物学的にも古い視覚機構と関係が深く、注意のレベルを高め、私たちを危険から守ってくれるのである。

細部の特徴に対して注意の焦点を当てるためには、全体的な情報を左半球に伝達する速さが決定的に重要である。

左右の大脳半球の間の情報の伝達には非対称性があるとみられており、右半球の全体的な刺激布置に関する情報が左半球に伝達される速さは、左半球の細部に関する情報が右半球に伝達される速さより速い可能性が考えられている。(p168)

右半球の「全体」を見るという経路は、危機をすばやく伝達する役割がある、というもの。全体を見回して、安全が確保できなければ細部に注意を向けるなどやってられない、ということです。

そうだとすれば、トラウマ経験者において、右半球の視覚野が優位なのは、予測不能なストレスに対して、常に見張っていたからではないのだろうか。そして、安全を確保することができず、じっくり細部を観察するようなゆとりを持てなかったから、左半球の細部に注意を向ける視野が発達しなかったのではないだろうか。

どのみち適応という意味では同じですが、「細部を見ない」ように適応したというネガティブな説が正しいのか、「全体を見る」ことを優先したというポジティブな説が正しいのか、あるいは両方とも正しいのか、両方とも間違っているのかはわかりません。

未来を想像できないのも適応

この「適応」という観点からすれば、わたしがずいぶん前から悩まされてきた、未来を想像する能力の欠如にも説明がつきます。わたしは前々から、過去の記憶を思い出せないだけでなく、未来をイメージして計画を立てられない問題にも悩んできました。過去も未来も、濃霧に覆われているようで、まったくイメージできません。

当初はこれをADHDの場当たり主義からくる問題だとみなしていましたが、たぶんこれも適応から生じているものなんでしょう。

まず、近年の脳科学によると、過去を想起する能力と、未来を想像する能力は同じものだと言われている。その話はいろんな本に出てきますが、とりあえず直近に読んだ 私はすでに死んでいる――ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳から引用しておきます。

未来のシナリオを書くとき、過去を思い出すのと同じ脳内ネットワークが使われていることは、ここ10年に多くの研究で確かめられている。

たとえばクレアの父親のようなヨット操縦の名手は、去年の航海を思い出すときと、数年後に計画している航海を想像するときに同じ脳内ネットワークを使う。このネットワークを構成する領域には、海馬や内嗅皮質を含む内側側頭葉も入っている。(p63)

海馬はよく過去の記憶を思い出す領域として知られていますが、未来を想像することにも関わっている。というのも、近年の記憶の研究が示しているとおり、過去を思い出す、というのは、コンピューターで過去の履歴を検索するようなものではなく、一種の「想像」だからです。過去を思いだしても記憶が正確ではなく、いわゆる虚偽記憶が起こりやすいのは、それが「想像」だから。過去を「想像」するのも未来を「想像」するのも、脳にとっては大して変わらない。今この瞬間という地点から、別の時間の自分を思い浮かべているだけです。

そうすると、わたしがずっと苦しんできた「未来をイメージできない」という問題は、じつは過去の記憶を思い出せないことの副産物ではないか、ということになる。過去にトラウマを経験したために、脳がそれを思い出さないように、つまり解離するように適応した。前に書いたように、幼少期のトラウマ経験は海馬に遅延的な萎縮をもたらすことが研究からわかっている。そうした過去の記憶を思い出させないようにする脳の適応の副産物として、未来をイメージする能力も失われてしまった。たぶんそういうことだと思います。

幼少期にトラウマを受けたのではなく、ある程度成長してからのトラウマだと、おそらくすでに脳が発達しているせいで、この種の適応が起こりません。だから解離が学習されるのは幼少期のトラウマに限ります。成長してからトラウマを経験すると、かえって辛い記憶に一生悩まされ続け、PTSDやうつ病になる。

だから、こうした現在の症状からさかのぼって推理しても、やっぱりわたしはまだ海馬が十分発達する前の時期に、視覚的に強いトラウマを経験したのが起源であろう、ということになります。それを「見ない」ように「思い出さない」ように、脳が適応して、視覚野や海馬の発達を抑制させた結果が、今のわたしの症状なのだろうなと。

ただこちらの適応に関しても、「過去を思い出さない」というネガティブな方向性で適応したのか、それとも「今目の前の危機を乗り越えることに専念する」というポジティブな方向性で適応したのか、という二通りの解釈で考える余地はありますね。

「見ない」ように適応するとか、「思い出さない」ように適応する、という説明のほうが解離らしくはあるんですが、必ずしもそれだけじゃないんだろうなと。

身体の各部に記憶されたトラウマ

さて、セラピーの話に戻ります。今回のセラピーでは、前回の気づきに沿って、まずは聴覚に集中して、リラックスするところから始めました。目を閉じて耳を澄ましていると、予想どおり神経が落ち着いてきました。これを普段の生活でも使えるといいんですが、周囲がうるさいと、やたらと高周波音をひろってしまうこともあって、こううまくいかないんですよね。セラピールームがある場所は比較的静かなので、これが使えるということです。本当は静かな田舎に引っ越せたらいいんだろうな。

気持ちが落ち着いたところで、今回のセラピーは、だいぶ前にやっていたセルフタッチによる感覚の気づきの続きを行うことになりました。

まずは、以前にもやった、右の腰に手を添えて、内部の感覚の変化に気づくところから。

ところが、いざ手を当ててみると、頭が真っ白になって何も考えられなくなってしまって、ぼーっとしてきました。その様子を見たセラピストが一旦中断しましたが、目を開けてみても、まだぼんやりしている感じ。どんな感じだったか問われましたが、時間がワープしたみたいで、何も思い出せない。

というか、解離における時間がワープするとか、記憶が飛ぶとか、時間の連続性の断絶、といった現象はこれだと思うんですよね。頭が真っ白になってフリーズして、一時的にデフォルトモードネットワークの機能が停止している(これは脳画像研究で確かめられてました)せいで、その時間のことが記憶に残らない。DIDの人であれば、その隙間を埋めるために別人格が出てくることもあるでしょうし。

わたしは真っ白になっていたので思い出せませんでしたが、セラピストの観察としては、刺激が強すぎて背側迷走神経のブレーキが働いて、凍りついてしまったのだろう、ということでした。わたしとしてもそう思います。

ここでセラピストは、以前にも右側の腰にセルフタッチしたとき、同じような反応がありましたね、と過去のセラピーの内容を思い出させてくれました。わたしも気づいてはいましたが左側の腰の場合は良い反応が引き出されていたのに対し、右側の腰のほうは毎回フリーズしていたように思います。

この法則性は、おそらく、普段から何らかの症状が出ている身体の部位にはトラウマ性記憶が存在している、ということを意味してるんでしょう。わたしの場合、右の脇腹は、ずっと原因不明の違和感や不快感に悩まされている部位です。

せっかくなので、この機会にセラピストに、トラウマがありそうな全身の各部について話しておきました。つまり、検査では異常がないにもかかわらず、ねじれたりこわばったり固まりを感じたりピクついたり、奇妙な症状が出ているところについて。主に両足の膝、太もも、ふくらはぎ。これは左足のほうが強く、雑巾を絞られるときのような強いねじれや固まりを感じます。

鼠径部にも長らく違和感があり、緊張や凝りが強い。腰は中学生のころから原因不明の腰痛がひどく、何度も検査を受けていました。現在では右脇腹の違和感が極めて強くて、内臓がねじれているような不快感があるため、まっすぐ座っていられなくなりました。

呼吸はずっと息苦しく、学生のころからしきりに医者に訴えてきましたが、不安感の表れなどと適当な説明をつけられるだけで、ポリヴェーガル理論に出会うまでうまく説明できませんでした。慢性的な呼吸筋の凍りつき(呼吸筋は腹側迷走神経の管轄下なので、背側迷走神経の凍りつきが優勢だと抑制される)が起こっているようです。

腕に関しては比較的ましですが、手首や首筋や目は、ずっとモゾモゾと虫が這い回る不快感が強く、非常に気持ち悪いです。こうして概観してみると、安全な場所なんて、身体にほとんどないですね。

講座 子ども虐待への新たなケアのこの説明を思い出す。

まず「安全な場所」のワークができないと、トラウマ処理はできない。ところが多重人格をつくるまでに重い解離を伴う症例は、そもそもこの安全な場所のイメージの生成がきわめて困難であることが多い。

安全なイメージをつくれない場合には、安心感がある体の部分を取り出し、そこに架空の家を置くということが推奨されているが、これまた満身創痍で困難な例が多い。

たとえば、背中には刃物の切り傷が……、足はバットで殴られ骨折……腹は蹴られて流産……、という具合で、安心感のある場所を探すことすら困難という場合もある。(p124)

わたしはそもそもそれぞれの具体的な記憶を思い出せないんですが、さっきの説明からしても、わたしの身体の各部の異常な感覚は、それぞれすべて何かしらのトラウマの名残なんでしょう。ヴァン・デア・コークも身体はトラウマを記録するにこう書いていた。

無力感の記憶は、影響を受けた身体領域の筋肉の緊張や、各部がばらばらになった感覚として保存されることもある。その領域とは、事故の被害者では頭や背中や手足、性的虐待の被害者では膣や肛門だ。(p438)

こうした感覚異常は、ぜんぶ一種の解離とみなせますが、さっき書いたように解離は、トラウマを受けた場所に対応して生じます。ある場所にトラウマを受けると、脳はその場所の感覚を麻痺させ、部分的に解離させる。解離するということは背側迷走神経によって「凍りつき」や「麻痺」が起こるということだから、その部分だけ継続的に筋肉が緊張したり麻痺したままになる。

視覚が麻痺したのがわたしの視覚鈍麻だし、聴覚が麻痺したのが心因性難聴。そして、身体の各部がそれぞれ凍りついたり麻痺したりしてるのが、ヴァン・デア・コークの言う「影響を受けた身体領域の筋肉の緊張や、各部がばらばらになった感覚」。その感覚は違和感や不快感として認識されるので、わたしのような全身いたるところが気持ち悪い、という訴えとなる。

そして、その感覚とはすなわち、トラウマを受けたときの手続き記憶でもあるので、そこにセルフタッチして注意を向けすぎると、トラウマの手続き記憶が再活性化し、わたしが今回経験したような思考のフリーズ、つまり解離が引き起こされるというわけ。

セラピストもそのことは十分承知していて、ソマティック・エクスペリエンスでは、そうしたトラウマ記憶の強い部分に無理してアプローチせず、まずはそうでない部分の身体を感じることで、前々回書いたような「リソース」の獲得を目指す、と説明してくれました。まずは身体の安全な部分の感覚を感じとることで、少しずつ耐性領域を拡大していくというやつですね。ヴァン・デア・コークもこう書いていました。

混乱と緘黙症は、セラピーの場面でよく見られる。物語の細部を話すように無理強いし続けると、患者が圧倒されてしまうことは予期できる。そのため私たちは、トラウマへの取り組みを(友人のピーター・リヴァインの表現を借りれば)「振り子のように行ったり来たりさせる」ことを学んだ。

物語の細部に直面するのを避けるわけではないが、片足の爪先を安全なかたちで水にそっと浸けてみて、それからまた引き上げるように、患者に教える。そうやって、次第に真実に近づいていく。

私たちはまず、体の中に「安心の島」を確立する。これは患者を助けて、身動きがとれなかったり、恐れおののいたり、激怒したりしたと感じたときにはいつも地に足の着いた心持ちになれるような、体の部位や姿勢、動きを突き止めてもらうことを意味する。

こうした部位は通常、パニックのメッセージを胸部や腹部や喉に伝える迷走神経が分布していない場所にあり、トラウマを統合する際に味方になってもらえる。

たとえば私は患者に、手は何ともないように感じられますかと尋ねる。はいという答えがあれば、手を動かしてその軽さと暖かさとしなやかさを探ってくださいと言う。

そのあとで、患者が胸を締めつけられて息も絶え絶えになっているのに気づいたら、患者を制止して、手に意識を集中し、手を動かしてくださいと言う。そうすると、自分がトラウマから切り離されていると感じることができる。(p403)

何回か前に書いたように、ソマティック・エクスペリエンスは、暴露療法みたいに危険な海の中にクライエントをいきなり突き落としたりはしない。セラピストの手引きのもと、つま先をそっと水につけるかのように、少し身体の感覚にアクセスしたら、安全な陸地に帰ってくるという経験(エクスペリエンス)を繰り返すことにより、クライエントが自分で自分をコントロールできるだけの自信を深めさせていく。

このとき、安全な陸地、安心の島の役割を果たすのが、さっき書いたように、比較的安全な身体の部位、つまり、トラウマ記憶が刻まれていない身体のどこか、だということ。この場所は、当事者それぞれ異なる。どんなトラウマを受けたかは人それぞれなので、トラウマを受けていない身体の場所もそれぞれ違う。

さっきの本に書かれていたように全身いたるところにトラウマを受けまくっていて、そもそも安全な場所が見つからないという場合もある。その場合は、イマジナリーフレンドのように、架空の安心できる人や場所のイメージを作るよう推奨されている。

(ということはイマジナリーフレンドが勝手に出てきたような人は現実の身体は満身創痍で安全な部位がないのかもしれない。だから「多重人格をつくるまでに重い解離を伴う症例は、そもそもこの安全な場所のイメージの生成がきわめて困難であることが多い」んだろうか)

マインドフルネスに注意すべき理由

身体の安全な場所は人それぞれ違う、というのは、ちゃんと理解していないと非常に厄介な結果を生みます。特に、マインドフルネスの指導者の中にはこれを理解していない人が多すぎてまずいことになっている気がする。

マインドフルネスでは、注意がそれたら意識を呼吸に向けてつなぎとめるという説明がなされることが多い。この場合、なぜ呼吸なのか。それは、健康な人の場合、呼吸が比較的安定している感覚だからです。

ところが、同じことをトラウマ経験者にやってしまうとひどい結果になる。

ピーター・ラヴィーンの本のトラウマと記憶の序文でヴァン・デア・コークがこう書いているとおり。

トラウマを抱えた人に、呼吸に注意を向けるように言うと、パニック反応を引き起こす恐れがあるし、落ち着くように言えば、さらに動揺が激しくなる。(p viii)

前述のように、ポリヴェーガル理論によれば呼吸は腹側迷走神経(いわゆる普通の副交感神経)によって制御されているので、背側迷走神経が優位な解離の当事者などの場合、呼吸は安定していない感覚なんです。だから、そこに注意を引き戻すのは自殺行為。

マインドフルネスにおける、注意を引き戻す場所というのは、嵐の中の船が錨(いかり)を引っ掛ける場所に相当する。健康な人は呼吸が岩塊のように安定しているので、注意を引き戻して錨をひっかける場所にするのは理にかなっている。だけど、トラウマサバイバーにはそれは当てはまらない。呼吸があまりに不安定なので、そこに錨を引っ掛けたら、より不安定になるだけ。

こうした点を理解してないセラピストがトラウマサバイバーにマインドフルネスを指導すると、より症状を悪化させるだけだし、クライエントの側は、マインドフルネスは自分には効果がなかった、という認識になってしまう。

いま世間でもてはやされているマインドフルネスは、社会の大多数を占める健康な人向けに最適化されたメソッド、と考えておく必要があります。解離の当事者は幼少期から繰り返してきた適応のせいで、神経系の作りからして大多数の人とは異なっているので、世間一般で人気のある治療法ほど疑ってかかる必要がある。認知行動療法とかカウンセリングとかもそう。解離の当事者は明らかにこの世界では少数派なのだから、少数派に最適化されたセラピーが、世の中で人気を博しているはずなんかないんです。広く受け入れられているものほど、自分には合わない、と思っておいたほうがいい。

さっきヴァン・デア・コークが書いていたように、ソマティック・エクスペリエンスはじめトラウマを対象に最適化されたマインドフルネスでは、呼吸に意識を戻すというような通り一遍のことはやらない。一人一人錨を引っ掛けられる安全な感覚は異なっているから、まずはそれぞれの「安心の島」を探るという、錨を引っ掛けられるところを確立するところから始めなければならない。

なんか偉そうに言ってますが、わたしもごく最近までこうしたことをわかってなかったんですよね…。最近こうやって実際にセラピーを体験することでやっとわかってきた部分も多い。結局、解離とかトラウマとかいう領域は、実際に経験した当事者でないと何一つまともに語れない領域なんだと思います。

逆に言えば、解離についてやたらと造詣の深いことを言ってる人がいたら、当事者だからわかるんだな、とすぐに判別できる。オリヴァー・サックスが左足をとりもどすまでで引用しているモンテーニュの言葉のとおりです。

現に医学は、常に経験をその実施の試金石にすると公言している。

同じようにプラトンも、「真の医者になろうとする者は、なおそうと思うあらゆる病気や、診断しようとするあらゆる症状と、それに付随する症状を前もって経験しておかなければならぬ」と言ったのはもっともである。

……本当にそういう医者なら私も信頼しよう。実際、他の医者どもは、海や岩礁や港を描いて、自分は机の前に座って、何の危険もなく船の模型を動かす人のようにわれわれに指図する。彼を実際の中に投げ込んでごらん。どうしていいかわからなくなるから。ーモンテーニュ『エセー』第三巻十三章(p14)

自分が解離やトラウマを経験してもいないのに、机上の空論で治療法を語っているような医者はまったく信用できない。ただのペテン師、詐欺師です。しかし医者という職業は若い頃から健康でないと資格を取るのが難しいため、必然的に医学界は詐欺師だらけになるという悪循環。

だけど少数なら、当事者でありながら医者になれる人もいる。解離とその治療法をまともに研究できている人は、自分もまた当事者のことが多い。ヴァン・デア・コークやピーター・ラヴィーンは、著書の中で自分がトラウマ持ちであることを書いているし、自身の解離体験についても書いている。オリヴァー・サックスなんか、子どものころから解離体験のオンパレード状態だった人ですしね(笑) この前読んだ豚足に憑依された腕 – 高次脳機能障害の治療 – の著者も、30代まで毎日のように金縛りに遭いまくっていたことを書いていて、当事者だからこういう世界を理解できるんだなぁと思わせる。

逆にトラウマの本を書いているにもかかわらず、解離について一切触れていないような研究者は、ああ体験したことがないからわからないんだろうなー…と思わずにはいられない。わからないならわからないなりに当事者や当事者寄りの専門家の意見を尊重すればいいのに、なぜか独断的に解離を否定するほうに突っ走る人が多い。わたしが好きな医者でも二、三人いるんですよね。とても意義深いことを書いているのに解離だけは認めない人。残念な話です。

Bodily maps of emotions

続いて、別の部位にタッチして感覚を観察してみることになりました。幾つか提案された部位の中でわたしが選んだのは腹部。セラピストとしては強い反応を引き起こしやすい部位なので、あまり乗り気ではなかったようですが、何事もやってみないとわからないので。

おなかに手を当てて、内部の感覚を探ってみると、さっきよりよほど落ち着いた感覚が得られました。奥までは入っていかないけど、表面から数センチくらいが温かくなってリラックスするような感じ。しかし、なぜか同時に両足の太ももが冷たく、凍りつくような感覚が強くなってきて、そこで中断することになりました。

目を開けた瞬間は、一瞬現実に引き戻されたマインドフルな感じがしました。これまでのように見え方が変わりましたが、悪い意味の変化ではなく、視界が鮮明化して、現実に引き戻されたような感じ。しかし数秒でいつもの状態に戻りました。

まず、良かったのは比較的ポジティブな感覚がみられたところ。セラピストはさっきの右脇腹と近いことを心配していましたが、特に影響はありませんでした。むしろ、腹部と右脇腹とは、近いようでまったくつながっていない別の部位という感覚があった。

もしかしたら、さっきヴァン・デア・コークが書いていた、トラウマ記憶が「影響を受けた身体領域の筋肉の緊張や、各部がばらばらになった感覚として保存される」ことの表れなのかもしれない。身体の一部だけ切り取ってばらばらにしてしまうのが解離です。解離はしばしば水密区画化に例えられるように、ある領域のトラウマを別の領域に波及させないよう、そこだけ隔離壁を下ろす反応です。場所的に近くても、隔離壁が降りていれば、隣の区画に行っても平気なはずです。

目を開けたときに現実感を意識できたことについては、いつも夢の中を生きているような感覚でいるのに、一瞬だけ現実に引き戻された感じ。実はこれ、最初のころは、なんだこの変な感覚は、と戸惑っていたんですよね。生活の中でもめったに起こらないし、起こったときはハッと意識が気づくような感じになるので。だけど不思議と嫌な感じはしなくて、どこか心地よさがありました。

そう話すと、以前に、自転車に乗っているときにそんな感覚があったと話してくれましたね、とセラピスト。ありがたいことによく覚えてくれています。うららかな春の日でしたか、自転車に乗って近くを走っているときに、突然春の日差しが感じられ、世界がしっかり見える心地よさを感じたことがありました。再現性はなかったので、自転車に乗っているかどうかは関係なさそうでしたが。そんなふうに、ときどき、予期しないときに起こります。

最初はこの意識の変容に戸惑っていましたが、ソマティック・エクスペリエンスを始めて気づいたのは、あれが普通の人が感じている現実感というものなのだ、ということでした。あまりにいつも慢性的な解離状態で夢の中をさまよっているせいで、現実感を感じるというのがどんなものなのか、まったく想像がついていませんでした。今のところ意識して現実感のある状態にとどまるということはできませんが、セラピーで自己コントロール力をつけていけば、それも可能になるのでしょうか。グラウンディングの技術などで幾らか再現できるようにはなりましたが。

そういえば、このソマティック・エクスペリエンスのときによく経験する、目を開けたときに見え方が変わる、という現象は、身体に閉じ込められたトラウマ を読み返していて気づいたんですが、SEではよくあることみたいですね。

私は、ゆっくり目を開けて周りを見渡してみるよう彼女に言った。「面白いわ」と彼女は言った。

「物が前より少しはっきり見えます。色はさっきより明るくて、そして……温かみが増していると思います」(p192)

わたしがこれまでのセラピーで経験してきた視覚の変化と同じですね。まっとうにSEをやってたんだと思って安心しました(笑) こういうのってやってみないと記述の意味がわかりませんよね。

そして、気になったのはおなかが温かくなりかけたときに太ももから下が冷たくなったこと。そういえば、と思い出したのは、ピーター・ラヴィーンのトラウマと記憶 に、さまざまな感情別に、全身のサーモグラフィーを撮った画像が載せられていたこと。感情というのは全身の代謝の反応などから構成されていることを示す画像でした。あの中に確か、おなかだけ温かくて、足が冷たくなっている感情があったはず。

本来、人間はそうした身体の反応を無意識のうちに感情へと変換できるんですが、失感情症の人は、内臓や身体の反応を感情に変換できません。ヴァン・デア・コークが身体はトラウマを記録するにこう書いていたように。

彼らは情動を、注意を払ってしかるべき信号としてではなく、身体的問題として認識する傾向にある。

腹立たしさや悲しさを感じる代わりに、原因不明の筋肉の痛みや、腸の不調、その他の症状を経験する。(p165)

普通なら、身体の反応は即座に感情に変換されるんですが、それが起こらないために、加工される前の身体の感覚を認知してしまい、それが原因不明の身体の症状として認識されてるというわけ。(変換されないのは、身体が「自己」ではなく「非自己」扱いされているからだと思われる)

わたしの場合も本来、おなかが温かくて足だけが冷たい、という身体的状態は何らかの感情に変換されてしかるべきなんですが、失感情症状態なので、感情に変換されてないんですよね。だから、わざわざサーモグラフィーで計測された対応表を見て、その身体の状態が本来どんな感情を意味しているか知らねばならないというわけ。

セラピストもその画像のことは覚えていましたが、何が何に対応しているかまでは知らなかったので、帰ってから調べてみることに。なんとなく想像はついていたんですが。

帰って調べたらネットでもちゃんと研究結果の画像があったのでリンクしときます。Lauri Nummenmaa, Enrico Glerean, Riitta Hari, and Jari K. Hietanenによる、Bodily maps of emotionsって研究。

Bodily maps of emotions | PNAS

見てみると…、たぶん二つのうちのどちらか。「恥」(Shame)か「悲しみ」(Sadness)。Sadnessほど手が冷えている感覚はないし、おなかが温かったということからしてもやっぱShameかなぁ…。わたしがなんとなく想像がついていた、というのも「恥」でした。

そもそも解離というのは「恥」(shame)から引き起こされることが多い感覚なので、ラヴィーンも身体に閉じ込められたトラウマの中でこう書いてますよね。

被害者の年齢が若く未発達で愛着が不安定であるほど、その人がストレスや脅威、危険に対して積極的に抵抗することよりも麻痺で反応する傾向が強くなる。

主たる養育者との間にしっかりとした初期の愛着の絆が形成されておらず、それゆえ安心感の基礎を欠く人たちは、事件やトラウマ被害に遭うことでより傷つきやすく、恥、解離そして抑うつという確立した症状を発症する可能性が高くなる。

さらにトラウマと恥の精神生理学的パターンが似ていることから、恥とトラウマには本質的な関連性がある。(p75)

例えば解離が起こりやすいのは子ども時代からの慢性的な虐待ですが、虐待に伴う感覚で一番大きいのは恥です。性被害の場合もそう。痛いとか苦しいとか悲しいではなく、辱められたという感覚が一番つらいわけです。わたしの場合、学生時代なんか耐えがたい恥の感覚に振り回されて、恥ずかしい思いをしなくていいよう身体を壊すまで勉強していたようなものだし。

画像を見てみると、Natural(中立)、落ち込み(Depression)、悲しみ(Sadness)の人はみなあまり頭が活性化していないのも興味深いですね。意外とうつの人だけじゃなくて、普通の人たちも、あまりものを考えないで日常生活を送っているのはこのせいなのかも、かえって、何かの強烈な感情を感じている人ほど色々考えているものです。ハイパーグラフィア(書きまくる人)は闘病中の人に多いですが、平凡な日常を送っている人は、病気になって始めて頭で何かを考えるようになるのかもしれない。

そういえば、わたしは学生時代から、胃腸の不具合に悩まされていて、緊張して食事もできないことがよくありました。いまだに食事がのどを通らないことが多いです。のどや胃腸が凍りつくというのも内臓にはりめぐらされている背側迷走神経のブレーキによる効果です。あれはきっと恥という感覚に凍りついていたんだろうなーと思います。いまだに恥の感覚が強すぎるために、ネットでも保護柵を張り巡らして、コメントとか受け付けないようにしてますしね。

あまりに恥の感覚が強すぎて、胃腸が他人の身体のようになってしまっている状態なわけなので、そこから回復して、胃腸を自分に再統合したかったら、この恥の感覚を受け入れて味わいつくさねばならないということになる。なんか無理そうな気もするけど、リソースを強化していけば圧倒されずに受け入れられるようになるんだろうか。

ちなみにこのBodily maps of emotionsの画像について、「気持ちの変化と共に体温も著しく変化している」という説明がされているのを見かけましたが、たぶん違うと思います。さっき書いたように、ダマシオの研究などからすれば、身体の変化が先にあって、その後で感情が認知されているはずです。ラヴィーンが身体に閉じ込められたトラウマ でこう書いているとおり、わたしたちは身体の変化を感情として認知してるんです。

ヒトは血管からも、環境に関するその他あらゆる情報を受け取っている。

血管がクラゲのようにゆったりと拍動し、温かさと良好さの感覚がからだ中に行き渡ると、ヒトはリラックスし開放的な気分になる。

血管と内臓が収縮していると、寒く不安に感じる。(p166)

いい加減、身体と心(感情)は別物だと論じ、心を身体より上位に持ってくるデカルト時代の科学から脱却しないと、医学はその次のステップに進めない。今のままだと、いつまでもうつ病は「こころの病気」だし、慢性疲労や慢性疼痛は「原因不明の病気」のままでしょう。

逆ラバーバンド錯覚

そのあと、今度は腕に注意を向けてみることになりましたが、まずどの部分が敏感で、どこが安全かを判断するために、イメージの上でサーチしてみることに。セルフタッチするのではなく、ただ、頭の中で腕の各部に順番に注意を向けて、不快感を感じるかどうかを試してみました。

手首、肘、肩、と注意を向けてスキャニングしてみましたが、手首は虫が這い回るようなむずむず感が強い。肘はちょっとまし、肩は特に何も感じない、ということでまずは肩の感覚を探ってみることに。

左肩に右手を添えて、目を閉じて感覚を探索してみたのですが…。

まず、左肩には心地よい温かさを感じました。だれかに守ってもらっているかのような。そこまではよかったんですが、そこに添えている右手がだれか他人の手みたいに感じる。ある意味、添えられている右手が他人の手みたいに感じられるからこそ、添えてもらっている左肩に安心感を感じるというか…。

目を開けたときに見えた視界の変化もまた今まで経験したことがない奇妙なものでした。視界がまだらに活性化された感じで、一部だけ鮮明、一部だけぼーっとしていて、セラピストの姿が周囲から浮き出たように感じられました。(いわゆる図と地の分離、というような)

これにはわたしも困惑してしまったんですが、セラピストは、その感覚は意味があるはずだから、そっくりそのまま受け止めるようにと言ってくれました。

確かに辻褄は合っている気がします。脳の中で図と地を区別しているのは別の神経だったはず。これってたぶん、さっき書いた右視覚野と左視覚野の違いと関係していると思うんですよね。芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察にもこう説明されていました。

神経心理学では全体と部分の区別の問題は、一個性脳損傷患者が日常物品を描写する課題で、左右どちらかの半球が損傷されているかによってまったく異なる描き方をすることから議論されるようになった。

左半球損傷の患者は全体的な特徴を描き、輪郭やレイアウトを強調するが、そのなかに含まれている細部は描かない傾向を示す。

一方右半球損傷の患者は、同じ物品の全体的なレイアウトのなかの細部は描くが、全体として枠組みは描かない。

その後報告された多数の研究も、右半球は全体に特殊化されており、一方左半球は細部に特殊化されていることを明らかにしている。(p167)

左と右で機能が違っているのだとしたら、今回のように、セッション中に左肩と右手が別々の人間の身体のように感じられた場合、それぞれの半球が別々に機能して、ちぐはぐな認知が引き起こされる可能性はありそうです。トラウマサバイバーは、そもそも左右脳を連携させる脳梁の弱さが指摘されていますし。

この右手が別のだれかのように思えた、というのは、有名なラバーバンド錯覚の逆バージョンといえそうです。ラバーバンド錯覚というのは、模造品の手(ラバーバンド)を自分の本物の手のように錯覚させることができるという有名な実験。いろんな本に出てきますが、これもとりあえず直近に読んだ 私はすでに死んでいるから引用しときます。過去に読んだ本を探すのがめんどくさいので。

しかしここ10年ほどの神経科学の研究で、身体の部分に対する所有感覚が、正常で健康な人でも微妙にずれることがわかってきた。

ピッツバーグにあるカーネギーメロン大学の認知科学者グループが、1998年に行なった独創的な実験がある。被験者は椅子に座り、テーブルに左手を置く。その隣にゴム製の手の模型が置かれ、ついたてで仕切られる。これで被験者からはゴムの手しか見えなくなる。

絵筆でほんものの手とゴムの手を同時になでると、被験者は自分の手がなでられているのを認識しているのに、ゴムの手に絵筆の感触を覚えるのだ。

さらに被験者の多くは、ゴムの手が自分の手のように感じたと答えた。これはラバーバンド錯覚と呼ばれ、自分の身体認識が動的であること、言い換えればさまざまな感覚をたえず統合しながら経験していることを示している。

視覚情報と触覚情報、さらには関節や腱、筋肉から得られる内的感覚で身体の各部分の相対的な位置を把握した結果(神経科学ではこれを固有受容感覚と呼ぶ)、身体所有感覚ができあがる。(p97)

わたしの場合、目を閉じた状態で、視覚による位置情報が失われていたので、錯覚を起こしやすい状況ではあった、と思います。だけど、簡単に他人の手のように思えてしまったというのは、自分の手の位置を確認するための固有受容感覚が弱いことを示しているように思えます。離人症の人はそもそもこの自分の身体を所有しているという感覚が弱く、簡単に体外離脱を起こしたりするので、わたしが経験した逆ラバーバンド錯覚もそういうものでしょう。

目を開けている状態でも、いわゆる手が勝手に文章を書くように感じられる自動書記のような様々なタイプの自動症が見られるとジャネのころから言われていますし、それほど驚くことではありません。家に帰ってから寝転んでいるときに試してみても、片手が自分の身体のようではない感覚、というのはわりと再現できると感じました。

これは誰の身体なのか

ではどうして手にそういう感覚が出ているのか。いや、手だけじゃなくて、足にもこれは起こっている気がします。今のところ、一度もセラピーとして足に意識を向けたことがないから、あまり意識したことがないだけじゃないかな。

そういえば、この 私はすでに死んでいるの冒頭に、なかなかおぞましい昔話が引用されていました。インド大乗仏教中観派の「中論」という書物に出てくる話だそうですが…。

簡単に言うと、主人公の男は、真夜中に死体を担いで運んでいる鬼に出くわす。男は鬼を怒らせてしまい、腕や足をもぎとられる。その代わりに鬼は死体の手足をもぎとり、男の身体にくっつけていく。しまいには男の身体は頭と胴体も含めて、全身が死体と入れ替わってしまった。(p5-6)

おぞましい話でありながら、これは解離の本質を突いていると思います。形式的な医学がまだ発展する前の人々のほうが病の本質を直感的に理解していたりするので、案外これは、当時もあっただろう解離性障害についての比喩だったのかもしれない。

解離の当事者は、子どものころからの度重なるトラウマ経験のたびに、身体の一部をもぎとられ、死体と入れ替えられてきたようなものです。最終的にほぼ全身が死体と入れ替わってしまったのが離人症だということになる。目にトラウマを負えば、眼球がえぐりとられ、作り物の目をはめ込まれるようなもの。耳にトラウマを負えば、耳をひきちぎられ、聞くことのできない模造品の耳を埋め込まれるようなもの。そうして視覚鈍麻や心因性難聴のような解離症状が作られていく。そして、いつしか全身が他人になってしまい、自分が何者かわからなくなる。

あとに残った男は途方に暮れた。いったい何が起きたのか。生まれたときに与えられた身体は鬼たちにみんな食べられてしまい、いまの自分は赤の他人の身体で構成されている。

自分には身体があるのか、ないのか。あるのだとしたら、これは自分の身体なのか、それとも他人の身体なのか。身体がないのなら、いまここにある身体は何なのか。(p6)

奇しくもピーター・ラヴィーンも、トラウマと記憶 の中で似たような話に解離をたとえている。ラヴィーンが例えたのは古代エジプトのイシスとオシリスの伝説。こちらでは、オシリス王は敵に切り刻まれて、バラバラ死体となって各地に埋められてしまう。妻のイシスはバラバラになった遺体をすべて発掘し、それを「再びつなぎ合わせ、思い出した(re-memberd)」。ラヴィーンは、これこそが、ソマティック・エクスペリエンスの目指すところだと言う。

トラウマを受けた人々が示すまったく異なるように見える症状、散り散りになっている断片、兆候および症候群を観察すると、治癒を引き起こすための手がかりが見えてくる。

さらに、恐怖に凍りついたときに身体および脳に何が起こるのかがわかってくると、こうした症状を理解できるようになる。これらの症状は、分断され散り散りになった体験の塊なのだ。それは未完了の身体感覚であり、過去にはその人を圧倒した。

あたかも、惨殺され、切り裂かれたオシリスの身体が、はるかに離れた違なる場所に埋められたように、これらはかい離し、意味不明の状態にある。

こうしたバラバラな身体感覚を「元通りに戻す」治療方法は、エジプトの神話の女神イシスが夫オシリスに施した治療に酷似している。敵に切り刻まれ、はるか彼方にバラバラに埋められ、隠されてしまったオシリスの身体を、イシスは掘り起こしていった。そしてイシスは象徴的に、オシリスの身体の断片を整合性のある有機体としてつなぎ合わせた。こうしてイシスはオシリスを「つなぎ合わせ、思い出した(re-memberd)」のである。

トラウマの治療においてこれを行うには、クライアントを穏やかに誘導して、かつて圧倒されてしまった感覚を再び感じ、次第にそれに耐えられるように導くことである。(p235)

どうしてこうも似通った話が世界の別のところで語り継がれているんでしょうね。人類史のはじめから人はおぞましいトラウマを解離によって生き延び、解離(ヒステリー)という病態がどこの文化にも存在し、シャーマンたちが解離の治療に特化していたのだとすれば、これらの物語はその名残りなのかもしれない。

果たしてこのバラバラにされた死体をふたたびつなぎ合わせることなどできるのか。今のわたしにはわからないけれど、セラピーはまだまだ始まったばかりなので、まだ動けるうちはじっくりやってみましょう。

ダイイングメッセージ

今回のセラピーはここまで。

ここのところGWを挟んだりしているために、セラピーが二週間ごとの間隔になっていますが、意外とこれくらいの間隔のほうが、わたしには合ってるのかもしれません。以前みたいな1週間に一回ペースだと、感想記事を書くのが忙しくて、頭の中を整理できないままに次のセラピーの日が来ちゃうんですよ。

そもそも「経験する自己」が強すぎるから、現実感のある経験を切り離しているのだとすると、あまり頻繁に強い刺激を感じると、経験が過剰になってあふれてしまうのかもしれないし。ソマティック・エクスペリエンスという経験と、いつもながらの思考とを、鳥の両翼のようにバランスよく実践することが必要なのかもしれません。

最後に、こうしたセラピーをもっと簡単に体験できるところはないのか聞いてみましたが、個々のセラピストが時々やってるレベルり体験会はあれど、ほとんどそうした取り組みはないらしいですね。今年の秋も開催されるらしいソマティック・フェスタくらいしかないようです。まあ一回やそこらだと、かえって内容が乏しいと誤解されそうなセラピーだし、お試しで体験できても実益がないかもしれません。

さっきも書いたように、トラウマや解離に最適化されたセラピーの価値がわかるのは数少ない当事者だけなので、かえってメジャーにならず、知る人ぞ知る、くらいの状態がちょうどいいのかもしれませんね。わたしがそうだったみたいに、ある程度追い詰められて、覚悟を決めて門戸を叩くような感じじゃないと、価値を実感できないかも。

それにしても、セラピーの帰りで思ったんですが、わたしみたいな濃い考察とか体験記を書いてる人を見かけないのはどうしてなんでしょうね? わたしがこれまで色々と自分で考えてきたのは、これほど広いインターネットに、わたしのような症状についての説明がどこにもなかったからです。

たまーに、解離の当事者が濃い考察をしているブログを見かけるんですが、長続きしないでフェードアウトしてしまうのが多い。わたしのブログ記事も、わたしが死んだらサーバー期限切れでフェードアウトする予定ではあるけれど、たいていは書く熱意が無くなってのフェードアウトでしょう。もちろん解離の程度は関係していると思う。過去をしっかり隔離しきれてないとフラッシュバックなどのせいで日常が大変でしょうから。

でも、解離の当事者って、前回でも引用した、 私はすでに死んでいるに出てくるこの説明みたいな人が多いんじゃないのだろうか。

離人症性障害に関する著作を二冊出版しているジェフ・エイブゲルは、私にニコラスを紹介してくれた人でもあり、自己反芻のこともよく知っている。

10代後半から一過的な離人症を何度も経験してきたエイブゲルは、「自分の人生を構成する精神的な要素が、ほぼすべて消えたように感じる」と言った。

「あとに残るのは、自分の何がおかしいのか答えを見つけようとするノンストップの衝動だけです。いったいどうした? なんでこんな感覚なのか? 何が起こっている? そんなことを全身全霊で考えているんです」(p180-181)

わたしは別にIQが高いわけでも賢いわけでもなく、知識があるわけでもない。数年前に書いた記事なんかひどいものです。ネットとかテレビで適当なことを言っている医師の話を鵜呑みにしていたり。

だけど、わたしが違うとすれば、ただ単に「自分の何がおかしいのか答えを見つけようとするノンストップの衝動だけ」で、「そんなことを全身全霊で考え」続けたこと。今だってそう。あまりに意味不明な自分がそこにあるから考えないではいられない。だって、常に体外離脱して、自分の異質な死体を眺めているようなものだから。これはバラバラに惨殺された自分の死体に刻まれたダイイングメッセージを、現実の探偵になって推理するミステリみたいなものなのです。こんな摩訶不思議なミステリ、もっと考察してる探偵さんたちがいてもいいとは思うんですけどね。

わたしみたいな人がいないわけではないと思います。例えば古今東西の哲学者の中には解離の当事者が異様に多いと思われる。そもそも離人症という言葉を最初に使ったのがスイスの哲学者アンリ=フレデリック・アミエルですし、ウィトゲンシュタインとかショーペンハウアーは解離の思考と親和性が高いし。ヴァージニア・ウルフみたいに作品を通して離人症という現実を考察したような人もいる。だけど、医学、脳科学方面から考察する当事者はあまり見かけない。わたしも創作者だから正直言うと芸術方面からの創作をもっとやりたいのはやまやまだけど、本当に自分を理解したいなら、ある程度科学的根拠のある考察が不可欠だと思うんですけどね。

とりあえずわたしは、文章が書ける限りは、地図にない世界から観察記録を書き送り続けるつもりです。もうすでに周りにだれもいない人跡未踏の地点まで足を踏み入れてしまっていて、帰還不能点(Point Of No Return)を超えてしまっているような気もしていますが、もう生ける者の地に戻れなくたっていいでしょう。観察記録を誰も読まなくたってもいい。わたしはただ自分の興味から、地図にない世界の果てにあるものを見たいだけだから。わたしの観察記録が途絶える日は、きっとわたしが地図のない場所で息絶えたときでしょう。

続きはこちら。

地図にない世界を探検しにいったSE体験記(9)
ソマティック・エクスペリエンス体験記9
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