自分で木を切って木工細工を作ってみた体験記。手のひらの中に生命を感じるということ

森の町に引っ越してきて3ヶ月。毎日、雪のなかを歩いたり、自転車で走ったりして、自然とのふれあいを楽しんでいます。

今回は、そのなかで経験した、木工細工づくりのイベントについて、体験記を残しておきたいと思います。

雪の森を探検

この日は朝から体調があまりよくありませんでした。頭が働かず、ぼーっとしている感じ。連日の疲れのせいで、自律神経バランスが乱れているようです。

朝から天気はあいにくの曇り空。そこそこ吹雪いていて、今日のイベントは中止だろうか、と考えます。体調もあまりよくないし、そのほうがいいかな、とも。

でも、多少吹雪いていても、森の中を歩くにはあまり関係ない。それにこのあたりの人たちは、ホワイトアウトするくらいでなければ、それほどたじろがないものです。

それに、こちらに来てから何度も気づいていることですが、わたしの体調不良は、外でサイクリングしたり、森の中を歩いたりすると解消します。家で寝ているより、外で散策するほうが疲れが回復します。しんどいときは、かえって外に出たほうがいい、と経験から学びました。

だから、ちょっと乗り気しないけれど、せっかくのイベントに参加することにします。雪が吹雪いていて視界が悪いなか、集合場所へ。

集合場所につくと、インストラクターの方と、イベントに参加する方たちがもう集まっていました。子供たちも来ていて、みんなとても楽しみにしているようです。

早速、みんなで森に向かいます。分厚い雪に覆われた森。どうやって中に入るのだろう? スノーシューを貸してくれるのかな?と思っていたら、そのままの靴でみんな森に踏み込んでいきました。前回とは違って、膝丈まであるスノーブーツを履いてきて正解だった!

さすが雪国の人たちはワイルドです。でも、実は今回のイベントにきている人の中には、インストラクターを含めて移住してきた人たちが多い。もとからワイルドなのではなく、ここで生活するうちにワイルドになっていったんでしょう。

わたしも数年ぐらい居つけばそうなっているんでしょうか? そういえば、もうすでに雪道をサイクリングしたり、スノーシューで雪の丘を登るくらいはしていますよね。

ためらうことなく、雪の森に踏み込んでいく一行。わたしは後ろを慎重についていきます。森の斜面の道なき道をスノーブーツで分け入るのは初めてです。ほかの人が踏んだ跡ならともかく、積もった雪の深いこと深いこと。

斜面なので、油断すると滑ります。もう誰かが通った道だから、と安心して踏むと、ズボズボっと沈み込んでバランスを崩します。膝どころか太ももまで沈んで、脱出にひと苦労。幸い、今回はしっかり装備を整えてきたので、雪が服の中に入って冷たい!ということはありませんでしたが。

そんな体験を繰り返すうちに、しだいに慣れてきて、楽しくなってきます。歩き方を工夫する必要があることに気づきます。まっすぐ直線的に歩くのではなく、腰を落として、がに股ぎみになり、膝に余裕を持たせます。まるで相撲取りの構えです。でもそうすれば、不安定な地面でもバランスを崩さずに歩けます。

インストラクターの人が立ち止まって、森の中の樹木について教えてくれます。名前や見分け方を説明してくれますが、まだちょっとわたしにはレベルが高そうです。観察力が足りません。コケの自然誌の一節が思い起こされます。

目の前にあることがわかっているものを見ようと必死に目を凝らすうち、私は初めてアマゾンの熱帯雨林に行ったときのことを思い出す。

先住民である道先案内人は辛抱強く、木の枝にじっとしているイグアナだの、葉陰から私たちを見下ろしているオオハシだのを指差す。熟練した彼らの目にははっきりと見えるものが、私たちにはほとんど見えない。

慣れない私たちの目では、光と影のパターンを「イグアナ」と認識することがどうしてもできなかったのだ。だからイグアナは私たちの目の前にいるのに、悔しいことに私たちには見えないままだった。(p20)

わたしはアマゾンの熱帯雨林にいたわけではなく、北方の雪に埋もれた森のなかにいましたが、道先案内人の目には見えているものが、自分には見えない、というところは同じでした。

どうして、そこにあるものが見えないのか。それは、わたしたちは目で見ているのではなく脳で見るからです。目というレンズは確かに風景全体を写し取っている。だけど風景のひとつひとつの要素に意味を付するのは脳です。オリヴァー・サックスがオアハカ日誌で書いているように。

J・Dとナンシーは、次々に鳥を見つけ―一時間のうちに20種類以上確認したにちがいない―そのたびにうれしそうな声をあげている。

わたしも目を凝らすが、まったくなにも見えない。正確に言うと、タカとコンドルは何羽か見えるが、それだけだ―ふたりが騒いでいる小さな鳥はぜんぜん見えない。

視力がよくないから、といい訳する。だが、視力は悪くない―問題は脳だ。目は訓練して養うものなのだ―鍛えられたバードウォッチャーの目、地質学者の目、シダ学者の目(わたしの“臨床の”目もそうである)。(p183)

コケの自然誌で説明されているように、単なる風景の中に、目当てのものを探し出し、意味や美しさを認識するには、脳に「探索像」が形成されないといけない。

集合写真の無数の顔が、その中のだれとも面識のない人にはまったく意味をなさない背景にすぎないのと同じです。ただ見ているだけではなく、見ているものについて知っていなければ、そして見慣れていなければ、わたしたちは本当の意味では見えないも同じなのです。

突如起きる視覚的認識は、一つには、脳の中で「探索像」が形成されて起きる。目に入る複雑な情景の中で、脳は初め、入ってくる情報のすべてを、評価を与えることなく記録する。

…見ているものを認識するには、神経回路が経験によって訓練されなければならないのである。(p23)

わたしは確かに森の風景を見てはいました。でも経験が圧倒的に足りなかったので、見ているものがなんであるか、認識するには至りませんでした。インストラクターが説明したものを、見分けることができませんでした。

それからインストラクターは、別のものに注意を向けます。それは木の幹についた不思議な模様。

その模様は、木の幹に付着した地衣類が独特の柄を作り出しているのだと説明されます。地衣類とコケは別物なのに、ごちゃ混ぜに扱われて名前がつけられていることが多く、ほとんど研究が進んでいない、という話を聞きながら、また同じ本のエピソードが思い出されます。

だがコケには一般的な呼び名がないことが多い。わざわざ名前をつけようという者がいなかったのだ。

コケには形式的につけられた学名しかない。その手順を考案したのは、偉大なる植物分類学者カロルス・リンナエウスだ。彼はスウェーデン人の母親がつけたカール・リンネという本名さえ、科学のためにとラテン語化した。(p13)

…「コケ」という言葉が、実はコケではないものに使われることもよくある。ハナゴケは地衣類だし、スパニッシュ・モスは花をつける植物、シー・モス(紅藻類)は藻、そしてクラブ・モス(ヒカゲノカズラ)はシダ類なのだ。(p28)

この本の作者のロビン・ウォール・キマラーは、幼稚園のとき、そんな人目につかないコケを、先生に虫めがねで見せてもらったことがきっかけで、目に見えない世界の美しさに感動して、のちに植物学者になったのだとか。

学期の終わりに、学費用のわずかわずかばかりの貯金の一部でプロ品質のボシュロム社製拡大鏡を注文したとき、私は自分がすっかりコケにはまってしまったことを知った。(p12)

もっと地衣類やコケの美しさを観察できるよう、いい虫眼鏡を買わなければ!

そういえば、かのレイチェル・カーソンも、センス・オブ・ワンダーの中で、虫めがねを買うのはいい投資だと書いていたのを思い出します。

自然のいちばん繊細な手仕事は、小さなもののなかに見られます。雪の結晶のひとひらを虫めがねでのぞいたことのある人なら、だれでも知っているでしょう。

いますこしの出費をおしまないで上等な虫めがねを買えば、新しい世界がひらけてきます。ありふれたつまらにいものだと思っていたものでも、子どもといっしょに虫めがねでのぞいてみましょう。(p32)

前回の体験がきっかけでスノーシューを買って行動範囲が広がったのと同じように、今回もぜひとも虫めがねを買って、ミクロの世界の探索に出かけようと決意しました。

そのとき、突然の強風が吹いて、森全体がざわめきます。頭上を見上げると、樹冠が踊るように体を揺らして、しなっています。

インストラクターの人が、ここは森の中だから、こんなに風が吹いても、あまり寒くないし、雪が舞い上がらないと説明します。

さらに風が強くなります。森の中にまで粉雪が吹き込んできます。天然の防風林がない農地や国道だったら、あんな風が吹いたら、一瞬、視界がホワイトアウトしているかもしれません。

大きく揺れる幹を見上げていると、ところどころ丸い穴が空いていることに気づきます。あれはモモンガの巣だ、と教えられます。あの小さな丸い入り口のなかに、六匹くらいが過ごしているのだと。

外からはそんな空間があるとはわかりません。夕方ごろになると巣から出てきて木から木へと飛び回るのだとか。

同じように幹に穴が空いていても、使われている巣と使われていない巣があると教わります。巣のはるか下にフンが落ちているかで見分けるそうです。モモンガたちは綺麗好きなのです。

そういえば最近、モモンガは紫外線でピンク色に光るというニュースがありましたね。

モモンガは紫外線でピンクに光る、目的は不明 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト

雪の中だと、紫外線が反射しやすいので仲間たちにはよく見えるのかもしれません。人間の知らないところでコミュニケーションしているのでしょう。まだまだ人間には知ることのできない、未知なる世界が、こんな身近にも広がっています。

13年分の生命を切るということ

森をひとしきり散策してから、木工細工づくりのために伐採できる木を探します。ここは町有林なので、許可を得て抜粋するとのこと。

最近読んでいたロビン・ウォール・キマラーの植物と叡智の守り人に、ちょうどネイティブアメリカンの先生に教えてもらって、森の中で木を切るところから籠作りまでを体験する、というエピソードがあって、今回わたしが体験したのと似ているな、と思いました。

ちょうど良い木を見つけると、収穫が始まる。ただし、まずはノコギリではなく木との会話からだ。

伝統的な木こりは、木の一本一本に個性を認める。人間ではないが、木は「森の人」である。人間は木を奪うのではなく、彼らの協力を要請する。(p184)

伐採するということはその木の命をもらうということです。ネイティブ・アメリカンの木こりは、まず樹木に伐採の許可を得るところから始めるのだとか。

木を擬人化して感情移入するのは人の自己満足にすぎないのでしょうか。そうかもしれません。でもそんな気持ちが失われているから、現代社会のわたしたちが物を大切にしないのもまた事実です。

動物や植物は単なる資源ではなく、一つ一つの歴史を持つ命だということを忘れてしまっています。

「ほら」とジョンがその棒を私たちに見せながら言う。「苗木だった頃までの時間を剥ぎ取ったんだよ」。

そして私たちが作ったへぎ板の山の方を指しながら彼は、「それを絶対に忘れないことだ。あそこに積んであるのはこの木の生命全部なんだ」(p185)

生きるために他の生き物の命を取ることは自然なことです。でも、命への敬意や感謝を忘れてしまうなら、乱獲や汚染が生まれ、人はいずれ自分の首をしめることになります。

自然界の捕食関係にある動物同士は、単なる弱肉強食ではなく、お互いに共生関係にあります。有名な話ですが、イエローストーン国立公園では、食物連鎖の頂点にあるオオカミが絶滅してしまうと、食物連鎖の下位にある動物たちのバランスまで崩れてしまいました。

オオカミは単なる捕食者ではなく、捕食される側の動物たちを含め、生態系全体を保護するキーストーン種でもあったのです。

おもしろいことに、木こりと木の関係もそれと同じで、木こりが減って十分な伐採がされなくなると、良質なブラックアッシュの木もまた減ってしまうのだそうです。「伐採のしすぎが原因ではなく、十分な伐採がされていないため」に。(p190)

食物連鎖の関係にある動物同士は、単に食べる側と食べられる側という捕食関係にあるわけではありません。たとえ捕食関係にあっても生命をむやみに乱獲しないことによって互いに支え合うので、生態系としては共生関係にあります。それと同じように、木こりと木も「共生関係を持つパートナー」なのです。(p190)

だから、この本によると、環境を守るとは、ただ過保護に自然を守ることではありません。生命に敬意をもって適度な「良識ある収穫」をするとき、人と自然が共生できるのだと書かれていました。人間は自然界の生命をもらう。でも一方的な搾取ではなく、お返しをする。

良識ある収穫とは、奪う者だけでなく、与える者をもまた支えている。(p250)

今回、木工細工を作るために伐採することになったのは、狭い場所に生長していた細いシラカバでした。他の大きな木々のあいだに立っていて、枝が重なっているので、これからの成長が見込めなくなっていました。

その木に切れ込みを入れて、切り倒す様子はどこか痛々しく感じました。でも、わたしたちにはきっとこういう経験が必要なんです。生命をもらうけれども、無節操に奪うようなことはしない、というバランスのとれた経験が。

木を切り倒すのは、なかなか大変です。見た感じ細くて弱そうに見えますが、ゲームの中みたいに簡単に折れたりはしません。吹雪の中でもしなって生き延びてきた歴史ある木なのですから。

今はチェーンソーのような強力な道具があるけれども、この日使ったのは、昔ながらのノコギリだけ。昔の人は、一本の木を切るのにも、こんなに努力がいったからこそ、生命への敬意を持っていたのかな、とも感じます。機械的に、大量に伐採するのは便利かもしれませんが、ひとつひとつの生命が見えなくなって、ただの「資源」になってしまいそう。

いよいよ木が切り倒され、雪の上に倒れると、みんなで手ノコを持って、30センチ刻みに細かく切っていきます。深い雪の上での作業なので、作業台がいらないのは楽です。雪が木を高い場所に支えてくれて、木は少し地面から浮いています。その上でノコギリの刃を前後に引いても、刃は雪を貫通するので、引っかかることなくスムーズに切れます。

木を切り倒すときと同じく、幹を切るのはなかなか大変です。木くずが出ていれば切れている証拠。だけどすぐに切れるわけではありません。時間と労力がかかります。

それにしても、どうして30センチ間隔に切り分けるのでしょうか。理由は切った幹を手に持ってみるとわかりました。

持ち運びしやすいサイズ、斧で割りやすいサイズ、というのもありますが、そもそも意外に木って重いのです。たった30センチ。でもぎっしり詰まった木質のためにどっしりと重い。年輪によると、この木は13歳だったそうです。13年分の生命の重さなのです。

「あんたらが持ってるものが何なのか考えてごらん。このブラックアッシュの木は、あそこの沼地で三十年育ってたんだ、葉を出しては落とし、それからもっと葉を茂らせてね。鹿に食べられたり霜にやられたりしながら、毎年毎年、年輪を重ねてきたんだよ。

…へぎ板をダメにしたっていいんだ。やり方を覚えてるとこなんだから。だがどんなことをしても、あの木に対する尊敬を忘れちゃいかんし、絶対に無駄にしちゃならん」(p188)

自分たちで切った木を作品にする

今日は体調が悪い日でした。でも、雪の山を散策し、木を切っているうちに、やっぱり元気になっていました。自然のなかにいることで、体調が上向くのは、いつ体験しても不思議です。

だけど、それから木工所に行って室内に入ると、また調子が悪くなってきました。わたしの体調不良は自律神経バランスの調節不全だから、自然の中で感じられる合図や手がかりみたいなものが必要なんでしょう。一人だとうまくバランスをとれないのです。

それでも、出かける前よりは体調がましだったので、木工所の先生に教わりながら、切ってきた木を加工します。

まずは、30センチ幅に切り出した木材を、さらに小さくノコギリで引きます。足で木材を押さえながらの力仕事です。雪が天然の作業台になってくれていた先ほどと違い、室内だと木の台に乗せてノコギリを引く必要があるので難しい。

最初は自分たちで切ってきたシラカバを小さく切断していましたが、そのあとは別の材料も、ということで、用意してあったナラの木を細かく切っていきます。

シラカバと違って硬くて幹がトゲトゲしていてけっこう切りにくい。たった数個に切り分けるだけで重労働でした。昔の大工さんがいかに筋骨隆々だったかがわかるというものです。

次に、小さく切り分けた木材を、オノで叩き割ります。上からまっすぐに振り下ろさないと、切断面がギザギザになってしまいます。慎重さと、思い切りの良さの両方が必要です。うまくスパッと切れたときは気持ちいい。

そうして細かく切った木材を、最後にちょっとした木工細工に加工していきます。初めての体験なので、たいそうなものは作れませんが、木の幹の表面のガラを生かした、小さな家を作ります。

改めて、植物と叡智の守り人の言葉が思い出されます。

「編み始める前に、木のこと、木がしてくれた仕事のことを考えなさい」とジョンが言う。

「この籠のために木はその生命をくれたんだから。あんたらは自分の責任がわかるだろ。お返しに、美しいものを作りなさい」(p194)

幹が屋根で、枝が煙突。そして切断面をウッドバーニング用に電熱ペンで焼いて、模様を描いていきます。

久々に描く絵に、思わず集中してしまいます。昨年10月以来、こっちに引っ越してきてから、しばらく忙しくて絵を描けていないので、本当に久しぶりです。線だけの白黒で細かい絵を描くのも、ミーバース以来、久々で懐かしい。

電熱ペンで木を焼いて描く絵は、もちろん修正できません。慎重にちょっとずつ描かないと複雑な絵柄は描けません。断面の木目がギザギザなら、なおさら描くのは難しい。

電熱ペンをちょっと押し当てるか、ぎゅっと押し当てるかで、焼き色が変化します。だから、薄く塗りたいところはささっと撫でるように焼くことで、トーンのような表現もできます。

そうやって描いてみたのは…

にゃんたすが窓からご挨拶しているレンガのおうちでした! なんで木工細工なのにレンガなの…? と後で自分でツッコミました。せっかくだから木の木目を生かしたウッドハウスにするべきだったのに…。なんか材料の木に申し訳ない。不覚です。

だけど、もう一個作る時間はなく、最後にオイルをかけてツヤを出して、これで完成、ということに。初めてにしては頑張ったほうでしょう。絵を描く楽しさを少し思い出せました。

これで木工細工体験教室は終了。完成した木工細工を、みんなで並べて写真に撮り、講師の方にお礼を言って、それぞれ持ち帰ります。

木工所の玄関口の上を見上げると、屋根からせり出ている雪が、まるでおいしそうなソフトクリームみたいになっていました。自然の造形っておもしろい! 本当は危険なので早めに降ろしたほうがいいんですけれどね(笑)

自然界から距離がありすぎる世界で

作った作品は、断面がとてもすべすべで、手にしっくり馴染みます。自分の作品を家に飾って眺めていると、これがもともとは雪山に生えていたシラカバだったこと、それを自分たちでノコギリで切り倒し、オノで切り分け、ひとつひとつ加工したことが思い出されます。

自分で最初から最後までものづくりしたからこそ、歴史とありがたみを感じます。もともとはそれがひとつの生命だったということ、それをもらって作品にしたのだということを。

木が生きていた年月が私の手の中にあるのだということを、ピジョン家の籠は思い出させてくれるのだ。

それと同じくらいに、私たちが生きるために差し出された生命に対して敏感に生活したらどんな感じだろう、と私は考える。

ティッシュペーパーの中の木、歯磨き粉の中の藻、床板の中のオークの木、ワインの中のブドウ。そうやってあらゆるものの中にある生命の片鱗を辿り、それらに感謝したら? (p198)

本当は、わたしたちが持っている身の回りのもののうち、自然界の材料から作られていないものはひとつもありません。

昔の人たちはそれをよく知っていました。自分の庭で育てたラズベリージャム、裏山から切ってきた薪、近くの森で獲った、あるいは牧場で育てた貴重な動物の肉。自分や身近な人たちの手で作ったからこそ、「あらゆるものの中にある生命の片鱗を辿り、それらに感謝」することが普通でした。

でも、大量生産型の工業が発達し、便利な社会が登場すると、すべてが変わってしまった。わたしたちは、自分が苦労して作ったのでも、もともとの姿を知っているのでもない製品に囲まれています。自分の身の回りにある製品が、もともとは自然界の生命だったなんて、考えもしません。

けれども私の目は、机の上のプラスチック製のものの上はさっさと通り過ぎるし、それについて考えようともしないことに気づく。

…あまりにも自然界から距離がありすぎるのだ。そうやって、ある物の中に宿る生命が見えにくくなってしまったときに、人間と世界の乖離が始まり、自然への畏怖が失われたのかもしれない。

…極端に工業化された膨大なネットワークの産物について思いを巡らそうとすると頭が痛くなる。私たちは常にそんなふうに意識するようにはできてはいない。(p198)

わたしもそうですが、いらなくなった物はすぐに捨ててしまいます。物があふれる時代のわたしたちにとって、じっくり一つ一つの製品に宿る生命について考えるような余裕などありません。あまりに複雑すぎて、考えようとしたら頭が痛くなってしまいます。圧倒されないようにするには、考えないようにするしかないからです。

確かに、大量生産の工業に支えられた現代社会はとても便利になりました。なにかかほしければ、すぐにコンビニやネット通販で買えます。自分で木を切り倒して加工しなくても家具が手に入ります。牧場や菜園で生命をいちから育てなくても、そして収穫の痛みを味わわなくても、好きな食べ物をおなかいっぱい食べられます。

でも、そんな便利さと引き換えに、わたしたちは何か大事なものを失ってしまったとも感じます。それは自然界への畏怖。現代社会のわたしたちにとってはめったに感じることもなければ、それがなんなのかすら、もはやわからないような感情です。

自然界への畏怖とは、宇宙から地球を眺めたり、ナイアガラの滝やオーロラに感動したりするときだけの特別なものだとわたしたちは思っています。けれども、本当はそうではない。あまりに遠くに離れてしまっただけで、自然界への畏怖は、もっと身近に、日常生活のなかに存在していたはずです。

それはきっと、13年生きたシラカバの木を、自分たちの手で切り倒し、ノコギリとオノで切り分け、木工細工に加工したときの感覚、そして、できあがった作品を手のひらに包んだときに、13年分の生命が手の中にある、と感じるときのこの感覚なのです。

でも時折、籠だの桃だの鉛筆だのを手にすると、頭と心がすべてのつながりに開かれる瞬間がある。すべての生命と、それらを上手に使うという私たちの責任について。

そしてそういう瞬間に、私にはジョン・ピジョンがこう言うのが聞こえるのだ―

「落ち着きなさい。あんたの手の中にあるのは、この木の三十年分の生命なんだ。あんたはそれで何をしようとしてるのか、ちょっとくらい考えてやってもいいんじゃないのかね?」(p198-199)

自分の手の中に生命の歴史があるという、この素朴な感覚こそ、現代社会に生きるわたしたちがなくしてしまった畏怖の念ではないでしょうか。

わたしたちの社会は、身の回りのものすべてに生命を感じるようにはできてはいない。だけど、わたしたち人間もまた、生命への敬意を感じないで生きるようにはできてはいない。

現代に生きるわたしたちにとって、大切なのは、そのバランスをとることではないでしょうか。文明に生きつつも、生命への敬意を忘れないでいることによって。

「この木は立派な教師なんだ。ずっとこのことを教えてくれてきた。

人間であるということは、バランスを見つけることだ、とね。

へぎ板を作っていると、いつもそのことを考えさせられるよ」(p186)

わたしは、バランスをとるのがとても苦手です。単に心のバランスだけではなくて、身体のバランスという意味においても。今日だって、自律神経のバランスを保つのに苦労していたくらいなんですから。

わたしは、自然からあまりに切り離されてしまった現代社会の都会で育ったから、人として、生き物としてのバランスのとりかたを知りません。

わたしが、山や森の中で元気になるのは、言葉によらず、身体の感覚によって、バランスのとりかたを自然界から学んでいるからなのではないか、と思います。

今回はほんの小さな木工細工づくりの体験教室にすぎなかったけれど、こうやって、自然界との関わり方を学ぶ機会は、とても大事だと思っています。

教師である木から、そして人類がこの地球上に現れるはるか前から存在していた自然界から、それを教えてもらわなければならない。

まだまだこの自然豊かな土地に引っ越してきて、わずか3ヶ月です。これから何年もかけて、自然という教師に教えてもらわねばならないでしょう。生命に対して敬意を抱くこと、畏怖の念を抱くこと、そして、「人間であるということは、バランスを見つけることだ」ということを。

投稿日2019.02.07