春の足音 Spring is Just Around the Corner


ねえ 聞こえるよ 足音が
すぐ近くまで来ているよ

風のつばさのメロディーが
草木をそっと揺り起こす

眠たいまなこをこすりつつ
ぐっと伸びをしてみれば

ぽかぽか あったか  いい気持ち
花のかおりがそよいでる

ほら扉を開けてごらん
すぐそこまで来てるから

待ちに待ったおともだち
みんなが待ってた春が来た

やっと! 新作を描けました。春になんとか間に合った、春の訪れを描いた一枚です。

静かなスランプを越えて

二ヶ月半ぶりの絵をやっと描けました…長かった…(-_-;)

スランプと言っていいのか、そうでもないのか、よくわからないんですが、ここ二ヶ月ほど、絵が描けずにもやもやしていました。

二年半前にスランプになったときは、周りの評価に敏感になりすぎて、絵を描くのが怖くなってしまいました。明らかに、「ああ、これはスランプだ…」という悲壮感がありました。そのときは、過去記事にまとめたとおり、描きたい理由を再確認することによって回復できたのでした。

それに比べると、今回は、徐々に気力が削られていった、静かなわかりにくいスランプだった気がします…。絵が嫌いになったわけでも、こわくなったわけでもなく、徐々に描く枚数が減っていって、いつの間にか、描く気力もなくなってしまうという。ただ心が無感覚になっていました。

ここ数ヶ月、ほとんど心の余裕を持てないほど忙しく追い立てられていました。もう毎日、ただ生きているだけで精一杯なほど余裕がなくて、やっと少し落ち着けた感じです。体調があまりよくなかったことに加えて、自分のキャパシティ以上のやることを抱え込んでいた感じです。

まだ、完全にそこから脱したわけではないんですが、ちょっとずつ余裕が出てきて、山のように溜まっていたやることも、徐々に減らしていけている段階です。

心の余裕がなくなるほど追い立てられて気づいたのは、イメージがわかなくなったということ。わたしの場合、どれだけ絵を描けるかは、ちょくちょく降って湧いてくるイメージによります。時々ふっと浮かぶイメージに心を揺さぶられ、描きたい!と思うと、その勢いで描けるんですよね。

それが、ここ2ヶ月ほど、何も見えなくなっていました。いつもは寝る前などに勝手に進行していく持続的空想も、まったく続きが見えなくなって、自分でも理由がよくわかりませんでした。どうも、心に余裕がないと、空想世界を再生する容量が足りなくなって、フリーズしてしまうんでしょうか。メモリ不足になって動画が動かなくなるパソコンと同じですよね。

芸術が得意な人の持続的空想―独自の世界観とオリジナリティの源
国語や美術が得意な人は子ども時代から空想傾向を持っている

今回の絵の下書きは、2月半ばにすでに作っていました。ぜんぜんアイデアが見えない中でしたが、なんとなく、かすかに感じ取れたイメージが、春のそよ風の草原、そこをフルートを吹きながら歩く双子と、その後ろから続くどうぶつたち、という場面でした。

でも、忙しさで頭のグラフィックボードが圧迫されてメモリ不足になっていたせいか、そのイメージを具体的にまとめることができず、中途半端にほったらかしになっていました…。そのまま完成させても、具体性に欠けるせいで、途中で頓挫しそうだったんですよね。

そうこうしているうちに日にちが過ぎて、3月も末、少しずつやることの山を崩せるようになってきました。それでも、今月はまだ忙しいから絵は描けない、来月に期待しよう、と思っていたやさき! イメージが見えるようになってきました! 

おとといの朝、大気圏に浮かんで、地球の背後から、神々しいまでに美しい太陽が現れる夢を見ました。前に記事に書いた、昔からわたしがよく見る、えもいわれぬ美しいカラーの夢のたぐいですね。

夢の中で見る鮮やかすぎる色―現実にはありえないカラーの神経科学
夢の中で見る現実にはないほど鮮やかな色の考察

夢の中で何か壮大な音楽も流れていて、起きてからもしばらく流れていました。色鮮やかなリアルな夢は、ここしばらくまともに見ていなかったので、感動で胸がいっぱいになりました。ここ一週間くらい、毎晩見る夢の質が上がってきて、昔のように色や音や感覚がリアルな夢が戻ってきた感じです。

寝る前に勝手に展開する持続的空想もまた流れ始めて、なぜか今は、ヒマラヤみたいな雪山の山頂にそびえる古代の民の里を目指して登っています(笑) わたしの持続的空想は、コントロールして想像しているものではないので、スムーズにいくときは勝手にめくるめく進行するのに、見えなくなると数ヶ月間、何もなくなったりします。不思議なものです。

最近は、こうした空想体質が、生まれつきのHSPや空想傾向と呼ばれるものだとわかったので記事にまとめましたが、HSPの人は、感覚に圧倒されやすいので、あまりに心に余裕がなくなると、フリーズしてしまうんでしょう。つまり、適度にイメージが沸いてくるような生活リズムを保ったほうがいいんでしょう。

芸術的な感性が鋭いHSPの7つの特徴―繊細さを創作に活かすには?
感受性が強いHSPの人が芸術に向いているのはなぜか
子どもの4%が持っている「空想傾向」 とは? 絵が描けるのは描きたい世界があるから

今回の生活の忙しさ、というのは、自分でもどうしようもないことばかりだったんですが、なんとか一段落ついて乗り越えられたようでよかったです。

渦を巻くように

頭に余裕ができたことで、イメージが動くようになったので、2月に下書きしたまま行き詰まっていたこの絵も、形にすることができました。

もともとの下書きは、ただ左から右にかけて奥行きがあるだけの、なんの変哲もない構図でした。ちょうど昔に描いたどうぶつパレードみたいな。

森のどうぶつパレード A Big Parade of Animals
ラッパを吹けばパレードのはじまり

しかし、全体を丸く渦を巻くようにしてみよう、と思って、構図を見直しました。中央を空にする丸い構図というのは、前の絵でも使ったことがあります。

いつまでも、きっと The Never Ending Story

でも今回は、単に丸く円形にするだけではなく、円形にした上で、左を手前にして、右を奥にするという奥行きも組み込んでいます。こうすることで、中央の空から、渦を巻くように、手前へと双子とどうぶつたちが歩いて来ているような、今までなかった独特な風景になったかなーと思います。

最近聞きに行けたオーケストラのコンサートも、創作できたことに一役買っているかも。動かなくなっていた心への良い刺激になりましたし、この絵の色使いは、そのコンサートのビジュアルアートの色合いとよく似ています。

この二ヶ月半も、まったく沈黙していたわけじゃなくて、絵についての考察自分語りのカテゴリには、いくつか記事を追加していますし、サイトのデザインも、SNSアイコンや見出しのスタイルシートなど、ところどころおしゃれに改造していました。

スランプについての記事のほうでも書きましたが、うまくいかないときって、目に見える成果は出なくても、水面下で前進しているものらしいので、その時々でできることをコツコツやって、焦らず腐らず機をうかがうのがいいのかもしれないですね。

まだ本調子ではないですし、今後、ちゃんと本調子になっていくのかすら怪しいですが、二ヶ月半の沈黙を破って絵を描けたので、ちょっと息を吹き返しました(^_^;)