芸術家になるのは言語の習得とよく似ている―手話にまつわる脳科学の不思議な話


芸術家は右脳人間だと説明するネットニュースとか、右脳で描け!というような本はびっくりするほどたくさん出ています。でも、前に書いたように脳科学的には誤りで、科学の皮をかぶった都市伝説とかオカルトみたいなものでした。

通説とは逆に、芸術家の脳の働きを調べてみると、けっこう意外なことがわかってきます。芸術家が右脳人間、は論外ですが、むしろ左脳のほうが大事だとか、いやいやそれどころか脳全体に創造性が散らばって存在しているとか、謎が謎を呼んでいて、じつはまだよくわかっていないことのほうが多いのです。

そのなかで、おもしろいなーと感じたのは、芸術の習得と外国語の習得には似たところがある、という話です。オリヴァー・サックスの手話の世界へ (サックス・コレクション)という本を読んでみると、わたしたちは外国語を習得するときや、芸術などの分野で素人から達人に成長していくとき、右脳か左脳か、という単純な垣根を超えて、脳が変化していくのだそうです。

たとえば、芸術にかぎらず、その道のプロと呼ばれる人たちは、頭を使って小難しく考えるのではなく、自然と、流れるようにスキルを発揮できます。チェスの達人はチェスで考えるようになり、プロのイラストレーターは絵で考えるようになり、専門の数学者は方程式で考えるようになります。どの場合も、それぞれの技能が、まるで日常で使う言語のようになっていきます。

とすれば、芸術を含め、何かのプロになるというは、わたしたちが英語を習得するようなものではないでしょうか。アマチュアの画家は、いわば中学校で英語を勉強している学生のように、まだ頭を使って考えながら「絵で話そう」としているようなものです。それがプロになると、英語ペラペラの現地人のように、意識して頭を使わなくても、「絵で話せる」ようになっていくわけです。

このとき、脳の中でどんなことが起こっているのか、ちょっとのぞいてみましょう。

手話は右脳か左脳か―視覚と空間の言語

この本はタイトル通り、手話の話がメインです。手話は今でこそ、言語のひとつとみなされていますが、長らくただのパントマイムやジェスチャーのようにみなされていて、ろう者の人たちは偏見や差別に直面してきました。しかし、誠実な学者や当事者の巧みな研究によって、手話は非常に表現力豊かで、芸術的ともいえる言語であり、手話を話す人も可聴言語を話す人も、同じ脳の言語領域を使っているということが明らかになってきました。

でも、これって実はとっても不思議なことなのです。

というのも、わたしたちの脳というのは、やっぱり左右で役割の違いがあって、少なくとも科学的に実証されている範囲では、左脳は言葉による会話、右脳は空間の認識に特化していると言われています。実際に、脳卒中などでそれぞれの半球が損傷すると、そうした能力が使えなくなります。

そうすると、手話のような言語は、どっちの脳を使っているのだろう、ということになります。手話は声に出す言葉を使わず、空間を利用して意志を伝える言語なので、直感的に判断すれば、右脳を使っていそうです。

最初に見たとおり、芸術家は右脳人間だという俗説がありました。これは視覚的思考や空間認識には右脳が特化しているらしいから、視覚芸術もまた右脳だろうという論法から生まれました。それにのっとれば、空間を使って話し、目で見て理解する視覚的な言語である手話を使う人は、やっばり右脳人間なのでは? と思うのも仕方ありません。

ところがどっこい、手話は左脳でコントロールされていることがわかっています。

ヘレン・ネヴィルも、手話の使用が左半球に大きく依存することをあきらかにし、視野の右側で〈手話〉を提示されたほうが、手話使用者の「読みとり」の速度と制度が高まることを実証している

(視野の左側でえられた情報はつねに右半球で処理され、視野の右側でえられた情報はつねに左半球で処理される)。(p139)

ふつう、目で見た形のパターンの読み取りは、右脳が処理していると言われています。たとえば、顔の認識も、一般的には右脳のスキルです。

それなのに、手話を話す人たちは、手話の手の動きの読み取りを、おもに左脳のほうでやっているらしいのです。

それだけでなく、もっと不思議な実験結果があります。

右半球に卒中を起こした手話使用者は、とはに深刻な空間の認知障害、遠近感の喪失をきたし、場合によっては左半側空間を無視するようになる。

しかしこれは決して失語症ではなく、重大な視空間の欠損にもかかわらず、手話の能力はきちんと保持される。(p140)

確かに、右脳は空間や遠近感の認知という、視覚的な機能を担当しています。だから、右脳がやられると、視空間機能がひどく損なわれます。ところが、どういうわけか、視空間を用いる言語である手話は、影響を受けません。

いま引用した文中に、「場合によっては左半側空間を無視するようになる」という一文がありました。この半側空間無視という不思議な症状については前に書いたことがありますが、視野の左側が存在しないかのように振る舞うことをいいます。

さっき引用文で触れられていましたが、わたしたちの脳の配線はクロスしていて、右脳が左半身の感覚を、左脳が右半身の感覚を処理するようにできています。つまり、右目に見えている情報は左脳で、左目に見えている情報は右脳で処理されるわけです。そのため、右脳がやられると、左目からの情報を処理できなくなります。これが左半側空間無視です。

半側空間無視になった人は、機能しなくなった側の視野が存在しないかのように行動します。たとえば、料理を食べるとき、皿の左半分の料理をまるまる残してしまいます。そこに食べ物があることすら気づかないからです。左半分の空間を認識する能力が消えてしまうのです。

ところが、手話を使う人では不思議なことが起こります。

ペルージの被験者のひとりに、ブレンダ・Iという女性がいた。

右半球に大きな損傷のあるブレンダは、左半側空間をほぼ完全に無視し、部屋の様子を描写させても、左側を空白にしたまま、部屋中のあらゆるものを右側に押しこんでしまう。

左半側空間―位相空間の左半側―は、もはやブレンダには、存在しないも同然だった。

ところが実際に手話をやらせてみると、ブレンダは空間の位置関係をきちんと確定し、左側を含む手話空間をめいっぱい使って、苦もなく手話をあらわしてみせた。(p141)

なんとこの女性は、脳の右半球がやられて空間認知が壊滅的に損なわれていたにもかかわらず、空間と視覚に頼る言語である手話は、影響を受けませんでした。それだけでなく、いつもは無視してしまうはずの左側の空間までも目一杯使って、手話をあらわすことができました。

これはいったいどういうことなのでしょう?

少なくとも、この例からわかることが一つあります。確かに右脳は視覚や空間に特化していますが、だからといって、手話の使用者や芸術家が右脳人間だとは言えないのです。この手話の使い手のように、左脳が空間処理をしはじめることがあるからです。

本来、言葉によるコミュニケーションに特化して、空間処理など不得手なはずの左脳が、こうした役割を持つようになるのはなぜでしょうか。

「達人」にみられる右半球から左半球への移行

なぜ手話の話し手は空間に特化しているはずの右脳ではなく、左脳によって手話の視空間情報を処理するのか。

いま考えた、右半球がやられても手話を使えた女性は、長年の熟達した手話の使い手でした。

それに対して、手話を満足に話せない初心者の場合は、ボディランゲージのようなジェスチャーや、手話の読み取りには右脳を用いているとされます。

どういうことかというと、初心者と達人とでは、脳の使い方が違っているのです。手話の初心者は確かに空間認知のために右脳を使っているのですが、達人になると、なぜか左脳がそれを担うようになっていきます。

そして、ここからが大事なのですが、これは手話に限ったことではないらしいのです。たとえば、芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察には、音楽家の脳の使い方について、こんな研究が載せられていました。

訓練を受けた音楽家はメロディーを右耳で聴いたときのほうが成績が良く、訓練を受けたことがない非音楽家は左耳で聴いた場合のほうが成績が良かったのである。

この結果は、左右の半球がそれぞれ相反するかたちで音楽の処理に関与していることを示している。

訓練を受けた音楽家の場合は左半球が音楽処理に強く関与し、非音楽家の場合は右半球が強く関与しているのである(Bever & Chiarello,1974)。(p140)

この音楽家を対象にした研究では、手話の使用者の研究と同じことがわかりました。音楽もまた普段は右脳で処理されると言われますが、初心者は右脳を使っていたのに対し、プロは左脳を使っていたのです。

手話の世界へ (サックス・コレクション)では、このような、アマチュアは右脳を使っていて、プロは左脳を使っている、という例が、手話や音楽家どころか、他のさまざまな分野のスキルでも起こっているのではないか、と書かれています。

「素人の目」や「凡俗の耳」から芸術家や達人の知覚器官への移行は、右半球優位から左半球優位への移行と並行して起こる。

ごく「単純素朴な」聴取者では主として右半球が音楽的知覚をつかさどるが、(その「文法」や規則を把握し、それらを複雑な形式的構造としてしまった)専門の音楽家や「達人の」聴取者では左半球が音楽的知覚をつかさどる。

…流暢なタイ語の使用者では(通常なら右半球がつかさどる)音色の識別を左半球がつかさどることが立証されている。

…数学的概念や数字の世界を、秩序だった広大な知的宇宙や知的体系の一部とみなせるようになった、数学や算術の「達人」にも同様の移行が見られる。

同じことは、空間や視覚的連関を「素人の目」にはできない仕方で見る画家や室内装飾家にもいえるかもしれない。これはまた、ホイストやモールス符合やチェスの名人にも当てはまる。

あらゆる高度な科学的知能・芸術的知能、あらゆる高度な日常遊戯の技能は、言語と似た機能をもち、言語と同様に発達する表象システムを必要とする。

これらはみな移行が起こって左半球の技能となるように思われる。(p204-205)

ちょっと長めに引用しましたが、要するに、どんな分野のスキルであっても、素人からプロになるとき、左脳を使うようになっていく、という話です。

ここで画家や芸術家についても言及されていることは、とても大事なポイントです。絵を描く人でも、さっきの音楽家についての研究と似たようなことが起こっていると考えられるからです。

つまり、絵の素人やアマチュアは、確かに右脳の視覚的また空間的能力に頼って絵を描いているかもしれませんが、プロになるにつれ、左脳を使って絵を描くようになる、ということです。右脳で描け!というのは、アマチュアになれ、と言っているような的外れなアドバイスだということになります。

言語のように文法化される

それにしても、どうして、あらゆるスキルは、初心者では右脳を使っていても、上級者になると左脳を使うようになっていくのでしょうか。

何回も触れているように、左脳は一般的に、言語機能に秀でていると言われます。しかし、これはちょっと単純化しすぎた言い方です。実際には、左脳はことばを操るというよりは、文法とか構造にのっとって、何かを理路整然と組み立てる能力を担っているのです。

わたしたちはみな、どんな分野のスキルを学ぶときでも、最初は行き当たりばったりです。右も左もわからず外国語を話し始め、ポイントもコツもわからずがむしゃらに絵を描き始め、とりうえず当たって砕けろで楽器を習い始めます。

最初は何もわからず必死に学ぼうとしますが、やがて上達していくと、法則性とかコツといったものがわかってきます。いわば、その分野における「文法」のようなものを、身につけていきます。

このとき、右脳の感覚的な処理から、左脳の文法的な処理へと、スキルの移行が起こっているのだと思われます。

右半球は、まだ確立された記述体系あるいはコードが存在しない目新しい情況を処理するのに決定的な役割をはたすだけでなく、そうしたコードのまとめ役もはたしている。

そうしたコードがまとめられてその姿をあらわすと、機能は右半球から左半球へと転移する。

このような文法あるいはコードの形で編成されるプロセスは、すべて左半球がつかさどっているからである。

(目新しい言語課題は、言語的ではあっても、まず右半球でその大半が処理され、次いで左半球の機能として慣習化される。

これとは対照的に、視空間課題は、視空間的ではあって、表記法あるいはコードに埋め込まれれば、大半が左半球で処理されるようになる)(p150)

何やら難しい言葉が色々出できますが、言いたいことはシンプルです。

右脳は馴染みのない、目新しい、経験の浅い情報を処理するのに秀でています。それに対し、左脳は馴染み深い、法則性をよく理解した情報を処理するのに秀でています。どんなスキルでも、まだ目新しく右も左も分からない時点では右脳が処理していますが、「文法」がわかってこれば左脳の管理下に置かれる、ということです。

そうすると、ここでようやっと、この記事の最初で触れた話に結びつくのですが、あらゆるスキルの習得は、絵を描くことであれ、チェスや将棋であれ、数学であれ、外国語を学ぶときとよく似ている、ということになります。まだ経験の浅いうちは右脳で処理されますが、「文法」がわかってくると、言語能力をあやつる左脳が関与するようになり、ひとつの言語のように自由自在に扱えるようになる、ということです。

このことは、どんな分野でも、その道のプロ、と呼ばれるような人は、まるで母国語を話すかのように、スキルを自然に使いこなすことからも明らかです。ぼくと数字のふしぎな世界という本に、チェスのグランドマスターの面白い話が載っていました。

もちろん、グランドマスターは試合に集中する。果てしのない複雑な思考の海の中で、溺れたり沈んだりする人も中にはいる。しかしたいていは、駒の動きの連携の中から、これしかないというもっともすばらしい手を見出す。

そういったプレイヤーはチェスについてはあまり考えない。ぼくたちが言語で考えるように、チェスで考えるのだ。

あるグランドマスターは、日々の出来事を盤上の動きのように思い出すそうだ。泳ぎに行ったことを、いわばキング側のナイトがf6に移動するように思い出し、妻と食事をしたことをクイーン側のルークが四マス下に移動するように思い出すという。こうしたことが、意識せずとも自然に出てくるらしい。(p245)

チェスのグランドマスターは、「ぼくたちが言語で考えるように、チェスで考える」ようになります。多国語を話せるようになったバイリンガルのように、チェスがひとつの言語になるのです。同じようなことが、チェスの対局のパズルを作る人にもいえます。

新聞に掲載されるような局面を、実際の試合で見ることはない。これは問題作成者の想像力の産物なのだ。

そうした作局家のひとりに、「ウラジミール・シリン」がいる。多国語を使う作家・詩人ウラジミール・ナボコフという名のほうが有名だ。

彼にとってそうした問題作りは「チェスの詩」と同じだという(1969年のアンソロジー『詩と問題』には彼自身が考案した18個の図解がついている)。(p246)

ウラジミール・ナボコフは、多国語を操りましたが、彼にとってみれば、文字通りの意味での外国語だけでなく、チェスもまた、そうした言語のひとつだったのです。だから、ちょうど母国語で詩を書くときのようによって、チェスという言語を使って対局のパズルを作ることができました。

こうした例を見ると、ここまで出てきた手話の達人や、プロの音楽家たちが、どうして右脳ではなく左脳を使っていたのかがわかってきます。

手話の達人にとって、手話はもはやただのボディランゲージではなく、整然とした文法のある「言語」でした。だから空間的なスキルであっても文法を操る左脳にコントロールされるようになりました。プロの音楽家にとっても、音楽はもうただの音ではなく、ひとつの「言語」のように馴染み深いものでした。だからメロディを言語中枢のある左脳で処理するようになっていました。

そのほかのスキルでも、やっぱり似たようなところがあるはずです。どんなスキルでも、それに熟達すればするほど、「言語」のような存在になっていきます。

プロの数学者は、難しい証明問題を解こうと集中しているとき、ローマの弁論家のように言葉で考えたりはしません。そんなまどろっこしいことをしなくても、数学という「言語」を使って、証明に没頭することができるからです。

プロの画家は、絵を描くとき、こうしようああしようと日本語で考えたりはしません。その代わり、絵という「言語」で考えます。バイリンガルの人が外国に行けばその国の言語で思考し、話すように切り替わるように、プロの画家やイラストレーターも、カンバスの前に座れば、絵という別の言語で考えるようになります。

そういえば、つい数日前のニュースでドイツの画家オットー・ネーベルの絵について、こんな解説が書かれていました。

【アート 美】知られざる色と形の冒険者 オットー・ネーベル展(1/4ページ) – 産経ニュース

約130点に及ぶ詩的な連作「千の眺めの町 ムサルターヤ」も37、38年、イタリア・フィレンツェ滞在中に描いたものだ。

王族から庭師まで登場し、ビザンチン様式のような建築が連なる架空の町の伝説を、ネーベルは言葉でなく絵画で紡ぎ出した。

寄る辺のない“避難民”として、自らの想像の王国に光を見いだしたのだろうか。

言葉によらず、絵で詩的な連作を描いたネーベルにとって、絵は文字通りの言葉にひけを取らない表現力を持つ、もう一つの母国語だったのではないでしょうか。

みんな母国語の達人になっている

ふだん使う言葉による言語と、絵や数学のような抽象的なものが、どちらも「言語」だと言うと、首をかしげる人もいるかもしれません。でも、こんな例を考えてみればよくわかります。

たとえば、天才が語る サヴァン、アスペルガー、共感覚の世界の著者ダニエル・タメットは、特定の数字を見ただけですぐさま素数に因数分解できるそうです。

84187という数字を例にとれば、この数字は841(29×29)と87(3×29)に分けられる。すると、この数字は29で割り切れる数だとわかる―同様に素数の2903でも割り切れる。(p172)

超能力のような話ですが、著者はそんなことはない、といいます。超能力どころか、わたしたち一人ひとり、わたしやあなたも同じようなことをやっているといいます。

たとえばわたしたちは、「芸術的才能と脳の不思議」という言葉を見れば、一瞬でこれを「因数分解」できます。「芸術的」「才能」「脳」「不思議」にわけて、それぞれの意味をつかめます。そして、同じような意味を持つ文章を自分で作り出すこともできます。

わたしたちは、これを何も悩まず、考えもせず、造作なくやってのけますが、改めて考えてみると、これは驚異的な能力です。日本語を知らない人から見れば、暗号を解読する超能力のようにみえるかもしれません。

この、わたしたちが苦労せずにやってのける言葉の組み立てや分解と同じことを、さっきの著者は数学という「言語」でやっているにすぎない、と述べています。

先ほどの掛け算で例として出した6253で考えれば、ぼくはすぐにこれが13×13(169)×37の組み合わせだと「わかる」。

数をたちまち素数に分解する力は、英語が母語の話者が「incomprehensibly」という合成語を「in」「comprehend」「ible」「ly」にたちまち分解できるのと同じだ。(p171)

ぼくが五桁、六桁、七桁の、あるいは八桁の大きな素数を作れるのは、素数の「たたずまい」が直観でわかるからだ。

これは、「glubr」という言葉は存在しないが、「gluber」はありそうだ、と英語が母語の話者にすぐわかるのと同じだ。(p172)

どんな分野でも、その道のプロと呼ばれる人たちは、わたしたちがごく当たり前のように言語に用いている驚異的な能力を、別の分野、たとえばチェスや絵や彫刻や数学やプログラミングなどで発揮しているだけなのです。

わたしたちは、母国語を話すときには、まったく何も考えなくても、とてもスムーズによどみなく言葉が出てきます。考える前にしゃべってしまって、つい言わなくてもいいことを言ってしまうほどです。けれど、まだ流暢に話せない第二言語はそうはいきません。まず「はじめまして」は英語でどう言うんだっけ…?という思考から入ります。

同じように、画家であれ、数学者であれ、棋士であれ、初心者は考えながらでないと何もできませんが、プロになればなるほど。達人に近づけば近づくほど、考えるよりも先に瞬間的に判断できるようになっていきます。それは、そうしたスキルが、母国語と同じほど流暢に話せる言語になり、母国語から意識的に翻訳せずとも自然に話せるまでに熟達したということなのです。

言ってみれば、わたしたちはみんな、たとえ絵や音楽や将棋のプロではなくても、自分の国の言語に関しては、その道のプロまた達人になっています。

母国語を話すときに、左脳が活性化するのは、左脳が言語能力に特化しているからではなかったのです。わたしたちのだれもが、自分の母国語を扱う達人なので、母国語を話すときには構造化されたスキルを扱う左脳が活性化する、という逆の見方が成立します。

そう考えると、どうして、絵であれ、音楽であれ、フィギュアスケートであれ、卓球であれ、数学であれ、将棋であれ、さまざまな専門スキルを身につけるには、幼少期からの英才教育がかなり重要なのか、という理由もわかります。

わたしたちは、子どものころ、親の言葉を聞いて自国語を学ぶわけですが、親はわりと適当に母語をしゃべっているので、親の日用語から文法を身につけるのは簡単ではないように思えます。

けれども、どんな子どもでも、またたくまに日本語の正式な文法を、かなりの精度で身につけていきます。これは、わたしたちの脳に、生まれつき驚異的な文法生成能力が備わっているからだと考えられています。

この手話の本によると、言語学者のノーム・チョムスキーは、わたしたちの脳には、強力な「言語獲得装置」(LAD)があると唱えました。これは、幼い子ども特有のもので、その時期に聞いた言葉を、文法化して構築する驚異的な能力があります。(p128)

この装置は、文字通りの言語だけでなく、他の様々な「言語」、たとえば絵や音楽や将棋や数学の「言語」にも活用されるのでしょう。

幼いころにそうした分野にどっぷり触れた子どもは、大人になってからそれらを学んだ人にはなかなか身に着けられないような「文法」を自分のものとしてしまい、あたかも絵や音楽や将棋や数学といった「言語」におけるネイティブの話者のように、そのスキルを自在に使いこなせるようになるのだと思います。

芸術的創造性は脳全体のネットワーク

この記事では、言語習得と、他のさまざまなスキルの熟達の類似性を考えてきました。でも、気をつけて考えないといけない部分もあります。確かに、手話であれ絵であれ音楽であれチェスであれ、何かのスキルの達人になることは外国語をマスターすることに似ているのですが、同時に異なる部分もあります。

たとえば、芸術的才能と脳の不思議―神経心理学からの考察によると、プロの画家について、こんなことがわかっています。

右半球に損傷を持つ非芸術家の患者群に対しては、収束による遠近法と空間的体制化の描写に障害を見ることを予測することができるが、そうした首尾一貫性のある乖離は右半球損傷の芸術家にはみられない。

右半球損傷の芸術家の何人かに左反側空間無視を認める場合であっても、芸術家たちは、それにもかかわらず彼らの芸術作品を創造し続けるのである。(p266)

あれっ、どこかで読んだような話だ、と思われたかもしれません。これはさっきみた手話の達人のブレンダの話とよく似ています。ブレンダは右脳を損傷しましたが、手話の空間的スキルは失われませんでした。同じように、右脳を損傷した画家もまた、必ずしも空間的な画力が失われたわけではありませんでした。ブレンダも画家も、視野の左側を無視する半側空間無視が生じたときでさえ、空間を活用した手話をあらわしたり、空間的な絵を描いたりできました。

ここまでは、達人のスキルにとって重要なのは右脳ではなく左脳のほうだから、たとえ右脳が損なわれても、絵を描くことができたのではないか、と説明できます。

だけど、これには続きがあります。

左半球に損傷を持つ非芸術家の患者群では、絵画描写において細部が欠如することを私たちは予測することができるが、描画のなかに全体の形、ゲシュタルトが描かれていることも想像できる。

しかしながら、芸術家の場合には、そうした乖離は観察されていない。(p266)

なぜか左脳が損傷した場合でも、やっぱり画家は絵が描けるのです。

文字通りの言語の場合は、左脳が損傷するとまともに喋れなくなります。手話の場合も、左半球が損傷すると、手話の失語症になってしまい、会話できなくなってしまうとさっきの本に書かれていました。(p139)

それなのに、絵の場合は、左脳がやられようが、右脳がやられようが、描画スキルが大きく損なわれて使用不能になってしまうことはないのです。

ここで、脳に障害が生じた芸術家の誰にも認められるもう1つのパターンは、損傷後の創造性の保持である。

損傷が生じた半球側、神経心理学的特徴、さらには病因とは独立に、大多数の芸術家は彼らが選んだジャンルの領域内で発展し革新を続けるのである。

神経心理学は、左右どちらの半球のどのようなタイプの脳損傷が創造性を止めるのかを、演繹的に予測することはできていない。

右半球損傷も左半球損傷も芸術家の創造性を妨げることはないと思われる。(p267)

いったいどういうことなのでしょうか。

まず、これはプロの画家の話だということを念頭に置いておく必要があります。ふだんあまり絵を描かないような初心者は、右脳が損傷すれば、空間把握や遠近感に支障をきたし、まともな絵を描けなくなります。初心者は確かに右脳で描いている部分が大きいのでしょう。

しかし、上級者はというと、右脳が損傷しようが左脳が損傷しようが創作をやめないので、やっぱり初心者から上級者になるにつれて、脳の使い方に大きな変化が起こっていることがわかります。

手話の場合は、右脳から左脳への変化でしたが、芸術的創造性の場合は、もっと複雑で広範な変化が起こっているのでしょう。おそらくは、プロになるにつれて、右脳と左脳の垣根なく、脳の全体をネットワーク的に使用するようになっていくのだと思います。

脳のどこか一部だけ使って絵を描いているわけではないので、部分的な損傷が起こっても、致命的なダメージにはなりません。生き残っている他の健康な部分を使って、失われた能力を補い、引き続き広範なネットワークとしての創造性を発揮していけるのでしょう。

本章で記述された脳に損傷が生じた視覚芸術家たちは、病因が何であれ、神経学的に重篤な状態にあるにもかかわらず芸術表現を試み続けている。

重要なことは、脳の損傷が右半球に生じた場合でも左半球に生じた場合でも、創造性や創作意欲に影響していないことである。

これまで紹介したさまざまな事例は、それぞれの芸術家たちが脳に損傷が生じる以前に獲得し、完成させた固有の芸術スタイル(本章初めに定義してある)のほとんどが発病後も維持されることを示している。

…こうした病前の芸術スタイルの維持は、高度に訓練された技能のためとみることができる。

技能や才能が脳損傷後も維持されるのは、損傷された組織と健全に残された組織との相互作用の結果と考えられる。

損傷された組織と健全に残された組織とが、芸術の創作のために協力し合っているのである。(p56)

いずれにしても重要なのは、脳が損傷してもほとんど影響を受けなかったのは、あくまで「脳に損傷が生じる以前に獲得し、完成させた固有の芸術スタイル」だったということです。

脳が損傷しても芸術を楽しめる、という単純な話ではなく、脳の損傷以前にすでに習得して、達人の域にまで達していた芸術的能力が失われないということを示す研究です。

つまり、しっかりと身につけて、母国語のように自在に扱えるまでになった芸術的能力は、初心者とは脳の使い方がまったく異なっているので、そう簡単には失われなくなるのです。言い換えれば、ひとたび「絵で話す」能力を獲得した人は、たぶん死ぬまで「絵で話す」話者でありつづけるのでしょう。

たとえ脳が損傷しても、最期まで絵を描き続けた例は、過去の記事でいろいろ紹介しています。

人生の最後まで芸術家であり続けた画家たち―病気・老齢・障害のもとでも絵を描くのをやめなかった
病気や障害があっても絵を描くのをやめなかった5人の画家から学べること
レビー小体病になっても創作し続けたマーヴィン・ピーク、そして現代の芸術家たち
パーキンソン病やレビー小体型認知症でもあきらめなかった作家たちの話

生涯「絵で話し」つづける

わたしたちは、生まれてすぐ身につけた母国語を最期まで話し続けます。言語の場合、左半球を損傷すると失語症になって話せなくなるとは書きましたが、だからといってその言語で考えなくなるわけではありません。おそらく母国語は、芸術的創造性と同じく、脳全体のネットワークに植え込まれています。

たとえ障害を負って失語症になるようなことがあっても、考えるときはやっぱり母国語です。外国語で歌を聞いてもなかなか感動しませんが、母国語の歌詞はこころに染み入ります。多国語を操るバイリンガルな人でも、笑うときや怒るとき、泣くときには母国語が出てきます。それほど、母語の力は強いものです。

今回読んだ手話の本によれば、手話を母国語とした人もやはり、手話で考え、手話で夢を見ます。

さらに私は、その場で最年長の老婦人を観察しているうちに、また別の、たいへん興味深い事例に気がついた。

90代とは思えないほど元気なこの老女は、ひとり陶然と夢想にふけることがあった。そんなとき、両手をせわしなく複雑に動かし、編み物でもしているようなしぐさをする。

だが老女の娘(この娘も〈手話〉ができる)によると、それは編み物をしているのではなく、〈手話〉で考えごとをしているところなのだという。

「寝ているときでも、両手をベッドカバーのまえにだして、とぎれとぎれに手話をあらわすことがあります。手話で夢を見ているんです」(p60)

口で話す言葉であっても、手話であっても、ひとたび母国語となったなら、人は一生その「言語」で考え、悩み、感じ、夢を見続けるのです。それならきっと、この記事で考えた、別のかたちの「言語」を母国語として身につけた人も同じなのでしょう。

つまり、子どものときから数字に親しみ、数学を母国語のように操り、数字をまたたく間に因数分解できるような人は、生涯、数字という「言語」を使って考え、数字を使って夢を見るのでしょう。実際、さっき出てきたダニエル・タメットは、ぼくには数字が風景に見える と述べています。

チェスのグランドマスターもやはり、生涯ずっと、チェスで考えつづけるのでしょう。さっき引用したように、「妻と食事をしたことをクイーン側のルークが四マス下に移動するように思い出す」のは、チェスが母国語だからなのです。

そして、きっと絵を母国語として、子どものころから毎日絵を描き、絵で考え、自由自在に絵を創作しているような人たちは、一生、「絵で話し」続けるはずです。たとえ脳の右側や左側を損傷するようなことがあったとしても、一度身につけた母国語としての絵は失われないのです。

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